高校のバレー部に、マネージャーは3人いた。1人は同級生の清水潔子。美人で仕事も出来る彼女は俺たちバレー部のマドンナ的存在といっても過言ではなかった。 もう1人は、谷地仁花。この子は清水が直接勧誘してくれたマネージャーだ。あたふたした様子をよく見せていたが、それはそれで見ていて飽きないタイプの好感の持てるマネージャーだった。
もう1人は、中島春乃。谷地と同じ学年だけれど、入部は影山たちと同時期だったな。クールではないけれど、ゆるふわ系ともちがう。なのに女の子らしいところもあった。 一生懸命サポートしてくれて、嬉しい時には一緒に笑ってくれて、悔しい時には誰よりも泣いていた。感情が豊かで、嬉しい時も悲しい時もいろいろな表情を見せてくれる彼女に惹かれたのはいつごろだったのだろうか。そんなのもう覚えていない。
バレーに必死だった俺は、現役部員として活動している間は絶対にこの想いをひた隠しにすることを決めていた。引退してから告白しようと思っていたけれど、出来なかった。 彼女と同級生である影山にポジションを奪われた2つ上の先輩。影山と仲良くする彼女を見かけるたびに胸が痛んだ。すきだと言う勇気もないくせに嫉妬だけは一人前で。大地にも誰にも言えなくて、この恋は無かったことにしようとも思ってた。実際無かったことにしていたから何も起こらなかったんだと思う。 卒業式に第二ボタンを貰いに来てくれたら、と思っていたけれどそんなこともなく。初恋は実らないっていうし、切なくて温かくて懐かしい、そんな恋は儚く散ったんだ。
そんな彼女が、俺の大学に入学していたなんて偶然にしては出来すぎているような気がしなくもない。 ただ、嬉しかった。 残念ながらずっと彼女に恋い焦がれていたわけじゃなくて、大学に入ってから彼女を作ったことがあった。同じ授業を取っていた時にグループワークが同じだった女の子。その子に告白されたからなんとなく付き合ったけれど、そんな付き合い方では長く続くわけがなかった。たった1ヶ月で別れてしまって、やっぱりお互いちゃんとすきだと思っていないと駄目なんだなと気づいて以降、彼女は作っていない。
「スガさん」と澄んだ声で俺を呼ぶ彼女の表情が頭から離れない。出会い頭に呼ばれたのはたった一言だった。それだけで俺の心は一瞬にして簡単に高校時代に引き戻されてしまったんだ。
◇◇◇
「っていうわけでさ、中島と谷地が同じ大学だったって判明したわけ」 「ほう、スガ、知らなかったんだな」 「ん?大地は知ってたべ?」 「俺も知ってた。」 「旭まで……まさか清水、」 「うん。私も知ってた。ていうかなんで知らなかったの」
烏野の同級生で久しぶりに呑もうぜ!と唐突に集まったこの3人に罵倒されるかのように俺は言葉を刺されまくった。遠慮なしに言う物言いが落ち着くし、信頼されていることも感じるからいいけれど、なんで俺だけ知らなかったんだろう。 清水が唐揚げを箸で掴みながら、俺の目を見て話す。
「菅原、まだ春乃ちゃんのこと好きなの?彼女いた時期もあったからもう違うと思ってたけど、春乃ちゃんの話をした途端に顔が変わりすぎよ。」 「は……?」 「何、バレてないと思ってたんだ。現役の頃から知ってたよ。菅原はわかりやすいから。」 「ま、まさか……お前らみんな知って……!?」 「スガ、中島と話すときは異様に柔らかい雰囲気になってたからなあ。西谷達は気づいてたかどうかは知らねえけどな。俺らは知ってたよ」
大地が笑いながら言うと、アルコールによる熱さとはまた別の熱が顔に集まるのが嫌でもわかった。知ってたなら言ってくれよ、と思ったけど、部活に受験に必死でそれどころじゃなかったのも事実だ。あの時に俺の恋愛に口を挟めるほど、みんな不真面目に部活をしてなかっただろうし。
「はあー。なんだ知ってたのかよ!ムカつく!生おかわり!!」
ニヤニヤしながら俺の話を聞こうとする大地、ちょっと申し訳ない顔をしながら生のグラスを店員から受け取ってくれる旭、相変わらずクールな表情を崩さない清水に尋問されるであろう俺はとりあえずキンキンに冷えたビールを流し込んだ。
「菅原はこれからどうするの」 「連絡取ればいいだろ、ラインも変わってねえだろうし」 「大地は簡単に言うけど、いきなり2個上の先輩からライン来るの怖いだろ。旭は彼女とどんなラインしてんの」 「え、ふつうに、今日の授業しんどかったとかバイト楽しかったとかそんな。」 「普通すぎる…旭ほんと参考になんねえな…」 「菅原って結構奥手なのね。今度春乃ちゃんと仁花ちゃんと3人でご飯行くからちょっかいかけておくね。」 「やめてくれ……」
居たたまれなくなった俺は、頭冷やして来るとだけ告げてトイレに向かった。用を足して席に戻ろうとした時通った場所がやたらと大きな声で騒いでいて、この時期だしどこかしらのサークルが新入生歓迎会でもやってんのかなー、と通り過ぎようとした時だった。
「菅原さん!!!」 「は?」 「た、タタタタ助けてください!!!!」
服の裾をぐいっと引っ張る女の子は、谷地。どうしてここに?ていうか谷地が走って来た方向は先ほどの馬鹿騒ぎしているテーブルだ。この騒いでる人達の中にいたのか?何してるんだ?聞きたいことは山々だったがあまりにも必死な顔で俺を引っ張る谷地に、ただ事ではないと訴えかけられるようでついていった。
「……中島?」 「春乃ちゃん!!!!大丈夫!?!?ほんとごめん、気づかなくて、ごめん!!」
谷地に引っ張られて行ったトイレの近くの廊下に蹲っている人影があった。よく見たら先日再会した俺の想い人で。けれど見たこともないぐらい顔色が良くない。ぐったりとした彼女に谷地が駆け寄り、声をかけた。
「ちょ、……ひと、かちゃ……」 「そこで菅原さん見つけたの!!助けてもらおうよ!!!」 「な、んで……めーわく……じゃん……」 「でもこうでもしないと春乃ちゃん抜けれないよ!」 「どうした、中島」
思わず彼女に駆け寄ると、ふんわりとお酒の匂いがした。まさか飲みすぎたのか?まだ未成年だろ、何やってんだ。こんなに潰れるまで飲んじゃダメだろう。
「……や、だ……」 「すいません、バレーサークルの交流会に春乃ちゃんもついてきてもらったんですけど…春乃ちゃんの隣に座った先輩がたくさん飲ませたみたいで……ジュースだって嘘ついてカクテル飲ませたり、お水だって言って日本酒焼酎渡したり……」 「仁花……や……も、やだ……スガ、さん……は、やだ」
彼女の顔を覗き込めば、涙の膜を張った目で俺を見ながらささやかな拒絶を示した。スガさんは嫌だ。そうたしかに言った。俺じゃなければ良いのか、と胸が痛むとともに、この子をここまで飲ませた奴にイラついてしまう。
「春乃ちゃんのカバン取ってくるんで、菅原さん、この子連れてどこか逃げてもらえませんか!?」 「ちょ、ひと、……か……む、り」 「わかった。今日偶然大地たちと来てるし清水もいるからなんとかする。」
後輩を助けたい気持ちもあるけれど、半分はきっとすきな子だからだ。こんなところで潰れた彼女を見殺しに出来ないし、助けるなら俺が良い。 谷地が走ってカバンを取りに行ったのを横目に見ながら、中島に手を貸して立たせようとしたが彼女の力は入っていないようで立つことすらままならなかった。
初めて彼女にここまで近づけたと、この場にそぐわないことを考えている俺は、だめな人間だろうか。 それと同時に、この現場に居合わせてよかった、助けたのが他の男じゃなくて、頼られたのが俺で、よかったとも思ってしまった。
「……すがさん……」 「中島、ごめんな、肩借りるぞ」
谷地が持ってきた鞄を受け取って、彼女の肩を担ぐように抱えた。ふらりとする彼女を支えたけれど、思っていたよりも軽くて女の子だという事実を突きつけられて、少しだけ胸が高鳴ってしまう。ああ、久しぶりに会ったけど、やっぱり、すきだ。
|