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「スガさん!待ちましたか?」
「ううん、そんなことないよ」

中島との初デートから1週間経った。彼女といる時間は全く苦痛にならないから不思議だ。会話してる時間はもちろん沈黙も苦ではない関係はとても居心地が良い。
それからは夜ご飯を一緒に食べるというプランでデートを重ねている。彼女がバイトで夜が遅い時には迎えに行って家まで送り届けることもある。お互い下宿している身、会うための時間はいくらでも作ることができた。今日はたまたまお互いバイトがないため駅前のファミリーレストランで夜ご飯を食べる約束をしていた。
待ち合わせに現れた彼女はいつものごとくふんわりとした雰囲気を纏っている。出会った当初よりも少しは大人っぽくなったけれど、まだまだあどけなさも残る女の子。柔らかく微笑むその表情が、たまらなく愛おしい。

「……スガさん?どうしました?」
「なんでもない。行こう」

ふと気付いてから悩んでいること、それは彼女がずっと敬語を使うことだ。
3年以上、当たり前のように先輩後輩の関係だったんだからすんなりと敬語が抜けるわけがない。幾度となく「敬語やめても良いのに」と告げてみたものの「慣れないので…」の一点張り。敬語だから好かれていないというわけではないのは重々承知してはいるけれど、詰めることのできる距離は詰めていきたい。

「今日は何食べます?」
「なあ中島、付き合ってるんだし敬語やめていいべ?」
「え、」
「なんか先輩感抜けないからさ」
「え、でも…でも、うーん。」

数秒唸るように悩んだ後、でもやっぱり先輩だし。と一人で納得する彼女。俺としては、名前で呼んでもらいたいし敬語じゃなくても良いし、もっと近づきたいのに。

「少しずつ、がんばります。」

小さく拳を握って俺を見上げる彼女が、あざとくて、それでいてかわいくて。俺は彼女には敵わないのだなあと痛感した。




◇◇◇




「来月?」
「はい、13日、何か予定はありますか?」

ファミレスでご飯を食べて、少し落ち着いたところで中島が口を開いた。今は5月中旬。来月の13日、6月13日。その日は、何の日かだなんて聞かなくてもわかる。

「スガさんの誕生日、お祝いさせてほしいんです。当日がだめなら前後でも……!」
「……当日あいてるし、バイトも休みで出してる」
「じゃあ、その日はわたしにください!」

ふわりと笑いながら頬を染めてそんなことを言われるだなんて思ってもみなかった。今年は中島が祝ってくれるんだ、だって、恋人なんだから。
感じたことのない嬉しさがじわじわと広がってくる。今までの誕生日とはまた違う楽しみが、俺を侵食していく。

「中島、俺の誕生日覚えてんだなぁ」
「えへへ、忘れませんよ。3年前は部活のみんなで祝ったなぁ、とかも覚えてます。」

中島が、そんなにずっと前から俺のことすきだったのかなって自惚れてしまうくらいには彼女の顔がふわりと赤らんでいる。
あの時部室でクラッカー鳴らされてビビったなぁ。あれ、翔陽がやろうって言い出したんですよ。日向だったのか、てっきり大地だと思ってた。澤村先輩は騒ぐなよって止める側でしたよ。

昔話に花が咲くとすらすらと言葉が交わされていく。その感覚が心地よくて、いつまででも一緒に居ることが出来るようなそんな錯覚に陥ってしまいそうだ。
何分間話していたんだろう、ふと腕時計に目を落とすと短い針が9を指していた。あまり遅くになっても心配だ、彼女を守るって付き合う時に約束したのだから。そう思うのは責任とかそんな感情じゃなくて、俺がそうしたいからそうしていることだ。

「スガさん、もう遅くなってきましたし出ますか?」

腕時計を見る仕草から察したのか中島はそう言う。放課後の時間は、とても短い。あっという間で、名残惜しくなってしまう。

「ん。行くべ〜」
「あ、ちゃんと自分のやつは払わせてください!」
「やだ。俺が出したいから出させて!」
「い!や!です!!」

伝票をひょいと抜き取ると慌てて財布を鞄から出す中島。それを軽く制してそのままレジに向かっていると、頬を膨らましたように拗ねる彼女に絆されそうになってしまう。そういったことに気を遣う女の子だとは思っていたけれど、今はまだ俺にも少し格好つけさせてほしい。

「いっしょにごはん食べれるだけでしあわせでいっぱいなので、払わないとバチが当たりそう……!わたしばっかりスガさんからもらってばっかじゃだめです!」

ぎゅっと俺の腕を握ってそう言う彼女に、拍子抜けしてしまった。ぽかん、と口をあけたまま止まってしまう。なんだその理由は。その言葉は口からは出ては行かないけれど、嬉しさに頬が緩んでいく。しあわせなのは君だけじゃないよ、俺も十分幸せを分けてもらっているのに。

「…じゃあさ、名前呼んでよ」
「え…?」

敬語を使わないでほしい、名前で呼んでほしい。彼女のことがすきだからこそ、求めることはたくさんある。焦りはしない、ゆっくりでいい。けれどたまには我儘を言ってみても許されるだろうか?

「俺も今結構しあわせだけど、しあわせもっとちょーだい。春乃」

何年もの付き合いで、初めてその名前を呼んだ。それだけでふわりと胸が熱くなる。
顔に熱という熱を全て集めたかのように赤くなりながら、少しきょろきょろし出した春乃をこれでもかというほど見つめてやる。あんまり見ないでください、そう呟きながら顔を隠す春乃。そんなことされたら余計に見たくなってしまう。

「……孝支、くん?」

顔を隠した手の隙間から上目遣いで俺を見ながらそう呼ばれただけで、伝染したかのように俺の頬もぶわりと熱を持つ。ただの名前、親や親戚は何の変哲もなく呼ぶその文字列が心臓を突き刺す。友人にもあまり呼ばれないからだろうか、余計にむず痒くて、温かくて、うれしい。

「も、もうしばらく呼びませんから!!!」
「なんで!!呼んでよ!!」
「いやです恥ずかしいもん!!!!」

頭をぐしゃーっと撫でてやると無邪気に春乃は笑った。あ、少し距離が縮まった気がする。錯覚かもしれないけれど、1枚の壁を破ったような、そんな感覚がした。

「孝支くん、コンビニ寄りたいです」

店から出て数分歩いたところで春乃は俺の袖を少し引っ張った。自然と名前を呼ばれた嬉しさに頬が緩んでしまうのを隠してコンビニに足を向けた。

「なんか買いたいものでもあんの?」
「えへへ、孝支くん、コンビニスイーツすきですか?」
「ここのコンビニならロールケーキ美味いよなぁ、あ、コレ」
「じゃあ孝支くんはコレね、わたしはこっち」

ロールケーキとシュークリームを手に取りレジに走る春乃。さっと支払いを済ませて「さっきのファミレスのお礼です」そう俺に告げた。
こういったところも彼女の愛せるポイントの1つだなぁ。

コンビニから出たところで、彼女の右手をするりと絡めとる。ぴくりと一瞬強張ったその手が、すぐに緩んで指に力を入れた。

「……えへ、まだ照れるなぁ」

きゅっと手を握る力を強めた春乃がそう言葉を漏らした。眉を下げながら頬を染めて笑うその表情に胸が締め付けられた。

このまま彼女を家に送り届けて、買ってもらったロールケーキを受け取って自分の家に帰る。きっとそうするべきだろうしそれが普通なのだろうけれど、まだもう少し一緒に居たい。

「……春乃」
「はい」
「せっかくデザート買ってくれたし、俺の家で一緒に食わねえ?」
「……えっ」

まだもう少し一緒に居たい。そう言えばきっと彼女は断らない。そうわかっていてもそう言ってしまう。もしも断られたら、仕方ないと思いつつ俺は結構ショックを受けるのだろう。恐る恐る春乃を見ると、俺のすきな太陽より明るい笑顔で俺の顔を見ていた。

「わたしも、一緒にいたい。」

次の曲がり角を本来なら右に曲がるべきだろうけれど、2人足並み揃えて左に曲がる。彼女の家じゃなくて、俺の家に向かう。
別に、やましい気持ちがあるわけじゃない。ただ一緒に居たいだけ、もう少し長く居たいだけ。春乃はどこまで考えているのだろうか。俺が初めての彼氏だと聞いた。きっとこうやって手を繋いで歩く、そんな些細なことですら俺が初めてなんだろう。そう思うと愛おしい気持ちがどんどん大きくなってきてしまう。

「デザート買って良かったぁ」

そう目を細めて嬉しそうに言う春乃の可愛さはきっと今は俺しか知らないのかもしれない。らしくない欲が出て来る気がして、少し自分にため息を吐いた。

「春乃、ありがとな」
「……ん?」
「高校ん時と変わらないようで変わった、綺麗になった。やっぱすきだなって思った。そんだけ!」

さー行くべ!そう言って春乃の手を引いてずかずかと足を進めた。我ながら恥ずかしいことを言ったと思うけれど、本心。仕方ない。

「孝支くん」
「ん?……えっ」

ふと呼ばれて彼女の方を振り向く。すると、繋いでいた手がするりと離れていった。その手は迷いなく俺の胸元の服を掴む。驚いている間に、少し力を込めて引っ張られると簡単に身体は前につんのめってしまう。

真っ赤な顔をした春乃が近づいてくる。ふわりと触れた唇が、熱い。何秒触れていたんだろう。一瞬だったのかもしれない。そっと離れていくそれがあまりにも優しく、愛おしさを込めて触れるから、全身が熱くて仕方なくなった。

「…わたしだって、すきですよ」

俺を見上げるその顔はさっきよりも火照っていて、お互いの鼓動が聞こえてしまうかと思った。