ハロウィーンの日、パンプキンパイを焼く美味しそうな匂いに包まれながら、呪文学の授業で物を飛ばす練習をした。フリットウィック先生はルナとハリー、そしてロンとハーマイオニーを組ませた。ロンもハーマイオニーも、組みになったことに腹を立てているようだった。
「さあ、今まで練習してきた、しなやかな手首の動かし方を思い出して!」
 ルナは机の上に置かれた羽に向けて唱えた。すると羽は机を離れ、三フィートほどの高さまで浮き上がった。
「おお、よくできました!」
 フリットウィック先生が拍手しながら叫んだ。
「すごいね」
「ハリーもやってみて」
 ハリーも同じように杖を振ったけれど、羽は机に張り付いたままだった。
「もうちょっと発音をちゃんとした方が良いかも……」
 言いながらそっと隣のロンたちのグループを見る。
「ウィンガディアム・レヴィオーサ!」
 長い腕を風車のように振り回して、ロンが叫んでいた。
「言い方が間違ってるわ。ウィング・ガー・ディアム・レヴィ・オー・サ。『ガー』と長く綺麗に言わないと」
「そんなによく知ってるなら君がやってみろよ」
 ハーマイオニーは杖をひょいと振った。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
 羽は頭上四フィートの高さまで浮き上がり、フリットウィック先生がハーマイオニーを褒めた。
 授業が終わったとき、ロンの機嫌は最悪だった。
「だから、誰だって彼女には耐えられないんだ。まったく、あいつは悪夢みたいなやつさ」
 誰かが急いで追い越していった。なんとハーマイオニーだった。彼女は驚いたことに泣いていた。
「……ロン、今の言い方はだめだよ」
「うん。聞こえたみたいだよ」
 ハリーもまた気づいたらしく、ロンに言った。
「それがどうした?」
 ロンはそう言いながらも少し気まずそうだった。
「自分には友達が誰もいないってことに、とっくに気づいてるだろうさ」
 ハーマイオニーは次の授業に出ず、午後は一度も姿を見かけなかった。ルナは心配になり、同級生のパーバティにハーマイオニーがどこにいるか知らないか聞くと、四階の女子トイレで泣いていると言った。ハリーたちに様子を見てくると言って、ルナは女子トイレに入った。
 すすり泣く声が個室から聞こえてくる。
「……ハーマイオニー?」
「……ルナ?」
 彼女の声はかすれていた。ずっと泣いていたのだろう。その事実に、ぎゅっと心臓が締め付けられる。
「ごめんね……ロンの言うことは気にしないで」
「でも、彼の言うとおりだわ……私には友達もいない」
「私が友達になるわ」
 そう言うと、ハーマイオニーは鼻をすすった。
「ほんとに? でもあなたも、私のこと嫌になると思うわ」
「嫌にならないよ。ハーマイオニーの言うことは正しいもの」
「でも、その正しさが正解だとは限らないわ」
「そうね。だから二人で模索していけば良いんじゃない? 友達って、そういうものだと思うの」
 ルナはホグワーツに入って、初めてハリーとロンという友達を持った。二人と行動して二ヶ月が経つが、二人はそれぞれ自分なりの考えを持っている。それを話して、すりあわせていく感覚は新鮮なものだった。
 個室の扉が開いた。赤い目をしたハーマイオニーが姿を現した。
「……ルナ、あなたってすごく大人ね」
 ハーマイオニーは微笑んだ。
「そんなことないわ」とルナも笑みを返す。そのとき、今まで嗅いだことのないほどの悪臭が外から漂ってきた。
「な、何?」
 入り口から、低いうなり声が聞こえてくる。これはただ事ではない。外に出ようと思った瞬間、「それ」は中に入ってきた。おぞましい姿だった。高さは一二フィートもあり、肌の色は鈍い灰色で、ずんぐりとした巨体は岩石のようだった。
「きゃあああああ!」
 二人でトイレの一番奥の壁へ避難する。トロールは壁際に並んだ洗面台をたたき壊しながら、こちらに近づいてくる。何か魔法をかけて攻撃しなくては。ルナはそう思い、杖を構えようとしたが、手が震えてとても唱えられるような状況ではない。
 そのとき、ハリーとロンが中に入ってきた。ハリーは蛇口を拾って壁へ投げつけた。トロールは立ち止まると、ハリーの方へ近づいていった。
「速く走れ、走るんだ!」
 ハリーがこちらに叫ぶ。ルナはハーマイオニーの手を握って、出口の方へ走ろうとした。けれどハーマイオニーは動かなかった。恐怖で口を開けたまま、壁に張り付いていた。彼女を置いて逃げるわけにもいかない。トロールは叫び声に逆上したらしく、今度は一番近くにいるロンの方へ向かっていった。
 危ない、とルナが杖を構える間もなく、ハリーがトロールに飛びついた。そしてその鼻に杖を突き刺した。トロールは痛みにうめき声を上げ、棍棒をめちゃくちゃに振り回したが、ハリーはトロールを離さなかった。ロンが杖を取り出し、こう唱えた。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
 棍棒がトロールの手から離れ、嫌な音を立てて持ち主の頭上に落ちた。トロールはふらついたかと思うと、音を立ててその場にうつ伏せに倒れた。倒れた衝撃が部屋全体を振動させた。
「これ――死んだの?」
 隣にいたハーマイオニーが口を開いた。
「いや、死んでないと思う。ノックアウトしただけだ」
 ハリーは屈んで、トロールの鼻から自分の杖を引っ張り出した。
「うえー、トロールの鼻水だ」
 ハリーはそれをトロールのズボンで拭き取った。
 急にバタンと音がして、入り口を見るとマクゴナガル先生、セブルス、クィレルが入ってきた。緊迫した様子のセブルスと目が合う。彼は自分をさっと眺め、怪我がないことを確認したのか、今度はトロールを覗き込んだ。クィレルはトロールを見た瞬間、弱々しい声を上げてトイレに座り込んだ。
 マクゴナガル先生はこちらを見据えた。怒っている様子だった。
「一体全体、あなたたちは何を考えてるのです? 殺されなかったのは運が良かった。寮にいるべきあなたたちが、どうしてここにいるのですか?」
 どう答えたら良いだろう。考えを巡らせていると、ハーマイオニーが小さく言った。
「マクゴナガル先生、聞いてください――三人とも、私を探しに来たんです」
「ミス・グレンジャー!」
 ハーマイオニーは立ち上がった。
「私がトロールを探しに来たんです。私――私、一人で倒せると思って――」
 ロンが杖を落とした。ハーマイオニーが嘘をついている。
「もし三人が私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでました。ルナが私の手を取って逃げようとしてくれて、ハリーがトロールの鼻に杖を差し込んで、ロンがトロールの棍棒で気絶させたんです。三人とも、誰かを呼びに行く時間はありませんでした。三人が来てくれたときは、私、もう殺される寸前で」
「まあ――そういうことでしたら――」
 マクゴナガル先生は自分たちを見つめた。
「ミス・グレンジャー、何て愚かなことを。たった一人で山トロールを捕まえようなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」
 ハーマイオニーはうなだれた。
「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたにはとても失望しました。怪我がないのなら、グリフィンドール塔に帰った方が良いでしょう。生徒たちがパーティの続きを寮でやっています」
 ハーマイオニーは去り、マクゴナガル先生はこちらに向き直った。
「いいですか、先ほども言いましたがあなたたちは運が良かったのです。大人の山トロールに立ち向かえる一年生など、そうそういません。一人五点ずつあげましょう。ダンブルドア校長に報告しておきます。帰ってよろしい」
 ルナたちは急いで廊下に出て、二つ上の階に上がるまで何も話さなかった。
「三人で一五点は少ないよな」
 ロンが不満そうに言った。
「一〇点だよ。ハーマイオニーの五点を引くと」
「彼女が俺たちを助けてくれたのは確かにありがたかったよ。けど俺たちがあいつを助けたのも確かなんだぜ?」
「僕たちが鍵をかけて、トロールとルナたちを一緒に閉じ込めたりしなかったら、助けはいらなかったかもしれないよ」
「えっ、そうだったの?」
 ルナが驚いて聞くと、二人は暗い顔で頷いた。
 グリフィンドールの談話室は人がたくさんいて騒々しかった。皆、運ばれてきた料理を食べていた。しかしハーマイオニーだけは一人、ドアのそばに立ってルナたちを待ってくれていた。気まずい一瞬が流れ、それから互いに「ありがとう」と言ってから、料理を取りに行く。
 それ以来、ハーマイオニーはルナたちの友達になった。
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