学校中の生徒が、ハリーが自分自身で試合に名乗りを上げたと思っているようだった。しかし、グリフィンドール生と違って、ほかの生徒たちは、それを快くは思っていなかった。
 スリザリンはもちろん、ハッフルパフもグリフィンドール生全員に対してはっきりと冷たい態度に出た。ハリーはロンと喧嘩してしまったらしく、ハーマイオニーといるところを見るようになった。ハリーが廊下を通れば、傍から見ていてもわかるくらいの、冷たい視線を投げつけられていた。ルナは同情したが、彼に声をかけられず、もどかしい思いをしていた。セブルスの言いつけさえなければ、真っ先に声をかけるのに。ルナはセブルスに対して苛立ちを感じていた。先週の授業の時、マルフォイたちと一緒にハリーを貶していたのだ。
 ルナの感情が爆発したのは、今週の、二時限続きの調合薬学の授業でのことだった。セブルスの教室の前で、スリザリン生が外で待っていた。一人残らず、ローブの胸に大きなバッジを付けていた。薄暗い地下の廊下で、赤い蛍光色の文字が燃えるように輝いていた。

セドリック・ディゴリーを応援しよう――ホグワーツの真のチャンピオンを!

「気に入ったかい、ポッター?」ハリーが近づくと、マルフォイが大声で言った。「それに、これだけじゃないんだ――ほら!」
 マルフォイが、バッジを胸に押し付けると、赤文字が消え、緑色に光る別な文字が浮かび出た。

 『ポッターはイヤなやつ』

 スリザリン生が、どっと笑った。全員が胸のバッジを押し、ハリーを取り囲んで『ポッターはイヤなやつ』と輝く文字を光らせた。ハリーは、首から顔が熱で火照ってくるのを感じた。
「あら、とっても面白いじゃない」ハーマイオニーが、パンジー・パーキンソンとその仲間の女子生徒に向かって皮肉たっぷりに言った。このグループがひときわ派手に笑っていたからだった。「とても気が利いてるわ」
 ロンは、ディーンやシェーマスと一緒に、壁にもたれて立っていた。笑ってはいなかったが、ハリーのために突っ張ろうともしなかった。
「一つあげようか、グレンジャー?」と、マルフォイがハーマイオニーにバッジを差し出した。「たくさんあるんだ。だけど、僕の手にいま触らないでくれ。手を洗ったばかりなんだ。『穢れた血』で泥を塗られたくないからね」
 ハリーは杖に手をやっていた。まわりの生徒たちが慌ててその場を離れ、廊下で遠巻きにした。
「ハリー!」ハーマイオニーが、引き止めようとした。
「やれよ、ポッター」と、マルフォイも杖を引っ張り出しながら、落ち着き払った声で言った。「今度は、庇ってくれるムーディも居ないぞ――やれるものならやってみろ――」
 一瞬、二人の目が見交わされた。それからまったく同時に、二人が動いた。
「ファーナンキュラス!」と、ハリーが叫んだ。
「デンソージオ!」と、マルフォイも叫んだ。
 二人の杖から飛び出した光が、空中でぶつかり、折れ曲がって跳ね返った――ハリーの光線はゴイルの顔を直撃し、マルフォイの光はハーマイオニーに命中した。ゴイルは、両手で鼻を覆って喚きた。醜い大きな腫物が、鼻に盛り上がりかけていた――ハーマイオニーは口を押さえて、泣き声を上げていた。
「ハーマイオニー!」
 ロンが心配して飛び出して来た。ハーマイオニーの前歯が、驚くほどの勢いで成長していた。下唇より長くなり、下顎に迫り――ハーマイオニーは慌てふためいて、歯を触り、驚いて叫び声をあげた。
「この騒ぎは何事だ?」
 低い、冷たい声がした。セブルスが来ていた。セブルスは長くて黄色い指をマルフォイに向けて言った。「説明したまえ」
「先生、ポッターが僕を襲ったんです――」
「僕たち、同時にお互いを攻撃したんです!」と、ハリーが叫んだ。
「――ポッターが、ゴイルをやったんです――見てください――」
 セブルスはゴイルの顔を調べた。いまや、保管されるべき毒キノコとして本に掲載されるに相応しいと思えるような顔になっていた。
「医務室へ、ゴイル」と、セブルスが落ち着き払って言った。
「マルフォイが、ハーマイオニーをやったんです!」と、ロンが言った。「見てください!」
 歯を見せるようにと、ロンが無理やりハーマイオニーをスネイプのほうへと向かせた――ハーマイオニーは、両手で歯を隠そうと懸命になっていたが、もう喉元を過ぎるほど伸びて、隠すことは難しくなっていた。パンジー・パーキンソンと、仲間の女子たちは、セブルスの陰に隠れてハーマイオニーを指差し、クスクス笑いの声が漏れないよう、身体を屈めていた。
 セブルスはハーマイオニーに言った。「いつもと変わりない」
 ハーマイオニーは目に涙を浮かべ、背を向けて走り出した。廊下の向こう端まで駆け抜けて、ハーマイオニーは姿を消した。
 ハリーとロンが、同時にセブルスに向かって叫んだ。ルナは考える間もなかった。つかつかとセブルスに近づき、その頬を叩いた。ぱあん、と音が反響する。辺りはしんと静まりかえった。
「最っ低……!」
 ルナはセブルスを睨んだ。セブルスは今までになく冷たい目でルナを見ていた。彼が口を開く前に、ルナはハーマイオニーの後を追った。
 医務室に彼女の姿があった。歯は元通りになり、涙を浮かべていたが、泣いてはいなかった。ルナはほっとして彼女に近づいた。
「ハーマイオニー、大丈夫?」
「ルナ! どうしたの、授業は?」
「それどころじゃないからサボってきちゃった」
 ルナはセブルスに平手打ちしてしまったことを話した。ハーマイオニーは驚いていた。
「そんな、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫、ただの喧嘩よ……初めてだけど」
 セブルスに反抗したのはこれが初めてだった。よくないことだとは思ったが、気持ちは晴れやかだった。あのとき、あの場面で平手打ちしたことに後悔はなかった。
 だからルナは、罰則として大鍋の焦げ取りを命じられても、何とも思わなかった。ハリーとロンが離れたテーブルで同じく罰則をしていたが、誰も話さなかった。やがてハリーもロンもいなくなったが、ルナは一人大鍋を磨いた。すでに綺麗になっていたが、それをセブルスに報告するのも癪で、彼が様子を見に来るまで磨き続けた。
「いつまでやっている?」
 セブルスは流しに並ばれた大鍋を見て、「もう十分だ」と言った。
「……私は完璧主義なんです」
「それは知っているが、もうやめろ。そろそろ消灯の時間だ」
「先生がハーマイオニーに謝るって約束してくれたら、帰ります」
 セブルスは眉間に皺を寄せた。ハーマイオニーに謝る気がないのは明らかだった。
「約束してくれるまで、私はここで磨き続けます」
「……わかった」
 セブルスは重々しく口を開いた。
「わかったから、そのたわしを置け」
「約束は約束ですからね」
 ルナは念を押し、教室を出た。しかし、彼がハーマイオニーに謝ることはなかった。
 トライウィザード・トーナメントが始まり、ルナもそれどころではなくなった。最初の試合はドラゴンの守る卵を取るという危険なものだった。ルナはハリーをはらはらと見つめた。彼はファイアボルトを呼び寄せると、めざましい飛行を見せ、見事卵を取った。ルナは飛び跳ね、その勢いで隣にいたネビルが前につんのめった。
「やった! ハリーはクラムと同率一位よ!」
「うん、すごいよ」
 ネビルもまた興奮していた。ハリーの活躍に興奮しなかったのは、おそらくスリザリンくらいだろう。
 一二月に入り、変身術の授業でマクゴナガル先生は、クリスマスダンスパーティーがあることを発表した。
「パーティ用のドレスローブを着用なさい」と、マクゴナガル先生は言った。「ダンスパーティは大広間で、クリスマスの夜八時からはじまり、夜中の十二時に終わります。ところで――」
 マクゴナガル先生は、ことさらに念を入れて、クラス全員を見回した。
「クリスマス・ダンスパーティは、私たち全員にとって、もちろん――えー――髪を解き放ち、羽目を外すチャンスです」しぶしぶ認めるという声だった。
 ラベンダーのクスクス笑いが激しくなり、手で口を押さえて笑い声を押し殺していた。
「しかし、だからと言って」と、先生はあとを続けた。「決して、ホグワーツの生徒に期待する行動基準を緩めるわけではありません。グリフィンドール生が、どんな形にせよ、学校に屈辱を与えるようなことがあれば、私としては大変遺憾に思います」
 鐘が鳴った。皆がカバンに教材を詰め込んだり、肩に掛けたり、いつもの慌ただしい騒音がはじまった。
「ルナ」
 ネビルが追いかけてきて、言った。
「君、ハリーとダンスしたらどうだい?」
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。ルナはすました顔を取り繕って、尋ねた。
「どうして?」
「だって、君とハリーが仲直りするチャンスじゃないか」
 ネビルは本気でそう思っているようだった。ルナはほっとして微笑んだ。
「別に、ハリーと仲が悪いから話さないわけじゃないのよ」
「じゃあ、なんで話さないんだい?」
「セブルスが……スネイプ先生が、関わらないようにって言ったの」
 するりと言葉が出てきた。ネビルを前にすると、自分も正直に話してしまう。ネビルは「そんなのおかしいよ」と怒ったように言った。ネビルはセブルスを怖がっているのに、彼は反発していた。
「僕のばあちゃんでさえ、僕の交友関係に口を出したりしてこないのに」
「……ありがとう、ネビル」
 自分のために怒ってくれたネビルに礼を言う。
「でも、なんで関わらせたくないんだろう?」
「……セブルスがハリーを嫌いだからだわ」
「でも、いくらハリーを嫌いだからって、君と関わらせないようにするかな?」
「えっ?」
「いや、純粋にそう思ったんだ」
 ルナは彼の言葉で目が覚めた。セブルスがハリーの父親を嫌っているから、ハリーと関わるなと言っているのだと今まで思っていたが、何か別の理由があるのなら――。去年のルーピンの驚いた表情と、二年前のルシウスの仕草が思い出される。ルナは調べてみることにした。
 手始めに向かったのは図書館だった。ハリーは有名人だから、何かしらの本には載っているだろうと思い、戦争に関する本はすべて目を通した。しかしどの本にも、ハリーが当時オーラーだったジェームズとリリーの間にできた子だという記述しかなかった。そこでルナは、ハリーの両親を知る人物を訪れた。
「ルナか! どうした?」
「こんにちは、ハグリッド」
 ハグリッドは不死鳥の騎士団の一員だった。ハリーの両親のことが知りたいというと、ハグリッドは複雑な顔をした。
「そりゃ、どうしてだ? お前さんにゃ関係ない話だろう」
「私、当時の戦争のことを本で読んだの。それで、何というか、ハリーにも興味を持って……お願い、ハグリッド。ハリーの両親の写真だけでもいいから、見せてもらえない?」
「……おれは持ってない」
「えっ?」
「全部、ハリーに渡しちまった。だからハリーに聞けば、写真を見せてくれるはずだ」
 ハグリッドは汗をかいているようで、額をハンカチで拭った。ルナはそれが冷や汗だとわかった。セブルスと同じように、ハグリッドもルナに対して何か隠している。ルナは深掘りせず、ハグリッドお手製のタフィーを食べて(外では尻尾爆発スクリュートが喧嘩していてバンバン音がしていた)、城へ戻った。
 今日は土曜だから、ハリーたちは談話室にいないかもしれないと思っていたが、幸運にも彼らは暖炉脇で宿題をしていた。
「ハリー」
 ハリーに声をかけたのは、約二年ぶりだった。ハリーは驚いたように肩を揺らして、こちらを振り返った。
「やあ、ルナ。どうしたんだい?」
 その緑の瞳と再び目が合った感動を密かに感じていたが、ルナはそれをおくびにも出さず、単刀直入に尋ねた。
「ハリーのご両親の写真を見せてもらいたいんだけど……」
 ハリーは不思議そうな顔をしていたが、「いいよ」と立ち上がった。
「寮にあるから取ってくるよ」
「……私も行くわ」
「えっ? ああ、いいけど……」
 ハリーの寝起きするベッドを一目見たかったルナは、ハリーと共に男子寮へ上がった。ハリーたちの部屋は乱雑で、いかにも男子の部屋という雰囲気だった。ハリーはベッド下のトランクから一冊のアルバムを取り出した。
「これだよ。ハグリッドが、僕が一年生のときにくれたんだ」
「ありがとう」
 ルナはその場で頁を開いた。まず目に入ったのは、寄り添う男女の写真だった。男性はハリーと同じくくしゃくしゃの黒髪で眼鏡をかけていた。もう一人の女性に、ルナは見覚えがあった。赤毛に緑の瞳を持った、綺麗な女性――入学前にセブルスの部屋で見た女性だった。そしてルナはその女性が、今の自分に似ていることに気づいた。もしかして――。浮き上がった考えを、ルナは必死で打ち消した。そんなはずはない。だって、そうしたら――。ルナははっとハリーを見た。ハリーはただならぬ様子を感じたらしく、「大丈夫?」と言った。
「顔色が悪そうに見えるけど……」
 セブルスに、直接聞かなければ。ルナは礼を言ってアルバムを返し、地下へと走った。
「セブルス!」
 ノックもせずに扉を開ければ、彼は驚いたように顔を上げた。
「何だ、ノックくらいしろ」
「セブルス……」
 ルナは呼吸を整えながら、セブルスに近づき、言った。
「私、ハリーと兄弟なの?」
 セブルスが一瞬目を見開いたのを、ルナは見逃さなかった。
「私のお母さんは、ハリーのお母さんなの? ハリーの父親が、私のお父さんなの?」
「…………」
「ねえ、答えてよ!」
 ルナは彼の机を思い切り叩いた。何も教えてくれなかったセブルスに対して怒っていた。最初から教えてくれれば、叶わない恋をすることなどなかったのに。
「……そうだ」
 セブルスの肯定に、涙がこぼれた。眼鏡が邪魔で床にたたきつける。ぱりんと割れる音がした。
「どうして……どうして、今まで教えてくれなかったの?」
「……入学前、わざと君に写真を見せたが、言い出せなかった――悪かった」
「謝って済むことじゃないわ!」
 ぼやけた視界の中で、ルナは叫んだ。
「私の、私のことなんて何も知らないくせに――ハーマイオニーには、謝らないくせに――」
「……すまない」
「ハリーと関わらないようにって言ったのも、それが理由だったのね――いいわ、もう、セブルスの言うとおりになんかしない」
 もう、すべてがどうでもよくなっていた。
「私が何をしても、私に干渉してこないで」
 そう言い残し、ルナは部屋を出た。やるせなさを感じていた。談話室に戻ればハリーの顔を見ることになる。ルナはあてどもなく歩いた。すれ違う生徒が、じろじろとルナを見た。
 やがて一人になれる場所を見つけた。トロフィールームだ。その奥の階段に座り、ルナは声を上げて泣いた。いつかは実るだろうと思っていた恋は、予期せぬ事実によって散っってしまったのだった。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -