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結局もやもやとした感情を吐き出すことも出来ず、抱え込んだまま夜は明けた。よくよく考えたらあの茶髪の女の人はきっと「ユリ」ではないのだ。かつて及川さんが言った「スガちゃんの元カノ」と、あの写真の彼女が一致しない。
じゃああの人は一体誰なのだろうか。



「……案の定、飛雄と翔陽が待ち合わせ場所に居ない。」
「だろうと思った〜。」

仙台駅に待ち合わせ。それが上手くいくとは思っていなかった。方向音痴二人は案の定待ち合わせ時刻にそこにはいない。

「ああーもう!飛雄!いた!」
「春乃、どこ行ってたんだよ」
「それはこっちの台詞だよ。」

人より少し高い身長の彼と、太陽のように輝くオレンジの髪を探して少し歩くと待ち合わせの場所の駅を挟んで真反対に彼らはいた。どうせそんなことだろうと思った。そうは言っても二人はわたし達が場所を間違えていたと思っているような表情をしている。

新幹線に乗り込みわたしは仁花ちゃんと隣に座った。大学どう?友達出来た?日向と影山くんには久しぶりに会ったけど何も変わらないね。そんな他愛のない話が飛び交う。ふと気付いて後ろを向けば、翔陽と飛雄は船を漕いでいた。朝早いのには慣れていたはずなのになぁ。高校時代の部活漬けの毎日を思い出して頬が緩んだ。

次は東京。そのアナウンスにはたと気付いて慌てて降りる用意をする。飛雄!翔陽!起きて!仁花ちゃんと協力しながら二人の荷物もまとめてしまい立つように声をかける。

慌てて降りた先は、春高バレーくらいでしか来ることのなかった東京駅。懐かしいような、それでいて何もかもが真新しいような感覚。

「……やっと着いたの?遅かったね」
「月島!」
「月島くん!」

改札を出ればすぐそこに、翔陽よりもきらきらとした色の髪を持つ月島くんがいた。
彼に駆け寄ろうとする速度をも競う変人二人を放っておいて、長身の彼に駆け寄った。

「…中島は相変わらずそうだね」
「どういうこと?あんまり変わってないかな」
「うん、騒がしい二人と谷地さんとは反対に落ち着いてるとことか変わんないね。それぐらいじゃないと困るけど」

月島くんも変わらないね。そう言うと、褒め言葉?と聞かれた。高いところからわたしを見下ろして言葉を放つ彼もまた再会を喜んでいるのだろう。そんな感じがする。


再会はとても嬉しい。けれど、こんな心境で迎えるつもりじゃなかったのに。ずっと心がどんより重たいのは孝支くんのことを少なからず気にしているからだ。

ケータイの電源を入れたのは朝起きてから。「そういえば昨日はずっと電源入れなかったね」と仁花ちゃんが言ったことで切りっぱなしだという事実に気付いたのだ。
山のような着信履歴、そしてたった一通のメッセージ。

『ちゃんと話、させてほしい。』

うだうだと文字で言い訳するわけじゃない、自分の言葉で解決したい、そういった彼の意志が読み取れてしまったせいで心臓がぎゅっと痛くなった。電話を折り返すことなんて出来なくて、かと言ってメッセージ返すことも出来なくて。意地を張っていることはわかる。一度張ってしまった意地は取り返しがつかなくて、何も言うことなく東京まで来てしまった。

「ため息出てるけど。」
「…え?」
「中島の口からそんなに大きいため息聞くことなかったから変な感じ。何?悩んでんの?」
「うーん……悩んでるのかなぁ、そうなるのかな」
「何?恋愛?浮気でもしてんの?」
「ばっばか、してないよ浮気なんて。わたしのことそんな風に思ってたの?」
「思ってない。菅原さんのことずっと一途にすきな人間だって思ってるけど、違う?」

宮城から共に東京まで来た三人は、わいわいとしながら山口くんと話をしていた。先ほど山口くんも待ち合わせ場所に到着したそうだ。
そんな喧騒の中、月島くんの発した言葉がぐるぐると脳内を巡っていった。

「…今、なんて?」
「現役の時からずっと菅原さんのことすきだったでショ。告白もしないでずっとぼんやりしてたじゃん。そのために他の男からの告白断ってたんじゃなかったの?」
「な、んで知ってるの…?」
「あ。図星だった?」

クスっと笑う彼に、カマをかけられたことを知った。確信はなかったんだ、きっと。

「……そうだよ……」
「だから恋愛系で何か悩んでるなら、菅原さんのことだと思ったんだけど。違う?」
「もう、月島くんには敵わないなぁ…違わないよ、ちょっとね、いろいろあって気持ちの整理がつかないの」
「ふーん。」

他の人らに聞かれたくないだろうし後でゆっくり話そうよ。そう言う月島くんの優しさに甘えて、また後でね、そう告げた。


東京の観光名所をふらふらと回るのは楽しかった。なんだか修学旅行みたい。たった半年前までは共に部活をしていた仲間と一緒に居る空間が懐かしくて心地よい。何もかも忘れさせてくれるような、そんな感覚。

「……スガさん、何してるのかな」

温泉旅行は終わったかな。あの女の人と何かあったのかな。何もないって信じてはいるけれど、わからないもん。
嫌な方向にばかり思考が進むのを止められない。そんなに気になるなら連絡をすれば良いのに。そう思っても簡単には出来ない。嫌でも明日になれば彼と会うのだろう、わたしが避けなければ。ちゃんと話したいとはきっとそういうこと。どうしよう、どんな顔で会えばいいんだろう。わたしは会ってどうしたい?別れたい?そんなわけない。

「中島!」
「…は、はい!」
「またぼーっとしてる。谷地さん、もうホテルのチェックインしに行ってるよ。」

月島くんに肩を叩かれて、はっと気付く。目の前にはひらひらと手を振ってわたしを呼ぶ仁花ちゃんが居た。飛雄達は山口くんの家に泊まるけれどわたしと仁花ちゃんはホテルに泊まるからそこまで送ってくれたというわけだ。

「じゃあまた明日ね、みんな」
「……中島」
「ん?」

彼らに背を向けた瞬間、右の手首をがしりと掴まれた。驚いて後ろを振り返ると、眉間に皺を寄せた月島くんが手を伸ばしてきている。

「……月島くん?」
「今夜、話聞かせてよ」
「…あ、もしかして、さっき言ってたスガさんの話…?」
「そう。」

スガさんからしたら後輩である彼に悩みを打ち明けられているなんて、嫌だろう。そう思ったから、『また後でね』を無かったことにしようとしていたのに。月島くんはそれを許さないかというようにわたしの目をじっと見つめる。

「……僕がそんなに口軽そうに見える?」
「そうじゃ、ない。」
「どうしても嫌じゃなければでいいから、三十分後に、そこの喫茶店で。」
「待っ…!」

待って。その言葉を聞かずに月島くんは背を向けて歩き出した。






「中島、良かった、来た」
「……あんな言い方されて来ないわけないって月島くんならわかるでしょう?」

座りなよ。そう言われて月島くんの向かい側に腰を下ろした。アイスコーヒーを二人分頼んで、ショートケーキを二つ頼んだ。もう夜だからケーキは…。渋った声を出すが月島くんは大丈夫、そう言い切って頼んでしまった。

「……珍しいね。月島くんがここまでして話聞きたがるなんて」
「そう?で、実際どうなわけ。付き合ってんの?」
「……うん。2ヶ月くらい前から、お付き合い、してます…」

チームメイトにその事実を伝えるのは仁花ちゃんを除けば初めてだった。自分の口で付き合っていると言ってしまうと少しくすぐったい気分になる。

「やっぱりね。何かあるなら菅原さんが相手だって思ってたよ」
「知ってたんだね、恥ずかしいなあ。」
「で、何があったの?喧嘩?」
「共通の知人に愚痴こぼすの、良くないと思うんだよね。だから、あんまり詳しく言いたくないんだけど…!」

アイスコーヒーとケーキが目の前に運ばれて並べられる。それにフォークを刺して黙々と口に運んでいくと、ハァ、と大きなため息が聞こえてきた。

「そんなに深刻なんだ?別れないの?」
「……ずっと、ずっとすきだった人を簡単に手放せない」
「そんなつらそうな顔してまで付き合いたいんだ?……あの人なら、そんな顔させないと思ってたのに」

わたしは今、どんな顔をしているのか。そんなこと考えなくてもわかる。甘いはずのケーキの味がなにも感じられない。

「月島くん、嫉妬とかする?」
「突然質問するんだね。するよ」
「するんだ…!?意外、しないと思ってた。」

そもそも、彼にすきな人や彼女がいたことがあるのかどうかすら疑問だった。浮いた話を全く聞かなかったわけではないけれど、告白されても応じない男として噂を聞いたことがある。

「今でもずっと、嫉妬してる」
「え?すきな人いるの?」
「本題からズレてるよ中島。」
「だって、いないと思ってたから……。」

彼は目の前のコーヒーの氷をカラカラと音を立てて回した。その瞬間、ぱちりと目を合わせられるとひくりと身体が揺れる。真剣な目で射抜かれると蛇に睨まれたかのように動けなくなった。

「…それは勝手に君が思ってただけでしょ。」
「そう、だね」
「菅原さんなら、中島をいつかちゃんと幸せにするかなって思ってた。あの人に彼女が出来たって知ってもちっともすきなの辞める素ぶりないからって言い訳して、何も行動出来なかった僕も僕か。」
「……月島くん…?」

これだけ言ってもわからないわけ?そう言った月島くんの意図が読めなくて、心臓がざわざわと騒ぎ出した。今の話の流れで先の話が読めるかと言われたら読めるけれど、それは想像の範疇を大幅に超えている。だって、そんなわけない。そんなわけ、ない。

「…菅原さんのことすきで、健気に想い続けてる中島のこと、ずっとすきだよ。」
「…ちょ、冗談…!」
「冗談?笑わせないでよ、そんな笑えないジョーク言うわけない。こうやって二人になれるチャンス作ったのもこれを言うため。菅原さんと喧嘩でもしてるんでしょ?仲直り出来なかったら教えてよ。その時は僕が中島のこと大切にしてあげる。」
「つ、月島くんっ……!?」
「だから、ちゃんと話し合ってみなよ。どうせ中島のことだから言いたいこと何も言ってないでしょ。そういうとこも変わんないね」

ショートケーキにはほとんど手をつけていないのに、席を立ち、千円札を一枚机に置いた月島くんは「じゃあまた明日」とそれだけ言ってわたしに背を向けた。待ってよ月島くん!その声には聞こえないフリをしたらしく、振り返ることなくカフェを後にする。

「……うそ、でしょ…」

そんな独り言は誰にも拾われることはない。どうしよう、どうしよう孝支くん。仲直り出来なかったら?そんなこと言わないで、だなんて言い返せなくて。月島くんはずっと前からわたしのことを密かにすきでいてくれたとでもいうのだろうか?どうして?どうしてわたしも気付かなかったの?

何をしたら良いのかわからない。月島くんと二人きりでカフェに居て、それでいて告白までされてしまったわたしは、昨日の孝支くんの行動に怒りをぶつける資格なんて何もないのかもしれない。「ちゃんと話し合ってみなよ」その通りだ。わたしは連絡を遮断するだけ遮断して、自ら何も孝支くんに伝えていない。
それをちゃんと自覚させてくれたのが、背中を押してくれたのが月島くん。本当に感謝しなきゃいけないのに、きっとわたしは彼の好意を無下にする。心臓がぎゅうっと痛んで、潰れてしまいそうだ。