初めての授業は楽しいものだったが、その週の金曜日には、ルナは怒りとショックが綯い交ぜになっていた。もちろん変身術の授業で、ハーマイオニーの方が先にマッチ棒を針に変えることに成功していたこともショックだったけれど、それ以上のショックが魔法薬学の授業で起きた。
 セブルスは、まず出席の時にハリーへ皮肉を言うと、彼に上級生が習うようなことを矢継ぎ早に質問したのだ。そして手を挙げているハーマイオニーを無視し、ハリーが生意気な態度をとったとして、グリフィンドールから一点減点した。その上ネビルが薬作りに失敗したのは彼の隣で作業していたロンとハリーが注意しなかったからだとして、グリフィンドールからもう一点減点した。
 なぜそんなにグリフィンドールをいびるのか、ハリーに難癖をつけるのか、ルナには理解できなかった。だからルナは夕食を食べ終わったあと、セブルスの研究室のドアを叩いた。
「……誰だ?」
 低い声が中から聞こえてくる。
「……スネイプです」
「入れ」
 扉を開ける。相変わらずセブルスの部屋は暗く、じめっとしている。
「……何の用だ?」
 セブルスは机に座り、書物に目を向けたまま言った。
「……セブルスは、なんでそんなにグリフィンドールを――ハリーを嫌うの?」
「もうファーストネームで呼ぶようになったのか。有名人と仲良くしたい気持ちはわかるが、ポッターだけはやめておけ」
「どうして?」
「…………」
「というか、私の質問に答えてよ。なんでハリーを嫌うの?」
「……昔、同級生にポッターと言うグリフィンドール生がいた」
 セブルスは本を置き、話し出した。
「ポッターと私は犬猿の仲だった。私はポッターを憎んでいた。ハリー・ポッターはそいつの息子だ」
「だからって、何の関係もない息子を憎むなんてどうかして――」
「……ルナ」
 ルナの言葉はセブルスに遮られた。セブルスは立ち上がり、ルナを抱きしめた。その力は強く、つぶされそうになる。
「……お前だけは――君だけは、私の傍にいてくれ」
 ルナは何も言えなかった。セブルスの声がかすかに震えていたからだ。ルナは困惑した。どうして急にそんなことを言うのだろう。もしかしたら、セブルスの学生時代に何かあったのかもしれない。抱きしめられながら、ぼんやりと思った。
 ルナはハリーたちと付き合うのをやめなかった。ハリーをいびるセブルスへの、ちょっとした反抗でもあった。けれどルナはハリーとマルフォイの真夜中の決闘を見届けることはせず(興味はあったがフィルチに見つかれば確実に減点されるのでやめた)、彼らが見たという三頭犬の話はその翌朝に聞いた。
「本当に、そんな怪獣がいたの……?」
 朝食を食べながら、ハリーたちとひそひそと話す。
「ああ、本当さ。何かを守ってるみたいだった」
「何かってなんだろう?」
「これは僕の考えなんだけど……ダイアゴン横町にハグリッドと学用品の買い物に行ったとき、グリンゴッツに行ったんだ。そこでハグリッドは金庫から何か包みを取って、大事そうにしまってた。それを守ってるんじゃないかな」
「ものすごく大切なものか、ものすごく危険なものだな」
「その両方かも」
 三人であれこれ考えてもわからなかったので、この話はそこで終わった。翌週にはハリーはマクゴナガル先生からニンバス二〇〇〇をもらい、シーカーとしてクィディッチの練習に行くようになった。残念なことにルナには箒の才能がなかったため、ロンとともにそれを傍から見るしかなかった。毎日たくさん宿題が出る上に、クィディッチの練習が週三回あったので、ハリーはとても忙しそうだった。
「ルナ、これわかるかい?」
 三人で談話室で宿題をすることも多く、ルナはいつも二人に勉強を教えた。
「これはこの理論を使えばいいわ」
「おお、ありがとう……なんでルナはそんなに勉強ができるんだい?」
「……昔からセブルスの本を読んだりしてたから」
 セブルス、の名前を出した瞬間、二人は身震いした。
「げ、スネイプのことファーストネームで呼んでるのかい? いや、それはそうなんだけど……」
「ごめんね、学校だとあんなに嫌なやつになるなんて思ってなかった……」
「ルナが謝ることじゃないよ。全部スネイプが悪い」
「そうだ。ハリーが正しい」
 フレッドとジョージが話に入ってきた。
「スネイプは家だとどんな感じなんだい?」
「……落ち着いてるわ」
 ルナは簡潔に応えた。
「君からグリフィンドールいびりをやめてもらうように言ってもらえないかな?」
「もちろん言ったわ。けどだめだった」
 ハリーの父親との確執があったことは言わなかった。なんだかセブルスはそのことをあまり知られたくないように思えたからだ。
「スネイプの弱みとかは知ってる?」
「弱み? うーん、何だろう……」
 考えてみるが、思い当たらない。魔法薬学はもちろん呪文学にも長けているし――箒に乗ったところは見たことがないので何とも言えない。
「……もしかしたら、ないのかもしれない」
 ハリーとロンは残念そうな顔をしたが、フレッドとジョージは呆れたような顔をした。
「君、もしかしてファザコンかい?」
「えっ!」
 初めて言われた言葉に、ルナはショックを受けた。自分がファザコンなんて――。固まったルナに、ジョージが笑う。
「ごめん、言ってみただけでそれが悪いとは思ってないよ」
「そうそう、家族が好きなのはみんなそうだし」
「そう……?」
「うん」
「まあでも、ルナから見てスネイプの弱みがないんなら、何か他の手段を考えるべきだな」
 そう言って、フレッドたちは去って行った。
 自分がファザコンだなんて、考えたことがなかった。唯一の家族――血はつながっていないけれど――がセブルスだ。ルナはグリフィンドールをいびり、スリザリンを優遇していてもセブルスのことが好きだし、この先も一緒にいたいと思っている。それはおかしいのだろうか。
「ルナ?」
 ロンから声をかけられ、はっとする。
「あんまり考えすぎない方が良いよ。あの二人、たまに変なこと言うんだ」
 ルナは頷いた。ロンの言うとおり、考えないようにすることにした。
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