ジャスティンとほとんど首無しニックの二人が一度に襲われたのは、その翌日のことだった。これまでのように単なる不安では済まなくなり、パニックが起こっていた。生徒たちはクリスマスに帰宅するため、ホグワーツ特急の予約に殺到した。
「ルナ、授業に行くわよ」
 その日の昼休みが終わる頃、ハーマイオニーが言った。ルナは立ち上がらなかった。
「ルナ?」
「……私、もうみんなと一緒にいれないわ」
 ルナは食べかけのパンを見つめながら言った。
「どうしたんだい、急に?」
 ロンが向かいに座った。
「私、みんなと一緒に行動できないの。理由は言えないけど……」
「……君の父さんだね?」
 ハリーの声には怒りが混じっていた。ルナはハリーを見ることができなかった。
「君の父さんが、僕たちと行動するなって言ったんだね?」
「ハリー……」
「…………」
 ルナは無言でうつむいた。
「いいさ、父さんの言うとおりにすればいい。君の気持ちはその程度だったって訳だ」
「ハリー、その言い方は――」
「いいの、ハリーの言う通りよ」
 ルナは言った。
「私の気持ちはその程度なの」
 ハリーは何も言わずテーブルを去った。ロンはハリーを追いかけていき、ハーマイオニーだけがその場に残った。
「ルナ、私はあなたとずっと友達でいたいわ。こっそり話しかけてもいい……?」
「うん、ありがとう」
 ルナは微笑んだ。しかし、ハリーと確執が生まれてしまったことは、ルナにとって大きな出来事だった。

 クリスマス休暇が始まった。セブルスと帰宅したルナは、穏やかな時を過ごした。クリスマスにはロンとハーマイオニーからプレゼントが届いた。ハリーからのプレゼントがなかったことはセブルスの機嫌を良くしたけれど、ルナはショックだった。それほどまでにハリーは自分を嫌っているのだ。仕方のないことだったが、ルナは割り切れなかった。
「なぜそんな暗い顔をしてる?」
 夕食の最中、セブルスに声をかけられる。ルナは首を振った。
「……何でもない」
 自分はハリーより、秘密の部屋より何より、セブルスを選んだのだ。悲しむ権利などない。ルナはそう思うことにした。
 ホグワーツに帰ってきたルナは、ロンから結果を聞いた。マルフォイはスリザリンの継承者ではなく、またハーマイオニーはミリセント・バルストロードの猫の毛を入れて飲んでしまい、医務室にいると言う。ルナはハリーには内緒で見舞いに行った。
 二月にはハーマイオニーが復帰し、淡い日差しが差し込む季節がやってきた。同様に城の中には、明るいムードが漂い始めた。ジャスティンとほとんど首無しニックの事件以来、誰も襲われてはいなかったが、マンドレイクが思春期に入ったと、マダム・ポンフリーが嬉しそうに報告した。
 ギルデロイ・ロックハートは、自分が襲撃事件をやめさせたと考えているようだった。変身術の教室の前で列を作って待っている時、ロックハートがマクゴナガル先生にそう話すのを小耳に挟んだ。
「ミネルバ、もう厄介なことはないと思いますよ。今度こそ部屋は、永久に閉ざされました。犯人は、私に捕まるのは時間の問題だと観念したのでしょう。私に徹底的にやられる前にやめたとは、なかなか利口ですね。そう、今学校に必要なことは、気分を盛り上げることです。先学期の嫌な思い出を一掃しましょう! 今はこれ以上申し上げませんけどね、まさにこれだ、という考えがあるんですよ……」
 彼の言う盛り上げが何か、二月十四日の朝食の時に明らかになった。大広間に行くと、壁という壁がけばけばしい大きなピンクの花で覆われ、淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っていた。ハイ・テーブルを見ると、ロックハートもまたけばけばしいピンクのローブを着ていた。
 ルナはげんなりした。ロックハートが手を挙げて、静粛にと合図していた。
「ハッピーバレンタインデー!」
 ロックハートは叫んだ。
「今までのところ、四十六人の皆さんが私にカードをくれました、ありがとう! そうです。皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました――これがすべてではありませんよ!」
 ロックハートが手を叩くと、エントランスホールに続くドアから、無愛想な小人が十二人行進して来た。それもただの小人ではなく、ロックハートが全員に金色の羽を付け、ハープを持たせていた。
「私の愛すべき配達キューピッドです! 今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタインカードを配達します! そして、お楽しみはまだまだこれからですよ! 先生方もこのお祝いのムードを堪能したいと思っていらっしゃるはずです! さあ、スネイプ先生に愛の妙薬の作り方を教えてもらってはどうでしょう! そしてフリットウィック先生は、魅惑魔法について、私が知っているどの魔法使いよりもよくご存知です。素知らぬ顔して憎いですね!」
 フリットウィック先生は両手で顔を覆った。セブルスの方は、愛の妙薬をもらいに来た最初のやつには毒薬を無理やり飲ませてやる、という顔をしていた。
 小人たちは一日中教室に乱入し、バレンタインカードを配って教師たちをうんざりさせた。ルナにカードを渡す生徒はいなかったが、ハリーはジニーから歌をプレゼントされたようで、しばらく囃されていた。
 何日かが平穏に過ぎていき、三月には、マンドレイクが何本か、第三温室で騒がしいパーティを繰り広げていた。スプラウト先生は満足そうだった。
「マンドレイクが互いの植木鉢に入り込もうとしたら、完全に成熟したということです。そうなれば、医務室にいる、あの可哀想な人たちを蘇生させることができますよ」
 復活祭の休暇中に、二年生は新しい課題を与えられた。三年生で選択する科目を決める時期が来たのだ。
 ネビルのところには、親戚中の魔法使いや魔女が手紙で、ああしろこうしろと意見を書いて寄越していた。混乱したネビルは困り果て、数占いと古代ルーン文字学のどちらが難しそうかなどと聞き回っていた。ディーンは目を瞑って杖でリストを指し、その示した科目を選んだ。ハーマイオニーは全科目を登録した。
 ルナは夕食を食べた後にセブルスを訪ね、助言を聞いた。魔法薬学が得意なルナは、その研究家かヒーラーなどといった職種になるといいとセブルスは言った。
「ヒーラー……いいわね、人の役に立てるわ」
「だがヒーラーになれるのは一握りの人間だけだ。それだけ試験が難しい」
「私、挑戦してみる」
 マダム・ポンフリーや聖マンゴ病院で働くヒーラーになれたら、皆の病気や怪我を治してあげられる。何かと危険な目に遭うハリーの役に立てるかもしれない――ルナは決意し、ヒーラーになるのに必要な科目を登録した。
 喧嘩してしまったからと言って、ハリーへの想いがなくなることはなかった。むしろ募る一方だった。しかしルナはその感情を誰にも話さなかった。ハーマイオニーにも誰にも。セブルスにそれが知られないように、胸の中にしまい込んでいた。

 ハッフルパフ対グリフィンドールの試合の日、ルナが大広間へ降りていくと、ハーマイオニーにばったり会った。
「あ、おはようルナ」
「おはよう、何かあったの?」
 ハーマイオニーは急いでいるようだった。聞けば、ちょっと図書室にねと言って去って行った。
 嫌な予感がした。もちろんハリーのことは応援したかったが、ハーマイオニーはマグル生まれだ。生徒の少なくなった城に、一人でいるのは危険だ。ルナは急いで図書室へ向かった。しかし、遅かった。
 図書室への扉がある廊下に、二人の女子生徒が横たわっていた。一人はレイブンクローの生徒、そしてもう一人がハーマイオニーだった。二人とも身動きもせず、目を見開いていた。ルナはがくんと膝をついた。生徒がまたしても、それも身近な人が――友達が、襲われた。何もできない自分が無力だった。
「ミス・スネイプ……?」
 後ろから声をかけられたのは、先生を呼びに行こうと、立ち上がりかけた時だった。振り返ればマクゴナガル先生が立っていた。
「こんなところで何を……」
 マクゴナガル先生は、二人を見てはっと目を見開いた。
「何と言うことでしょう!」
「私、ハーマイオニーが図書室に行くって言ったので、後を追ったんです。そしたら――」
「石化していたのですね……これはあなたの物ですか?」
 マクゴナガル先生は小さな丸い鏡を拾い、言った。
「いえ、違います……」
「では二人のどちらかの物ですね。医務室に二人を運びましょう」
 マクゴナガル先生は担架を二つだし、それぞれに石化した生徒とハーマイオニーをのせると宙に浮かせた。そのまま二人はマクゴナガル先生の杖とともに動き出した。

「全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室に戻るように。それ以後は、決して寮を出てはなりません。授業に行く時は、先生が引率します。トイレに行く時は、必ず先生に付き添ってもらうこと。クィディッチ練習も試合も、すべて延期です。夜は一切、活動してはなりません」
 満員の談話室で、皆は黙ってマクゴナガル先生の話を聞いた。先生は羊皮紙を広げて読み上げた後、紙を巻き、少し声を詰まらせながら言った。
「言うまでもないことですが、私はこれほど悲嘆したことはありません。これまでの襲撃事件の犯人が捕まらないかぎり、学校が閉鎖される可能性もあります。犯人について何か心当たりがある生徒は、申し出るように」
 そして先生は肖像画の穴から出ていった。途端にグリフィンドール生は喋り始めた。
「これでグリフィンドール生は二人やられた。寮付きのゴーストを別にして、レイブンクローが一人、ハッフルパフが一人」
 ウィーズリー兄弟と仲の良いリー・ジョーダンが、指を折って数え上げた。
「先生たちは誰も気づかないのか? スリザリン生はみんな無事だってこと。今度のことは、全部スリザリンに関係してるって、誰にだってわかりそうなもんじゃないか? スリザリンの継承者、スリザリンの怪物――どうしてスリザリン生を追い出さないんだ?」
 リーがそう大声で言うと、皆頷いてパラパラと拍手が起こった。
 ハリーとロンがひそひそと何かを話しているのが見えた。ルナはその輪に入りたかったが、我慢した。
 
 もう夏が来ていた。城の中は何もかもがおかしくなっていた。ダンブルドアは校長職を辞めさせられてしまった。
 ルナはハーマイオニーの見舞いに行こうとしたが、医務室は面会謝絶になっていた。
「危険なことは、もう一切できません」
 マダム・ポンフリーは、医務室のドアの隙間から厳しく言った。
「せっかく来てくれたところ申し訳ありませんが、いけません。患者の息の根を止めに、また襲って来る可能性が十分あります……」
 ダンブルドアがいなくなったことで、恐怖がこれまでになく高まった。廊下に声が響き渡るよう処置が施されたため、笑い声はたちまち押し黙らされてしまった。
 変身術の授業で、マクゴナガル先生が一週間後の六月一日から期末試験がはじまると発表した。
「試験?」
 シェーマスが叫んだ。
「こんな時に、まだ試験があるんですか?」
「こんな時でさえ学校を閉鎖しないのは、皆さんが教育を受けるためです。ですから、試験はいつものように行ないます。皆さん、しっかり勉強していることと思いますが」
 教室中が不満の声で溢れ、マクゴナガル先生はますます顔をしかめた。
「ダンブルドア校長の言付けです。学校はできるだけ普通通りに行います。つまり、言うまでもありませんが、この一年間に皆さんがどれだけ学んだかを確かめるということです」
 最初の試験の三日前、朝食の席で、マクゴナガル先生が再び発表があると言った。
「良い知らせです」
「ダンブルドアが戻って来るんだ!」
「スリザリンの継承者を捕まえたんですね!」
「クィディッチ試合が再開されるんだ!」ウッドが興奮して叫んだ。
 やっと騒ぎが静まったとき、先生は発表した。
「スプラウト先生のお話では、まもなくマンドレイクが収穫できるとのことです。今夜、石化された人たちを蘇生させることができるでしょう。言うまでもありませんが、そのうちの誰か一人が、誰に、または何に襲われたのか話してくれるかもしれません。私はこの一年の恐ろしいでき事が、犯人逮捕で終わりを迎えることができるのではないかと期待しています」
 歓声が爆発した。スリザリンのテーブルを見ると、当然のことながらドラコ・マルフォイは喜んでいなかった。逆にロンは、ここしばらく見せていなかった嬉しそうな顔をしていた。

 次の日、午前の授業を終えたときだった。休み時間の鐘は鳴らず、かわりにマクゴナガル先生の声が魔法で拡声され、廊下に響き渡った。
「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻るように。教師は全員、教員室に大至急集まってください」
 ジニーがいなくなったと知ったのは、談話室に戻ってからだった。ハリー、ロン、フレッド、ジョージたちが片隅に腰掛け、押し黙っていた。パーシーはそこにいなかった。近くにいたラベンダーに声をかけると、ジニー・ウィーズリーが襲われたらしいと教えてくれた。
 午後の時間がこんなに長かったことはなく、これほど混み合っているグリフィンドール塔が、こんなに静かだったことも、いまだかつてなかった。日没近く、フレッドとジョージは寝室に上がっていった。
 やがてハリーとロンは立ち上がり、談話室を出て行った。皆、ウィーズリー兄弟に対する気の毒な気持ちから何も言えず、ハリーとロンが肖像画の穴から出ていくのを誰も止めなかった。きっとジニーを助けに行ったのだろう。ルナも行きたかったが、自分を抑えた。
 翌日、石化していた生徒たちはセブルスの作ったマンドレイク回復薬で石化が解けた。それだけでも嬉しかったのに、ハリーとロンはジニーを連れて帰ってきた。彼らとジニーの無事を祈っていたルナは、思わず泣いてしまった。
「ルナ! どうして泣いてるの?」
 ハーマイオニーに聞かれ、ルナは眼鏡をおし上げ、しゃくり上げながら答えた。
「よ、よかったな、と思って……」
 そのときハリーと目が合った。彼は自分に笑みを向けてくれた。それだけで救われるような気持ちだった。
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