ある朝、ルナがリビングに行くとセブルスは一面を見て、眉根を寄せていた。気になって背後に回りタイトルを見る。『クィディッチ・ワールドカップでの恐怖』。上空に轟く骸骨の写真が目に入った。
「それ、何?」
 セブルスは驚いたようにこちらを見た。気づかないほど読むのに集中していたらしい。
「……闇の印だ」
「闇の印って?」
「ダークロードのしもべであるデスイーターになると、打ち上げることができる。恐怖の象徴だ」
「へえー」
 セブルスは例のあの人のことをダークロードと呼ぶ。ルナはその呼び方が嫌だった。例のあの人のことを敬っているように聞こえるからだ。
 セブルスは昔、デスイーターだった。学校を卒業してすぐにデスイーターになったようだった。どうやってホグワーツの教師になったのかは知らないが、ダンブルドアのおかげだとセブルスは言う。セブルスがデスイーターだったとしても、ルナは今のセブルスが好きだし、セブルスを信じている。
 コツンと窓から音がした。ふくろうだ。ルナは窓を開けて足に括られた手紙を取った。ホグワーツのふくろうは飛び去っていった。
 手紙を読めば、次の学年で使う教科書が書かれていた。しかし、この一文だけがいつもと違った――ドレス用のローブを持ってくること。
「……ドレス用のローブ?」
 口に出せば、セブルスが一層眉根を寄せたのがわかった。
「セブルス、なんでドレス用のローブが必要なの?」
「……今年行われるイベントで必要になるからだ」
「何のイベント?」
「それは言えん」
「生徒には秘密なの?」
「ああ」
「……ふーん」
 これ以上は教えてくれなさそうだ。ルナは諦めて彼の向かいに座った。
 ルナの学用品はその日に買いに行くことになった。書店で教科書を買い、薬学の材料を揃えた後、最後にルナたちはドレス用ローブを買いに洋品店へ向かった。店内はきらびやかなローブがずらりとあり、ルナはその輝きに見惚れた。奥の方に行くと、優美なマダムが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、これはこれは――スネイプ教授にお嬢様」
 彼女はルナの顔をじっと見て――これは眼鏡をかけていると、誰もがする仕草だ――それから「お綺麗ですこと!」とお世辞を言った。
「ドレス用ローブをお探しで?」
「さよう」
 セブルスは低い声で言った。ドレス用ローブを買いに来たこと自体が不本意だと思っているようだった。
「お色はいかがなさいますか? お嬢様は赤毛でいらっしゃいますから、緑やブルーの色味が合うかと……」
「おまかせします」とルナは言った。
 数分後、マダムが見繕ってきたドレスをルナは試着室で着ていた。確かに彼女が言ったとおり、緑のドレスは赤毛の色にしっくりと合った。試着室には自分しかいないため、ルナはこっそり眼鏡を取って自分の姿を眺めた。ドレスに合わせて化粧をして、髪も結えば、いつしかセブルスの部屋で見た、赤毛の女性に近づけるような気がした。けれどいくら綺麗にしたところで、皆の目にはルナの顔はぼんやりとうつってしまう。ハリーの目にも――そう思い、少し悲しくなった。
 私服に着替えて試着室を出る。「決まったか?」とそばの椅子で待っていたセブルスが言った。
「うん、これにする」
「ありがとうございます!」
 店を出て、ルナはセブルスに声をかけた。
「何だ」
「この眼鏡は、何から私を守ってるの?」
「君に危害を与えるすべての者からだ」
「顔をぼやけさせたら、私は危害を加えられないの?」
「……そうだ」
 変なの、とルナは思った。なぜ自分の本当の顔を晒したら、危ない目に遭うのだろう。内緒でハリーにだけ、眼鏡を外そうか。そう思ったが、ルーピンの前で外したときのセブルスの怒りようを思い出し、やめた。
 
 ホグワーツ特急では、皆がクィディッチ・ワールドカップの話をしていた。シェーマスとディーンも行ったらしく、二人はクラムがいかにすごかったか、などと盛り上がっていた。ネビルはルナと同じく行かなかった――行けなかった――ようだった。ルナはクィディッチに興味がないわけではないが、シェーマスたちの話について行けるほど詳しくもなかったため、先日買ってもらった本――『真の救急術』を読んで過ごした。
 ホグワーツに着くと、玄関ホールを進み、右側の二重扉を通って大広間へと入った。大広間は例年のように祝宴に備えて、見事な飾り付けが施されていた。各寮の長テーブルには、四卓とも寮生がぎっしり座り、喋ってはしゃいでいた。ルナはグリフィンドールのテーブルに座った。奥の方でハリーとロンと座っていたハーマイオニーが、こちらに手を振った。ルナは笑って振りかえした。
 組み分けが終わるとダンブルドア校長が立ち上がった。両手を大きく広げて歓迎し、生徒全員に向けて微笑みかけた。
「皆に言う言葉は、二つの単語だけじゃ――たっぷりと、食べよ」
「いいぞ、いいぞ!」と、ハリーとロンが大声で言った。目の前の空の皿が魔法でいっぱいになっていた。
 デザートもきれいさっぱりなくなり、皿が輝くようにきれいになると、ダンブルドアが再び立ち上がった。大広間を満たしていたお喋りがほとんどいっせいにやみ、聞こえるのは風の唸りと叩きつける雨の音だけとなった。
「さて! 皆よく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつか知らせることがある。もう一度耳を傾けてもらおうかの」
「フィルチ管理人から皆に伝えるようにとのことだが、城内持ちこみ禁止の品に、今年は次のものが加わった。『叫びヨーヨー』、『噛みつきフリスビー』、『殴り続けのブーメラン』。禁止品は、全部で四三七項目あるはずじゃ。リストは、管理人の事務所で閲覧可能じゃ。確認したい生徒がいればだが」
 続けてダンブルドアが言った。「いつものとおり、校庭内にある森は、生徒立ち入り禁止。ホグズミード村も、三年生になるまでは禁止じゃ」
「寮対抗クィディッチ試合は、今年は取りやめじゃ。これを知らせることは私の辛い役目での……これは、十月にはじまり、今学年の終わりまで続くイベントのためじゃ。先生方もほとんどの時間とエネルギーをこの行事のために費やすことになる――しかし、私は、皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年、ホグワーツで――」
 ちょうどこのとき、耳をつんざく雷鳴とともに、大広間の扉がバタンと開いた。
 戸口に一人の男性が立っていた。長い歩行杖に寄り掛かり、黒い旅行用マントを纏っていた。男性はフードを脱ぎ、長い暗灰色まだらの髪をブルッと振るうと、教職員テーブルに向かって歩き出した。
 一歩踏み出すごとに、コツッ、コツッという鈍い音が大広間に響いた。男性の片方の目は小さく、黒く光っていた。もう一方は大きく、鮮やかな明るいブルーの色だった。ブルーの目は瞬きもせず、もう一方の普通の目とは無関係に、グルグルと上下左右に絶え間なく動いていた。正体不明のその男性は、ダンブルドアに近づき、手を差し出した。ダンブルドアが頷くと、自分の右手の空いた席へとその男性を誘った。
「『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生をご紹介しよう」と、静まり返った中でダンブルドアの明るい声が言った。「ムーディじゃ」
 皆、ムーディのあまりに不気味なありさまに呪縛されたかのように、ただじっと見つめるばかりだった。
 ダンブルドアが、咳払いした。
「先ほど言い掛けていたのだが」と、ダンブルドアはにこやかに語り掛けた。「これから数ヶ月にわたり、我が校は、まことに心躍るイベントを主催するという光栄に浴する。この催しは、ここ百年以上行われてはいなかった。この開催を発表することは、私としても大いに喜ばしい。今年、ホグワーツで、『三大魔法学校対抗試合』を行うこととなった」
「冗談だろう!」と、フレッド・ウィーズリーが大声を上げた。
 ムーディが到着してからずっと大広間に張りつめていた緊張が、急に解けた。ほとんど全員が笑い出し、ダンブルドアも絶妙の掛け声を楽しむかのように、面白がって笑った。
「ミスター・ウィーズリー、私は決して冗談など言っておらんよ。せっかく、冗談の話が出たので一つ。実は、夏休みに素晴らしい冗談を聞いてのう。トロールと鬼婆とレプラコーンが一緒に飲み屋に入ったそうだ――」
 マクゴナガル先生が、大きな咳払いをした。
「フム――しかし、いまその話をするときでは――ないようじゃの――どこまで話したかの? おお、そうじゃ。『三大魔法学校対抗試合』だった――さて、この試合がいかなるものか、知らない諸君もおろう。そこで、とっくに知っている諸君にはお許しを願って、簡単に説明しよう。その間、知っている諸君は自由勝手に他のことを考えていてよろしい」
「『三大魔法学校対抗試合』は、およそ七百年前、ヨーロッパの三大魔法学校の親善試合としてはじまったものじゃ――ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校での。各校から代表選手が一人ずつ選ばれ、三人が三つの魔法競技を争った。五年ごとに、三校が持ち回りで競技を主催しての。若い魔法使い、魔女たちが国を越えての絆を築くには、これが最も優れた方法だと、衆目の一致するところじゃった――夥しい数の死者が出るにいたって、競技そのものが中止されるまではの」
「何世紀にもわたって、この試合を再開しようと、幾度も試みられたのだが」と、ダンブルドアの話は続いた。「そのどれも、成功しなかった。しかしながら、我が国の『国際魔法協力部』と『魔法ゲーム・スポーツ部』とが、いまこそ再開のときは熟せりと判断したのじゃ。今回は、選手の一人たりとも死の危険に曝されぬようにするために、我々はこのひと夏かけてしっかりと取り組んできた」
「ボーバトンとダームストラングの校長が、代表選手の最終候補生を連れて十月に来校し、ハロウィーンの日に学校代表選手三人の選考が行なわれる。優勝杯、学校の栄誉、そして選手個人に与えられる賞金一千ガリオンを賭けて戦うことに、誰が最も相応しいかを、公明正大なる審査員が決めるのじゃ」
「立候補するぞ!」フレッドが顔を輝かせていた。ホグワーツの代表選手になる姿を思い描いたのは、フレッドだけではなかった。どの寮のテーブルでも、うっとりとダンブルドアを見つめる者や、隣の生徒と熱っぽく語り合う光景を目にした。しかし、そのとき、ダンブルドアが再び口を開き、大広間はまた静かになった。
「すべての諸君が、優勝杯をホグワーツ校にもたらそうという熱意に満ちておると承知しておる。しかし、参加三校の校長、ならびに魔法省において、今年の選手に年齢制限を設けるということで合意がなされた。ある一定年齢に達した生徒だけが――つまり、十七歳以上だが――代表候補として名乗りをあげることが許されることになった。このことは」――ダンブルドアは、少し声を大きくした。ダンブルドアの言葉で怒り出した何人かの生徒が、騒ぎ出したからだった。ウィーズリーの双子は急に険しい表情になった――「このことは、我々がいかに予防措置を取ろうとも、やはり試合の種目が難しく、危険であることから、必要な措置であると、判断したがためなのじゃ。六年生、七年生より年少の者が課題をこなせるとは考えにくい。年少の者が、ホグワーツの代表選手になろうとして、公明正大なる選考の審査員を出し抜いたりせぬよう、私自らが目を光らせることとする」ダンブルドアの明るいブルーの目が、フレッドとジョージの反抗的な顔をチラリと見て、悪戯っぼく光った。「それから、十七歳に満たない者は、名前を審査員に提出したりして時間の無駄をせんように、よくよく願っておこう」
「ボーバトンとダームストラングの代表団は、十月に到着し、今年度はほとんどずっと我が校に滞在する。外国からの客人が滞在する間、皆、礼儀と厚情を尽すことと信じる。さらに、ホグワーツの代表選手が選ばれし暁には、その者を、皆、心から応援するであろうと、私はそう信じておる。さてと、夜も更けた。明日からの授業に備えて、ゆっくり休み、はっきりした頭で臨むことが大切じゃと、皆もそう思っておるじゃろうの。就寝! ほれほれ!」
 全校生徒が立ち上がり、群れをなして玄関ホールに出る二重扉へと向かった。
「いいなあ」
 隣を歩いていたネビルが言った。
「でも僕、たとえ一七歳だったとしても、ホグワーツの代表には絶対なれないよ」
「そんなことないわ」
 ルナは笑った。
「ネビル、あなたって素敵よ。薬草学の知識だって誰にも負けないし――」
「あ、ありがとう――うわっ」
 ネビルが急に視界からいなくなった。足が階段の中ほどではまってしまったのだ。ルナは杖を振ってネビルを助けた。「ありがとう」と礼を言った彼の頬は赤くなっていた。
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