『闇魔術に対する防衡術』は、たちまちほとんど全生徒の一番人気の授業になった。ドラコ・マルフォイと、その取り巻きスリザリン生だけが、ルーピンのあら探しをしていた。
「あのローブを見ろよ」ルーピンが通ると、マルフォイは聞こえよがしに言った。「僕の家のハウスエルフの格好じゃないか」
 しかし、ルーピンのローブが継ぎはぎだろうと、ボロだろうと、他には誰一人として気にする者はいなかった。二回目からの授業も、最初と同じように面白いものだった。ボガートのあとはレッド・キャップで、レッド・キャップが終わると、次は河童に移った。
『魔法生物飼育学』の授業は、最初の授業に対する処置があったあと、とてつもなくつまらないものになり、誰も好きにはなれなくなっていた。ハグリッドは自信を失ったようだった。生徒は、毎回毎回フロバーワームの世話を学ぶことになったが、こんなにつまらない生き物はまたとないと思えるようなものだった。
 十月の末には第一回目のホグズミード週末がやってきた。ルナはネビルたちと共にハニーデュークスでお菓子を買ったり、三本の箒でバタービールを飲んだりした。ホグズミードは楽しい場所で、絶対にまた来ようとルナは思った。ハロウィーンの宴会もまたいつも通り楽しく、ルナは満ち足りた気持ちになりながら塔へと向かった。『太った婦人の肖像画』につながる廊下まで来てみると、生徒たちで混雑していた。
「何で、皆入らないんだろ?」ネビルが不思議そうに言った。
「通してくれ、さあ」
 パーシーの声がした。人波を掻き分けて、重要なことに立ち向かうかのようにして歩いて来た。
「何をもたもたしてるんだ? 全員合言葉を忘れたわけじゃないだろう――ちょっと通してくれ。僕は首席だ――」
 さっと沈黙が流れた。前のほうから、冷気が廊下に沿って広がるようだった。パーシーが、突然鋭く叫ぶ声が聞こえた。「誰か、ダンブルドア校長を呼んで。急いで」
 ざわざわと頭が動き、後列の生徒は爪先立ちになった。
 次の瞬間、ダンブルドア校長がそこに立っていた。『肖像画』のほうに向かって歩いて行った。生徒が押し合いへし合いして道を空けた。ルナは何が問題なのかよく見ようと、近くまで行ってみた。そして絶句した。
 太った婦人は、肖像画から消え去り、絵は滅多切りにされて、キャンバスの切れ端が床に散らばっていた。絵のかなりの部分が完全に切り取られていた。
 ダンブルドアは、無残な姿の肖像画を一目見るなり、暗い深刻な目で振り返った。マクゴナガル、ルーピン、セブルスが、ダンブルドア校長のほうに駆け付けて来た。
「婦人を探さなければならん」ダンブルドアが言った。「マクゴナガル先生。すぐにフィルチ管理人のところに行って、城中の絵の中を探すよう言ってくださらんか」
「見つかったらお慰み!」甲高いしわがれた声がした。
 ポルターガイストのピーブズだった。皆の頭上をヒョコヒョコ漂いながら、いつものように、大惨事や心配事が嬉しくてたまらないといった様子だった。
「ピーブズ、どういうことかね?」
 ダンブルドアは静かに言った。ピーブズは、ニヤニヤ笑いをちょっと引っ込めた。さすがのピーブズも、ダンブルドアをからかう勇気はなかった。おもねるような話し方をしたが、いつもの甲高い声だった。
「校長閣下、恥じているのです。見られたくなかったのですよ。彼女はズタズタだったよ。五階の風景画の中を走って行くのを見ました。木にぶつからないようにしながら走って行きました。ひどく泣き叫びながらね」嬉しそうにそう言うと、「おかわいそうに」と白々しく言い添えた。
「婦人は、誰がやったか話したかね?」ダンブルドアが静かに言った。
「ええ、確かに。校長閣下」ピーブズは、大きな爆弾を両腕に抱きかかえているかのような苛立った言い方をした。「そいつは、婦人が入れてやらないんで酷く怒っていましたねえ」ピーブズはくるりと宙返りし、自分の脚の間からダンブルドアに向かってニヤニヤした。「あいつは、癇癪持ちだねえ。あのシリウス・ブラックは」

 それから数日の間、学校中はシリウス・ブラックの話でもちきりになった。どうやって城に入り込んだのか、という話が、どんどん大きくなって、手が付けられなくなって行った。
 切り刻まれた『太った婦人の肖像画』は壁から取り外され、かわりにずんぐりした灰色のポニーに跨った『カドガン卿』の肖像画が架けられた。これには、皆大弱りだった。『カドガン卿』は、誰かれかまわず決闘を挑み、そして、とてつもなく複雑な合言葉をひねり出すのだ。さらに、少なくとも一日二回は合言葉を変えた。
「あの人、気が狂ってるよ」シェーマスが怒ってパーシーに訴えた。「かわりの人は居ないの?」
「どの絵も、この仕事を嫌ったんでね」パーシーが言った。「『太った婦人』にあんなことがあったから、皆怖がって、名乗り出る勇気があったのは『カドガン卿』だけだったんだ」
 クィディッチの試合の前日のことだった。闇の魔術に対する防衛術で、ルーピンの代わりにセブルスが教鞭を執ることになった。何でも、ルーピンは体調不良らしい。セブルスは早速、一〇分遅れて来たハリーにグリフィンドールを一五点減点した。
「ポッターによって中断された話の続きだが、ルーピンは、これまでどのような内容を教えていたのか、まったく記録を残していない――」
「先生、これまでやったのは、ボガート、レッド・キャップ、河童、グリンディローです」ハーマイオニーが一気に答えた。「これからやる予定だったのは――」
「黙りなさい」セブルスは冷たく言った。「教えて欲しいと言ったわけではない。私はただ、ルーピンのだらしなさを指摘しただけだ」
「ルーピン先生は、これまでの『闇の魔術に対する防衛術』の先生の中で一番いい先生です」
 ディーンの勇敢な発言を、教室中がざわめいて支持した。セブルスの顔が、一層威嚇的になった。
「そんなことで満足しているのか。ルーピンは、諸君に対して著しく厳しさに欠ける――レッド・キャップやグリンディローなど、一年生でもできることだろう。我々が今日学ぶのは――」
 セブルスは教科書の一番後ろまでぺージをめくっていた。
「――人狼だ」スネイプが言った。
「でも、先生」ハーマイオニーは我慢できずに発言した。「まだ、狼人間までやる予定ではありません。これからやる予定なのは、ヒンキーパンクで――」
「ミス・グレンジャー」
 セブルスの声は恐ろしく静かだった。
「この授業は、私が教えているのであって、君ではないはずだが。その私が、諸君に三九四ぺージを開くようにと言っている。全員! 今すぐだ!」
 あちこちで、苦々しげに目配せが交わされ、不満を言う生徒も居たが、全員が教科書を開いた。
「狼人間と、真の狼とをどうやって見分けるか、わかる者は居るか?」
 皆身動きもせず、座り込んだままだった。ハーマイオニーだけが、いつものように勢いよく手を挙げた。ルナも知っていたが、どうせ無視されるため手を挙げなかった。
「誰か居るかね?」
 案の定セブルスはハーマイオニーを無視した。口元には、あの歪んだ笑いが戻っていた。
「ルーピンは、諸君に基本的な両者の区別さえまだ教えていないということを、君たちは言っているのかね――」
「言ったはずです」パーバティが突然言った。「私たち、まだ狼人間まで行ってません。今はまだ――」
「黙れ!」セブルスが怒鳴った。「さて、さて、さて、三年生にもなって、狼人間に出会っても見分けも付かない生徒にお目にかかろうとは、私は考えてもみなかった。諸君の学習がどんなに遅れているか、ダンブルドア校長にしっかりお伝えしておくことにしよう……」
「先生」ハーマイオニーは、まだしっかり手を挙げたままだった。「狼人間はいくつか細かいところで本当の狼とは違っています。狼人間の鼻面は――」
「君が軽率な口を利いたのは、これで二度目だ。ミス・グレンジャー」冷ややかにセブルスが言った。「鼻持ちならない知ったかぶりのために、グリフィンドールからさらに五点減点する」
 ハーマイオニーは真っ赤になって手を下ろし、目に涙をいっぱい浮かべて、じっとうつむいてしまった。皆がセブルスを睨み付けた。ルナも今の言い方はおかしいと思っていた。ロンが大声でこう言った。「先生はみんなに質問しました。ハーマイオニーはその答えを知っているんです! 答えて欲しくないのならなぜ質問するんですか?」
 言い過ぎた、と皆がとっさにそう思った。教室中が息をひそめる中、セブルスはゆっくりとロンに近付いた。
「処罰だ。ウィーズリー」
 彼は顔をロンにくっつけるようにして、柔らかく言った。
「さらに、私の教え方を君が批判するようなことが、再び私の耳に入った場合には、君は非常に後悔することになるだろう」
 そのことがあってからは、物音を立てる者は誰も居なくなった。皆が、机に座って教科書から狼人間に関して写し書きをしていると、セブルスは机の間を往き来して、ルーピンが何を教えていたのかを調べて廻った。ようやく鐘が鳴ったとき、スネイプは皆を引き止めた。
「各自レポートを書き、私に提出するように。狼人間の見分け方と殺し方についてだ。羊皮紙二巻、月曜の朝までに提出したまえ。このクラスは、そろそろ誰かが取りまとめなければならんだろう。ウィーズリー、残ったまえ。君に対する処罰を決めねばならん」
 ルナは皆と一緒に外に出た。教室まで声が届かないところまで来ると、皆堰を切ったように、セブルスへの厳しい非難をまくし立てた。ルナが先日セブルスに反抗したこともあり、皆ルナの前でセブルスの悪口を言っても大丈夫だと思っているようだった。ルナはそれを聞きたくなくて、足早に次の授業へ移動した。
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