×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




お気に入りのアパレルショップの紙袋。今日はしっかり握りしめて大学に来た。もう忘れてない、大丈夫。自分の服と同じ匂いのする彼の服が、なんだかむず痒い気持ちを助長させて。

「今日の春乃ちゃんなんかかわいいね、なにかあるの?」
「……高校の時の先輩とご飯に行くの」

同じ学科の友達に言われると、少し照れくさい気持ちに加えスガさんの存在を知らせたくないという気持ちがふつふつと湧き上がる。すきな人とご飯に行くだけで浮かれてしまう自分を友人に知られて揶揄われたくない、という気持ちもあるのかもしれないけれど。

ふわふわとした気分はわたしを変える。いつもはしない巻き髪に挑戦したり服装を気にしたりと、随分気合いが入ってるなあ。引かれなければ良いけど、と不安になりながらも控えめな色のリップを塗り直した。チークのノリもバッチリで今日の顔はいつもより良い感じに整っていると思う。我ながら気合いが入ってるのが目に見えるから友達にも相手が男の人だってバレている気がしてしまう。全部、わたしの想像の範疇を超えないことだ。

「また明日ね」と小さく手を振りながら教室を後にした。今日の足取りはいつもより遥かに軽い。スキップはさすがにしなかったけれどそれに近い足取りで待ち合わせ場所に向かった。



◇◇◇





「あ!中島ちゃんだ!」
「あ、飛雄の人。」
「だから!及川徹!!何回言えばわかるの!?」

スガさんがいる棟を目指して歩いている時に声をかけてきたのは飛雄の先輩だった及川さん。青葉城西の主将だった人だっけ、とぼんやり思い出す。たしかあの鬼のように強いサーブを打つひと。キャーキャー言われていたなあとぼんやりしていた記憶が形を現し出した。

「何かご用ですか?」
「用が無きゃ話しかけちゃいけないの?」
「そうじゃないですけど。」

あ、及川くんだ〜バイバイ〜と数人の女性達が横を通り過ぎて行く。青葉城西は練習試合の時も女の子がたくさん見にきていた気がするのは間違いではないようだ。

及川さんは、フフン、と鼻を鳴らしながら得意げな顔で話を続けていく。

「こんなところにいるってことは今からスガちゃんと会うの?」
「えっ……!?」
「あ、図星だね?そんな、『えっなんでわかるんですか?』って顔したらバレちゃうよ?」

そんなにわたしはわかりやすい顔をしたのか、及川さんはけたけたと笑っていた。ばくばくと心臓が早くなる。高校の頃からわかりやすかったのかなあ、わたしって。
良いなあ後輩、俺のとこの後輩も同じ大学来たらこうやって会えたのに、という独り言を聞き流していると、後ろから足音が聞こえた。振り返るとそこには、わたしが会いにきた待ち合わせ相手がいた。

「スガさん!」
「スガちゃん〜授業お疲れ〜」
「及川、何やってんだよ。余計なことしてないだろうな?」

キラッと星でも飛び出しそうなウィンクをスガさんにかますこの人は、何を考えているのだろうか全く読めない。
口角をくいっと上げたまま及川さんは口を開く。

「ちょっと、ちょっかいかけたくなっちゃって。」
「ちょっとってなんだよ、ヤメロって俺言ったべ?」
「まあほんとのところは、中島ちゃんのお姉さんと俺、知り合いだと思うからそのこと聞きたかったんだよね」
「え?」

お姉ちゃん。たしかにわたしには2つ年上の姉がいる。今は東京の大学に行っていてたまにしか会えないけれど。

「そういえば青葉城西だった気もします…」
「及川さんね、お姉ちゃんと同じクラスだったよ。中島雛乃ちゃんでしょ。及川さんのこと全くキョーミないですって顔してたからよく覚えてる」
「ふーん……」
「中島ちゃんもキョーミ無さそうだね〜。そっくり、その顔。だから俺ちょっかいかけたくてさ。スガちゃんゴメンね?」

ニコニコしながら及川さんが両手を合わせて謝る動作をする。真剣に謝る気ないだろ、そうスガさんが突っ込むとバレた?なんて笑う。

立ち話をしていると何人もの女の人が「及川くんまたね!」とか言いながら手を振る。顔広いなあ、そうぼんやり思っていると、1人だけ、違う言葉を投げた人が通っていった。

「及川くん、スガくん、ばいばい」
「おー、またな〜」

スガさんと及川さんの共通の知り合いなのかぁ、綺麗な人だなあ。そう後ろ姿をぼんやり眺めて居た。2つ年上というそれだけでこんなにも大人っぽくなるものなのだろうか。

「あの子、スガちゃんの元カノ」
「え?」
「ちょ、及川!」

スガちゃんの元カノ。その言葉が鈍器となって頭をカチ割ろうとしてくる。もとかの。元、彼女。

スガさんが大学生になってから、彼女が出来たと聞いたことはあった。田中先輩と西谷先輩が笑いながら「スガさんと大地さん、もう彼女出来たらしい!やっぱ大学デビューもアリだ!」と騒いでいた記憶がわたしにはある。
噂だ、と自分を言い聞かせて信じてはこなかったけれど、それが事実だと突きつけられてしまった。

何も言えなくて口をパクパクとさせるしかできない。なんでそんなこと言うの及川さん。彼はニヤリと笑っていた、その表情からは何も伝わらない。

「……中島、いや、うん、」
「スガさん、彼女がいたんですか……?」

スガさんは肯定も否定もしないまま、少し口をつぐんだ。それは、肯定ととっても良いんですよね。やっぱり噂じゃなくて本当だったんだ。
スガさんの彼女だった人は、しあわせだったんだろうなあ、どれだけすきだったんだろう、どれだけ愛されたんだろう。何も知らないくせに羨ましさだけが募る。

「……いたけど、告白されてなんとなく付き合ったんだ。その子とうまくいかなくて、やっぱり俺は好きな子としか付き合いたくないと思ったから、それ以来、いないよ」

だからそんな顔しないでほしい。失望させたならごめん。そうわたしの手を握って目を見つめて話してくれた。
好きな子としか付き合いたくない。真面目なスガさんっぽいなあ、となんとなく考えた。失望はしてません、今まで何もしてこなかった自分に呆れています、その思いは声にはならない。


「……及川、頼むから余計なこと言わないで」
「俺は良かれと思って言ったんだけどなあ」
「…中島、行くよ」

気付いた時にはわたしの右手はスガさんの左手に包まれていて、手と手が触れている事実が脳に伝達するまでに時間を要した。

「……す、がさん!」
「…俺、なんとも思ってない子と何回も二人で遊びに行くタイプじゃ、ないよ」

眉を下げて困ったように笑う彼の表情に、さすがに鈍感と言われるわたしでも期待という二文字が頭を過る。スガさん、わたし、少しだけ期待してもいいんですか?

スガさんに好かれる要素はあるかどうかなんてわたしにはわからないけれど、少しはスガさんにかわいいと思われていると自惚れてもいいのかな。二人でご飯に行ってもらえるぐらい、近い存在だと思っても、良いのかな。

「今日の中島も、かわいい」

ニカッと歯を見せて笑うスガさんの笑顔に思わずわたしも笑みがこぼれる。だいすきです、スガさん。ああもう、伝えてしまいたい。早く、早く。「すきです」と言葉にして伝えてしまいたい。この人の隣にいるのは、次はわたしが良い。



◇◇◇





「パーカー、ありがとうございました。クッキーよかったら食べてください!」
「そんなの良かったのに。貰ってばっかだな、俺」

スガさんオススメの中華料理屋さんのテーブル席に着くと、すぐに今日会う理由となっていたパーカーを差し出した。受け取ってからすぐにメニューを開いて見せてくる彼は心なしかワクワクしている気がする。

「辛いもの食べれる?」
「はい、好きです!」
「ここの麻婆豆腐ウマイから食べてみてほしい!まあそのためにここ連れて来たんだけどな」

スガさんは辛い麻婆豆腐が好きだという話、ここに1ヶ月ほど前に澤村先輩と来たこと、店主が強面だけど優しい人だということ、たくさん話してくれた。

「先輩の代は、大学生になってからもとても仲良しですね」
「中島たちは会ったりしないのか?」
「飛雄も翔陽もバレー部入ったみたいで忙しそうで。月島くん山口くんは東京に行っちゃったからなかなか会えないですね。でも東京で音駒と梟谷の主将さんと会ったって言ってましたよ。」
「そっか。またアイツらにも会いたいなあ」
「みんなで飲みに行くの、楽しそうですよね。わたしたちはまだ未成年ですけど」
「中島が成人したら連れて行きたいとこあるべ。料理も酒もめっちゃウマイとこ」

さらりと発された言葉の中には、未来が含まれていて。スガさんとのこの心地よい時間が、成人するまで続くとでもいうのだろうか。スガさんはそのつもりなのだろうか。何気ない会話、お世辞の一種かもしれないとは思ってはいてもわたしの心臓は素直で、どきりとすることをやめられはしない。

「成人ってまだまだなようでもうあと1年ぐらいなんですよね、早いなあ〜」
「ついこの前まで制服着てた子が何言ってんだよ」

けたけたと笑いながら美味しいご飯を食べる。それだけのことがこんなにも心地よい。元カノがなんだっていうんだ。今のわたしはとてもしあわせだ。わたしが知ることのない彼の過去なんてどうでもいい、そう思おう。



「はあー、お腹いっぱいです!」
「俺も食べすぎたわ〜!いや、ほんとここの料理が美味すぎるのが悪い!」
「スガさん、ご馳走様でした …前も出していただいたのに今日もだなんて申し訳ないです。」
「良いんだよ、バイトはちゃんとしてますから」

わたしがお手洗いに行って席を外している間に会計が済んでいる、というドラマのようなことをされてしまい、わたしはまたスガさんにご馳走になってしまった。いくら後輩といえど、何度も奢られるのは申し訳なくて財布をカバンから出そうとしてもその手は封じられてしまう。目がぱちりと合うとその視線に逆らえなくて財布はもう一度カバンの中へ戻っていった。
家に向かって歩く道で、そこらへんの石ころを蹴り飛ばしながら不貞腐れて見せる。コロコロと転がった石は、カランと音を立てて金具の間に落ちて行った。

「中島が良ければまたこうやってどこか行こうよ。それで今日の分はチャラでどう?」
「え……!?」
「メシ食うだけじゃなくて、映画でもなんでもいいし。俺に中島の1日、ちょーだい。」

わたしの心臓の主導権は、わたしにはない。全部、全部このスガさんが持っている。今スイッチを強にされたかのように心臓がばくばくと口から感じるぐらいの動悸を起こしている。

「……デート、ですか?」
「そうなるかな」
「……ずるい、そんな顔して言ったらわたしが断れないの知ってるくせに……!」

スガさん。そんな顔して笑わないで。そんなに優しい笑顔をわたしに向けないで。ううん、この笑顔は、わたしだけに向けていてほしい。

「また予定合わせような。」
「はい……!うれしい……」

恥ずかしくて顔を手で隠してみる。掌に触れた頬が熱い。つい最近買ったピンクのチークをうまく頬にのせたつもりだったけれど、そんなのもうきっと何の意味もなさない。それよりも赤いチークを塗りたくったようになっているだろう。

暗がりでよく見えなかったけれど、わたしから目を背けたスガさんの耳が、少し赤くなっていたような気がした。