朝、目覚めたルナがリビングに行くと、セブルスはいつも通り新聞を読んでいた。その一面には、もつれた長い髪の頬のこけた男がゆっくりと瞬きしている。
「ブラックはまだ捕まらんのか」
 セブルスは苦々しく言った。
「ブラックを知ってるの?」
「……私の同級生でポッターの仲間だった」
「へえー、見せて?」
 手渡された新聞を読む。
 
 ブラック、いまだ逃亡中
 魔法省が今日発表したところによると、アズカバン要塞監獄の囚人中、最も重罪であるシリウス・ブラックは、いまだ追跡の手を逃れ逃亡中である。
 コーネリウス・ファッジ魔法省大臣は、今朝「我々はブラックの再逮捕に全カであたっている。魔法界の皆さんは、平静を保つように」と語った。
 ファッジ大臣は、この危機をマグルの首相に知らせたということで、国際魔術師連盟の一部から批判されている。
 大臣は、「まあ、はっきり言って、こうするしかなかった。おわかりいただけませんか」と苛立たしげに語った。「ブラックは狂っている。魔法使いだろうとマグルだろうと、ブラックに逆らった者は、誰でも危険にさらされる。私は首相閣下から、ブラックの正体は一言たりとも明かさないという確約をいただいております。また――たとえ口外したとしても、誰が信じるというんですか?」
 マグルには、ブラックが銃(マグルが殺し合いをするために使う、金属製の杖のようなもの)を持っていると報道されているが、魔法界では、ブラックがたった一つの呪いで十三人を殺した、あの十二年前のような殺戮が起きるのではないかと恐れている。
 
「えっ、この人一三人も殺したの?」
「……そうだ」
「極悪人だ!」
「そうだ……ふくろうが来て置いていったぞ」
 ホグワーツからの手紙を渡される。九月一日から学校が始まること、保護者からの許可があればホグズミードに行けることが書かれていた。
「セブルス、私ホグズミードに行きたい」
「ポッターとは行かないだろうな?」
「行かないわ」
「ならいい」とセブルスは言って、許可証にさらりと自分の名前を書いた。ルナは礼を言ってそれを受け取った。
「学用品は明日にでも買いに行くか」
「うん」
 本当はハリーたちと行きたかったが、それはセブルスが許さないだろう。あのときの、絶縁するという言葉は本気だった、とルナは思う。セブルスは一瞬迷った、その上で言ったのだ。ルナにとってセブルスは唯一の家族。セブルスが好きなルナにとって、絶縁されることは死に値するほど避けがたいことだった。三歳までいたマグルの孤児院に戻るのは懲り懲りだった。
 翌日ダイアゴン横町に行き、教科書などを買ってもらった。
「……何かペットでも飼うか?」
 フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店を出て、セブルスが言った。
「どうしたの、急に?」
「一昨年の君の成績は、ミス・グレンジャーに次いで二番目だった――本当は一位を目指して欲しいが――特に魔法薬学では満点だった。その褒美だ」
 一人で行動するようになった自分を気遣っているのだろうか。ルナは言葉に甘えて猫を買ってもらった。長毛種で真っ白な毛をしたその猫はかわいらしく、ルナはココと名付けた。首元をかいてやると、ゴロゴロと甘えたように喉を鳴らした。反対にセブルスが彼女を撫でようとすると、シャーと威嚇した。
「何だ、この猫は」
 眉根を寄せるセブルスに、ルナは笑った。
「きっと性根の曲がった人には撫でられたくないんだわ。いい子ね……」
 九月一日はそれからすぐにやってきた。ルナはいつも通り一人でキングス・クロス駅に行き、列車に乗った。空いているコンパートメントに座る。最初は寂しさを感じていたものの、ネビル、シェーマス、ディーンが入ってきて楽しい旅になった。
「それ、飼い始めたのかい?」
「そうよ、かわいいでしょ? 私に懐いてるみたいで、どこに行くにもついてくるの」
「いいな、僕のトレバーなんか、すぐにいなくなっちゃうんだ……」
 ネビルの呟きに皆が笑った。
 列車がさらに北へ進むと、雨も激しさを増した。窓の外は今や、微かに光が見えるだけの灰色一色で、それも徐々に墨色に変わり、やがて通路とラックのランタンが灯った。列車は揺れ、雨は窓を打ち、風は唸りをあげた。
「そろそろ着く頃だ」
 もう完全に暗くなっている窓の外を見て、シェーマスが言った。列車が速度を落としはじめた。
「まだ着かないはずよ」
 ルナが腕時計を見て言った。
「じゃ、なんで止まるんだ?」
 列車はますます速度を落とした。ピストンの音が弱くなり、窓を打つ雨風の音がこれまでよりも大きく聞こえた。
 列車が揺れとともに止まった。どこか遠くのほうから、ドサリとラックからトランクが落ちる音が聞こえて来た。そして何の前触れもなく、明かりがいっせいに消え、急に真っ暗になった。
「いったい何が――」
「ぼ、僕、ハリーたちの所に行ってみる!」
 なぜハリーたちの所に行くのかわからないが、ネビルは立ち上がってコンパートメントを出て行った。
 やがて、何かが汽車に乗ってきたことに気づいた。ゼーゼーと息をするそれを、ルナは怖くて見ることができなかった。車内の温度は急激に下がったような気がした。それは布を引きずる音と共に、ルナたちのコンパートメントを通り過ぎていった。
「な、何だったんだ、今の?」
 しばらくして電気が付き、シェーマスが口を開いた。ルナは自分が冷や汗をかいていることに気づいた。
「……わからないわ。けどすごくぞっとした」
「まだ寒気がする」
 ディーンは腕をさすりながら言った。
「とにかく、列車が着いたら早く出よう」
 皆そう考えていたらしく、列車がホグズミード駅に停車すると、早く下車しようとして混雑になった。狭いプラットフォームは凍えるほど寒く、氷のような雨が叩きつけていた。
「一年生はこっちだ!」
 懐かしい声が聞こえて来た。ルナが振り向くと、プラットフォームの向こう端にハグリッドの巨大な影が見えた。怯えている様子の新入生を、例年どおり、湖を渡る道に連れて行くため手招きしていた。
「ルナ、元気か?」
 ハグリッドが、生徒たちの頭越しに大声で呼び掛けた。ルナはハグリッドに手を振った。
 生徒たちの流れについて大広間に入る。広間の天井は魔法で今日の夜空と同じ、雲の多い真っ暗な空に変えられていた。テーブルに着くと、ハリーとハーマイオニーの姿がないことに気づいた。ロンに聞けば、マクゴナガル先生に呼ばれたらしい。まあ、自分には関係のないことだ。ルナはそう思い、気にしないことにした。
 組み分けが終わると、二人はマクゴナガル先生とともに戻ってきた。同時にダンブルドアが立ち上がった。
「ようこそ!」
 顎ひげを蝋燭の光りで輝かせながら、ダンブルドアは言った。
「ホグワーツにようこそ! 皆にいくつか知らせがある。一つはとても深刻な話だから、素晴らしいご馳走で頭がぼうっとする前に、片付けてしまうほうが良いと思う……」
 ダンブルドアは、咳払いしてから言葉を続けた。
「ホグワーツ特急の捜査があったから皆も知っているだろうが、我が校は今、アズカバンのディメンターたちを受け入れておる。魔法省の問題でここに来ている」
 あの「何か」は、ディメンターだったのだ。セブルスから聞いてルナは知っていた。アズカバンを監視する生き物だ。ディメンターはあんな気味の悪い、ぞっとするような生き物だったのか。
「ディメンターたちは、学校への入口をすべて固めている。あの者たちがここに居るかぎり、はっきり言っておくが、誰も許可なしで学校を離れてはならん。ディメンターは、いたずらや変装に引っ掛かるような愚か者ではない――透明マントでさえも」
「言い訳や嘆願も、ディメンターには通じない。だから、一人ひとりに注意しておく。あの者たちが皆に危害を加える口実を与えるでない。監督生たち、そして新任の男女それぞれの代表監督生よ、頼んだよ。誰一人としてディメンターといざこざを起こすことのないよう、気を付けるんだ」
 数席離れたところに座っていたパーシーは再び胸を張り、もったいぶって周囲を見回した。ダンブルドアはまた言葉を切り、とても深刻な顔つきで大広間を見渡した。誰一人身じろぎをせず、音も立てなかった。
「楽しい話に移ろう」ダンブルドアは続ける。
「嬉しいことに、今年から新任の先生を二人お迎えすることになった。まず、ルーピン先生。有り難いことに、闇魔術に対する防衛術の担当を引き受けてくださった」
 パラパラと、あまり気のない拍手が起こった。ルーピン先生は疲れ切っているような顔をしていて、まだ若く見えるのに白髪交じりの髪をしていた。最高級のローブを着ている教師たちの中で、一層みすぼらしく見えた。
 ふとルナがセブルスを見ると、彼はルーピンを睨んでいた。セブルスが『闇の魔術に対する防衛術』の席を狙っていることは、周知の事実だ。しかし、彼の表情にはぞっとするものがあった。それは怒りを通り越した、憎しみの表情だった。ルーピンもまた、セブルスの同級生なのだろうか。
「もう一人の新任の先生は」
 ルーピンへの熱のこもっていない拍手が止むのを待って、ダンブルドアが続けた。
「いや、すまない、まずケトルバーン先生のことを話そう。『魔法生物飼育学』担当のケトルバーン先生は、残念ながら前年度をもって退職されることになった。手足が残っているうちに、余生を楽しまれたいとのことだ。そこで後任には、嬉しいことに、他ならぬルビウス・ハグリッドが現職の番人と平行して教鞭を執ってくださることになった」
 ルナは驚き、それから皆と一緒に拍手した。特にグリフィンドールから、割れんばかりの拍手が起こる。ハグリッドは夕陽のように真っ赤な顔をして自分の巨大な手を見つめていた。嬉しそうにほころんだ顔は、黒いもつれたひげの中に埋もれていた。
「さて、大事な話は終わった。さあ、祝宴じゃ!」
 目の前の金皿と黄金杯に、突如料理と飲み物が現われた。ルナはそれぞれを取って食べはじめた。
 素晴らしいご馳走だった。大広間には話し声、笑い声、ナイフやフォークの触れ合う音が賑やかに響く。かぼちゃタルトの最後の一欠片が金皿から溶けるように無くなり、ダンブルドアが就寝時間だと宣言した。ハリーたちがハグリッドに駆け寄っているのを見て、自分も行きたかったがセブルスのいる手前、我慢した。
 グリフィンドール寮生と大理石の階段を上がり、すっかり疲れ果てながら、いくつかの廊下を通り、また階段を上がり、グリフィンドール塔への隠された入口に辿り着いた。ピンクのドレスを着た太った婦人の、大きな『肖像画』が尋ねる。
「合言葉は?」
「道を空けて、道を空けて!」
 後ろの群れの中から、パーシーの叫び声がした。
「新しい合言葉は、フォーチュナ・メジャー!」
「あーあ」
 ネビルが悲しげな声を出した。ネビルは合言葉を覚えるのに、いつも苦労していた。
 『肖像画』の裏の穴を通り、談話室を横切ると、女子寮と男子寮に別れ、それぞれの階段を上がって行った。
「あらルナ、猫を買ったの?」
 ケージからココを出していると、隣のハーマイオニーに声をかけられた。
「そうよ、ハーマイオニーも?」
「そう!」
 ハーマイオニーは嬉しそうに猫を抱いた。
「クルックシャンクスっていうの、素敵でしょう?」
 素敵の定義がわからなかったが、ルナは頷いた。二匹を会わせてみれば、彼女たちは打ち解けたようで、ともにちょっかいをかけて遊び始めた。パジャマに着替えたルナたちは、微笑んでその様子を眺めた。猫がいることで、ハーマイオニーと話す機会も増える。ハーマイオニーも猫を飼い始めてよかったと、ルナはひそかに思った。
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