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「中島さんのことが好きだって前から言ってるじゃん。そろそろ良いだろ?」

好意を向けられることは無条件に嬉しいものだと思っていた。そうとは限らないと気づいたのはつい最近のことだ。

大学生ともなればアルバイトをするのは普通のことだろう。それはわたしも例外ではない。
駅近のファミリーレストラン。そこでホールスタッフとして雇ってもらえたため、1週間前から働き始めた。周りのスタッフも同年代やパートの主婦さんが多く、気さくに話しかけてくれて馴染みやすい職場だったから、当たりくじ引いたなあと自分の運の良さに感謝をした。

「中島さん可愛いね」

そう初めての出勤の日に話しかけて来た人が居た。1つ年上の大学生の男の人。軽い人、チャラい。そういった雰囲気を感じたけれどバイトの先輩となれば邪険に扱うことは許されない、それくらいの常識は兼ね備えているためやんわりと逃げていた。

「そんなことないですよ、ありがとうございます」
「またまた謙遜しちゃって。本当にかわいいね。」
「ありがとうございます……」

あまりにも言われるので困惑をあらわにした。すると女子の先輩が助け舟として「中島ちゃん、今からメニュー暗記してるかチェックしよう」と提案してくれたからいそいそと逃げた。

なんだか、怖い人だなあ。そんな漠然とした印象を抱くだけならまだ良かったのに。



「中島さん。」
「はい、どうしたんですか?」
「上がりだよね?送るよ?1人じゃ危ないよね〜」
「大丈夫です。」

働き始めてから1週間しか経っていないけれど、彼は会うたびにアプローチをかけてきた。何度断ってもめげずにそう言って詰め寄ってくることが恐怖をさらに煽る。

毎度のごとく丁重にお断りしてバイト先を後にする。あと少しで日が回ってしまいそう。一人で帰る道は怖くて、なんだか嫌な予感が立ち込めてきていた。





「ってことがあったんだよね。」
「ええ、春乃ちゃんのバイト先、大丈夫なの?初対面からそんなにアプローチされても困るよね…?」

困った時にいつも相談に乗ってくれるのは仁花ちゃんだった。コンビニで買ったお菓子を食べながら空きコマを空き教室で過ごす、なんとも大学生らしい過ごし方。
これ新作って書いてたね、そう言いながら口に入れたチョコレートは舌の上ですぐに溶けてカカオの香りが充満した。

「なんか怖いんだよね、その人。わたしが自意識過剰なのかなぁ。その人以外は本当にみんな優しいし仕事もしやすいしバイトとしてはもう言うことなしなのに。」
「わたしはその人のこと見たこともないからなんとも言えないけど…なんかあったら飛んで行くよ?たぶん菅原さんも心配するよ、そのバイト先」

ぴたりとお菓子に伸ばした手が止まってしまった。菅原さん。その名前を聞くだけで心臓が大きくどくりと音を立てる。

「スガさんには、何も、言ってない」
「相談しないの?」
「言えない…。なんか、モテるんです〜って自慢してるみたいに聞こえないかな?スガさん以外興味ないから、他の人に好かれてるかもしれないっていうこと伝えたくない。」

そうかなぁ、力になってくれそうなのに。仁花ちゃんはそう言いながら最後の1つのチョコに手を伸ばした。

彼に相談したらどうなるだろうか。少女漫画の主人公ならきっと、ヒーローが登場して守ってくれるんだろう。スガさんに伝えたら守ってくれるのかな。彼はとても優しいから、きっと誰のヒーローにでもなることが出来る。だからきっとわたしにとってもスガさんはヒーローになってくれる。そうわかっていても頼ることが出来ないのは、わたしが素直になりきれていないから。

「そういえば映画いつ行くんだっけ?その時にもまだ怖かったら相談したら?」
「あー、映画は今週末だよ。相談かぁ、どうしよう〜。」

スガさんとのデートの約束の日まであと数日ある。その日の服装やら髪型やら、どうしようかと迷う時間がすきだ。
彼のとなりにいるのはわたしがいい。烏滸がましくもそう感じる気持ちは日に日に強くなっていってしまう。毎日のように繰り広げられるLINEによる会話も、わたしをつまらない日常から引き離してくれる。

「ねえ仁花ちゃん。」
「んー?」
「わたし、今度のデートで、告白したい。」

いつか、言いたい。「すきです」そう言葉にしたい。本当は自分に素直になりたい。
3年間燻り続けたこの想いを伝えても良いだろうか。ずっと迷い続けていたけれど、またいつスガさんに彼女が出来てしまうかもわからないし、今の状態がずっと続く保証なんてどこにもない。次こそ陰で泣くのは嫌だ、後悔しないようにしたい。そうここ数日で思うようになっていた。

「前向きな春乃ちゃんのほうが、きらきらしてるよ」
「そう…?すきな人としか付き合わないって決めてるらしいから、フラれるかもしれないけど。それでも伝えないよりも、良いかなぁって。」

後ろ向きだった高校生のわたしに終止符を打つ。こっそり泣いていたわたしとはサヨウナラ、せっかく大学生になったんだから一歩を踏み出す勇気を出そうじゃないか。



◇◇◇




「お疲れ様でーす。」
「中島ちゃんお疲れ様!」

今日も今日とてバイトに勤しんだ。今日のメンバーには仲良い女の先輩しかいなくて心底ホッとしながら出勤した。横目に時計を見るとあと数分で日付が変わりそうな時間で、早く帰宅したい欲が湧き上がる。

もうすぐ映画に行く日、スガさんとデートの日がやってくる。日付が変わるたびにふわふわとした気持ちが心を占める。無意識に上がっていく口角を隠すように頬に手を当てた。
服はどうしよう、どんな服でもかわいいって言ってくれるのかなぁ。そう考えながらバイト先を後にした。


薄暗い路地を歩く。いつも特に何も思わないのだが、何か視線を感じた気がした。

「………だれかいる…?」

ぽそりと声を漏らしてみても、その声は暗闇に消え去るのみ。もやもやとした不安が、漠然としたものが、胸を埋め尽くしていく。

振り返ってみても誰もいない。考えすぎ、きっとそうだ。そう思い込んで足を早めた。この角を曲がれば大通りに出るから明かりもたくさんあるし、人通りも多い。

「……中島さん、」
「ひっ…!」

心臓が大きく跳ねた。ばくばくと血液を流していく量が増え、拍動を全身で感じる。この声は、きっと。恐れていたことだ。
ふるふると足がすくむ。その足に鞭を打ちつけ、無理に前へ進ませる。後ろを向いてはいけない気がした。

「……ひゃっ!」
「おわっ!!」

角を曲がる瞬間、身体が何かに当たり跳ね返されてしまう。勢いをつけた状態で当たった身体は宙を舞うかのようにふわりと後ろに倒れ、お尻から地面に吸い込まれてしまう。

「いっ…」
「中島?」
「……え、?」

大丈夫?立てる?、差し出された手のひらと言葉があまりにも温かくて優しくて、じんわりと視界が歪んでいった。

「なん、で、すがさ…、」
「バイト帰り。俺の家このへんだろ?覚えてないか。」
「たっ……」

助けてください、そう言おうとした時にぞわりと感じた気配。何かを感じ取ったらしくスガさんも眉をしかめていた。後ろからひたひたと近づく足音が恐ろしい。

「中島さん、その男は誰?」
「……こ、こないで、ください…!警察呼びますよ……!?」

バイト先のあの人の声で、間違いない。なんで。なんで。今日はシフトがかぶってなかったはずなのに。
立ち上がろうとしても膝に力が入らない。その時、目の前にいるだいすきな彼がわたしの手をぎゅうっと力を込めて握ってくれた。
少し遠慮がちに近づいてきた顔が、わたしの顔の真横で止まる。

「中島、うまく合わせて」

囁かれた言葉がすとんと胸に落ちた。我慢していた涙が溢れてしまって頬を濡らす。
スガさんの手が肩に回って、そっと力を込められる。

「すいません。俺の彼女に何か用ですか?」
「彼女……?中島さん、彼氏いないってこないだパートさんと話してただろ…?」
「そうだったんですか、あいにく昨日からなんで。バイト先の人が知らなくても仕方ないですけど。もし中島に好意があってこういうことしてるならやめてもらっていいですか?」

心臓がばくばくと、口から出てしまいそう。もちろん、怖い。男の人から好意をこんな風に向けられたことなんてなかったし、ましてや尾けられていたかもしれないなんて経験、ない。

それよりも心臓を動かしてくるのは目の前でわたしの肩を抱くように守ろうとしてくれる、だいすきな先輩だ。触れられている肩からどろどろと溶けていってしまいそう。

「行くよ、」
「あっ、……はい、!」

肩を抱いたまま、バイト先の先輩に背を向けて歩き出したスガさん。ちらりと後ろを見ると男はわたし達に背を向けて来た道を引き返していってる様子が見えた。

「………バイト先の先輩?」
「あっ…は、い。そう、です…」

とりあえず家まで送るから。そう言いながら眉をしかめるスガさんの顔を直視できなかった。また迷惑をかけてしまった。けれど、ストーカー行為に与えられた恐怖よりも彼が助けてくれた事実の方が嬉しいと感じてしまうんだから、わたしは駄目な人間なのかもしれない。

「……スガさん、ごめんなさい」
「偶然俺がバイト帰りだったから良かったけど…心臓止まるかと思った……。」

また助けれたのが俺で良かったけどさぁ、そう言いながら困ったように笑う彼の優しさがちくちくと胸に刺さる。

「中島、」
「は、はい、」
「心配だからまた遅くなる日あるなら連絡してよ、送るし。」
「えっ、でも、そんなの、迷惑になるし……!」

ぴたりと足を止めたスガさんが、肩に回していた手を離した。名残惜しくも離れていく手をぼんやり眺めていると、その手がわたしの両手を包み込む。

「中島、ホントは映画に行く日に言おうと思ってたけど言うわ。」
「え……?」

ぱち、と視線が絡み合う。逸らしたくても逸らせなくなった視線が彼の目の中に映るわたしを捉える。情けない顔をしているわたしに、彼は、何を言うんだろう。

「すきだよ、だからそばで守らせてくれないかな。中島は可愛いしモテるって今のでわかったし、心配だべ」
「……え?」

えっとだからなぁ、回りくどいか、えっとな、そう言いながら少し目をそらされる。
心臓が、痛いほど音を立てている。鼓膜を突き破りそうなくらい、大きな音。
『すきだよ』その四文字が脳内を反芻する。スガさん、今、なんて?
少しは期待していた、けど、まさか本当にそうだとは思わない。それが、今。

「付き合って、ください。中島のこと、高校の時からすきだった。遅くなって、ごめんな。」

震える手で彼の手を握り返して、声にならない声をあげて首を縦に振った。さっきとは違う涙がぼろぼろと伝っていった。