するりと彼の手が服の中を這う。お腹に触れた手の感触がぞくりとした感情に変わる。無造作に撫でるその手が、熱い。息がしづらい。
「……ん、あっ孝支くん、」 「もう我慢しねえって言ったべ。覚悟しといて。」
口角を上げた彼に見下ろされると心臓の奥の方がぎゅっと締め付けられた。煽ったのは紛れもなく自分だけれど、想像していた5倍くらいの緊張が襲ってくる。服の中に触れた手も、わたしの頬を撫でるその手も、全部が熱くて溶けていきそう。
「…こ、し……く、」 「はぁ。んな顔すんなって。」
頬に添えられた手に力が込められたと思うと、孝支くんの顔が近づいてきて、ふわりと唇を塞がれた。息が上手く出来なくなって口を開くと、そこから彼の舌がぬるりと侵入してくる。触れる部分全てが熱くて、血液が沸騰していく感覚。脳みそがどろどろに溶かされていく感覚が、怖くて心地よい。
「…っはぁ、!」 「春乃、鼻で息してみ?たぶんもうちょい長くキス出来るから」 「そんな、余裕、ない……っんう、!」
余裕ないって伝えても彼はそれを少し笑って躱していく。再び塞がれた唇、触れ合う舌が熱い。精一杯息をしようとするけれど、やっぱり上手く出来ない。孝支くんの触れる場所に意識が集中してしまって、何も考えられない。
「……っん!ん、!」 「大丈夫?」 「……だ、っ……」 「春乃、かわいい」 「ひぁっ…!あ、っ……!」
背中に差し込まれた手が背筋をつうっと撫でる。ぞくぞくとした電流が背筋から脳、つま先まで駆け巡ってびくりと身体が震えた。パチン、音が鳴って胸の締め付けが緩くなったところでホックを外されてしまったことに気付いて、心臓がまた動きを早めた。
「…怖い?」 「こわく、ない、孝支くんだもん…」 「…春乃のズルいとこはそういうとこだな。」
着ていたシャツと下着をするりと放り投げられてしまえば、羞恥で顔が熱くなる。見られたくなくて彼に背中を向けるように枕に顔を埋めた。せめて、電気だけは消したい。
「春乃、見たい」 「せ、せめて…電気消したい……!」 「だめ、見たい。」
ふるふると首を横に振るしか出来ない。恥ずかしさにじわりと涙が滲んだ。それを楽しそうに眺める孝支くんに胸がきゅんとするけれど、それとこれとは別。ベッドの近くに置いてあったリモコンに手を伸ばそうとすると、その手首がぎゅっと掴まれた。
「……春乃、可愛い、」 「ひ、あっ…!やぁっ……」 「ほんっとかわいいなぁ」
後ろから覆い被さるように腕を掴まれて身動きが取れない。耳元でかわいいだなんて囁かれるとぞくぞくとする。背中に彼の身体が触れているのがわかる。熱い、こわい、怖くない、どうしよう。 彼は手首を掴んだ手を離し、その手でわたしのショートパンツに手をかけた。太ももを撫でたあとするりと降ろされてしまうけれど何も抵抗が出来ない。
「おね、が…電気だけ…、は、はずかしくて死んじゃう……!」 「…仕方ねえなぁ、消すから、こっち向いて?キスしたい」
彼の手がわたしの頭上にあるリモコンを取った。電子音と共に暗くなった部屋は、月明かりと街灯だけが照らしている。
「な?こっち向いて、春乃」 「や、だぁ……」
俺もやだー。声を出して笑う音が耳をくすぐる。ちゅっと音を立てて耳に唇が落ちた。それだけで全身が粟立ってしまう。ずるい、わたしがそうされて抵抗出来なくなることを孝支くんはきっと知っている。
「……なぁ、春乃」 「も、もう、わたしだけが服脱いでるの、やだあ!ばかやろう!」
観念して身体を動かし彼の目を見てそう文句を告げれば、少し見開かれた目がすっと細められた。ばさりと脱いだTシャツが放り投げられれば、目のやり場に困ってしまう。 高校生の時に幾度となく見た試合前の着替えとは訳が違う。3年前とは、違う。あの時とは違う。彼のことをしっかり男だと認識してしまったからには直視なんて出来ない。
「春乃、目、開けて」 「孝支くん、こまる…!」 「俺だって目のやり場には困るけどちゃんと見たいからこっち向いてもらったのに、目が合わないのは寂しい。春乃、」
薄っすらと目を開くと彼の丸い大きな目がわたしのそれをじっと見つめる。ふわりと唇が触れた。唇から全身へ熱が伝わっていくのがわかる。
「……孝支くん、」 「かわいい」 「…っ、かっこ、いい……」
彼の手が首筋をつうっと撫でた。鎖骨から胸に手を滑らせられると、初めての感覚に身体がびくりと震えた。
「…ん、」 「優しくしなきゃ、って思うけど、かわいすぎて、無理かも」 「……えっ、?んあ、」
彼の舌が首筋から伝っていく。こんな感覚、知らない。待って、そう弱々しく呟くわたしの声は彼に届かない。
「……ま、っあっ!」 「すきだ、春乃」 「…ん、!」
ぴりりとした痛みが鎖骨の下あたりを襲う。その痛みは甘い痺れとなり脳の回転を鈍くさせていく。孝支くん、孝支くん、うわごとのように口から出るのは彼の名前と、自分でも聞いたことのないような甘い声。
ショーツの上から撫でられた瞬間、経験したことのない感覚が全身を駆け巡った。ひくりと震えた身体を孝支くんは優しく愛撫していく。
「ん、っあ、んっ、」 「春乃、かわいい。」 「や、だぁ……なんか、へん、」 「…煽んなって……。」
可愛い、すき、春乃、耳元で何度も甘ったるく言葉を発されるとそれも相まって全身を電流が駆け巡る。
「こ、っ…!孝支!くん!」 「なに?」 「…あっもう、わかんない……!」
ふっと笑みをこぼした彼はするりとショーツを足から引き抜いた。そのまま彼の手が優しく触れると、自分でもわかる濡れた感覚が恥ずかしくて仕方ない。
「……ちゃんと感じてる?」 「い、言わない、で…」 「嬉しい。痛かったら言えよ?やめてやれねえと思うけど…」 「……っう…!」
異物感が伝わってくる。誰も知らない場所をだいすきな彼の指が暴いていく。少し痛い気もするけれどそれよりも目の前で満足そうに笑う孝支くんを見るとどうでもよくなってしまう。
「……こ、し…こうし…!」 「大丈夫?」 「だ、いじょぶ…」
頭がぼんやりとする、身体がびくりと揺れる、耳元で彼の声が聞こえる、優しくキスされる、もう、何が何だかわからない。指、舌、唇、全てを使ってわたしを知らない世界に連れていくようなそんな感覚。ふわふわする。
「……そろそろいいかな」 「こ、しくん……!」 「ちょっと待ってて、ちゃんと着けっから…」
一度ベッドから降りて自分のカバンをがさがさと漁る孝支くんをぼんやりと眺めた。本当に彼と一線を超えてしまう事実を改めて認識した。 ずっとずっと想い続けてきた相手と、だいすきな人と、相手の誕生日という特別な日に身体を重ねることの出来ることが、どれだけしあわせなのか。
「……春乃、泣かないで」 「…う、れしい……孝支くん…だいすき……」
ぽろぽろと涙を零すわたしの頬をするすると撫でながら、彼は口で小さな包みをピッと音を立てて開けた。怖くて、彼の顔をじいっと見つめるしか出来ない。
「…春乃、ほんと、愛してる」 「ん、…わたしも」
脚を開かされて、ぐっと腰を押し付けられる。きゅっと目を瞑って異物感と痛みに耐えていると、瞼にふわりと唇が落ちた。
「…春乃、っ…」 「……孝支……」
眉間に皺を寄せた、余裕のない顔で見つめないで。胸が締め付けられてしまうから。何度も何度も名前を呼んだ。何度も何度も唇を重ねた。
「……全部、入った」 「…ぁっ…ん、……」
繋がったまま孝支くんの手はわたしの背中に回された。力を込めてぎゅっと抱きしめられると、温かさがじわりと伝わってきた。あぁ、わたし今、あのスガさんに抱かれてるんだ。
「春乃、」 「んっ、あっ…あっ、」 「……ごめん、我慢してやれない」
孝支くん、だいすき。その想いを込めて彼の首に手を回した。何度も何度も腰を打ち付けられて、揺さぶられて、快感を与えられる。孝支くん、孝支くん、うわごとのように必死に彼の名前を呼んだ。
「春乃、気持ちい?」 「ん、っ……!!」
そんなこと聞かないで。そう言い返す余裕なんて全くないわたしは素直に首を縦に振るしか出来なかった。 きゅっと指を絡めて握られて、ベッドに縫い付けられる。ふわりと笑った孝支くんの顔が、たまらなくすきだと思った。
「ん。おれも。気持ちいい」
そんなこと言われて、単純なわたしがときめかないわけがなかった。愛おしさに涙がまた溢れ出す。
「あぁ…その顔、すき」 「えっ、あっ……!?」 「俺のこと、すきですきで仕方ないって、そんな顔してる。」
そのまま唇を塞がれてしまえば上手く息ができなくなってしまう。孝支くん、ありがとう、だいすき。わたしの気持ち、伝わってるだろうけれど、もっともっと伝わりますように。
◇◇◇
「……ん、」 「あ、起きた?おはよ」
目を開けると、そこには孝支くんが居た。ベッドに座る彼はふわりと笑いながらわたしを見つめる。
「…う、あ、お、おは、」 「なんだよーそんな照れんなよー」
くしゃりと髪を掴まれて撫でられると、そこから全身に熱が広がった。 孝支くん、お願いだから服を着て。そう願いを込めて顔を布団にうずめて隠した。思い出すな、と言うほうが無理がある。女とは全く違うその筋肉のついた身体に、嫌というほど甘く抱かれたことは忘れない。
「……春乃さーん、スガさん寂しいぞー」 「…だ、って……顔、見れない…」 「そんなによかった?」 「……ばっばかやろう!!」
頬がかあっと熱くなる。よかったよ、ばか。そう言ってなんてやるもんか、悔しいから。 きゅっと枕を握って彼の目をじっと見つめた。ニヤリと悪戯をする子供のような顔でわたしを捉えた孝支くんはわたしの髪をするりと撫でた。
「そんな可愛い顔で見つめないでくださーい」 「…か、かわいくないです……」 「……春乃、午後までまだ時間あるよな?」 「…う、え?」 「もっかい、しよ」
笑いながら昨晩よりも甘い声でそう言う彼に逆らう術なんて、わたしは持ち合わせてはいなかった。
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