新学期になり、ルナはハーマイオニーが一人で行動しているところをよく見た。彼女が談話室で宿題をしているところで聞いてみると、ロンと喧嘩してしまったようだった。
「最初はハリーにプレゼントされたファイアボルトを、マクゴナガル先生に告げ口したことだったの。けど今は、クルックシャンクスがスキャバーズを食べたんだって――」
 ハーマイオニーは疲れ切っている様子だった。確か、ハーマイオニーは今年全教科を選択していたはずだ。
「クルックシャンクスがロンのネズミを食べるはずないわ、あの子は賢いもの」
 ココを撫でながらルナは言った。クルックシャンクスがココよりも賢いことは、よく見ていればわかる。「ありがとう」とハーマイオニーは笑みを浮かべた。
 グリフィンドール対レイブンクローの試合の天気は、対ハッフルパフ戦のときとはまるで違った。晴れていてひんやりとした日で、弱い風が吹いていた。
 ハリーたちがグラウンドに出てくると、割れるような拍手が沸き起こった。ファイアボルトを持っているハリーに対しての期待感は大きかった。レイブンクロー・チームは、ブルーの競技用ローブを着て、すでにグラウンドの真ん中にいた。笛が鳴り、皆地を蹴った。ファイアボルトは他のどの箒よりも速く、高く上昇した。解説者はリー・ジョーダンだ。
「全員飛び立ちました。今回の試合での注目は、なんといってもグリフィンドールのハリー・ポッターが乗るファイアボルトでしょう。『賢い箒の選び方』によれば、ファイアボルトは今年の世界選手権大会ナショナル・チームの公式箒になるとのことです――」
「ジョーダン、試合のほうがどうなっているか解説してくれませんか?」と、マクゴナガルの声が割り込んだ。
「了解です。先生――ちょっと背景説明をしただけです。ところでファイアボルトは、自動ブレーキが組み込まれており、さらに――」
「ジョーダン!」
「オッケー、オッケー。攻撃は、グリフィンドール側です。グリフィンドールのケイティ・ベルがゴールを目指しています……」
 ケイティが初ゴールを決め、観客席のグリフィンドール側がどっと歓声をあげた。ハリーはスニッチを見つけたようだったが、ブラッジャーのせいで見失ったようだった。
「グリフィンドールのリード。八十対○。そして、あのファイアボルトの動きをご覧ください! ポッター選手、あらゆる動きを見せてくれています。どうです、あのターン――チャン選手のコメットはとうてい敵いません。ファイアボルトの精巧なバランスが実に目立ちますね。その長い――」
「ジョーダン! いつからファイアボルトの宣伝係に雇われたのですか? 真面目に実況放送を続けなさい!」
 レイブンクローが巻き返してきた。三回ゴールを決め、グリフィンドールとの差を五十点に縮めた。
 ハリーはまた急降下した。レイブンクローのシーカー、チョウは、ハリーがスニッチを見つけたものと思い、あとを追おうとした。ハリーが突然急上昇に転じた。チョウはそのまま急降下して行った。ハリーは弾丸のように素早く上昇し、そしてスピードを上げた。
「あっ」
 ネビルが下を見て言った。つられてルナも下を見ると、ディメンターが三体、頭巾を被った姿でハリーを見上げていた。ルナは心臓を掴まれたような感覚に陥った。また、ハリーが箒から落ちてしまったら――。しかしその心配は杞憂だった。ハリーは杖をサッと取り出し、大声で叫んだ。「エクスベクト・バトローナム!」
 白銀色の何かが、杖の先から噴き出しそれがディメンターを直撃した。ハリーはパトローナスが使えるのか。ルナは驚きをもってハリーを見つめた。思えばハリーはルーピンと話していた。その特訓をしたに違いない。ハリーは杖を持ったまま手を伸ばし、逃げようともがく小さなスニッチを指で包み込んだ。
 マダム・フーチのホイッスルが鳴った。チーム全員がハリーを抱き締めていた。グリフィンドール生がひときわ大きな歓声をあげた。
「ルナ、下に行かないか?」
 シェーマスに誘われたが、ルナは断った。本当は行きたかったけれど、セブルスがいい顔をしないだろう。ハリーたちが降りてくると、グリフィンドール応援団がロンを先頭に、グラウンドに飛び込んでいった。あっと言う間に、ハリーは皆に取り囲まれた。
 ディメンターは本物のディメンターではなく、マルフォイ、クラッブ、ゴイル、マーカス・フリントが変装した姿だった。マルフォイは、ゴイルに肩車されていたようだった。四人を見下ろすように、激怒した凄まじい形相のマクゴナガルが立っていた。
「あさましい悪戯です! グリフィンドールのシーカーに危害を加えようとは、下劣な卑しい行為です! あなたたちを処罰します。さらに、スリザリン寮は五十点減点です! このことは、ダンブルドア校長にお話しします。間違いなく! ああ、噂をすればいらっしゃいました!」
 まるで、もうクィディッチ優勝杯を取ったかのようだった。パーティーはそれから一日中、そして夜になっても続いた。フレッドとジョージ・ウィーズリーは、二時間居なくなったかと思うと、両手いっぱいに、『バタービール』の瓶やら、『かぼちゃフィズ』、ハニーデュークス店の菓子が詰まった袋などを数個、抱えて戻って来た。
 たった一人、祝宴に参加していない生徒が居た。ハーマイオニーは隅のほうに座って分厚い本を読もうとしていた。本の題名は『イギリスにおける、マグルの家庭生活と社会的慣習』だった。ルナは声をかけようと思ったが、ハリーがハーマイオニーの傍に行ったのを見てやめた。
 グリフィンドールのパーティーがついに終わったのは、午前一時だった。マクゴナガルがタータン・チェックの部屋着に、頭にヘア・ネットという姿で現われ、もう全員寝なさいと命令したときだった。ルナはベッドにもぐり込んだ。隣を見ると、ハーマイオニーは泣いているようで、鼻をすする音がしていた。ルナはそっとしておいた方がいいと判断し、眠りに就いた。
 大きな叫び声を聞いたのはそれからすぐのことだった。ロンがブラックを見たというのだ。カドガン卿は一人の男を通したと言い、その男はネビルの落とした合い言葉を読み上げていたらしい。その夜、グリフィンドール塔では誰も眠れなかった。ブラックが再び城の中を動き廻っているということが皆に知れ渡り、全員が談話室で、ブラック逮捕の知らせを待っていた。マクゴナガル先生は明け方に戻って来て、ブラックがまたもや逃げ切ったということを告げた。
 次の日、どこもかしこも警戒が厳しくなっているということがわかった――フリットウィックは、入口のドアというドアに、シリウス・ブラックの大きな写真を貼って、人相を覚え込ませていた――フィルチは急に気ぜわしく廊下を駆けずり廻り、小さな隙間からネズミの出入口まで、穴という穴に板を打ち付けていた。カドガン卿はお役ごめんとなり、もともと肖像画が置かれていた八階の寂しい踊り場に戻された。そして、『太った婦人の肖像画』が帰って来た。婦人の警備に、無愛想なトロールが数体雇われた。
 ネビルは、大変不名誉なことになってしまっていた。マクゴナガルの怒りはすさまじく、今後いっさいホグズミードに行くことを禁じ、罰を与え、ネビルには合言葉を教えてはならないと皆に言い渡した。哀れなネビルは、毎晩誰かが一緒に入れてくれるまで、談話室の外で待つことになり、そのあいだ、警備トロールが不愉快そうに横目でネビルを見ていた。
 イースター休暇はのんびり過ごせるというわけにはいかなかった。三年生は、かつてないほどの宿題を出されたのだ。ネビルはとても神経過敏になっていて、他の生徒も似たりよったりの状態だった。
「これが休暇だってのかい!」ある昼下がり、シェーマスが談話室で吼えた。「試験はまだずーっと先だってのに先生方は何を考えてるんだ?」
 それでも、ハーマイオニーほど抱え込んだ生徒は居なかった。『占い学』はやめたものの、ハーマイオニーは誰よりもたくさんの科目を取っていた。夜は談話室に最後まで粘っていて、朝は誰よりも早く図書館に行っていた。目の下にルーピンのような隈が出来て、いつ見ても、いまにも泣き出しそうな雰囲気を持っていた。ルナは心配して科目を減らしたら、と提案したが、そんなことできるわけないじゃないと一蹴されてしまった。彼女もまたノイローゼになっていた。
 ルナはルナで、ハーマイオニーほどではないが、ある程度の科目を抱えていたため、その宿題や勉強に追われた。最初はヒーラーになることはただの目標だったが、それは自分の使命だと思えてきていた。特にハリーがディメンターのせいで倒れたときには、ハリーのことを助けたいという気持ちが強くなった。そして、ボガートの授業で想像したセブルスの死にぞっとし、自分の周りの人たちに何かあったときのために備えが必要だと考えた。ルナは空いた時間マダム・ポンフリーの所に行って、簡単な止血の仕方などを学んだ。彼女は最初は教えることを渋っていたものの――そもそも健康な生徒が医務室に入ることは見舞い以外許されていないのだ――ルナが自分の思いを話せば、好意で教えてくれるようになった。そのことはセブルスの耳にも入ったようだった。
「最近、マダム・ポンフリーのところに通っているらしいな」
 魔法薬学の授業の後に呼び止められ、セブルスはそう言った。怒られるかと思っていたが、彼は感心しているようだった。
「何が君をそんなにかき立てている?」
 ハリーのことはもちろん言えなかったし、セブルスのことも話すのがためらわれた。ルナは無難にこう言った。
「私の周りの人に何かあったときのために、準備しておこうと思って」
「ふむ……その心がけは大事だ」
 薬品棚の戸を閉めながら、セブルスは言った。
「いつ何が起こるかわからんからな……」
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