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赤葦くんとのデートから2日後のバイトでは、彼とシフトがかぶってはいたものの終わる時間が少しズレてしまった。赤葦くんとは持ち場も違ったため、交わした会話といえば「遅くなりそうなので先に帰ってください。」「うんわかった。またね。」というそれだけである。
一人で帰る道は今までとなんら変わりないはずなのに、少し寂しさを覚えてしまうことに烏滸がましさを感じながら一人でコンビニアイスの新作を買って帰った。
こんなアイス1つですら、彼との会話を思い出させる。


デートしてから一週間。毎日それとなくラインでのやり取りを続けているためかそれともデートの効果かわからないけれど、それなりに彼のことで頭がいっぱいになっているから、赤葦くんの思う壺と言ったところだろうか。

うぅ、と唸りながらベッドに転がって枕に顔を埋めた。なんだこれ、まるで恋をしているみたいじゃないか。そんなむず痒い気持ちをどこかに吹っ飛ばしてしまおうとぎゅうっと枕を握ってみても、何も変わらなくて。赤葦くんは今日もバイトなんだろうか、今は何してるんだろう。そういえば今日はまだLINE来てないなぁ、もう日が変わりそうなのに。
こんなこと考えるなんて彼女気取りか!と自分で突っ込んで、手に取ろうとしたスマホを枕元に置く。冷蔵庫に入れてあったジュースを飲むことに決めてベッドから飛び上がった。

冷蔵庫を開けると涼しい風が顔を掠める。ジュースをグラスに注いでいると、ベッドからバイブ音が鳴り響いた。数回震えて止まったスマホが知らせるものはきっとLINEだろう。
少しの期待が胸を占めた。わたしは、期待してる、そのメッセージが赤葦くんからのものじゃないかって。

恐る恐る手にした携帯には、想像通りの名前が映し出されて思わず口許が緩んでしまう。"赤葦京治"という四文字がここまで嬉しいものだなんて知らなかった。

『雛乃さんとまた遊びに行きたいです』

画面を人差し指でスライドすると画面が移り変わる。そこに示された文字列に、少し手が震えた。ストレートさに磨きがかかった彼からのメッセージ。どう返信するのが正解なのかわからなくて、そうだね、また行こう、という素っ気ない返事をしてしまったけれど脳内はお花畑のようにふわふわと舞っていて。今度こそちゃんと自信を持った服で出かけられるように、見た目から気合いを入れようと決めた。




...




「雛乃、服買いたいなんて珍しいね。」
「たまにはいいでしょ、バイト代入ったところだし」
「さては色恋だな〜?」

大学の友人と街に出て買い物をする。いたって普通の大学生らしい放課後の過ごし方。あまり服を買いたいという欲求は今まで持ち合わせていなかったから不思議がられてしまったけれど、これも全部、赤葦くんのせいだ。彼に少しでもかわいいと思ってもらいたいという感情がふつふつと湧き上がってきたなんて、誰にも言えない。


「こんなの似合うんじゃない?」
「え、こんなに短いスカートなんて普段履かないんだけど」
「かわいらしすぎないデザインで雛乃っぽいんだけどなあ」


この友人の見る目は確かだと思う。オシャレな雑誌をよく読んでいるらしいし、いろいろなサイトやお店を見て今の流行りを確認している様子をよく見かけるからだ。
昨日、大学で集まった友人たちと話をしていたら、彼女に選んでもらった服で彼氏に褒められただの、仲良い男子から褒められて告白されただの、そういった評価が後を絶たないのだと聞いた。だからこそそれに従うべきなのはわかっている。
値段的にも買えるなあ、とぼそりとこぼすと、「本当は買いたいんでしょ?あとは雛乃が変わろうとする勇気だけだよ」だなんてニコニコしながら言うから、半ばヤケクソでその服をレジに持っていった。ありがとうございます、最後の1点だったんですよぉ。甲高い店員の声がやけに響いた気がした。

そのほかにもドラッグストアで、評判の良いコスメを物色することにした。妹からLINEで"お姉ちゃんは絶対にオレンジ系のリップが似合うと思う"と言われたから本当に似合うのか確かめたかったから。
赤葦くんと知り合いのわたしの妹は、わたしからの突然の相談をどう思ったのかは知らない。けれどたまに連絡をくれたり、進捗状況を確認したりするあたり、応援はしてくれているんだと思う。

「雛乃、この色のリップが似合う!かわいい!」
「ほんと?初めて付ける色だけど妹がこの色が良いって言ってくれたんだよね。」
「妹さんと仲良しなんだね、良いなあ。なんか恋すると変わる友達を見るのって、楽しい!」
「恋かあ…」


赤葦くんに可愛いと思ってほしい、そう思うわたしは恋い焦がれているのだろうか。
彼はわたしに告白してくれたから、わたしが良い返事をすれば今すぐにでも付き合うことは可能かもしれないけれど、それで良いのかなぁ。

「何を迷ってるの?雛乃」
「うーん。わかんない。今の状況がぬるま湯に浸かってるみたいである意味心地いいのかも。」

交際していたらそれなりに制約が生じる。そういった縛りのない、緩やかな関係。好かれているという自覚を持てる状況で居ることのできるわたしはそれで何の支障もない。けれど赤葦くんからしたらこれは微温湯なのだろうか。それとも、どっちに転ぶかわからないままわたしの掌の上で転がされている状態、微温湯なんかじゃなくてすぐにでも凍るくらいの冷たい水なんじゃないだろうか。

ふーん、と半ば興味なさそうに友人は次はここに行くよ、とグルメサイトを開いて見せてくれた。そこは雑誌などにも特集を組まれているくらい有名なカフェで、そこを目指して街中をめぐる。人混みが苦手だけれど平日であるためそこまで人は多くない。
右手に持ったショッピングバックがふらふらと揺れるたびに、ああわたしは赤葦くんに可愛いって思われたいのかと改めて自分の気持ちを痛感して、心がざわざわとしてしまう。あんなに格好良い彼だから、となりに並べるようになるにはあと何が必要なのだろう、そんなことを考えてしまう自分にも少し嫌気がさす。となりに自信を持って並べるようになるまで、彼は待っていてくれる保証もないのに。


「あ、あそこのカフェだよ、雛乃!」
「へえ。オシャレだね」

ガラス張りのカフェで、中に座る仲睦まじいカップルが数組見えている。定番のデートスポットなんだろう。
その中にいる黒髪の男が赤葦くんの背格好にそっくりで思わず足がぴたりと止まった。不思議に思う友人をよそに背筋がぞわりとする。その向かい側にはかわいらしい背格好の女の子。まさか赤葦くんが女の子と二人でこんなカフェに来ているわけがない、そう言い聞かせて鉛のような足に鞭を打った。
どうしたの?入るよ?と言う友人に背を押され店内に入る。幸い、彼はこちらを向く気配はないためわたしがここにいることはバレないだろう。
ただ、本当に彼が赤葦くんなのかどうか知りたい気持ちと、あれが赤葦くんであれば可愛い女の子とデートしているという事実を受け止めれることが出来るのかという不安が入り混じり、どうすれば良いのか全くわからず、メニューと男の人を交互に見やるしか出来なかった。

「ここはパンケーキが美味しいんだってさ、雛乃も食べるよね?」
「甘すぎて一人前食べれないから半分こしようよ〜」
「そういうところも雛乃らしいね」

メニューに半分意識を奪われていたが、もう半分はもちろん赤葦くん似の男性に意識を奪われていた。ここからでは声が聞こえない。話を盗み聞きするのもタチが悪いから本当はしたくないけれど、そこまでしそうな自分につくづく驚かされる。
じぃっと男の子の後ろ姿を見つめてみるとその時、男性が席を立ちお手洗いに向かったのだ。そのタイミングでメニューを顔の前に立て顔を半分隠して、わたしだとバレないように彼の顔を見た。


「あ、」
「どうしたの?雛乃」
「う、ううん。なんでもない。知り合いがいただけ。」


やっぱり、わたしのよく知る赤葦くんだったのだ。見間違えるはずはない、赤葦くんだ。
あの可愛い女の子は、赤葦くんの何なんだろうか。彼女、ではないと信じたい。でも、女の子は赤葦くんのことを好きでもおかしくはないだろう。
胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる感覚に、ああ、わたしは赤葦くんがすきなんだな、と自覚させられてしまう。これはれっきとしたヤキモチだ。わたしのことをすきという彼に甘えて、わたしだけをすきでいてくれているものだと勝手に思い込んでいたのかもしれない。

赤葦くんのことがすきだと認めてしまうのは、勇気がいることだと思っていたけれど、結論はもう出ているじゃないか。
それならば、わたしは勇気を振り絞って、赤葦くんにちゃんと話をしなければ。もし手遅れだとしても、言うことに価値はあるはず。覚悟を決めてよ、ねえ、臆病なわたし。


カフェで食べたパンケーキはやっぱり想像通り甘ったるくて、友人にほとんど食べてもらったけれど、胸焼けはきっとパンケーキのせいだけじゃない。
もやもやした気持ちのままベッドに寝転んだ夜中2時に明日のバイトのシフトを確認すると、赤葦くんと同じ時間に終わる予定になっていた。明日一緒に変えることができたら、言ってしまおう。もやもやを振り払うためにも、この気持ちを全部ありのまま伝えてしまえばなんとかなる気がする。
シフト表を眺めながら無駄に胸がときめいてしまうわたしは本当に正直者だ。