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「じゃあ次会えるのは4日後だね」
「ちゃんと戸締りしろよ?あ、俺の家に何か置きっ放しとかだったら勝手に入っていいから。合鍵渡しとく。」

孝支くんは今日からゼミの人達と旅行に行く。二泊三日でどこか温泉旅に行くらしい。孝支くんが帰ってくるその日からわたしは仁花ちゃん達と東京に行くからすれ違ってしまって会えるのは4日後。毎日会うことが当たり前のようになってきた頃だからか少し寂しさを覚えた。

「……合鍵、」
「春乃にそろそろ渡そうかなって思ってたからちょうどいいタイミングだなって作ってた。好きに使って。」
「……ありがと、わたしも作っとく」

かわいいキャラクターのキーホルダーがついた鍵。彼の家に自由に出入り出来る特権。これはきっと、信頼の証。

「じゃあな」

玄関先で、ふわっと唇を塞がれる。触れるだけの優しいキスを落としてわたしに背を向けた彼を見送ってぱたりとドアを閉じた。

カランと手の中で揺れた合鍵をぎゅうっと握りしめた。彼からの信頼がこうも形に現れるだけで頬がどんどん緩んでいく。

「……孝支くん、すき」

お互いの家を行き来するのに抵抗はなくなった。キスもしたし身体も重ねた。順風満帆、きっと側から見てもしあわせな恋人同士。わたし自身ですらそう思えるほどに。







孝支くんのいない部屋は、少しだけ広くて、寂しかった。
もともとわたしが1人で暮らすための部屋だから広いわけではないし、孝支くんと付き合うまでは1人で居ることに何の違和感もなかった部屋。

ふとした瞬間に目に入る彼の置いていった服とか、忘れていった教科書、色違いで買った歯ブラシ。お互いがお互いの家に行き来している形跡はたくさんある。それが寂しいと感じることがあるなんて。

おもむろに取り出したスマートフォン。着信は無い。そりゃそうだ、彼は今友人と一緒に居るのだから。

「……うぅ、女の人いるんだろうなぁ。」

はっきりとは聞けなかった。及川さん達と行く、とは聞いたけれどそのメンバーが誰かなんて踏み入って聞く勇気がなかった。だから誰と今何をしてるかなんてわからない。

もやもやとした気持ちを抱えてはいるものの、わたしだって明後日からは飛雄達と東京に行く。人のことは言えないし、と黙るしかない。

LINEを開いて彼のページを開く。今何してる?宿にはもう着いた?なんて聞きたくても聞けなくて、どうしようかと迷った結果、とりあえずスタンプを送ってみることにした。

「……うざい彼女の典型になりつつある……」

ひとりごちた言葉達は誰にも拾われることなく消えていった。あぁ、今日バイトしたかった。なんで休みなんだろう。店長のばか。出勤希望出したのに。

ごろごろとベッドで寝転んでいると、ピロンと音を立ててスマホが光った。慌てて画面を見ると、そこには「谷地仁花」の文字。

「……仁花ちゃん!」
『あ、もしもし春乃ちゃん。今電話して大丈夫?』

明日、東京旅行で必要なもの買いに行かない?そのお誘いに二つ返事で了承したわたしは、彼女に明日の夜わたしの家に泊まりに来ることを提案した。それいいね!そう言ってキャッキャと笑いながらお泊まり会が決まれば、部屋をぐるりと見渡して掃除の必要を考える必要がある。最近綺麗にしたばかりだから大丈夫かな。

気晴らしにお風呂に入ろう。そう思い立ってお風呂を洗ってお湯を溜めた。雑貨屋で買った好きな香りのする入浴剤を入れて鼻歌を歌いながらお湯に浸かった。

お風呂から上がって冷蔵庫を開けると、孝支くんが買ってきていたサイダーがあった。寂しくてむしゃくしゃする、そんなの理由にはならないけど勝手にそのペットボトルの蓋を開けてごくりと飲み込む。冷たい泡がしゅわしゅわと喉を潤していった。

「……あ、電話?」

スマホがまた音を立てて揺れる。仁花ちゃんかな、そう思って画面を覗き込むと「菅原孝支」の文字。

慌ててサイダーを机に置いて、スマホの画面をスライドした。

「こ、孝支くん!!」
『春乃?今なにしてんの』
「お風呂上がりだよ、孝支くん旅行中なのに大丈夫なの…?」

大丈夫大丈夫〜。いつもの明るい笑い声が電話口から耳をくすぐる。

『今、俺の買ってたジュース飲んでんだろ?』
「…ばれてる……」
『春乃飲むかなーって冷蔵庫入れといたやつだから好きに飲んでいいよ。寂しくねえ?大丈夫?』
「あした仁花ちゃん泊まりに来ることになったから寂しくない…うそ、ちょっとだけ寂しい。孝支くん楽しんでおいでね?」

声が聞けて嬉しい。そう言えば、優しい声で俺も、と返してくれた。今浴衣着てるのかな、見てみたいな。そう思ったけど心のうちに秘めて電話を切る。

「……孝支くんはエスパーなのかな」

電話を切った直後、画面には「菅原孝支が画像を送信しました」の文字。開けば浴衣を着ている彼と及川さんの姿。

及川さんが自撮りしてくれたんだろうな、孝支くんすごく笑ってる楽しそうだな。すぐに画像を保存して、もう一度眺めた。

後ろに写る女の人や男の人はきっと孝支くん達と一緒に旅行している人なのだろう。やっぱり女の人いるんだなぁ。

少しもやっとした気持ちに気づかないふりをして、浴衣の孝支くん素敵だね、と返信した。








「仁花ちゃん!」
「春乃ちゃんお待たせ〜!」

お昼時に待ち合わせして近くのカフェに入る。日替わりランチを頼んで会話しながら食べて旅行の準備をする。ただの買い物であっても仁花ちゃんと居ると何でも楽しい。

「そういえば昨日聞くの忘れたんだけど、今日泊まりに行っても大丈夫だった?菅原さん居ないの?」
「スガさんは及川さん達と旅行なんだって。」
「……顔がこわ〜い!」

ぷぷっ、吹き出して笑う仁花ちゃんを小突いてやればゴメンゴメンと謝られた。怖い顔なんてしたつもりはないけれど、それなりにもやもやとしていることが顔に出てしまったようだ。

「…だって、浴衣めっちゃかっこいいの」
「菅原さんの?」
「うん。でも女の人もいるの、もやもやする…。」
「そっかぁ。ヤキモチだ!菅原さん喜びそう」
「でもわたしも明日から飛雄達と旅行だもん。同じようなことしてるから言わない。」

わたしも浴衣のスガさんと過ごしたかったよー。そう拗ねると、旅行行くんでしょ?とにやにやした仁花ちゃんがわたしの目を捉えた。

「…うん、今度ね、旅行するよ。」
「春乃ちゃんしか知らない菅原さんがたくさん見れるよ、きっと。」

アイスコーヒーをごくりと飲むと心地よい苦味が広がる。わたししか知らない、菅原さん。その菅原さんをわたし以外の女の人が知っている可能性。そんなことばかり考えてしまうのをやめたいけれどやめられない。

「……はぁ、ため息ばっかついてたらきっとフラれるのわかってても出ちゃう〜」
「たぶん春乃ちゃんは知らない女の人が側にいるのが怖いんだろうね。菅原さんからしたら影山くん達は知ってる後輩だから何も言わないんだろうけれど、春乃ちゃんからしたら知らない人だもんね」

ふわっと笑いながら仁花ちゃんは言う。それはきっと的を得ていて、それでいてどうにもならないものだ。

「さ、買い物行こ。何が必要かな?」
「小さいシャンプーとか買いに行こうよ!」

仁花ちゃんと一緒に居るのは、とても気が楽だ。2人でふらふらと街を歩いて、必要なものを買った。気が付けば夕方になっていて、わたしの家に向かう。帰りにジュースやお菓子を始め食べ物を買って帰ればお泊まり女子会の準備は整った。

クーラーをつけて買った物を冷蔵庫に片付ける。それが終わればテレビをつけて横に並んで座りながら口が開いていく。女子はどうしてこうも話すことがすきなのだろうか。

「で、春乃ちゃん菅原さんと順調なの?」
「順調、なのかなぁ〜。へへ、毎日しあわせだよ。」
「あーいいなぁわたしも恋人欲しい!!」

目の前にお菓子とジュースを広げてつまみながら話す。花が咲く話題はやっぱり恋の話。

「スガさんの浴衣見る?めっちゃかっこいいよ」
「見る!」

カメラロールを開けば及川さんと彼のツーショットが見つかる。かっこいいでしょ〜!自慢気に見せると仁花ちゃんはそれより違う写真を開いてきた。わたしと孝支くんのツーショット。これはつい最近一緒に夜ご飯を食べに行った時のもの。

「春乃ちゃんこんな顔して笑うんだね〜」
「ど、どんな顔…!」
「菅原さんも。はぁーお互いすきって伝わる顔してる!」

恥ずかしくなって画面を真っ暗にしても、仁花ちゃんのにやにやは止まらない。「もっと菅原さんとのラブラブショットないの?」そう言う彼女の口に目の前のチョコレートを突っ込んで黙らせた。

「……あれ、誰これ」
「ろーひはほ」
「口の中の物飲み込んでからで良いよ仁花ちゃん。」

ポン、と音を立てて光った画面には見知らぬ名前が表示された。『Yuri が 画像を送信しました』それだけ表示されている。最近よくあるスパムと言われるものだろうか。不審に思いながら開くと、そこには浴衣姿の及川さんが居た。

「……え、」

その後ろに写るのは、わたしのよく知る彼だ。

「春乃ちゃん?神妙な顔してどうしたの」
「……誰、この人」

ふわふわとした茶色の髪。綺麗な顔。同じ浴衣を着た女の人が、孝支くんの頬を両手で摘んでいて、彼もまたそうしていた。
ぶわっと心を占めるのはどろどろとした黒いものだ。きっとただの女友達だとわかっていても、心がずしりと重たくなるのがわかった。

「……春乃ちゃん?」
「スガさんは女友達も多い人なんだとは思うよ…だからなんでもない、なんでもない」
「春乃ちゃん!」

数枚の画像がYuriという人物から続いて送られてきた。そのどれにも孝支くんが写っている。しかも、同じ女の人と常に横にいる。ぞわりと背筋が凍りつく感覚。どういうことなんだろう、コレは。

「大丈夫!?何が写ってるの?」

わたしの肩を掴み、揺すりながら仁花ちゃんが言う。スガさん。そう発されたわたしの声はひどく弱々しくてすぐに消えていった。

「……この茶髪の人がユリって人なのかな?」
「わかんない…他にも写ってる女の人何人かいるし……」
「菅原さんはちゃんと春乃ちゃんのことすきだし疑うようなこと無いと思うけど…でも心配になっちゃうよね…」

広がってしまった心のもやは簡単には消えない。仁花ちゃんがわたしの頭をぽん、と撫でた。自棄になって目の前に置いていたチョコレートを3粒口に投げ入れた。

「…むぅ、あまい」
「チョコレートだから当たり前だよ」

食べて嫌なことは忘れよう!そう言う仁花ちゃんに頷いて、ポテトチップスの袋を手に取る。ピッと音を立てて袋を破ると、それと同時にわたしのスマートホンが音を立てた。

「……え、仁花ちゃんどうしよう」
「どうしたの?」
「スガさんから、電話きた。」

『着信中』の文字の下に大きく出てくる『菅原孝支』の文字。なんで急に電話?部屋で1人になったの?周りで人がいる状態では電話しないよね?

「出ないの?」
「……出ない。切れるまで放っとく」
「とか言って本当は出たいくせに。意地っ張りだなぁ、春乃ちゃん」

仁花ちゃんの言う通り、出たい。今きっと彼の声を聞くことが出来たらわたしは心底安心する。だから出たい。けれど、見知らぬ女の人からの写真が頭をちらついて離れない。

「春乃ちゃん、切れちゃうよ?」
「うう…でも、うー…出るよ、うん」

少し震える指で画面をスライドすると、通話画面に切り替わる。恐る恐る耳を当てると、そこからはガヤガヤとした音が聞こえてきた。

「……ねえ、もしもし?」

何も声を発さない電話の奥から聞こえるのは、ぱたぱたとした足音やガチャガチャと何かを動かしたりしているような音。何度かもしもし、とわたしが声を発しても返事はない。ポケットの中で間違えて通話を押してしまったのだろうか。

「孝支くん?」
『…孝支くん?だって!ねえスガの彼女めっちゃ可愛いじゃん!』

すっと背筋が凍る感じがした。高い声が耳を通り抜けていく。

「…こ、孝支くん、じゃ、ないですよね」
『あっハジメマシテ〜!!わたし園村咲良っていうんだけど!あっちょっ取らないでユリ!』
「え?」
『もしもし?』

ユリ。そう女の人が叫んだ後の電話から聞こえる声が変わった。

『写真、見ました?』
「……何が、したいんです…?」

声が震える。切ってしまいたいけれど、切れない。くすくすと笑う声が聞こえる後ろからさっきの女の人の声が聞こえてくるもののその内容は聞き取れはしなかった。

『スガくんの初めての彼女です。ハジメマシテ』
「…え?」
『わたしね、スガくんのこと諦めてないの。だから、ヨロシクね、春乃ちゃん?』
「……い、やです…」

この人の意図が読めなくて、怖くて、不安が募る。彼の元カノが旅行に居るなんて知らなかったし、その人がわたしに画像を送ってきたことも電話をかけてきていることもどう対応していいのかがわからない。

『スガくんとわたし、相性良かったと思うんだよね。』
「……え?」
『全部言わなきゃだめかな?……っちょ、咲良やめて、酔っ払いはどっか行って』

ガタガタと音がした。携帯を落としたのか耳がキンとするような音が耳を突き刺してきた。胸がざわざわとして落ち着かない。どうしよう、もう切ってしまおうか。そう思った瞬間に聞こえたのは今一番聞きたくて、それでいて聞きたくなかった声だった。

『……春乃!』
「…こ、うしくん…?」
『ごめん、今なんかみんなめっちゃ酔ってて。やっと俺のスマホ取り返せた。変なこと言われてねえ?大丈夫?』

大学生が何人も集まって泊まるというのならお酒は付き物なのはわかっている。酔っ払った女の人がふざけて友達の彼女に電話をかけるシチュエーションだって容易に想像がつく。
けれどそれを特に何もなかったことにすることなんて出来なかった。それはきっとあの画像のせい。孝支くんが女の人と仲良く写っている写真のせいだ。

「……ばか!孝支くんの、ばか!!」
『ちょ、春乃!?』

きっとこういう状況は彼の元カノの思う壺なのはわかっている。急いで電話を切ってそのまま電源を落とし、ベッドに放り投げた。

「……春乃ちゃん…」
「ごめん仁花ちゃん、わたし今めっちゃ心が狭い。スガさんのことになるとこんなに余裕なくなるなんて思ってなかった。」
「わたしもごめんね、出ること勧めちゃったし…。とりあえず!明日からの旅行に備えてお菓子食べようよ!!ね!!」

仁花ちゃんが一緒に居てくれるから泣くのは我慢したけれど、一人だったらきっと今わたしは泣いていただろう。
わたしはこの日初めて孝支くんからの連絡を無視して、彼にこの黒い負の感情をぶつけてしまった。