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「スガちゃん!おはよ!」
「元気だなあ及川…。」

ゼミの集まりに来るといつも及川は楽しそうに俺に声をかけてくる。太陽がジリジリと照りつける中歩いて来たため汗が少し滲んでいる今の俺にとって、テンションの高い及川は少し暑苦しく感じた。

「誕生日、どうだった?」
「ん?何がどう聞きたいんだよ」
「中島ちゃん。頑張ってた?」

頬杖をついてニヤニヤとしながら声をかけてくる及川に、嫌な予感がした。

「……お前、春乃になんか言っただろ」
「うん。ピュアッピュアな中島ちゃん見てるの面白いし揶揄ったんだよね。じゃあ真っ赤な顔してあたふたしてたから、ホントに言うか不安だったけど。スガちゃんのその様子じゃ実践したんだね?はぁもうお前ら見てて飽きない!」
「うるさい!及川には!関係ないって!前も言った!」

大きく溜息をついて、先日の春乃の行動の犯人を睨みつけた。及川にそんな話をされているというところも悔しいし、面白がられているというところも面白くない。

「そんなんだからお前は彼女いねえんだろ…」
「あースガちゃん俺のこと馬鹿にしたね?及川さん結構モテるんだよ?」
「モテるのは知ってるべ……」

青葉城西との練習試合に女の子がキャーキャーと叫んでいたことは烏野に居たのならばよく知っていることだ。

「だからさ、スガちゃん。困った時は頼りなよ?」
「及川に頼るぐらいなら自分で解決する。」

酷いなぁ!そう言いながらもけたけたと笑う及川を憎めないのは、こいつの人柄の良さなんだろうなぁといつも思わされる。

「及川!スガ!」
「ん?なんだ咲良じゃん、どうしたの?やっと及川さんの良さに気づいた?」
「旭くんだけで充分で〜す!」

ゼミで集まっているといつも旭の彼女は俺たちに話しかけてくる。いつもと変わらないその姿の中でいつもと少し違っていたのは、彼女の胸元に大量の資料が抱えられていることだった。

「なぁ咲良、何持ってんの?」
「ん?ちょっと待ってよ〜?みんな、こっち来て〜!ゼミ旅行決めたいの!」

その部屋にいたゼミのメンバーを大声で集めた咲良は、満足げに俺たちのいる机に旅行のパンフレットをばさりと広げた。

「大学生なんだから遊ばなきゃ損!夏休みだよ?ゼミメンバーで旅行しよって話してたじゃん、本格的に実行するよ!」

『沖縄』『北海道』『東京』『岡山』『福岡』『大阪』様々な土地の名前が書かれた冊子が何冊も広がる机の上から、1つ手に取った。適当に手に取ったものは『大阪』。たこ焼きやらお好み焼きやらがたくさん書かれている。
そうか、夏休み。もうすぐ夏休みがやってくる。1ヶ月を越える自由な期間なんてきっとあと数年すれば二度と手に入らなくなるものだ。今のうちに楽しまなければと思うのも無理はない。

「……旅行かぁ」
「なにスガちゃん。どうせ今考えてるのゼミ旅行のことじゃなくて中島ちゃんとの旅行でしょ!わかりやすくニヤニヤしないでよ〜」

無意識に緩む頬を隠すように口元に手を当てた。

「俺、そんなわかりやすい?」
「スガちゃんが中島ちゃんのこと考えてる時ぐらいわかるよ。付き合ってからは隠す気もないでしょ。最近どんくらい会ってんの?」
「ほぼ毎日会えてると思う。どっちかの家で泊まり合うこと増えたからな〜」

春乃のことをふと考えてしまうのも、たくさんのことを思い出して愛おしさを痛感するのも、仕方ないだろう。
毎日のようにどちらかの家に行き来するようになったのは俺の誕生日あたりから。あの日を境に少しだけ距離が縮まったと思うのは自惚れではないだろう。

「はいはい、スガの惚気は旅行でどんだけでも聞いてあげるから!男子で場所決めちゃってよ!そこからホテル押さえたりはわたしらがやるからさ!ね!ユリ!」
「うん、そうだね」

ゼミの開始時間が近づいてきたため咲良は俺たちにパンフレットを押し付けて席に戻ろうとした。その隣にはいつの間にか高梨がいて、ふわりと俺を見て微笑んでいる。

「スガくん」
「ん?なに?」
「スガくんの彼女さん、どんな人なの?」
「え、なんで?」
「そんなに愛されてるの、気になる」

ざわっと何か嫌な予感がした。何がと聞かれてもわからない、ただの勘。

「そんな怖い顔しないでよ、ただの興味本位だよ。」
「高梨、」
「ユリってもう呼んでくれないの結構寂しいんだけど。スガくん」

ふふふ、そう笑いながら俺の隣に腰を下ろした。

「ゼミ始まるけど席戻んねえの?」
「スガくんの隣座る。ね、及川くんもいいでしょ?」

彼女のことを避けてきたわけじゃない。普通に話すし、友達に戻ろうと言われたあの日からちゃんと友達として距離を保ってきた。ただ、俺の勝手な理由で別れたわけだから申し訳無さはずっとあった。ゼミが一緒だと知った時どうしようと思ったけれど、ふわっとしたあの当時と変わらない笑顔で『スガくん』と呼ばれて特に何もないものだと安心しきっていた。

「……なぁに?」
「なんでもねえべ。」

ゼミ旅行、元彼女もいるって知ったら春乃は嫌がるだろうか。きっと嫌だと思ってはいても何も言わないだろう。そういう人だ、春乃は。




◇◇◇




「ってなわけで及川とかとゼミ旅行行こうってなってんだけど、良い?」
「ゼミとか聞くと、孝支くん3年なんだなぁって思うなあ……」

わたしなんてまだ入学したばっかなのに。そうくすくす笑いながらキッチンに立って洗い物をする春乃を見つめた。

「わたしも、夏休みは旅行行くかもしれない」
「誰と?」
「飛雄と翔陽と仁花ちゃん。月島くんと山口くんに会いに東京行こうって。」

胸がざわっと音を立てた。男と一緒に旅行に行くという報告を、そんなに嬉しそうな顔でされることがあるなんて、ましてやそれに嫉妬することがあるなんて想像もしなかった。

「……孝支くん?」
「あ、いや。いいなぁ、俺も後輩に会いたくなってきた」

春乃も俺が旅行に行くメンバーに女の子がいるって知ったら同じ気持ちになるだろうか。それとも何とも思わないかな。俺がこんなこと思うだなんて知ったら、心が狭い男だと思われるだろうか。

「孝支くん、ねえ……!」
「ん?」

洗い物を終えた春乃がすたすたと俺の方に走ってくる。ベッドに腰掛けて横を叩くとそこに腰を下ろしてじっと見つめられた。

「わたし、孝支くんと旅行してみたい、です」
「え?」
「今日、飛雄たちとLINEしてて思ったの。孝支くんと、どこかに行きたいなあ…って。だめなら、良いの。予定が合えば…!」

俺だってゼミ旅行決める時に春乃との旅行を考えた。同じだったんだなって知るだけでふわりと胸が熱くなる。

「最近の春乃サンは積極的でスガさん困っちゃうなあ」
「え、ごめ…!」
「違う違う。嬉しすぎて困る。俺だって及川達と話してる時春乃との旅行を考えたよ」

すっと春乃の頬に両手を這わせると、春乃は両目を閉じてふわりと笑った。

「……おなじだったんだね」

俺の手に自分の手を重ねて、目を細めてしあわせそうに笑う。どこ行こっかなぁ。そう呟く彼女の顔をぐいっと引いて上を向かせて、声を遮るように口を塞いだ。

「……!ん、!」
「春乃、口開けて」
「えっ……んあ……!や……!」

少し開いた唇の隙間から舌をねじ込むと彼女の熱い舌が触れる。舌が絡む度に春乃の肩がぴくりと揺れるのを俺は見逃さなかった。

「……ふ、っう……」
「…どこ行きたい?俺、春乃とならどこでも良い」
「……わたしも、っん!……ぅぁっ……ん、ん……!」

質問しておいて答える隙なんて与えてやらない。同じ気持ちだとわかったのならば、すぐにでも行き先を決めてしまいたい気もするけれど。でも今はもう少し春乃を甘やかしていたい。

「……春乃、」
「孝支くんの、ば、ばかやろう!!どこに行くかなんて決めさせる気、ない!」
「だって可愛いんだもん仕方ねえべ」
「かっ…!」

頬がかあっと赤くなるのが目に見えてわかるもんだから思わずふっと声を出して笑ってしまった。

「ユデダコ!」
「うるさい…、孝支くんが恥ずかしいこと言うから悪いんだ……」
「そんなところが可愛くて仕方ないんだよ。」

今更そんな些細なことに照れるような関係ではないだろうけれど、未だに俺の言葉ひとつひとつに反応してくれる春乃が愛おしくてたまらない。

「そりゃっ!」
「ひゃあ、っ!」

肩を押してそのままベッドに身体を倒すと簡単に春乃は布団に沈む。目をまん丸にして驚く春乃の顔の横に手をついてしまえばもうこっちのもん。真っ赤になった春乃があたふたしてるけれどそんなのは御構い無し。

「……春乃ちゃーん」
「や、な、なに、なにするの」
「わかってるクセに」
「……な、なんで今そんなスイッチ入っちゃったの……?」
「なんかいろいろ考えてたら春乃のことすきだなぁーって思ったから」
「……わたしだって、すきだよ」

春乃の声が紡ぐ「すき」という2文字が耳に届く。その時にはもう彼女の首筋に唇を落としていた。