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「スガ、ごめんね。彼女さん怒ってた?」
「うん、それはもう。」
「うわあ、本当申し訳ない。近いうちに会わせてもらえないかな、謝りたい」
「引き合わせるの面倒くさいしゼミメンバーにあんまり会わせたくない…」
「旭にも謝っとけって言われたの!ねえスガあ」
 

相変わらずじわじわと太陽が照りつける夏休み。大学生の夏休みなんて人生のモラトリアムだ。授業やテストから解放され、何にも縛られずに自由に過ごすだけの期間。そういった猶予期間だが、今日はゼミに顔を出していた。及川や咲良たちの見慣れたメンバーに会うのは、思い返せば温泉ぶりのことだった。

「喧嘩しちゃったって聞いて、ホントに反省してるの。だって絶対嫌な思いしたじゃん。スガ、ごめんね」

必死な顔で俺に頭を下げているのはゼミ仲間であり旭の彼女である咲良だった。彼女だけが原因なわけではない。そうわかってはいるが、とりあえずこいつも一因なわけで。軽く怒りを露にすれば凹んだ様子を見せられて、あまり強く言えずじまいになってしまう。

「まあでも俺も距離感に注意しなきゃなって思えたべ。いくらお前だからってくっついてるとこ撮られるとか思わねえじゃん?油断したわ。裏で春乃が仲良い男とそんなことしてたらはらわた煮えくり返るくせに自分はそういうことするなっていう神様からのお達しなんだと思う」
「スガ、大人な考えだねえ…」
「大人っていうか、ガキだからこうなってんだよ」

自分がもう少し大人に対応出来ていれば、酒の席で楽しく羽目を外すなんてことはなかったはず。喧嘩したおかげで春乃とはひとつ壁を乗り越えることが出来たと思っている、なんてことは癪だから絶対ゼミの奴らには言ってやらないことにした。

「スガちゃん、今日飲みに行くよね?バイトないよね?」
「及川!……うーん、どうすっかなあ」
「咲良は行くよね、及川さんのお誘い断らないよね」
「その言い方ダルー。行くけど。ねえスガも暇なら行こうよ!なんか予定ある?」

俺はやんわり断ろうとしたけれど、なかなか断れる雰囲気ではない様子だった。ゼミの仲間のことは人として好きだ。飲み会の雰囲気も嫌いじゃない。ただ、女子のいる飲み会となると、春乃が嫌な思いをしないかが心配だ。

「……春乃が良いって言ったら行くわ」
「え、何それ。中島ちゃん束縛激しいの?」
「ちげーよ。こないだのゼミ旅行でいっぱい不安にさせちまったからもう不安にさせたくねえの。わかる?彼女のいない及川にはわかんねえだろうなぁ。彼女が不安になることしたくねぇんだよ」
「刺々しい言葉だなぁ」

失笑する及川を横目に見ながら、メールするか電話するか、どっちの方が蟠りが無いだろうか。と考えていた。

「とりあえず昼ごはん行く?」
「食堂?行くべー」

咲良は女友達を待つと言ったため、及川と二人で食堂に向かうことにした。咲良は女友達と行く、と言ったが、おそらくユリなのだろうと思う。咲良はそういった気遣いが出来る子だから。







学食に顔を出し本日の定食を購入した。麻婆豆腐ではなく茄子ではあったが、麻婆という文字に惹かれて選んだのは言うまでもない。トレーを手に持ち、周りをぐるりと見渡した。端の方に空いてる席があるなあ、とじいっとその席を見つめると、隣に座る人物がすんなりと目に入ってくる。

「春乃!」
「あ、こう…スガさん!お疲れ様です」

春乃は夏休みだけれど図書館で勉強してからバイトに行くと言っていたから、ここにいるのだろう。隣には見たことのない女の子がいたから、きっと学部の友達だ。彼女が今俺の名前を呼び直して敬語を使うようにしたのは、隣に及川がいるからだと思う。軽く隣の友達に会釈をしてから、ここ座っていい?そう問うとにっこりと笑ってくれた。

「春乃ちゃんの彼氏さん?」
「うん、そう。彼氏の菅原孝支さんと、そのゼミ友達の及川徹さん。あ、この子は学部の友達の宮坂理央ちゃん。」
「初めまして。春乃がお世話になってます」
「え、理央ちゃんっていうの!かわいいね!!」
「お世辞どうもでーす」

及川の褒め言葉に対して、春乃よりもドライな対応をとる彼女に少し驚いた。及川はびっくりして目を見開きながら、この及川さんのスマイルが効かないなんて…と言っているけれど、それはきっと本来本人を目の前にして言うことではないだろう。

「図書館で勉強してたのか?」
「そう。理央ちゃんといろいろしてた」
「バイトまでの時間だよな。偉い偉い」

そう声をかけながら昼飯に手をつけると春乃はふふっと笑う。

「なんかおかしいことでもあった?」
「ううん、なんだか、学校で会うの久しぶりだなあって思って。今日はゼミだったよね?」
「そう。それでさ、今日の夜飲みに行こっていう話になってるんだけど行っても良い?」

どう切り出すか懸念していた事項を、すんなりと口にすることが出来たのは、『ちゃんと話し合おう』そう約束したからだろう。春乃はきっと『嫌だ』とは言わない。けれど言わないまま疚しい気持ちがあるとも捉えられたくない。その俺の気持ちもきっと汲み取ることが出来るだろう。

「わたし、バイト23時までなの」
「ん?」
「だから、23時に上がるからね。だから、えっと……」
「あー!なるほど!中島ちゃんそういうことね」
「茶化さないでください……恥ずかしいので………お願い孝支くん気付いて」

にまにまと口角を上げた及川と、少し眉を下げた春乃。対称的な二人の顔が印象的だと思った。

「……その時間になったら飲み会抜けて、迎えに行く」

そう告げると、垂れ下がっていた眉がきゅっと動いた。満足したような、それでいて安心したかのような笑顔で春乃は俺を見つめた。

「待ってる。バイト頑張れそう」
「その後は俺ん家?春乃ん家のほうがいい?」
「メイク道具とか持っていくの大変だからわたしの家がいい………飲み会、楽しんでね」
「公衆の面前でいちゃつく約束しないでよ。及川さん妬いちゃうなあ」

これは、たぶん春乃なりの精一杯の譲歩。ゼミ=女がいるってことを必死に我慢しているはず。だからこそ、その後に自分のところに戻ってきて欲しいと言うのであれば、俺はそれを喜んで受け入れたいと思う。

「スガくん、隣いい?」
「ちょ、ユリやめなよ。あっち行こうよ」

春乃との話がまとまったところで、突然後ろから声がした。振り返るとそこには元カノのユリと、旭の彼女の咲良が立っている。

「咲良ちゃんたち、及川さんとあっち行く?」
「私、スガくんに聞いてるの。隣いい?」
「良くない。今彼女と話しながら飯食ってたからちょっとは気を遣って欲しいなぁ、なんて言わなきゃわかんない?」

殺伐とした空気を感じ取ったらしく、春乃と友達は俺たちから目を逸らしている。たぶん、ユリは春乃が居ることをわかった上で声をかけてきているはずだ。

「ユリ、今スガは彼女と話してんだよ。やめときな」
「咲良はどっちの味方なの?わたし、スガくんのことまだすきだって咲良に相談したよね?キッカケ作るぐらい協力してくれても良くない?」
「咲良ちゃん、ユリちゃん、それ以上は当の本人達を目の前にして騒ぐことじゃないんじゃない?あっち行くよ」

及川が無理に二人を引っ張るように席を立って離れていく。借りを作ってしまったなぁ…。ユリがあからさまに自分に近付こうとしてくるのは、ここ最近の話だった。別れてから2年近く経っている。その間は特に大きく関係が変わるようなことはなかったのに、何が彼女を動かしてしまったんだろう。ゼミでの再会だろうか。

「孝支くん」
「……変な空気にして、ごめん」
「大丈夫、わたし、孝支くんのこと信じてる。だから、飲み会も止めないし、孝支くんが楽しく過ごせるほうが嬉しい……と、思う、けど……」
「けど?」
「…やっぱり、ちょっと、不安だから、気をつけてほしいです……」

眉をこれでもかと下げた春乃の表情が、あまりにも切なそうで、ぎゅっと心臓が締まる思いだ。

「孝支くんの良いところを、みんなが沢山知ってるのは嬉しいし、わたしもそういう孝支くんがだいすきだから良い……けど、あのひとは、こわい」

人前だっていうのは関係ない。今すぐにでも彼女をこの手で引き寄せてしまいたい。ただ、彼女の友達の目の前だという事実があるため、ぐっと衝動を堪えた。

「絶対、もう不安にはさせないから」

彼女の友人は、俺たちの話を聞いていません。と言うかのように目線を外に向けていた。