新学期当日は、ロンとハリーの姿がなかった。ルナはハーマイオニーと何かあったのだろうかと話していたが、ホグワーツに着いて夕食を食べているとき、どうやらあの二人は空飛ぶ車で墜落して退学になったらしいという噂が流れてきた。パーティーが終わった後も、ルナたちは寮に帰らず、ハリーたちの姿を探した。どこにも姿が見えず、諦めてグリフィンドール塔に戻ったところ、ハリーとロンが『ファットレディ』の前にいるのが見えた。
「ここにいたのね! いったいどこに行ってたの? バカバカしい噂が流れて――誰かが言ってたけど、あなたたちが空飛ぶ車で墜落して退学になったって」
「そうだけど、退学にはならなかった」
「まさか、本当に空を飛んでここに来たの?」
 ハーマイオニーは厳しい声で言った。
「説教はやめて。新しい合言葉、教えてくれよ」
 ロンの声は苛立っていた。
「『ワトルバード(ミミダレミツスイ)』よ」
 ハーマイオニーもイライラしながら言った。
「でも、話を逸らさないで――」
 しかし、彼女の言葉もそこまでだった。肖像画が開くと、突然わっと拍手の嵐が起こった。グリフィンドール寮生は、全員まだ起きている様子だった。丸い談話室いっぱいに人が溢れ、傾いたテーブルの上やふかふかの肱掛椅子の上に立ち、二人の到着を待っていた。肖像画の穴から何本も腕が伸びてきて、ハリーとロンを中に引っ張り入れた。取り残されたルナたちは、穴を通って後に続いた。
「やるなあ!」リー・ジョーダンが叫んだ。「感動的だぜ! なんてご登場だ! 車を飛ばして暴れ柳に突っ込むなんて、何年も語り草になるぜ!」
 何人かの生徒が彼らの肩を軽く叩いた。ルナは、パーシーもまたハーマイオニーと同じ顔をしていることに気づいた。
「ベッドに行かなきゃ――ちょっと疲れた」
 あ、逃げたなとルナは思った。ロンはそう言うと、ハリーと部屋の向こうのドアに向かった。
「おやすみ」
 ハリーがこちらに呼び掛け、ルナは頷いたが、ハーマイオニーは顔をしかめただけだった。
「あの二人、なんてことしたのかしら。退学にならずに済んでよかったけど、危険すぎるわ。もしかしたら死んでたかもしれないのよ」
「本当に」
 女子寮への階段を上がりながら、ルナは相づちを返す。ハーマイオニーはそれだけ心配していたのだ。怒られたくない気持ちもわかるが、あの二人はなぜそれがわからないのだろう。
「……でもちょっとは反省したんじゃない? パーティーのとき、セブルスとマクゴナガル先生と、ダンブルドアが席を外してたから」
「そうだといいけど」
 ルナたちはパジャマに着替え、ベッドに入った。明日から授業が始まる。ハーマイオニーの機嫌が直っていればいいとルナは思った。

 翌日、ロンの母親からの『吠えメール』で朝が始まった。そのおかげでハーマイオニーは二人を許し、薬草学、変身術、そして闇の魔術に対する防衛術に四人で出席した。ロンの杖は暴れ柳のせいで折れてしまったらしく、テープを巻き付けていたが、変身術の授業ではやはり本来の性能は発揮していなかった。闇の魔術に対する防衛術の授業は最悪だった。ロックハートはまずテストを行い、そのテストはすべてロックハートに関するものだった。それが終わるとコーンウォールで捕まえたというピクシーを教室に解き放った。ハチャメチャになる教室で、ロックハートは何か唱えていたが、何の効果もなかった。授業が終わると、ルナたちはロックハートにピクシーを捕まえておくよう頼まれてしまった。
「耳を疑うぜ」
 ロンは残っているピクシーの一匹に耳を噛まれながら唸った。
「私たちに実践させたかっただけよ」
 ハーマイオニーは、二匹同時に手際よく氷結魔法をかけて動けないようにし、籠に押し込みながら言った。
「実践だって? ハーマイオニー、ロックハートは自分が何してるのか、全然わかってなかったんだよ」
 ルナも同意だったが、ハーマイオニーは彼のことが好きだったため――今日は一日『バンパイアとの船旅』を読んでいた――何も言わないことにした。
「違うわ、彼の本読んだでしょ――彼って、あんなに目の覚めるようなことをやってるじゃない……」
「本人はやったとおっしゃてるがね」
 ロンが呟いた。

 週末になり、ハリーは朝早くからクィディッチの練習に出かけたようで、ロンが見に行こうと言った。ルナ、ロン、ハーマイオニーは大広間のトーストを持ちだし、競技場へ向かった。ハリーたちはしばらくして更衣室から出てきた。彼らはグリフィンドールの競技用ローブを着ていた。
「まだ終わってないのかい?」
 ロンの問いにハリーは応えた。
「まだ始まってもないよ。ウッドが新しい動きを教えてくれてたんだ」
 ハリーは箒にまたがり、地面を蹴った。ぐんぐん上昇していく。悠々と空を飛ぶハリーに、ルナは羨ましくなった。あんな風に飛んでみたいものだ。自分が操縦できなくても、後ろに乗るのなら――ハリーの後ろに乗る自分を想像して、ルナは愕然とした。自分は何を考えているのだろう。
「ハリー、こっち見て!」
 スタンドには先客がいて、ハリーたちの様子をカメラで撮っていた。コリンという名前の一年生だ。ハリーに憧れを持っているようで、行く先々に現れハリーに話しかけている。
 やがてピッチに緑のローブを着たスリザリンのチームが現れた。ウッドたちが降り、何やら口論している。ただ事ではない。三人でスタンドを降り、芝生を横切ってウッドたちに近づいた。
「どうしたんだい? どうして練習しないんだよ。それにあいつ、こんなとこで何してるんだ?」
 ロンはそう言って、スリザリンのクィディッチ用ローブを着ているマルフォイを見た。
「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ」
 マルフォイは気取って言った。
「父上がチーム全員に買った箒を、皆で賞賛していたところだ」
 ロンは目の前に並んだ七本の最高級の箒を見て、口をあんぐりさせた。箒に詳しくないルナでも、これは高級品だと一目でわかった。
「いいだろう? グリフィンドール・チームも資金集めして新しい箒を買えばいい。クリーンスイープ五号を慈善事業の競売にかければ、博物館が買いを入れるだろうよ」
 スリザリン・チームは爆笑した。
「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは、純粋に才能だけで選ばれたのよ」
 ハーマイオニーの正論に、マルフォイの得意顔が歪んだ。彼は吐き捨てるように言った。
「誰もおまえの意見など求めてない。汚らしい穢れた血め」
 途端に轟々と声が上がった。ルナはマルフォイの言葉にショックを受けていた。いくら親子そろって性格が悪いと言っても、限度があるのではないか。こんな嫌な奴は見たことがない。
 フレッドとジョージはマルフォイに飛び掛かろうとし、それを止めるため、フリントが急いで前に立ちはだかった。アリシャは「よくもそんなことを!」と金切り声を上げた。ロンはローブに手を突っ込み、ポケットから杖を取り出して、「思い知れ、マルフォイ!」と叫ぶと、フリントの脇の下からマルフォイの顔に向かって杖を突き付けた。
 バーンと大きな音が競技場にこだまし、緑の閃光が杖先ではなく反対側から飛び出して、ロンの腹のあたりに当たった。ロンはよろめいて芝生の上に尻もちをついた。
「ロン! ロン! 大丈夫?」
 ハーマイオニーが悲鳴を上げた。
 ロンは口を開いたが、言葉のかわりにとても酷いげっぷが出て、ナメクジが数匹膝に滴った。
 スリザリン・チームは笑い転げた。フリントは新品の箒にすがって腹を捩り、マルフォイは四つん這いになり、拳で地面を叩きながら笑っていた。
「ハグリッドのところに連れていこう。一番近いし」
 ハリーが呼び掛けられ、ルナとハーマイオニーは頷いた。三人でロンの両側から腕を掴んで助け起こした。
「ハリー、どうしたの? 何があったの? 病気? でも君なら治せるよね?」
 コリンがスタンドから駆け下りてきた。ロンがゲボッと吐いて、またナメクジがボタボタと落ちた。
「おおお」
 コリンは感心してカメラを構えた。
「ハリー、動かないように押さえててくれる?」
「コリン、そこを退いて!」
 ハリーは腹立たしげにそう言うと、ロンを抱えて競技場を抜け、森の外れへ向かった。
「もうすぐよ、ロン」
 番人小屋が見えてきたとき、ハーマイオニーがロンを励ました。
「すぐ楽になるから……もうすぐそこだから……」
「うん、あとちょっとだよ……」
 あと二十フィートという時に、小屋の戸が開いた。中から出て来たのはハグリッドではなく、淡い藤色のローブを纏ったロックハートだった。
「早く、こっちに隠れて」
 ハリーはそう囁くと、脇の茂みにロンを引き込んだ。ルナたちは従った。
「やり方さえわかっていれば簡単なことです」
 ロックハートは声高に、ハグリッドに何か言っていた。
「助けてほしいことがあれば、いつでも私のところに来てください! 私の著書を一冊進呈しましょう――まだ持ってないとは驚きましたね。今夜サインをして、こちらに送りますよ。では、さようなら!」
 ロックハートは、城の方に颯爽と歩き去った。
 ハリーは彼の姿が見えなくなるまで待ち、それからロンを茂みの中から引っ張り出して、ハグリッドの小屋のドアまで連れていった。三人は慌しくドアを叩いた。
 ハグリッドがすぐに出て来た。とても不機嫌そうだったが、客が誰だかわかった途端、すぐに顔が輝いた。
「いつ来るかと待っとったぞ――さあ入った、入った――実は、ロックハート先生がまた来たかと思ったんでな」
 三人はロンを抱えて敷居を跨がせ、一部屋しかない小屋に入った。片隅には巨大なベッドがあり、反対の隅には楽しげに暖炉の火がはぜていた。ハリーはロンを椅子に座らせながら手短に事情を説明したが、ハグリッドはロンのナメクジ問題にまったく動じなかった。
「出て来ないよりは出た方がいい。ロン、みんな吐いちまえ」
 ロンの前に大きな銅の洗面器を置き、ハグリッドは朗らかに言った。
「止まるのを待つ他ないと思うわ。あの呪いって、ただでさえ難しいのよ。まして杖が折れてたら……」
 ハグリッドは忙しく動いてお茶の用意をした。
「ハグリッド、ロックハートは何の用だったの?」
 ファングの耳を指で掻きながらハリーは尋ねた。
「井戸の中から水魔を追っ払う方法を俺に教えようとしてな」
 唸るように答えながら、ハグリッドは使い込まれたテーブルから、羽をむしりかけの雄鶏を除けて、ティーポットを置いた。
「まるで俺が知らんとでもいうようにな。その上、自分がバンシーとかを追っ払った話を、散々ぶち上げとった。言っとることが一つでも本当だったら、俺はへそで茶を沸かしてみせるわ」
 ホグワーツの先生を批判するなど、まったくハグリッドらしくなく、ルナとハリーは驚いて彼を見つめた。一方、ハーマイオニーはいつもより少しうわずった声で反論した。
「それって、少し偏見じゃないかしら。ダンブルドア校長は、あの先生が一番適任だと考えたわけだし――」
「他には誰もおらんかったんだ」
 ハグリッドは糖蜜タフィーを皿に入れて三人に薦めながら言った。ロンがその脇で咳き込みながら洗面器に吐いていた。
「全然、適任者がおらんかったんだ。闇魔術の先生を探すのが難しくなっちょる。誰も進んでそんなことをやろうとせん。みんな縁起が悪いと思い始めた。ここんとこ、誰も長続きしたもんはおらんからな。それでロンは、誰に呪いをかけるつもりだったんだ?」
「マルフォイが、ハーマイオニーのことを何とかって呼んだんだ。すごくひどい悪口なんだと思う。みんな、かなり怒ってた」
「本当に酷い悪口さ」
 テーブルの下からロンの汗まみれの青い顔が現れ、しゃがれ声で言った。
「マルフォイのやつ、ハーマイオニーのこと『穢れた血』って言ったんだ、ハグリッド――」
 ロンの顔が再びテーブルの下に消えた。ハグリッドは激しく憤っていた。
「そんなこと、本当に言ったのか!」
「言ったわ。でも、どういう意味だか私は知らない。もちろん、ものすごく失礼な言葉だとはわかったけど……」
「最低最悪の言葉よ」
 ハーマイオニーにルナは言った。
「穢れた血はマグルから生まれたって意味の――つまり、両親とも魔法使いじゃない者を指す最低の呼び方なの。魔法使いの中には、例えばマルフォイ一族みたいなのを、みんなが純血って呼ぶもんだから、自分たちが誰よりも偉いって思ってる連中がいる」
 ルナは幼い頃からその言葉だけは口に出すなと教育されている。言ったら絶縁するとまで言われている。ロンがルナの話を引き継いだ。
「もちろん、そういう連中以外は、そんなことまったく関係ないと知ってるよ。ネビル・ロングボトムを見てごらん――あいつは純血だけど、大鍋を逆さにして火に掛けたりしかねないぜ」
「それに、俺たちのハーマイオニーが使えない呪文は、今までにひとつもなかったぞ」
 ハグリッドが誇らしげにそう言い、ハーマイオニーは頬を赤らめた。
「他人のことをそんなふうに罵るなんて、むかつくよ。汚い血だなんて、まったく。劣った血だなんて。狂ってる。今どきの魔法使いはほとんど混血だぜ。もしマグルと結婚してなかったら、俺たちとっくに絶滅してる」
 嘔吐がはじまり、再びロンの顔がひょいと消えた。
「うん、そりゃロン、やつに呪いをかけたくなるのも無理はない。だが、おまえさんの杖が逆噴射したのは返ってよかったかもしれん。ルシウス・マルフォイが、学校に乗り込んで来たかもしれんぞ。おまえさんがやつの息子に呪いをかけちまってたら。少なくとも、面倒に巻き込まれずに済んだってもんだ」
 確かにそうだ。ルシウス・マルフォイならやりかねない。
「ハリー。おまえさんにもちと小言を言うが、サイン入り写真を配っとるそうじゃないか。なんで俺に一枚くれん?」
 ハリーは怒ったようだった。
「サイン入りの写真なんて、配ってない。もし、ロックハートがまだそんなこと言い振らし――」
 ハグリッドは笑っていた。
「からかっただけだ。おまえさんがそんなことをせんのはわかっちょる。ロックハートに言ってやったわ。おまえさんはそんな必要ねえって。何にもせんでも、おまえさんはロックハートより有名だって」
「ロックハートは気に入らないって顔したでしょ?」
「ああ、気に入らんだろ。それから、俺はあんたの本などひとっつも読んどらんと言ってやった。そしたら帰っていきおった」
 ロンの顔がまた現れたので、「ロン、糖蜜タフィーはどうだ?」と、ハグリッドは薦めた。
「要らない、気分が悪いから」
「俺が育ててる物がある、ちょいと見に来い」
 ルナたちがお茶を飲み終わったのを見て、ハグリッドが誘った。
 小屋の裏にある小さな野菜畑には、見たこともないような大きなかぼちゃが十数個あった。一つひとつが大岩のようだった。
「よーく育っちょるだろう? ハロウィーンのご馳走用だ……そのころまでにはいい大きさになるぞ」
「肥料は何をやってるんだい?」
 ハリーが尋ねると、ハグリッドは肩越しに振り返り、誰もいないことを確かめた。
「その、やっとることは――ほれ――少し手助けしてやっちょる」
 ルナは小屋の裏に、ハグリッドのピンクの花模様の傘が立て掛けてあることに気づいた。
「肥らせ魔法じゃない?」
 ハーマイオニーは半分非難しているような、半分楽しんでいるような声で言った。
「ハグリッドったら、とっても上手にやったわね」
「おまえさんの妹もそう言っとったよ。つい昨日会った」
 ハグリッドはロンに向かって頷き、ひげをひきつらせながらハリーを横目で見た。
「ぶらぶら歩いてるだけだって言っとったがな、俺が思うに、ありゃ、この家で誰かさんとばったり会えるかもしれんって思っちょったな」
 彼はハリーにウインクした。
「俺が思うに、あの子は欲しがるぞ、おまえさんのサイン入りの――」
「やめてくれよ」
 ジニーはハリーのことが好きなのだ。そのことを知り、ルナはもやもやした。
「どうかした?」
 こちらに気づいたハーマイオニーに話しかけられる。「何でもない」と応えて、「お昼を食べに行こう」と誘った。ロンは時々しゃっくりをしたが、とても小さいナメクジが二匹出てきただけだった。
 ひんやりしたエントランスホールに足を踏み入れた途端、声が響いた。
「ポッター、ウィーズリー、そこにいましたか」
 マクゴナガル先生が厳しい表情でこちらに歩いて来た。
「二人とも、処罰は今夜になります」
「先生、僕たち、何するんですか?」
「あなたはミスター・フィルチと一緒にトロフィールームで銀磨きです。ウィーズリー、魔法はダメですよ――自分の力で磨くのです」
 ロンは絶句した。
「ポッター、あなたはロックハート先生がファンレターに返事を書くのを手伝いなさい」
「えっ、そんな――僕もトロフィールームじゃいけませんか?」
 ハリーは必死に頼んだが、マクゴナガル先生は眉を吊り上げた。
「もちろんいけません。ロックハート先生は、あなたをご指名です。二人とも、八時きっかりです」
 ハリーとロンは肩を落とし、うつむきながら大広間に入った。ハーマイオニーは、『だって校則を破ったんでしょ』という顔をしていた。
「フィルチは俺に一晩中磨かせるだろうな」
 ロンは気が滅入っていた。
「魔法なしだなんて! あそこには銀杯が百個はあるぜ。俺、マグル式の磨き方は苦手なんだ」
「いつでも、かわってやるよ。ダーズリーのところで散々訓練させられてるから。ロックハートのファンレターに返事を書くなんて……悪夢だ……」
「……二人とも、がんばって」
 そういった所で何の励ましにもならないことはわかっていたが、ルナは言わずにはいられなかった。二人は暗い顔で頷いた。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -