×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




弧を描くように宙を舞うボールを追いかける彼らをずっと見てきた。一番近くで応援してきた。わたしの青春は間違いなく体育館の中に詰まっている。
部活動に打ち込んできたことに、後悔はない。わたしはそこで汗水流して打ち込む人たちを支える喜び、県大会を勝ち抜くこと、全国大会の厳しさ、悔しさ、嬉しさ、誇らしさ、帰宅部だったら知り得なかったことをたくさん知ることができた。
もちろん、わたしの青春の中には恋もあった。部内で、憧れた人がいた。
ただ、彼はレギュラーとしてコートの中にはいなかった。レギュラーじゃなくても、ベンチで応援する姿、ピンチサーバーとして、ツーセッターとしてチームメイトをささえる姿、かっこいい先輩の姿は数え切れないほど。わたしの目に映るのはいつも彼だった。

けど、初恋を伝えることは、出来なかった。本当は先輩が部活を引退したら伝えたいなあ、と思っていたのだけれど自信を持って伝えることがあの当時のわたしには難しかった。マネージャーは公式試合ではベンチに1人しか入れない。忘れもしない白鳥沢との試合のファイナルセット。わたしが仁花ちゃんと観客席から応援していたときに見えたのは、潔子さんがスガさんを激励する様子。三年生同士、絆があって当たり前。だけれどなんとも言えないどす黒い気持ちがわたしを瞬時に包んでいった。試合中に何を考えているんだと自分を叱咤した。そんなマネージャー失格なわたしはこんな気持ちなんて無くなってしまえ、と思って残りの応援に集中したのだ。


何も伝えることが出来ずに終わったはずの恋だった。いや、一種の憧れだったのかもしれない。けれどそれをずるずると引きずり続けたわたしは、高校時代の恋愛を棒に振った。クラスの男子、委員会の男の子、何人かは勇気を振り絞って思いを伝えてくれたけれど、その度に頭に浮かぶのはだいすきな笑顔を見せるスガさんだった。ごめんなさいと伝えることも心苦しかったけれど、こんな未練タラタラなわたしに彼氏なんて出来ない方が良いと思って過ごしてきた。

スガさんに囚われてしまった恋心は、離れてからも消えてはくれなくて。たまに試合を観に来てくれる先輩と挨拶を交わすたびにふわりと胸が熱くなるのだ。
わたしは、スガさんしかすきになれないのかもしれない。そう諦めてわたしは人生の中でも大きな分岐点で、思い切った選択をした。

彼との再会は、意図したものであり、予測のできない形であり、どちらにしろわたしにとって歓喜すべきもの。



「……中島?」
「……スガさん…!!」
「やっぱり!後ろ姿も変わってねえなあ。この大学来たんだべ?後輩が同じ大学来たって嬉しいなあ」

初めての大学。広いキャンパス内をふらふらと歩き、騒がしい人混みを抜けて仁花ちゃんを探していた。その時、背後から聞き慣れた声が耳を掠めた。胸を弾ませながら後ろを振り向くと、少しだけ大人びた容姿の先輩の、姿が。

烏野高校のバレーボール部にいるときお世話になった、菅原孝支先輩。わたしの恋心をすべて奪った人。大人びたもののあの時と変わらない太陽のような眩しい笑顔がわたしに降り注いだ。心臓が撃ち抜かれてしまったように鼓動を速めていった。先輩もわたしも、なにも、なにも変わっていないんだなぁ。

本当は偶然なんかじゃない、先輩がこの大学に通っていることを知っていた。広い大学、何人も学生はいるから望みは薄かったけれど、もしかしたら先輩と再会出来るかもしれないという淡い期待を抱いてここを選んだのだから、この再会はある意味必然だったのだ。


「どこ行くんだ?」
「仁花ちゃんとはぐれちゃったから探してて。オリエンテーション行ってからサークル探しに行こうと思ってました。」
「おー、谷地もこの大学なのか!」
「スガさんは何を?」
「ん〜、学食帰り!さっきまで友達と居たんだけどソイツは午後授業ないからなあ」


俺は今からあっちで授業〜、と名前もわからない棟を指差してにしし、と笑った。ずっと、ずっと片思いをしていた先輩を追いかけて同じ大学に来るなんてバレたら気持ち悪がられるかもしれないと危惧していたけれど、高3のわたしに「その選択は間違ってないよ!」と声を大にして伝えてあげたい。
神様はわたしの味方なのかもしれない。総合大学の学生数は少なくはないのに、こんな、何の変哲もないただの道で、まさか出会えるなんて思っていなかった。神様ありがとう今度何かお礼をします、と手を合わせたい気持ちになる。今度ゴミ拾いでもして貢献しよう。

「中島と同じ大学ならまた会えるな。」

笑顔で殺し文句を投げてくるスガさんのことが、やっぱり、すきで。ぎゅうっと胸を締め付けられて、思わず口角が上がってしまった。



◇◇◇




「もう!春乃ちゃん!どこ行ってたの!?」
「ごめんごめん。スガさんに会ってちょっとだけ話してたの。」
「え!そうなの!?そういえば、菅原さん同じ大学だったね。忘れてた!!」


高校の時となんら変わらない元気な仁花ちゃんととなりに並んで歩く。オリエンテーションが始まる前に手軽な席を探して腰を下ろした。隣には仁花ちゃんが座って、筆箱やらメモ用ノートを取り出してなにやらガチャガチャとしていた。
仁花ちゃんとは同じ大学の違う学部だけれど、一般教養で同じ科目を取るため、このオリエンテーションは一緒に行く約束をしていた。

慣れない雰囲気、これが大学生かあ、と少しため息が出た。

「ねえ仁花ちゃん、なんか大学って高校とは全然ちがうね」
「たしかにそうかも。春乃ちゃんと同じとこ来てよかった〜。でも春乃ちゃんは頭良かったからもっと良い大学に行くと思ってたよ」
「一人暮らししたいけど親元の近くにはいたいから、すぐ実家に帰れる程度に遠いところを選んだの」


もう少し上の大学も狙える、と担任に何度言われたことか。県外に出て行く選択肢もたくさんあった。けれどわたしはどうしてもここに来たかったから、親や先生には行きたい学部がここにあると無理を言って説得したのも記憶に新しい。不純な動機だけではない、本当に学びたいことがあったことは確かだし、倍率の高い学部ではあったけれど、頑張った甲斐があったものだ。


「機嫌、良いね!」
「へ?」
「時効かもしれないから言っちゃうけど、春乃ちゃん昔から菅原さんのことすごくだいすきだったもんね。隠したいのかなって思ってたから言わなかったんだけど、話せた日はちょっと機嫌良かったの知ってるよ!潔子先輩も気づいてたと思う!」


はあ。と聞こえるように大きなため息をついた。ずっと隠してきたつもりだったのにそうはいかなかったみたい。ハタから見ればわたしの気持ちなんて、バレバレだったのだろうか。でもきっとスガさんは知らない。知っていたらあんな笑顔を向けてくれなかっただろう。バレー部員も、知らなかったのかな。知っていたのかな。


「仁花ちゃん、それ他の人に絶対言わないでね。」
「シャチ!!当たり前だよ!!」


つまらないオリエンテーションを終え、教材を整理してカバンに詰める。所謂女子大学生らしいスタイルはあまり似合わないわたしは、大きめのトートバッグの中にがさりとそれらを詰め、席を立つ。
周りには茶髪でゆるふわパーマ、ふわふわしたワンピースにサマンサのカバンといった、「量産型」とでも呼ばれそうな女子が多い。わたしもあんなふうになれたら、スガさんがすきになってくれるのだろうか。
パーマなど当てていない胸下まで伸びた髪を少し触りながらそんなことを考えていた。


「春乃ちゃん、このサークルの勧誘飲み会とか行ってみない?」
「チラシ見せて。あー、バレーサークルか。良いね。行く?」


飲み会、サークル、聞き慣れない単語が飛び交うことすら大学生らしいな、と思う。道中で山ほどもらった部活やサークルのチラシをぺらぺらとめくる。もうあの時みたいに輝いた青春をおくる部活なんてないんだろうなぁと思う反面、大学生活はどんなものになるのか期待が膨らんでいった。