ハーマイオニーは校則を破ることに少し寛容になり、ずいぶん優しくなった。ハリーのデビュー戦前日、休み時間に寒い中庭に出たとき、ハーマイオニーが持ち運びができる、ブルーの炎を取り出した。四人で背中にそれを当てて暖まっていると、セブルスが中庭を横切った。その足を引きずっていることにルナは気づいた。セブルスはこちらに近づいてきた。
「ポッター、そこに持っている物は何かね?」
 ハリーは持っていた本を見せた。
「図書館の本は校外に持ち出してはならん。よこしなさい。グリフィンドール五点減点」
 それだけで減点するなんて。ルナは抗議しようとしたが、やめた。ルナもまたグリフィンドール生だ。「先生」に口答えしてさらにグリフィンドールの点数が減るのは嫌だった。
 セブルスが去った後、「校則をこじつけたんだ」とハリーは怒りながら呟いた。
「けど、あの足はどうしたんだろう?」
「さあな。でも、ものすごく痛いといいよな」
 ルナは何も言わなかったが、心の中では彼を心配した。今日の夜にでも行ってみようか。そう思い、夕食後に四人で宿題をしているとき、立ち上がった。
「……セブルスの様子を見てくるわ」
「足を引きずってたから?」
「うん」
「僕も行く」
 ハリーも同じく立ち上がった。
「本を返してもらう」
「まあ、がんばって」
 ハリーと二人で談話室を出る。ルナは地下へ行こうとしたが、ハリーは他の教師を味方につけて本を返してもらおうと思っているらしく、教員室に行きたいと言った。ルナも彼に付き合い、教員室に向かう。
 ハリーは教員室のドアをノックした。応答はなし。もう一度ノックしてみても反応はなかった。二人で目を合わせる。ハリーはそっとドアを開けた。
 中にはセブルスとフィルチだけがいた。セブルスはローブを膝までたくし上げていた。片足がズタズタに切られ、血だらけになっていた。
「忌々しいやつだ。三つの頭を同時に注意するなんてできるか?」
 ハリーはドアを閉めようとしたが、その前に気づかれてしまった。
「ポッター!」
 セブルスはすぐにローブを下ろして足を隠した。怒りに顔を歪ませた彼の表情は、ルナが今まで見たことのない表情だった。
「本を返してもらえたらと思って」
「失せろ! 早く!」
 ハリーはその場を去った。ルナは残って、セブルスの方に近づいた。
「……ルナ」
 セブルスは今自分の存在に気づいたかのようだった。
「お前もグリフィンドール塔に戻れ」
「……その傷はどうしてできたの?」
「お前には関係ないことだ」
「関係あるわ」
「関係ない!」
 セブルスは強い口調で否定した。こうも強く言われるとは思っておらず、ルナは黙って教員室を出た。ルナはセブルスの家族だ。血はつながっていないけれど、ルナはセブルスと家族だと思っている。家族だから、セブルスの怪我を心配するし、なぜ怪我したか知る権利がある。もしかしたら、家族と思っているのは自分だけなのかもしれない。ルナはそう考え、悲しくなった。けれど、セブルスが自分のことを大事に思っていることは、彼の行動や言葉からわかる。ルナはもう考えないようにした。考えても仕方のないことだ。
 談話室に戻ると、ハリーがセブルスの様子を二人に伝えているところだった。
「どういう意味かわかるだろう? スネイプはハロウィーンのとき、三頭犬の裏をかこうとしたんだ! 僕たちが見たのはそこに行く途中だったんだよ――あの犬が守っている物を狙ってるんだ! 箒を賭けてもいい、トロールは絶対にあいつが入れたんだ。みんなの注意を逸らすために!」
「違う――そんなはずないわ。確かに好意的な人じゃないけど、ダンブルドアが守ってる物を盗もうとはしないわ」
「まったく、ハーマイオニー。君、先生はみんな聖人か何かだと思ってるだろう? 俺はハリーと同じ考えだ。スネイプならやりかねないよ。けど、何を狙ってるんだ? あの犬、何を守ってるんだろう?」
 ルナは無言でハリーたちを通り過ぎ、女子寮へのドアを開いた。セブルスがダンブルドアを裏切って盗もうとしているなんて、ハリーたちは何を言っているのだろう。セブルスはホグワーツで働いて一〇年近くなる。ホグワーツの話を催促すると、彼は決まっていかに生徒のできが悪いかを話したが、ごくたまにダンブルドアの話題が上ることもあった。その話の節々から、彼がダンブルドアを敬愛していることがにじみ出していた。セブルスがダンブルドアを裏切るなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ない。
 けれど、とルナは思う。ハリーやグリフィンドール生に対するセブルスの態度を見ていれば、ハリーがそう思ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

 翌日は晴れやかなクィディッチ日和だった。今日が初試合となるハリーは、朝から緊張しているらしく、朝食を食べる手が進んでいなかった。ルナはそっと隣からポリッジを差し出した。
「……トーストが食べれないなら、これ食べた方がいいよ」
「ありがとう、でもお腹すいてないんだ」
 ハリーは青い顔で言った。ルナは彼に同情した。もし自分が同じように有名人で、箒の才能があって、チームのシーカーになったとしたら、一番最初の試合は緊張と不安でいっぱいになってしまうだろう。
 結局ハリーは朝食を食べず、競技場へと向かった。
「ハリーのために旗を作らない?」
 ルナがそう提案すると、二人は「いいね!」と頷いた。早速ロンがスキャバースが囓ってボロボロにしたシーツを談話室に持ってきた。
「なんて文字書く?」
「『ポッターを大統領に』は?」
 ロンの言葉にネビルたちも賛成する。ルナはさっと杖を振って文字を書いた。
「えっ、どうやって文字を書いたの?」
「そういう魔法があるの」
 シェーマスの質問に答えると、ハーマイオニーも頷いた。
「上級の魔法よ」
「じゃあ、俺ライオン描くよ」
 さすがに絵は魔法では描けないため、ディーンにお願いすることにした。最後にハーマイオニーが、ライオンの絵が七色に光るように魔法をかける。
「そろそろ一一時だわ」
「行こうか」
 競技場は人でいっぱいだった。きっと学校中の皆が押し寄せているに違いない。ルナたちは最上段に陣取ることができた。時間になると、選手たちが更衣室からピッチに出てきた。ハリーの姿を見つけると、ロンが旗を大きく振った。ハリーは旗に気づいたようだった。表情はわからなかったが、勇気づけられてたらいいとルナは願った。
 マダム・フーチのホイッスルが高らかに鳴った。一五本の箒が高く空に舞い上がった。
 試合はグリフィンドールが先制したが、スリザリンチームは卑怯な手段を使ってそれ以上の得点を許さなかった。特にスニッチを見つけたハリーに、マーカス・フリントが体当たりした場面では、思わず汚い言葉を口に出しそうになった。スリザリンは狡猾と言うけれど、全くその通りだ。スリザリンに入らなくてよかったと、心の底から思った。
「一体、ハリーは何しちょるんだ?」
 同じ席にいたハグリッドが双眼鏡を手に呟いた。「貸して」とルナは双眼鏡でハリーを見る。彼の箒は回転し、ハリーはそれに必死でしがみついていた。次の瞬間、ルナは息を呑んだ。箒は激しく揺れ、ハリーを振り飛ばしそうになったのだ。ハリーは片手だけで箒にぶら下がっている。
「フリントがぶつかったとき、どうかしちゃったのかな?」
「そんなこたあない」
 ハグリッドの声は震えていた。
「強力な闇魔術以外、箒に悪さはできん――チビどもなんぞ、ニンバス二〇〇〇に手出しはできん」
 信じられない言葉だった。このホグワーツに、ハリーの命を狙っている大人がいる? いつの間にか双眼鏡はハーマイオニーの手に渡り、彼女は観客席を見回していた。
「何してるんだ?」
 真っ青な顔でロンが言った。
「思った通りだわ、スネイプよ――見て」
 ロンが双眼鏡を掴んだ。彼の方を見た後、双眼鏡はルナの手に戻った。急いでセブルスを見る。向かい側の観客席にセブルスが立ち、ハリーから目を逸らさず何かを呟いていた。
「何かしてる――箒に呪いをかけてるのよ」
「俺たち、どうすりゃいいんだ?」
「私に任せて」
 ルナはハーマイオニーがいなくなったことに気づかなかった。周りに気を配る余裕がなかった。セブルスは、呪いをかけているのではない。きっと、ハリーにかけられた呪いを解くための反対呪文を唱えているのだ。そう思わなければ、ルナは平静を保てなかった。
「ネビル、もう見ても怖くないよ!」
 ロンの呼びかけに、ルナははっとハリーを見る。ハリーは再び箒に跨がれるようになっていた。ハリーは地面に急降下し――そして――「スニッチを捕ったぞ!」
 頭上に高くスニッチを振りかざして、ハリーが叫んだ。グリフィンドールは一七〇対六〇で勝利した。
「スネイプだったんだ。ハーマイオニーも俺も……ルナも見たんだ。君の箒に呪いをかけてた。ずっと君から目を逸らさずにね」
 ハグリッドの小屋で、ロンはハリーに言った。
「馬鹿な。なんでスネイプがそんなことをする必要がある?」
 ルナもハグリッドと同じ気持ちだったが、言葉が出なかった。セブルスがそんなことをするはずがない。一番近くにいた自分がそれを知っているし、彼を信じている。けれど、三人にそれを言ったところで何も響かないことはよくわかっていた。
「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。スネイプはハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。何かは知らないけど、あの犬が守ってる物を盗もうとしたんじゃないかと思うんだ」
 ハグリッドはティーポッドを落とした。
「なんで、フラッフィーを知っちょるんだ?」
「フラッフィー?」
「そう。あいつの名前だ――俺がダンブルドアに貸した――守るために――」
「何を?」
「もうこれ以上は聞かんでくれ。トップシークレットなんだ、これは」
「だけど、スネイプが盗もうとしたんだ」
「馬鹿な。スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけないだろう?」
「なら、どうしてハリーを殺そうとしたの?」
 ハーマイオニーの叫びに、ルナは立ち上がった。皆の視線がこちらに集まる。
「……もう、うんざりだわ。セブルスを悪者にするのは良いけど、私はそんなことできない。勝手にやってればいいわ」
 ルナは小屋を飛び出した。「ルナ!」と後ろから呼びかける声は聞こえていたが、聞こえないふりをした。
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