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繋いだ手が、熱い。それ以上に頬が熱い。
只々無言で進んでいく足がもつれて転んでしまいそう。心臓がばくばくと音を立てている。

むず痒くて、温かくて、嬉しくて、切なくて、すきで、すきで仕方なくて、思わず唇を重ねた。
自分のとった行動なのに未だに信じられない。思わず繋がれていない手で口元を隠してしまうけれど、彼は嫌じゃなかっただろうか。

「春乃は俺のことずるいってよく言うけどさぁ」
「えっ、あっ…だって、ずるい」
「俺からしたらそっちだって充分ずるいよ」

そう言いながらぱちりと捕らえられた視線は、すぐに逸らされてしまう。さらに強く握られる手のひらが熱くて熱くてたまらない。

「すっ、すがさ…」
「春乃」
「……孝支、くん……!」

未だ呼ぶのに少し緊張するその名を咄嗟に呼ぼうとすると、たまに出る慣れ親しんだ呼び方。スガさん、そう呼んでしまうと彼はすっと目を細めてはにかみながらわたしの名前を呼ぶのだ。

「……だいすき、孝支くん……」

道端で何言ってるんだろう。そうは思っても口から出た言葉は戻っては来ない。
早く家に着いてしまわないだろうか、すきだと伝えても誰にも止められない場所に。



◇◇◇




「おじゃまします…」
「前来た時は記憶ないもんな〜?」
「ウッ…あの時は本当にすみませんでした……」

記憶のない状態で足を踏み入れてはいたけれど、今ははっきりとした意識がある。違う点はそれだけじゃない。彼とわたしの関係性が大きく変化していることに気付かないフリは出来なかった。

「コーヒー?紅茶?」
「あっ、コーヒーのほうがすきです」
「オッケー、座って待ってて」

そわそわとしながら周りを見渡す。男の人らしいシンプルな部屋。一人暮らしらしいワンルーム。わたしの部屋とさして変わらない広さだけれど、どことなく感じる雰囲気が男の人の部屋だということを実感させてくる。
ローテーブルの側に腰を下ろし、キッチンに立つ彼をじっと見つめた。あんまり見んなよ〜、そう言って笑う彼に胸がむず痒くなる。

「はい、コーヒー。砂糖と牛乳いる?」
「牛乳だけ……!」
「甘いもん食べるもんな、俺も砂糖やめとこ」

テーブルにコンビニスイーツとコーヒーを並べる。向かい側に座るかと思いきや、彼はわたしの隣に腰を下ろした。少しでも動けば肩が触れてしまう位置。

「……何?緊張してる?」
「ばっ…!ばか言わないでください……!」
「さっきは大胆だったのになぁ〜」

頬に孝支くんの手が添えられて、視線を捉えながら笑われると、何も言えなくなってしまう。触れられたところが熱い。

「……春乃」
「ん、っ……」

ふわりと触れた唇から熱が伝わってくる。さっきは自分からした行為なのに、彼から求められるというだけで胸の燻りが全く違うから不思議だ。

「…もっかい」
「えっ……!」

行き場のない自分の手が、孝支くんの服の裾を掴んだ。再び触れた唇から全身が火傷してしまうようだ。熱い、心臓が爆発してしまいそう。

「……こ、しくん……っ」
「ははっ真っ赤たべ?」
「笑わないで…!」

少し赤くなった彼の頬を見ると、こんなに心臓がうるさいのはわたしだけじゃないかもしれない、だなんて期待をしてしまう。

「コーヒー冷めちゃうよ、食べよ…?」

これ以上唇を奪われてしまうと顔から火が出てしまう。話を逸らそうと机に乗ったデザートとコーヒーを指差して彼にそう告げると、少し驚いた孝支くんの表情が目に入った。

「孝支くん……?」
「敬語取れてきたなぁ、うれしー」

ふわっと笑った後に急に感じた肩の重み。彼の柔らかい髪がわたしの頬に触れた。

「えっ、あ、え」
「やっと堂々とくっつけるんだからちょっとぐらいいいじゃんかよ〜。」
「…でも、恥ずかしいですもん、緊張しないんですか?」
「あーまた敬語!敬語使うたびにちゅーすっぞ?」
「えっ!?……っん!」

肩に乗る彼の頭が急に上を向いて、目の前にあった。幾度となく唇を重ねてくれるけれど、きっとこの感覚には慣れないのだろう。

「……も、やだぁ!」
「嫌なの?」

鼻先が触れてしまいそうな距離で、少し甘えた声でそう問われれば、わたしはもう何も言えなくなってしまって。また優しく触れる唇をされるがままに受け入れるしかなかった。



◇◇◇




「春乃、着れた?」
「あ、はい、着れました…うぁごめん敬語じゃないよ、癖なの!」

敬語を使った瞬間に頬をむにりと掴まれてしまう。お風呂上がりの頬はぽかぽかと火照っていて、孝支くんの指先が少しひんやりとした。

本当は泊まらせてもらうつもりなんてなかった。何度も唇を合わせて、そのあと買ってきたデザートを食べて、またキスをされた。「唇甘いな、」なんて照れたように笑う彼に心臓が痛くなった。
時計を見るともう日付が変わりそうな時間になっていて、泊まることになるのは自然な流れだったとは思うけれど、それでも、心の準備が何もできていない。

「かわいい」
「……またそういうこと、言う…?」
「だってほんとだし。」

ポティト。謎の言葉の書かれたティーシャツを身に包むわたしを満足げに見つめる孝支くんの視線が歯痒い。これでいい?と渡されたシャツは、彼の身体には丁度良いサイズなのにわたしが着るとぶかぶかで、やっぱり男のひとだなぁ、そう感じる。

「ん?どした?」
「孝支くん、おっきいんだなぁって。」
「え?」

飛雄とか月島くんが入部して、「俺より大きい後輩ばっかじゃんかよ〜」と少し拗ねていた彼を思い出して口元が少し緩んだ。

「孝支くん、わたしよりもやっぱりおっきいなぁって」

きゅっとシャツを握ると、ふわりと柔軟剤の匂いがした。男の1人暮らしなのにマメだなぁ。

「はぁ…もう、そういうとこ…」
「え?」
「なんでもねー!ほらもう風呂も入ったし寝るべ!」

浴室を借りるときは死ぬほど緊張したけれど、彼の住む空間にわたしが居るということが嬉しくてむず痒くなった。
寝る、という単語にぴたりと身体が固まる。わたし、どこでどうやって寝るつもりだったんだろう。

「…春乃さーん緊張してる?」
「わ、わたし床でいい!そのへんで寝る!」
「だめ。それなら俺がそのへんで寝るから春乃はこっち。」

ベッドをぽんぽん、と叩きながら、いたずらを仕掛ける子どものような笑みを見せる彼の考えていることが、伝わってしまった。
きっと孝支くんを床やソファに寝かせてベッドを使うなんてわたしには出来ない、彼はそれをわかっている。

「……俺と同じベッドは、いや?」
「……い、やじゃ、ない。」

心臓がばくばくと音を立てていて、口から飛び出てしまいそう。少しずつ近づいていくと、孝支くんは困ったように笑う。

「だいじょうぶ、手は出さないから」
「え…?」
「変なことはしねえよ。だから、おいで」

伸ばしてくれた手を取って、ベッドに腰掛けた。手が触れるだけでもこんなにどきどきしてしまうのに、それ以上触れたらどうなるんだろう。

明日のアラームをスマホでセットして枕元にある棚に置く。布団の中に身体を収めると、足と足が触れてしまう距離に驚いて距離をとった。

「ちょ、離れたら落ちるべ」
「おっ落ちてもいい…!」
「そんな拒否しないでもいいじゃんかよ…えいっ!」
「ひあっ!」

横に寝転ぶ孝支くんの腕がわたしの頭をぐいっと引き寄せた。ぼすりと音を立てて胸に顔が押し当てられると、ぶわりと顔に熱が集まった。

「こ、こうしく…!」
「ずっとこうやって抱きしめたかった。」

彼の手がくしゃりとわたしの髪を握るように力を込めた。わたしも、そう思いを込めて彼の背に手を回した。

「…春乃が、すきだ」
「孝支くん……」
「いつからかは覚えてない。体育館に行ったら笑顔でお疲れ様ですって言ってくれて、一生懸命部活してて俺らのこと支えてくれて」

彼は急に何を言い出すんだ、そう思ったけれど止めることはしない。優しく話しかける彼の声が心地よくて、くすぐったくて、うれしくて。

「影山たちと笑う顔も可愛いなって思ってた。無邪気だなあって。スガさん、そう呼んで近付いてくれた時、良い子だなぁ〜って漠然と思ってた。」
「……わたし、スガさんだけなの、あだ名で呼んでたの。」
「途中でそれ気付いてニヤけた日もあったなぁ〜。知らないうちに誰よりも可愛くて大切な女の子になってたよ、部活してる間は黙っとこうって思ってた。終わってからも言えなくてごめんな。」
「わたしも、言えなくて、ごめんなさい」
「だから今こうやって一緒に居ることがうれしくてさぁ。何年経っても可愛いし、いい子だし、俺にはもったいないくらい。」

ぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめられる。心臓もぎゅうっと力を込めて潰されてしまいそうなくらい痛い。
孝支くん、そんなにわたしのこと。そう感じて嬉しくなる、だいすき、だいすき孝支くん。

「……孝支くんが、そんなこと言ってくれるなんて夢みたい」
「夢じゃねえよ〜」
「ん、しってる。だけどね、わたしにとって孝支くんとこうなることは夢よりも素敵なことだった……。」

入部したばかりの頃に不安でいっぱいだったわたしに、笑顔で「大丈夫だから!緊張すんなよ〜!」って言ってくれた。爽やかって思われてるけれどそうじゃない部分も知った。わたしにとっての男の人は、ずっとスガさんだけだった。

「わたしにも孝支くんはもったいないよ、でも、離したくない。」

しあわせの定義ってなんだろう。正解なんて無いんだろうけれど、今のわたしは間違いなくしあわせ。

ぎゅうっと孝支くんの服を掴んで、胸に擦り寄るように近付いた。どきどきする。
孝支くん、孝支くんもどきどきしてる?

気付けば重たい瞼が視界を覆ってきた。そのままわたしは孝支くんの腕の中で、夢の中に旅立って行った。