次の日の朝食の席で、配られた時間割をルナは眺めた。午前中はハッフルパフとの薬草学、そしてスリザリンとの魔法生物飼育学だった。マルフォイを思い出し、ルナは嫌な気分になった。マルフォイはハーマイオニーを差別的用語で罵る嫌な奴だが、ルナには何も言っては来なかった。きっとスリザリンの寮監であるセブルスの義理の娘と言うことで、何も言えないのだろう。弱虫なのだ。何の盾のない人間だけを貶す弱虫。ルナはそう結論づけた。
 そのマルフォイがムーディによってフェレットに変えられてしまったのは、その日の夕食前のことだった。ルナはその場面を見ていなかったが、グリフィンドールの皆はそれをネタにして話していた。マルフォイは確かに気取った嫌な奴だが、このときばかりは、さすがに可哀想だとルナは思った。しかしフレッドたちが彼の授業をクールだと言っていたため、闇の魔術に対する防衛術への期待感が高まった。
 その週の木曜日、彼の授業が始まった。
「そんな物、仕舞ってしまえ」と、コツッ、コツッと机に向かい、腰を下ろすとすぐに、ムーディが唸るように言った。「教科書だ。そんな物は必要ない」
 皆教科書をカバンに戻すとムーディは出席簿を取り出し、まだらの髪を振り払い、生徒の名前を読み上げはじめた。普通の目は名簿の順を追って動いていたが、『魔法の目』はグルグル回り、生徒が返事をするたびに、その生徒をじっと見据えた。
 出席簿の最後の生徒が返事をし終えると、ムーディは三匹の蜘蛛に、順に許されざる呪文をかけた。「インペリオ」、「クルーシオ」、「アバダケダブラ」。
「さて――この三つの呪文だが――『アバダケダブラ』、『服従の呪文』、『傑の呪文』――これらは、『許されざる呪文』と呼ばれる。同類である人間に対して、このうちどれか一つの呪いをかけるだけで、アズカバン監獄で終身刑を受けるに値する。おまえたちが立ち向かうのは、そういうものなのだ。そういうものに対しての闘い方を、私はおまえたちに教えなければならない。備えが必要だ。武装が必要だ。しかし、何よりもまず、常に、絶えず、警戒することの訓練が必要だ。羽根ペンを出せ――これを書き取れ――」
 それからの授業は、『許されざる呪文』のそれぞれについて、ノートを取ることに終始した。授業終了の鐘が鳴るまで、誰も何も喋らなかった――しかし、ムーディが授業の終わりを告げ、皆が教室を出るとすぐに、お喋りで湧き返った。ほとんどの生徒が、恐ろしそうに呪文の話をしていた。ルナはその輪に入ることができなかった。ショーか何かのように皆は興奮して話しているが、そんなにおもしろいものではなかった。特に『磔の呪文』を唱えたときのネビルの様子はいつもと違った――恐怖に目を見開いていた。

「S・P・E・Wに参加しない?」
 ハーマイオニーにそう声をかけられたのは、その次の日の夕食後、談話室で宿題をしているときだった。
「何、それ?」
「Society for the Promotion of Elfish Welfare.『エルフ福祉振興協会』よ」
 ハーマイオニーは胸元に輝くバッジを見せた。
「ハーマイオニーが立ち上げたの?」
「そうよ。ハウスエルフがここのベッドのシーツを替えて、暖炉の火を起こし、教室を掃除したり、料理をしてくれたりしてるのに、無給で奴隷働きなの。知ってる?」
「でもそれがエルフじゃない?」
 ルナは何気なく言った。
「エルフにとってはそれが当たり前のことだし、彼らは給料を望んでないわ」
「そんなのわからないじゃない!」
「それこそ、エルフに聞かないとわからないことだわ。彼らがそれを望んでいたら、話は別だけど」
「聞いたところで、本当の気持ちを言うとは限らないわ」
「まあ、そうね」
 ハーマイオニーは腰に手を置いた。
「――いいわ、ルナは入らないのね」
 頷くと彼女は去って行った。今度の標的にされたネビルは、ハーマイオニーに睨まれるのが怖かったようで、二シックルを払いバッジを買っていた。
 
 十月三十日は、ボーバトンとダームストラングの人々がホグワーツに到着する日だった。大広間がそれぞれの寮の幕で飾られ、調合薬学の授業が終わった後、全校生徒は城の前に整列した。晴れた、寒い夕方だった。ボーバトンは巨大なパステル・ブルーの馬車で目の前に現れた。それは空中から地面へと降り、馬車から巨大な――ハグリッドほどの大きさの女性が出てきた。女性はダンブルドアに近づき、まばゆく輝く片手を差し出した。挨拶が済むと生徒たちと共に城の中へ入っていった。
 ダームストラングは湖の中から船で現れた。城まで全員を率いて来た男性は、滑らかで銀色の毛皮を着ていた。
「ダンブルドア!」と、坂道を登りながら、男の人が朗らかに声を掛けた。「やあやあ、しばらく。元気かね」
「元気いっぱいじゃよ。カルカロフ校長」と、ダンブルドアが挨拶を返した。
 カルカロフ校長の声は、甘美で滑らかな声をしていた。
「懐かしのホグワーツ城。ここに来ることができたことは嬉しい。実に素晴らしい――ビクトール、こっちへ。暖かいところへ来るがいい――ダンブルドア、かまわないかね? ビクトールは風邪気味なので――」
 カルカロフ校長は、生徒の一人を招いた。
 その青年が通り過ぎたとき、皆がざわついた。特に近くにいたシェーマスは大興奮だった。
「クラム、クラムだ!」
 あれがブルガリア代表のシーカー、ビクトール・クラムなのか。特に興味がなかったルナは、ふーんとしか思わなかった。
 それから皆で玄関ホールを横切り、大広間に向かった。そしてルナはグリフィンドールのテーブルに行き、腰掛けた。全校生が大広間に入り、それぞれの寮のテーブルに着席すると、教職員が入場し、一列になって上座のテーブルに進み席に座った。列の最後はダンブルドア校長、カルカロフ校長、マダム・マクシームだった。
「こんばんは。紳士淑女、そしてゴーストの皆さん――そして、また今夜は特に――客人の皆さん」ダンブルドアは、外国からの学生全員に向かって、ニッコリした。「ホグワーツへのお出でを、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることを、私は切望し、また確信しておる」
「『三校対抗試合』は、この宴が終わると正式に開かれることになっている」と、ダンブルドアが続けて言った。「さあ、それでは、大いに飲み、食べ、かつ寛いでくだされ!」
 ダンブルドアが着席し、目の前の皿がいつものように満たされた。これまで見たことがないほどのいろいろな料理が並び、はっきり外国料理とわかるものもいくつかあった。ルナはどれも美味しく食べた。
 金の皿がきれいになると、ダンブルドアがまた立ち上がった。心地よい緊張感が、大広間を満たした。
「時は来た」ダンブルドアが、いっせいに自分を見上げている顔に笑い掛けた。「『三大魔法学校対抗試合』は、まさに始まろうとしておる。『箱』を持って来てもらう前に、二言、三言説明しておこうかの――今年は、どんな手順で進めるのかを明らかにしておくためだが。その前に、まだこちらのお二人を知らない者のためにご紹介しよう。国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏」――儀礼的な拍手がパラパラと起こった。「そして、魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏じゃ」
 クラウチ氏のときよりもずっと大きな拍手が起こった。バグマンは、陽気に手を振って拍手に応えた。バーテミウス・クラウチは、紹介されたとき、にこりともせず、手を振りもしなかった。
「バグマン氏とクラウチ氏は、この数ヶ月というもの、『三校対抗試合』の準備に骨身を惜しまず尽力されてこられた」と、ダンブルドアの話は続いた。「そして、お二方は、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、それにこの私とともに、代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わってくださることになっておる」
 『代表選手』の言葉が出たとたん、熱心に聞いていた生徒たちの耳が一段と研ぎ澄まされた。
 ダンブルドアは、生徒が急にしんとなったことに気づいたのか、ニッコリしながらこう言った。「それでは、ミスター・フィルチ、『箱』をこれへ」
 大広間の隅にいたフィルチが、宝石をちりばめた大きな木箱を捧げ、ダンブルドアのほうへと進み出て来た。
「代表選手たちが、今年取り組むべき課題の内容は、すでにクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておられる」と、ダンブルドアが言った。フィルチが『木箱』をうやうやしくダンブルドアの前のテーブルに置いた。「さらに、お二方は、それぞれの課題に必要な手配もしてくださった。課題は三つあり、今学年一年間にわたって、間を置いて行なわれ、代表選手はあらゆる角度から試される――魔力の卓越性――果敢な勇気――論理・推理力――そして、言うまでもなく、危険に対処する能力などじゃ」
 この最後の言葉で、大広間が完壁に沈黙した。息する者さえ居ないかのようだった。
「参加三校から各一人ずつ。選手は課題の一つひとつをどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点が最も高い者が、優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者――『炎のゴブレット』じゃ」
 ここで、ダンブルドアは杖を取り出し、『木箱』の蓋を三度軽く叩いた。蓋は軋みながらゆっくりと開いた。ダンブルドアは手を差し入れ、中から大きな荒削りな木のゴブレットを取り出した。それは、まるで見栄えのしない杯だったが、ただ、その縁から溢れんばかりに青白い炎が踊っていた。
「代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校名をはっきりと書き、このゴブレットの中に入れなければならない。立候補の志ある者は、これから二十四時間の内に、その名を提出するように。明日、ハロウィーンの夜に、ゴブレットは、各校を代表するに最も相応しいと判断した三人の名前を、選出するであろう。このゴブレットは、今夜玄関ホールに置かれる。我と思わん者は、自由に近寄ることができる」
「ただし、年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることのないよう」と、ダンブルドアが続けた。「『炎のゴブレット』が玄関ホールに置かれたときには、その周囲に私が『年齢線』を引くことにする。十七歳に満たない者は、何びともその線を越えることはできぬ」
「最後に、この試合で競おうとする者にはっきり言っておこう。軽々しく名乗りを上げぬことじゃ。『炎のゴブレット』がいったん代表選手として選んだ者は、最後まで試合を闘い抜く義務が生じる。『ゴブレット』に名前を入れるということは、魔法契約によって拘束されることになる。代表選手になったからには、途中で気が変わるということは許されぬ。だから、心底、競技する用意があるのかどうか確信を持った上で、『ゴブレット』に名前を入れること。さて、もう寝る時間となった。皆、良い夜を」
 翌日は誰がゴブレットに名前を入れたかで持ちきりだった。そして夜には各校の代表選手の発表があった。ダームストラングの代表選手はビクトール・クラム、ボーバトンはフラー・デラクール――ルナも見とれてしまうほどの美少女だった――そしてホグワーツは――
「セドリック・デイゴリー!」
 ハッフルパフの生徒が総立ちになり、叫び、足を踏み鳴らした。セドリックが笑いながら、その中を通り抜け、教職員テーブルの後ろの部屋へと向かった。セドリックへの拍手があまりに長々と続いたので、ダンブルドアが再び話し出すまでに、しばらく間を置かなければならないほどだった。
 大歓声がやっとおさまり、「結構、結構!」と、ダンブルドアが嬉しそうに呼び掛けた。「さて、これで三人の代表選手が決まった。選ばれなかったボーバトン生も、ダームストラング生も含め、皆打ち揃って、あらんかぎりの力を振り絞り、代表選手たちを応援してくれることと信じておる。選手に声援を送ることで、皆が本当の意味で貢献でき――」
 突然、ダンブルドアが言葉を切った。何が気を散らせたのか、誰の目にも明らかだった。
 『炎のゴブレット』が、再び赤く燃えはじめたのだった。火花が飛び散った。突然、空中に炎が伸び上がり、その先にまたしても羊皮紙が舞い上がった。ダンブルドアが反射的に、長い手を伸ばし、羊皮紙を掴んだ。ダンブルドアはそれを掲げ、そこに書かれた名前をじっと見つめた。
 長い沈黙の中、両手で持った羊皮紙を、ダンブルドアはしばらく眺めていた。大広間中の目がダンブルドアに集まっていた。やがて、ダンブルドアが咳払いし、読み上げた――
「ハリー・ポッター」
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