最初の授業は占い学だった。トレローニー先生はハリーに死の予兆があると予言した。ルナはハーマイオニーと同じく占い自体を信じていなかったが、次の変身術で、彼女が毎年生徒の予言をしているとマクゴナガル先生が言ったときはほっとした。
 昼食のあと、ルナは『魔法生物飼育学』の最初の授業に向かった。運の悪いことに、ハグリッドの最初の授業はスリザリンとの合同授業だった。そして、マルフォイはバックビークに失礼なことを言い、バックビークに腕を爪でひっかかれた。
「死んじゃう!」マルフォイが喚いた。「僕、死んじゃう、見てよ! あいつ、僕を殺そうとした!」
「死にゃせん!」ハグリッドの顔は、青くなっていた。「誰か、手伝ってくれ――この子をこっから連れ出さにゃ――」
 ハグリッドがマルフォイを軽々と抱え上げると、ハーマイオニーが走って行ってゲートを開けた。血が草地に点々と飛び散っていた。マルフォイを抱えたハグリッドは、城に向かって坂を駆け上がって行った。生徒たちは、大きなショックを受けてそのあとをついて行った。スリザリンの生徒は、全員ハグリッドを罵倒していた。
「すぐクビにすべきよ!」パンジー・パーキンソンが泣きながら言った。
「マルフォイが悪いんだ!」と、ディーン・トーマスがきっぱり言った。
 クラッブとゴイルが脅すように力瘤を作って、腕を曲げ伸ばしした。石段を上がり、全員がらんとした玄関ホールに入った。
「大丈夫かどうか、私見てくる!」
 パンジーはそう言うと、皆が見守る中、大理石の階段を駆け上がって行った。スリザリンの生徒は、ハグリッドのことをまだブツブツ言いながら、地下室にある自分たちの寮の談話室に向かった――ルナは、グリフィンドール塔に向かって階段を上がった。
 ハグリッドは大丈夫だろうか。心配だったものの、ハリーたちと一緒に彼の小屋には行けず、ルナはもやもやした。ただ一つよかったのは、ココが自分のそばにいるということだった。彼女のふわふわの背中を撫でるたび、自分が落ち着いていくのを感じた。
 
 マルフォイは、木曜日の昼近くまで現れず、スリザリンとグリフィンドール合同の『魔法薬学』の授業が半分ほど終わった頃に姿をあらわした。包帯を巻いた右腕を吊り、ふん反り返って地下教室に入って来る様子は、まるで激しい戦いに生き残った英雄のようだった。『縮み薬』を作ることになっていたのだが、こんな腕ではヒナギクの根を刻むことができないと言いだし、セブルスは代わりにロンに切るように言った。それからセブルスは萎び無花果の皮を剥けとハリーに言いつけた。
 数個先の大鍋で、ネビルが問題を起こしていた。明るい黄緑色になるはずだった水薬が、なんと――。
「オレンジ色か、ロングボトム」
 セブルスが薬を柄杓で大鍋からすくい上げ、それを上から垂らし入れて、皆に見えるようにした。
「オレンジ色。教えていただきたいのだが、君の分厚い頭骸骨を突き抜けて入っていくものがあるのかね? 私ははっきり言ったはずだ。ネズミの脾臓は一つでいいと。聞こえなかったのか? ヒルの汁はほんの少しでいいと、明確に言ったはずだが。ロングボトム、いったい私はどうすれば君に理解して貰えるのかね?」
 ネビルは、赤くなって小刻みに震えていた。今にも涙がこぼれ落ちそうだった。ルナは可哀想になって口を開きかけたが、その前にハーマイオニーが言った。
「先生、お願いです。私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます――」
「君にでしゃばるよう頼んだ覚えはない、ミス・グレンジャー」
 セブルスは冷たく言い放った。ハーマイオニーはネビルと同じくらい赤くなった。
「ロングボトム、この授業の最後に、この薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみることにする。そうすれば、たぶん君もまともにやろうという気になるだろう」
 セブルスはネビルを残し、その場を離れた。なんて意地悪なことを言うのだろう。これでも教師なのだろうか。ルナはセブルスに呆れたが、今に始まったことではないので、いつも通り口答えせず自分の材料を片付けた。
「助けて!」ネビルがハーマイオニーに呻くように言った。
 ルナも助けてあげたかったが、さすがにネビルに二人で指示するのは気が引けたため、見ているしかなかった。ハーマイオニーがセブルスに気付かれないよう、唇を動かさないようにしてネビルに指示を与えていた。
 授業が終わりに近づいた。セブルスが大鍋の傍で縮こまっているネビルのほうへと大股で近付いた。
「諸君、ここに集まりたまえ。ロングボトムのヒキガエルがどうなるか、よく見たまえ。『縮み薬』が出来上がっていれば、ヒキガエルはおたまじゃくしになる。もし、作り方を間違えていれば、私は間違いなくこっちのほうだと思うが、ヒキガエルは毒にやられるはずだ」
 グリフィンドールの生徒はこわごわ見守り、スリザリン生は嬉々として見物していた。セブルスがヒキガエルのトレバーを左手で摘み上げ、小さいスプーンをネビルの大鍋に突っ込んだ。そのときの水薬は緑色に変わっていた。そして、二、三滴トレバーの喉に流し込んだ。
 一瞬あたりがしんとなった。トレバーはゴクリと飲んだ――すると、ポンと軽い音がして、おたまじゃくしになったトレバーが、セブルスの手の中でクネクネ動いていた。
 グリフィンドールの生徒は拍手喝采した。セブルスはおもしろくない顔でローブのポケットから小瓶を取り出し、二、三滴トレバーに落とした。すると、トレバーは突然元のカエルの姿に戻った。
「グリフィンドール、五点減点」
 彼の言葉で、皆の顔から笑みが消えた。
「手伝うなと言ったはずだ、ミス・グレンジャー。授業終了」
「さすがにそれはおかしいんじゃないですか?」
 ルナは思わず口に出してしまっていた。教室中の視線が自分に集まるのを感じた。けれどルナは自分を止められなかった。それほどまでにルナは怒っていた。
「ハーマイオニーが手伝ったって言う証拠が、どこにあるんですか?」
「……ほう」
 セブルスは不快そうに眉を上げた。
「私に口答えかね、ミス・スネイプ。グリフィンドールをさらに減点して欲しいのかね?」
 ルナはその言葉で我に返った。自分はただのグリフィンドール生に他ならない。
「いえ……ごめんなさい」
 ルナは鞄を持ち、すぐに教室から出た。
「ルナ、君すごいよ!」
 後からやってきたネビルが言った。大広間に着くと、自然と彼が隣に座った。
「僕、何も言えなかった……」
「ちょっと、頭に血が上っただけよ」
 ルナは後悔していた。いくら家族だからと言って、セブルスに逆らうのは間違っていた。
「あんな風に喧嘩したりしてるのかい?」
 向かいに座ったシェーマスが言った。
「してないわ。滅多に喧嘩はしないの……ここにいるセブルスとはまるで別人だわ」
「へえ、君と一緒にいるときのスネイプ先生を見てみたいよ」
 ルナは曖昧に笑った。皆、きっとその差に驚くに違いない。
  
 午後の最初の授業は『闇の魔術に対する防衛術』だった。ルナたちが来たときには、ルーピンはまだ来ていなかった。皆が座って教科書と羽ペン、羊皮紙を取り出し、お喋りをしていると、やっと先生が教室に入って来た。ルーピンは微笑み、くたびれた古いカバンを教師用の机に置いた。
「やあ、みんな。教科書はカバンに戻して貰おうかな。今日は、実地練習をすることにしよう。杖だけあればいい」
 全生徒が教科書を仕舞う中、何人かは微妙な表情で顔を見合わせた。
「よし、それじゃ――」
 ルーピンは皆の準備ができると声を掛けた。
「私について来なさい」
 なんだろう、でも面白そうだと、皆が立ち上がってルーピンに従い、教室を出た。ルーピンは誰も居ない廊下を通り、角を曲がった。途端に目に入ったのがポルターガイストのピーブズだった。空中で逆さまになって、手近の鍵穴にチューインガムを詰め込んでいた。
 ピーブズは、ルーピンが二フィートくらいに近付いたときはじめて目を上げた。そして、くるりと丸まった爪先をくねくねと動かし、急に歌い出した。
「ルーニー(間抜け)、ルーピー(頭のおかしい)、ルーピン――ルーニー、ルーピー、ルーピン。ルーニー、ルーピー、ルーピン――」
 ピーブズは確かに、いつも無礼で手に負えないポルターガイストだったが、教師たちには一目置いていた。ルーピンはどんな反応を示すだろう、と皆急いで先生を見つめた。驚いたことに、変わらず微笑んでいた。
「ピーブズ、私なら鍵穴からガムを剥がしておくけどね」彼は快活に言った。
「フィルチさんが、箒を取りに入れなくなるじゃないか」
 ピーブズはルーピンの言うことを聞くどころか、舌を突き出して、あかんべーをした。
 ルーピンは小さく溜息をつき、杖を取り出した。
「この簡単な呪文は役に立つよ。よく見ておきなさい」
 先生は、杖を肩の高さに構え、「ワディワジ!」と唱え、杖をピーブズに向けた。
 チューインガムの塊が、弾丸のように勢いよく鍵穴から飛び出し、ピーブズの左の鼻の穴に見事命中した。ピーブズはもんどり打って逆さまに落ちそうになりましたが、反転し、悪態をつくと急上昇して消えた。
「先生、かっこいい!」ディーンが驚嘆して言った。
「デイーン、ありがとう」ルーピンは杖を元に戻した。「さあ、行こうか?」
 皆はまた歩き出したが、全員がルーピンを尊敬の眼差しで見つめていた。彼は皆を引き連れて、二つ目の廊下を渡り、教員室のドアの真ん前で立ち止まった。
「さあ、お入り」ルーピンはドアを開け、一歩下がって声を掛けた。
 教員室は広い板壁の部屋で、不釣合いな古い椅子がたくさん置かれていた。がらんとした部屋の中には一人の教師しか居なかった。セブルスが低い肘掛椅子に座り、クラス全員が列をなして入って来る様子を見ていた。セブルスと目が合い、気まずくなったルナは視線を逸らした。ルーピンが最後に入って来て、ドアを閉めた。
「ルーピン、開けておいてくれ。私はできれば見たくないのでね」
 セブルスはそう言って立ち上がり、黒いマントを翻して大股で皆の脇を通り過ぎて行った。そしてドアの所でくるりと振り返り、言った。
「ルーピン、たぶん誰も君に忠告していないと思うが、このクラスにはネビル・ロングボトムが居る。この子には、難しい課題を与えないようにとご忠告申し上げておこう。ミス・グレンジャーが、耳元で指図を与えるなら別だがね」
 ネビルは真っ赤になった。ルナは目を見開いてセブルスを見つめた。自身の授業でネビル苛めをすることも許せなかったが、ましてや他の先生の前で苛めをするなどとんでもない。
 ルーピンは眉を上げた。
「私の指導の最初の段階で、ネビルに私の助手を務めて貰いたいと思ってましてね。それに、ネビルはきっと、とても上手くやってくれると思いますよ」
 すでに真っ赤なネビルの顔が、もっと赤くなった。セブルスの唇が歪んだが、そのままドアを閉めて出て行った。
「さあ、それじゃ」
 ルーピンは皆に部屋の奥まで来るようにと合図をした。そこには、教師たちが着替え用のローブを入れる古い洋箪笥が置かれていた。ルーピンがその脇に立つと、箪笥が急にグラつきはじめ、大きな音を立てて壁から離れた。
「心配しなくていい。中にボガートが入ってるんだ」
 それなら、用心しなくてはならないことなんじゃないだろうか、とほとんどの生徒はそう思っているようだった。ネビルは、恐怖そのものの顔つきでルーピンを見た。シェーマスは、箪笥の取っ手がガタガタ言いはじめたのを不安そうに見つめていた。
「ボガートは、暗くて狭いところを好む」と、ルーピンが語り出した。「洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚など――私は一度、大きな柱時計の中に潜んでいるやつに出会ったことがある。ここに居るのは、昨日の午後に入り込んだやつで、三年生の実習に使いたいから、そのまま放っておいていただきたいと、校長先生にお願いしたものだ――では、最初の質問。ボガートとは一体何か?」
 ハーマイオニーが手を挙げた。
「変身する悪霊です。相手が一番怖がると思うものに姿を変えることができます」
「私でもそれよりうまくは説明できないな」ルーピンの言葉で、ハーマイオニーは頬を染めた。「だから、中の暗がりに座り込んでいるボガートは、まだ何の姿にもなっていない。箪笥の戸の外に居る誰かが、何を怖がるのかをまだ知らないからだ。ボガートが、一人のときにどんな姿をしているのか、誰も知らない。しかし、私が外に出してやると、たちまち、それぞれが一番怖いと思っているものに姿を変えるはずだ」
「ということは」と、ルーピンは話を続けた。「つまり、はじめから私たちのほうがボガートより大変有利な立場にあることになる。ハリー、何故だかわかるかな?」
「えーと――僕たち、人数がたくさん居るので、どんな姿に変身すればいいかわからない?」
「その通り。ボガート退治をするときは、誰かと一緒に居るのが一番いい。向こうが混乱するからね。首のない死体に変身すべきか、人肉を食らうナメクジになるべきか? 私はボガートがまさにその過ちを犯したところを一度見たことがある――一度に二人を脅そうとしてね、半身ナメクジに変身したんだ。どうみても、恐ろしいとは言えなかった。ボガートを退散させる呪文は簡単だ。しかし、精神力が必要だ。こいつを本当にやっつけるのは、笑いなんだ。君たちはボガートに、君たちが滑稽だと思える姿を取らせる必要がある。はじめは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみよう……リディクラス!」
「リディクラス!」全員がいっせいに唱えた。
「そうだ。とっても上手だ。でも、ここまでは簡単なんだけどね。呪文だけでは充分じゃないんだ。そこで、ネビル、君の登場だ」
 洋箪笥がまたガタガタ揺れた。しかし、ネビルのほうがもっとガタガタ震えていた。まるで、絞首台に向かうかのように前に進み出た。
「よーし、ネビル。一つずつ行こうか。君が世界一怖いものはなんだい?」
 ネビルの唇が動いたが、声が出ていなかった。
「うん? ごめん、ネビル、聞こえなかった」ルーピンは明るく言った。
 ネビルはまるで誰かに助けを求めるかのように、きょろきょろとあたりを見回し、それからほとんど聞こえない声で囁いた。「スネイプ先生」
 傍に居た皆が笑った。ネビル自身も申し訳なさそうにニヤッと笑った。しかし、ルーピンは真面目な顔をしていた。
「スネイプ先生か……ふむ……ネビル、君はお祖母さんと暮らしているね?」
「えー――はい」ネビルは不安げに答えた。「でも――僕、ボガートがばあちゃんに変身するのもいやです」
「いや、いや、そういう意味じゃないんだよ。教えてくれないか。お祖母さんはいつも、どんな服を着ているのかな?」
 ネビルはキョトンとしながらも答えた。
「えーと……いつもおんなじ帽子。高くて、てっべんにハゲタカの剥製が付いてる。それに、長いドレス……たいてい、緑色――それと、ときどき狐の毛皮の襟巻きをしてる」
「ハンドバッグは?」と、ルーピンが促した。
「おっきな赤いやつ」ネビルが答えた。
「よし、それじゃ。ネビル、その服装をはっきり思い浮かべることができるかな? 心の目で見えるかな?」
「はい」ネビルは自信なさそうに答えた。そして、次は何が来るんだろうと心配していた。
「ネビル、ボガートが洋箪笥からウワーッと出て来るね、そして、君を見る。そうすると、スネイプ先生の姿に変身するんだ。そしたら、君は杖を上げて――こうだよ――そして叫ぶんだ。リディクラス……そして、君のお祖母さんの服装に精神を集中させる。全て上手くいけば、ボガートのスネイプ先生は、天辺にハゲタカの付いた帽子を被って、緑のドレスを着て、赤いハンドバッグを持った姿になってしまう」
 皆大爆笑だった。洋箪笥が一段と激しく揺れた。ルナも同じく笑った。そんなセブルスが見られるなんて。
「ネビルが首尾よくやっつけたら、そのあと、ボガートは次々に君たちに向かって行くだろう――皆、ちょっと考えてくれるかい。何が一番怖いかって。そして、その姿をどうやったらおかしな姿に変えられるか、想像してみて――」
 部屋が静かになった。ルナも皆と同じように考えた。自分が一番怖い物は何だろう。最初に思い浮かんだのはムカデだった。幼い頃、寝ているときにムカデに刺されて以来、怖い物だった。そして次に浮かんだのは――セブルスの死だった。考えて、ぞわりと鳥肌が立つ。どうしよう、死んだセブルスを前にしたら、何もできなくなってしまう。何か違うことを考えないと――そう思い急いで考えを巡らせたが、時間が来てしまった。
「皆、いいかい?」ルーピンが言った。
 ルナは恐怖に襲われた。まだ準備が出来ていない。しかし、これ以上待ってくださいとは言えなかった。皆が頷き、腕まくりをしていた。
「ネビル、私たちは下がっていよう」ルーピンが言った。「君に場所を空けてあげよう。いいね? 次の生徒は前に出るように私が声を掛けるから――みんな下がって、さあ、ネビルが間違いなくやっつけられるように――」
 皆後ろに下がって壁にぴったりついて、ネビルが一人、洋箪笥の傍に取り残された。恐怖に青ざめてはいたが、ネビルはローブの袖をたくし上げ、杖を構えていた。
「ネビル、三つ数えてからだ」ルーピンが自分の杖を洋箪笥の取っ手に向けながら言った。「いーち、にー、さん、それ!」
 ルーピンの杖の先から火花がほとばしり、取っ手のつまみにあたった。洋箪笥が勢いよく開いた。鉤鼻の恐ろしげなセブルスが、ネビルに向かって目をぎらつかせながら現れた。ネビルは杖を上げ、口をパクパクさせながらあとずさった。セブルスがローブの懐に手を突っ込みながらネビルに迫った。
「リ、リ、リディクラス!」
 ネビルはうわずった声で呪文を唱えた。パチンと鞭を鳴らすような音がして、セブルスはつまづいた。今度は長い、レースで縁取りをしたドレスを着ていた。見上げるように高い帽子の天辺に虫食いのあるハゲタカを付け、手には巨大な真紅のハンドバッグをユラユラぶら提げていた。
 どっと笑い声があがった。ボガートは、途方にくれたように立ち止まった。ルーピンが大声で呼んだ。「パーバティ、前へ!」
 パーバティが、勇敢に進み出た。セブルスがパーバティのほうに向き直った。またパチンと音がして、血まみれの包帯をぐるぐる巻いたミイラが立っていた――目のない顔をパーバティに向け、ミイラはゆっくりと彼女に迫った。足を引き摺り、手を棒のように前に突き出した――。
「リディクラス!」と、パーバティが叫んだ。
 包帯が一本、バラリと解けてミイラの足元に落ちた。それに絡まって、ミイラは顔から先につんのめり、頭が転がり落ちた。
「シェーマス!」ルーピンが吼えるように呼びかけた。
 シェーマスが、パーバティの前に躍り出た。
 パチン!という音と共に、ミイラの居たところに、床まで届く黒い長髪、骸骨のような緑色がかった顔の女性が立っていた――バンシーだ。口を大きく開くと、この世のものとも思われない声が部屋中に響いた。長い、嘆きの悲鳴――ルナの髪が逆立った――。
「リディクラス!」と、シェーマスが叫んだ。
 バンシーの声がガラガラになり、喉を押さえた――声が出なくなったのだ。
 パチン!
 バンシーがネズミになり、自分の尻尾を追い掛けてぐるぐる回りはじめた。と思ったら――パチン!――今度はガラガラヘビに。クネクネのたうち回り、それから パチン!血――走った目玉が一個。
「混乱してきたぞ!」ルーピンが叫んだ。「もうすぐだ! ディーン!」
 ディーンが急いで進み出た。
 パチン!
 目玉が、切断された手首になった。裏返しになり、蟹のように床を這いはじめた。
「リディクラス!」ディーンが叫んだ。
 バチッと音がして、手がネズミ捕りに挟まれた。
「いいぞ! ロン、次だ!」
 ロンが飛び出した。
 パチン!
 何人かの生徒が悲鳴を上げた。毛むくじゃらの六フィート近い大蜘蛛が、おどろおどろしくハサミをガチャつかせ、ロンに向かって行った――。
「リディクラス!」と、ロンが轟くような大声を出した。蜘蛛の足が消え、ゴロゴロ転がり出した――ラベンダー・ブラウンが金切り声を出して蜘蛛を避けた。そして、ハリーの足元で蜘蛛が止まった。ハリーは杖を構えた。しかし――。
「こっちだ!」と、急にルーピンが叫び、急いで前に出た。
 パチン!
 足なし蜘蛛が消えた。
 一瞬どこへ消えたのかと、皆キョロキョロ見回した。すると、銀白色の玉がルーピンの前に浮かんでいるのが見えた。ルーピンは、もう良いだろうと言うように「リディクラス!」と唱えた。
 パチン!
 ボガートがゴキブリになって床に落ちたところで「ネビル! 前へ! やっつけるんだ!」と、ルーピン先生が叫んだ。
 パチン!
 ボガートがセブルスに戻った。ネビルは今度は決然とした表情で前に出た。
「リディクラス!」
 ほんの一瞬、レース飾りのドレスを着たセブルスの姿が見えたが、ネビルが大声で笑うと、ボガートは破裂し、何千という細い煙の筋になって消え去った。
「よくやった!」全員が拍手する中、ルーピン先生が大声を出した。「ネビル、良く出来た。皆、よくやった。そうだな――ボガートと対決したグリフィンドール生一人に付き五点をあげよう――ネビルは十点だ。二回やったからね、ハーマイオニーとハリーも五点ずつだ」
「でも、僕、何もしませんでした」ハリーが言った。
「ハリー、君とハーマイオニーは、授業の最初に、私の質問に正しく答えてくれた」ルービンはさりげなく言った。「よーし、皆、いい授業だった。宿題だ。ボガートに関する章を読んで、まとめを提出するように――月曜までだ。今日はこれでおしまい」
 皆興奮して、ぺちゃくちゃ喋りながら教員室を出た。
「バンシーと対決するのを見たか?」シューマスが叫んだ。
「それに、あの手!」ディーンが自分の手を振り回しながら言った。
「それに、あの帽子を被ったスネイプ!」
「それに、私のミイラ!」
「ルーピン先生は、どうして浮かんでる水晶玉なんかが怖いのかしら?」と言ったラベンダーが、ふと考え込んだ。
 ルナは自分の番が来なくて良かったと心底思った。きっと、死んだセブルスを見てしまったら、動揺して何もできなかっただろう。
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