翌日は大雨だった。それでも、なにしろ大人気のクィディッチのことだったので、学校中の者がいつものように試合を見に外に出て行った。荒れ狂う風に向かって皆頭を低く下げ、クイディッチ競技場までの芝生を駆け抜けたが、傘は途中で手からもぎ取られるように吹き飛ばされそうになっていた。ルナはネビルたちと試合を見守った。
 しかし、強い雨と風で試合がどうなっているのかよくわからなかった。解説者の声も、風に遮られて聞こえなかった。徐々に空が暗くなっていった。
 最初の稲妻が光ったとき、マダム・フーチのホイッスルが鳴り響いた。ウッドがタイムアウトを要求したのだ。そして、試合が再開したときだった。
 突然、奇妙なことが起こった。競技場に、気味の悪い沈黙が流れた。風は相変わらず激しかったが、唸りを忘れてしまっていた。誰かが音のスイッチを切ったかのような、耳が急に聞こえなくなったかのような感じがした。
 グラウンドに何かがうごめいていた。少なくとも、百体のディメンターがグラウンドに立ち、隠れて見えない顔をハリーへ向けていた。
 そして、ハリーは落ちて行った。箒から落ち、何フィートも先の地面に突っ込んでいった。
「ハリー!」
 ルナは叫んだ。ダンブルドアがグラウンドに駆け込んだのはそれとほぼ同時だった。ダンブルドアはハリーが地面にぶつかる前に、杖を振ってスピードを遅くした。それからディメンターに向かってパトローナスを唱えた。ディメンターはすぐに競技場を出て行った。
 ダンブルドアは魔法で担架を出してハリーを乗せた。ルナはすぐにスタンドを駆け下りた。ダンブルドアとハリーの周りには、他のグリフィンドールの選手たちと、ロンとハーマイオニーの姿があった。ルナはダンブルドアに駆け寄り、尋ねた。
「先生、ハリーは無事なんですか!?」
 ダンブルドアは驚いたようにこちらを見つめ、それから安心させるように微笑んだ。
「無事じゃ……ハリーは生きてる」
「よかった……」
 ルナは安堵でその場にしゃがみ込みそうになった。ダンブルドアは医務室へハリーを運んだが、ルナは入ることができなかった。セブルスからハリーと関わるなと言われているため、もし自分が医務室でハリーのそばにいる姿を見られたら――本当に絶縁されてしまうかもしれない。
 医務室から出てきたダンブルドアは、廊下に立っているルナに不思議そうに尋ねた。
「中に入らないのかね?」
「……はい」
 ダンブルドアはじっとこちらを見た。きらきらした目は、まるで自分を透視しているかのようだった。
「……セブルスが君に何と言っているのかは知らんが、もう少し、君の好きなように行動してもいいと思うがの」
「えっ?」
 ルナは驚いた。ダンブルドアは再び笑みを浮かべた。
「年寄りの戯言じゃ」
 そう言ってダンブルドアは去って行った。
 
 ルナはハリーを見舞う勇気もなく、ただ心の中で彼を心配するだけだったが、月曜にはハリーは授業に出た。同時にルーピンも復帰していた。本当に病気だったように見えた。くたびれたローブが前よりも垂れ下がり、目の下には暗い影ができていた――それでも、生徒が席につくと、先生は皆に微笑み掛けた。すると皆いっせいに、ルーピンが病気の間セブルスがどんな態度を取ったか、不平不満を爆発させた。
「まともじゃないですよ。代理だったのに、どうして宿題を出すんですか?」
「僕たち、狼人間について何も知らないのに――」
「――羊皮紙二巻だなんて!」
「君たち、スネイプ先生に、まだそこは習っていないって、そう言わなかったのかい?」ルーピンは少し顔をしかめて皆に尋ねた。
 教室中がまたいっせいに喋り出した。
「言いました。でも先生は、僕たちがとっても遅れてるっておっしゃって――」
「――聞こうとしないんです――」
 全員が怒っている顔を見ながら、ルーピンは微笑んだ。
「よろしい。私からスネイプにお話ししておこう。レポートは書かなくてよろしい」
 皆は、楽しみながら授業を受けることになった。ルーピンは、ガラス箱に入ったヒンキーパンクを持って来ていた。それは一本足で、鬼火のように幽かで、はかなげで、害のない生き物のように見えた。
「これは、旅人を迷わせて沼地に誘い込みます。手にカンテラ状のものをぶら提げているのがわかるね? 目の前をピョンピョン跳ぶ―人がそれについて行く――すると――」
 ヒンキーパンクは、ガラスにぶつかって音を立てた。
 授業終了の鐘が鳴り、皆持ち物をまとめて出口に向かった。ルナも出口に向かったが――
「ハリーとルナ、ちょっと残ってくれないか」と、ルーピンが声を掛けた。「話があるんだ」
 ルナはハリーと目配せした。ハリーは教室へ戻っていった。
「ルナ、悪いけどハリーとの話が終わるまで待っててくれ」
 ルナは頷き、教室の外で待った。しばらくしてハリーが出てきた。ルナは教室へ入った。
 ルーピンは机の上の片付けをしていた。
「待ってくれてありがとう。君と最初に会ってから、ずっと聞きたいことがあってね……」
「聞きたいことが?」
「そう……君のその眼鏡は、誰にかけさせられてるんだい?」
 ルナははっとルーピンを見た。彼はいつもと変わらず穏やかな表情をしていた。ルナは正直に答えた。
「……スネイプ先生です」
「やっぱり、そうか――」
 ルーピンは何やら考え込んでいたが、やがて言った。
「その眼鏡を、今だけ外してもらうことはできるかい?」
「それは――駄目です。セブルス以外の人と会うときはずっとかけるようにと――」
 言いながら、ふと先日ダンブルドアにかけられた言葉を思い出した。そうだ。ルナは自分の人生を歩んでいる。セブルスの言うとおりにする必要はないのだ。
「でも、大丈夫です」
 急に返答を変えたルナに、ルーピンは驚いたようだった。
 ルナは眼鏡を外した。ルーピンはこちらを見ていた――愕然としているようだった。
「ルナ、君は――」
「ルナ!」
 ルーピンの言葉は、戸口から現れたセブルスによって遮られた。
「何をしている、早く眼鏡をかけろ!」
 眼鏡をかけると、セブルスはルナの腕を掴み、教室を出た。
「セブルス、痛い、痛いわ!」
「…………」
 セブルスは無言で四階の空き教室へ入った。
「なぜ眼鏡を外した?」
 戸を閉めると、セブルスは咎めるように言った。
「……ルーピン先生が、外せって言ったから」
「私と約束しただろう、私以外の者と会うときは外さないと――」
「それは、ごめんなさい、でも先生に言われたら……」
「どこの誰に言われても、その眼鏡は外してはならん!」
 セブルスは怒鳴った。こんなに自分に対して怒っているセブルスを見るのは初めてだった。
「わかった、ごめん、ごめんなさい、セブルス……」
「わかればいい……」
 ルナが謝ると、セブルスは正気を取り戻したのか、そう静かに言った。
「そろそろ夕食だ、戻れ」

 ルーピンはその後もいつも通りの授業をした。ルナはルーピンが言いかけた言葉を知りたくて、授業後に聞いてみたが、「何でもないんだ」と彼は笑いながら言った。
「僕の知り合いに似てただけなんだ、それよりセブルスに怒られなかったかい?」
「ちょっと、怒られました」
「ごめん、僕のせいだね……お詫びと言っては何だけど、一緒にお茶でもどうかな?」
 ルナは喜んで応じた。ルーピンと向かい合い、彼が注いでくれた紅茶を飲む。
「君とセブルスは、義理の親子だって聞いてるよ。いつから一緒に住んでるんだい?」
「三歳くらいからです。それまではマグルの孤児院にいました」
「……そうだったんだ。彼との生活はどう?」
「うーん、ここでのセブルスは嫌いですけど、家にいるときは穏やかで落ち着いてます。居心地も良いです」
「へえ」とルーピンは意外そうな顔をした。ルナはその表情が引っかかった。セブルスのことを深く知っていそうな表情だった。
「……ルーピン先生は、セブルスと同級生か何かだったんですか?」
 聞いてみると、ルーピンは頷いた。
「そうだよ、僕はグリフィンドールで、彼はスリザリンだった」
「……じゃあ、ポッターとブラックもご存知で?」
 思い切って聞いてみる。ルーピンは複雑な表情を浮かべた。
「ああ……知ってるよ。僕の友達だった――」
「セブルスが、ハリーのお父さんと犬猿の仲だったって言ってました」
 ブラックのことは置いておき、ルナはそう切り出した。
「それは本当なんですか?」
「本当だよ、ジェームズは――ハリーの父親の名前なんだけど――セブルスとよく対峙してた。ちょっとやり過ぎじゃないかって時もあったけど」
「やり過ぎ?」
「ああ、いや、ジェームズたちが一方的にセブルスを攻撃することが多かったんだ……ブラックもそれに加担してた」
 一対二で攻撃していたのか。それはもういじめなのではないか。ルナはそう思ったが、言わなかった。代わりに紅茶を飲み干し、立ち上がった。
「お話ししてくださって、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
 ルナは教室から出た。セブルスに会いたい。そんな願望が湧いてきたが、もうすぐクリスマス休暇だ。たっぷり彼と話す時間がある。ルナは昼食を取りに大広間へ向かった。
 
 待ちに待ったクリスマス休暇がやってきた。スピナーズ・エンドに帰ったルナは、ココをケージから出して眼鏡を外すと、いつも通りセブルスの隣に座った。その腕にぎゅっと抱きつく。
「どうした?」
 さすがにいつもと違うと気づいたらしく、セブルスはこちらを覗き込んできた。
「……私、セブルスのこと好きよ」
 ルナは正面から彼を見据えて、言った。セブルスは戸惑ったように目を動かした。
「なんだ、急に?」
「これは言っておかないとって思ったの。だから私はセブルスを裏切らないし、ずっとそばにいるわ……これから反抗期が来るかもしれないけど、私はセブルスを本当に嫌いになったりはしないわ。これは断言する」
 セブルスは怪訝そうな顔をしていたが、やがて「そうか」と相づちを打った。ルナはその肩に頬を寄せた。薬草の香りがする。セブルスの匂い。その匂いがずっと自分のそばにあるようにと、ルナは願った。
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