ホグワーツから手紙が来たのは、夏休みも半分を過ぎた頃だった。ルナはふくろうから手紙を外すと、早速中を開けた。手紙には、去年と同じく九月一日にキングス・クロス駅の九と四分の三番線からホグワーツ特急に乗るようにと書かれ、新学期用の新しい教科書のリストも入っていた。

 二年生は次の本を準備すること。

『基本呪文集(二学年用)』:ミランダ・ゴズホーク著
『バンシーとの決別』:ギルデロイ・ロックハー卜著
『グールとの散策』:ギルデロイ・ロックハート著
『鬼婆との休暇』:ギルデロイ・ロックハート著
『トロールとの旅』:ギルデロイ・ロックハート著
『バンパイアとの船旅』:ギルデロイ・ロックハート著
『狼人間との山歩き』:ギルデロイ・ロックハート著
『雪男との一年』:ギルデロイ・ロックハート著

「なんでこんなにロックハートの本が多いのかしら」
 ギルデロイ・ロックハートは魔法界では有名な作家だ。自分の武勇伝を本にして出版している。それが本当かはわからないが、彼の顔は整っているため人気がある。
「学校に行けばわかる」
 肘掛け椅子に座っていたセブルスが、本に目を落としながら言った。
「……闇の魔術に対する防衛術の教師がロックハートってこと?」
 ちょうどその役職が空いている。尋ねてみても、セブルスは「さあな」と答えを濁した。
「いつ買いに行く?」
「明日にでも行くか」
「……昨日ハーマイオニーから手紙が来て、次の水曜日に一緒にダイアゴン横町で会わないかって誘われたの」
 セブルスは本を閉じ、苦々しく呟いた。
「まだポッターたちとつるんでいたのか」
「私が誰といようが勝手じゃない」
「お前の友達を選ぶ権利は私にもある」
「何それ……」
 ルナは呆れた。
「とにかく、私は水曜日に行きたいわ。連れてって……テストの成績も私良かったじゃない」
 セブルスは盛大なため息をついた。
「……わかった」
「やった!」
「ただし私は行かん。金は渡すから自分で買ってこい」
「……はーい」
 なんとなくそんな予感はしていた。セブルスはできる限りハリーと会いたがらないだろうし、ハリーもセブルスに会いたくないだろう。

 水曜日、ルナは暖炉を使ってダイアゴン横町に降り立った。ハーマイオニーとはグリンゴッツで待ち合わせた。
「ルナ! 久しぶりね! 元気だった?」
「うん、元気だったよ」
「……スネイプ先生も元気?」
 彼女は気まずそうに言った。ルナは笑った。
「元気だよ。相変わらず本ばっかり読んでるけど」
 話しているうちに、ハーマイオニーがルナの背後へ目をやった。
「あれ、ハリーじゃない? ハリー!」
 振り返れば、ハリーがこちらに歩いてくるのが見えた。彼の眼鏡は割れていて、ハグリッドと一緒だった。
「眼鏡、どうしちゃったの? ハグリッド、こんにちは……ハリー、グリンゴッツに行くところなの?」
「ウィーズリーさんたちを見つけてからだけど」
「おまえさん、そう長く待たんでもいいぞ」
 そう言ってハグリッドは笑った。三人で見回すと、ロン、フレッド、ジョージ、パーシー、そして年配の赤毛の男性――たぶんロンの父親だろう――が駆けて来る姿が見えた。
「ハリー、せいぜい一つ向こうの暖炉まで行き過ぎたくらいであればと願ってたんだよ……」
 ウィーズリー氏は息を切らしながらそう言うと、禿げた額に光る汗を拭った。なるほど、ハリーはフルーパウダーで失敗してしまったのだ。
「モリーは半狂乱だったよ――今こっちへ来るがね」
「どっから出たんだい?」ロンが尋ねた。
「ノクターン横町」ハグリッドが険しい顔で答えた。
「すっげえ!」フレッドとジョージが同時に叫んだ。
「俺たち、そこに行くのを許してもらったこともないよ」
 ロンがうらやましそうに言った。もちろんルナもノクターン横町への出入りは禁止されている。セブルスとダイアゴン横町に行く度に、彼は口を酸っぱくして言う。
 今度は赤毛の女性――ウィーズリー夫人が全力で走って来る姿が見えた。片手に提げたハンドバッグが大きく揺れ、もう一つの手には女の子がしがみついていた。
「ああ、ハリー――おお、ハリー――とんでもないところに行ったんじゃないかと――」
 息を切らしながら、夫人はハンドバッグから大きなブラシを取り出し、ハリーの服に付いた煤を払い始めた。ウィーズリー氏が壊れた眼鏡を取り、杖で軽く叩くと、眼鏡は新品同様になった。
「さあ、もう行かにゃならん」
 手をウィーズリー夫人にしっかり握りしめられていたハグリッドが言った。
「みんな、ホグワーツで会おう!」
 ハグリッドは大股で去っていった。
「『ボージン・アンド・バークス』の店で誰に会ったと思う?」
 グリンゴッツの階段を上がりながら、ハリーはルナたちに言った。
「マルフォイとその父親だ」
「ルシウス・マルフォイは、何か買ったかい?」
 後ろからウィーズリー氏が厳しい声で言った。
「いいえ、売ってました」
「それじゃ、心配になったわけだ」
 ウィーズリー氏は険しい顔で満足気に言った。
「ああ、ルシウス・マルフォイの証拠を掴みたいものだ……」
「アーサー、気をつけないと」
 ウィーズリー夫人が厳しく言った。ちょうど、ゴブリンがお辞儀をして、銀行の中に一行を招き入れるところだった。
「あの家族は厄介よ。無理して返り討ちに会わないように」
「それじゃ、私がルシウス・マルフォイに敵わないとでも?」
 ウィーズリー氏は憤然としていたが、壮大な大理石のホールの、端から端まで伸びるカウンターの側に立っていたハーマイオニーの両親を見て、嬉しそうな顔をした。
「なんと、マグルのお二人がここに! 一緒に一杯いかがですか! そこに持っていらっしゃるのは? ああ、マグルのお金を換えていらっしゃるんですね。モリー、見てごらん!」
 彼はグレンジャー氏の持っている十ポンド紙幣を指差して興奮していた。なるほど、ロンの父親は変わり者らしい。
「後でここで会おう」
 ロンがこちらにそう呼び掛けると、ハリーたちは地下金庫へ去って行った。
「……君がルナかい?」
 恐る恐ると言った様子で、グレンジャー氏に話しかけられる。
「ハーマイオニーから話は聞いてるよ。仲良くしてくれてありがとう」
「いえいえ……ハーマイオニーはとっても頭が良くて、素敵な友達です」
 そう答えると夫妻はにっこりと笑った。ハーマイオニーも照れたように赤くなった。
 ハリーたちが戻ると、皆は別行動を取ることにした。パーシーは新しい羽ペンが必要だと呟き、フレッドとジョージは、リー・ジョーダンを見つけていた。ウィーズリー夫人は女の子――ジニーと二人で古着のローブを買いに行くことになった。
 ウィーズリー氏はグレンジャー夫妻に、漏れ釜でぜひ一緒に飲もうと誘った。
「一時間後にみんなフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合いましょう。教科書を買わないと」
 ルナはハリー、ロン、ハーマイオニーと曲りくねった石畳の道を散歩した。ハリーは苺とピーナッツバターの大きなアイスを四つ買ってくれた。そして四人で楽しく舐めながら路地を歩き回って、ウィンドウ・ショッピングをした。『ギャンボル・アンド・ジェイプス悪戯専門店』でフレッド、ジョージ、リー・ジョーダンに会った。手持ちが少なくなったからと、『ドクター・フィリバスターの火なしで火が点く愉快な花火』を買いだめしていた。ちっぽけなガラクタ屋では、折れた杖や目盛りの狂った真鍮秤、薬の染みだらけの古いマントなどが売っていたが、そこでパーシーを見つけた。『権力を手にした監督生たち』という小さなとてもつまらなそうな本に没頭していた。
「ホグワーツの監督生たちと卒業後の出世の研究」と、ロンが裏表紙に書かれた文章を読み上げた。
「こりゃ、すばらしい……」
「あっちへ行け」パーシーは噛みつくように言った。
「もちろん、パーシーは野心家だからな。将来の計画はばっちりさ……魔法省大臣になりたいんだ……」 ロンがこちらに低い声でそう言い、四人はパーシーを残して店を出た。
 一時間が経ち、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に向かった。書店に向かっていたのは四人だけではなかった。近くまで行くと、驚いたことに黒山の人だかりで、ドアの外で押し合い、へし合いしながら中に入ろうとしていた。その理由は、上階の窓に掛かった大きな横断幕に書かれていた。

 ギルデロイ・ロックハートサイン会 自伝『私はマジックだ』
 本日午後十二時半〜四時半

「本物の彼に会えるわ!」
 ハーマイオニーが黄色い声を上げた。ハーマイオニーもまた、他の魔女たちと同じらしい。
「彼って、リストにある教科書をほとんど全部書いてるじゃない!」
 人だかりはほとんどがウィーズリー夫人くらいの年齢の魔女ばかりだった。
 人垣を掻き分けて中に入ると、長い列は店の奥まで続き、そこでギルデロイ・ロックハートが本にサインをしていた。四人は『バンシーとの決別』を一冊ずつ掴み――ルナは特別好きではなかったが、実際に会うとサインをもらいたくなるから不思議だ――ウィーズリー一家とグレンジャー夫妻が並んでいるところにこっそり入った。
「まあ、よかった。来たのね」ウィーズリー夫人は息を弾ませ、何度も髪を撫でつけていた。
「もうすぐ彼に会えるわ……」
 ギルデロイ・ロックハートの姿がゆっくりと見えてきた。座っている机の周りには、自身の大きな写真が貼られ、人垣に向かって写真が一斉にウインクし、輝くような白い歯を見せていた。本物のロックハートは忘れな草色の青いローブを着ていた。ウェーブのかかった髪に、魔法使いの三角帽を小粋な角度で被っていた。
 気の短そうな男がその周りを踊るように動き回り、大きなカメラで写真を撮っていた。目が眩むようなフラッシュを焚くたびに、紫の煙が上がった。
「そこ、どいて」
 カメラマンがアングルを良くするために後ずさりし、ロンに向かって唸るように言った。
「予言者新聞の写真だから」
「それがどうした」
 ロンはカメラマンに踏まれた足を擦りながら言った。
 それを聞いていたらしく、ギルデロイ・ロックハートは顔を上げた。彼はまずロンを見て――それからハリーを見た。じっと見つめ、そして勢いよく立ち上がって叫んだ。
「もしや、ハリー・ポッターでは?」
 興奮した囁き声が広がり、人垣が割れて道を開けた。ロックハートは列に飛び込むと、ハリーの腕を掴み正面に引っ張り出した。人垣が一斉に拍手した。ロックハートがハリーと握手している姿をカメラマンが撮ろうとして、ウィーズリー一家の頭上に厚い煙が漂うほどシャッターを切った。羞恥で顔を赤くしているハリーを見て、ルナの中のロックハートの好感度が下がった。なんて勝手な人なのだろう。
「ハリー、にっこり笑って!」
 ロックハートが輝くような歯を見せながら言った。
「一緒に写れば、君と私とで一面大見出しだよ……皆さん、なんと記念すべき瞬間でしょう! 私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほど相応しい瞬間はまたとありますまい! ハリー君が、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に本日足を踏み入れました。この若者は、私の自伝を買うことだけを欲していたわけです――それを今、喜んで彼にプレゼントいたします。無料で――この彼が思いもつかなかったことではありますが――間もなく彼は、私の本、『私はマジックだ』ばかりでなく、もっともっと良いものを手に入れるでしょう。彼もそのクラスメイトも、マジックである私を手にすることになるのです。皆さん、ここに大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、闇魔術に対する防衛術担当教師職を引き受けることになりました!」
 人垣がわっと沸いて拍手し、ハリーはギルデロイ・ロックハートの全著書をプレゼントされていた。ハリーが去った後、ロン、ハーマイオニーの次にルナの番が来た。ルナはもうサインなどもらう気も失せていたが、辞退するのも失礼だと思いサイン本をもらった。ハーマイオニーたちと出入り口の方に行くと、ハリーとジニーがマルフォイに絡まれていた。
「なんだ、お前か。ハリーがここにいて驚いたっていうわけか、え?」
 やめた方が良いのに、ロンがマルフォイに話しかけた。
「ウィーズリー、君がこの店にいるのを見てもっと驚いたよ。そんなにたくさん買い込んで、君の両親はこれから一ヶ月は飲まず食わずだろうね」
 ロンは赤くなり、マルフォイに向かっていこうとしたが、皆でロンのジャケットの背中をしっかり掴んだ。
「……君がルナ・スネイプかね?」
 マルフォイの父親は、息子と同じ血の気のない顔、尖った顎、冷たい灰色の目をしていた。彼はマルフォイの肩に手を置き、同じ薄笑いを浮かべて立っていた。
「……はい」
「君の話はセブルスから聞いている――君がグリフィンドールに入ったと聞いたときは驚いた。まったく、数奇な運命だ……」
 マルフォイ氏はなぜかルナとハリーを交互に見つめた。疑問に思い、尋ねようとしたとき、「ロン!」とウィーズリー氏の声が聞こえてきた。
「何してるんだ? ここはひどい、早く外に出よう」
「これは、これは――アーサー・ウィーズリー」
「ルシウス」
 ウィーズリー氏は首だけ傾けてそっけない挨拶をした。仲の悪さを物語っていた。
「役所はお忙しいようで。あれだけ何回も抜き打ち調査を……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな?」
 マルフォイ氏はジニーの大鍋に手を入れ、豪華なロックハートの本の中から、使い古して擦り切れた本を一冊引き抜いた。『変身術入門』だった。
「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も払わないのでは、わざわざ魔術師の名を汚す甲斐がないですな?」
 ウィーズリー氏はロンやジニーよりも赤くなった。
「マルフォイ、魔術師の名を汚すとはどういうことか、我々は意見が違うようだが」
「さようですな」
 マルフォイ氏の淡い目が、心配そうに成り行きを見ているグレンジャー夫妻へ移った。
「ウィーズリー、こんな連中と付き合ってるようでは……君の家族はもう落ちるところまで落ちたと思っていたが――」
 ウィーズリー氏がマルフォイ氏に飛びかかり、その背中を本棚に叩きつけた。分厚い呪文の本が棚から数十冊、皆の頭に落ちてきた。
「やっつけろ、父さん!」フレッドかジョージのどちらかが叫んだ。
「アーサー、ダメ、やめて!」ウィーズリー夫人が悲鳴を上げた。
「やめんかい、おっさんたち、やめんかい――」
 ハグリッドが本の海を掻き分けながらやって来た。あっという間にハグリッドは、ウィーズリー氏とマルフォイ氏を引き離した。ウィーズリー氏は唇を切り、マルフォイ氏の目には『毒キノコ百科』がぶつかった痕があった。その手にはまだ、ジニーの古い変身術の本が握られていた。マルフォイ氏は目を妖しく光らせ、それをジニーに突き出した。
「ほら――おまえの本だ――おまえの父親にしてみればこれが精一杯だろう――」
 ハグリッドの手を振りほどき、息子に目で合図して、マルフォイ氏はさっと店から出ていった。マルフォイは親子で性格が悪いということがわかり、ルナはどうしようもないなと思った。セブルスはあの父親と仲が良い。どうしてあんな、マグルを嫌う奴と付き合っているのだろう。
「アーサー、あいつのことはほっとかんか。骨の髄まで腐っとる。家族みんながそうだ。みんな知っちょる。マルフォイ家のやつらの言うことは聞く価値がない。そろって根性曲がりだ。そう。さあ、みんな――さっさと出よう」
 店員は一家が外に出るのを止めたそうだったが、ハグリッドの大きさから考え直したようだった。外に出て、皆は急いで歩いた。グレンジャー夫妻は恐ろしさに震え、ウィーズリー夫人は怒りに震えていた。
「子供たちに、なんて良いお手本を見せてくれたのかしら……公衆の面前で取っ組み合いなんて……ギルデロイ・ロックハートがいったいどう思ったか……」
「あいつ、喜んでたぜ。店を出る時、あいつが言ってたこと聞かなかった? あの予言者新聞のやつに、喧嘩のことを記事にしてくれないかって頼んでたよ――何でも、宣伝になるからって言ってたな」
 フレッドのおかげで感情を和らげた一行は、漏れ鍋の暖炉に向かった。そこからフルーパウダーで、ルナはスピナーズ・エンドへ、ハリーたちは巣穴荘へ帰ることになった。グレンジャー一家はそこから裏側のマグルのとおりに戻るため、皆は別れを交わした。
 家に帰ると、セブルスはソファに座り書類を読んでいた。
「……ただいま」
「おかえり。何もなかったか?」
 ルナは眼鏡を外し、テーブルに買ったものを置きながら応えた。
「……マルフォイの父親に会ったよ」
 どさりとセブルスの横に座る。
「私とハリーを見て、『数奇な運命だ……』とか言ってたけど、私、何かハリーと関係することがあるの?」
 セブルスは書類を読みながら言った。
「ルシウスの言うことは聞かない方が良い。たまに出鱈目なことを言う」
「……そうだよね。あの人、マグル嫌ってるし、ろくな奴じゃないよ。セブルスはどうしてあの人と付き合ってるの?」
「……ダンブルドアからの命令だ」
「ふーん」
 そう言われては納得するしかない。ルナはなんとなく、セブルスがダンブルドアから何か指示を受けているとわかっていたから、それ以上は聞かなかった。
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