ピクシーの悲惨な事件以来、ロックハートは教室に生物を持って来なくなった。そのかわり、自分の著書を拾い読みし、時には、その中でもスリリングな場面を演じて見せた。状況を再現する時、大抵ハリーを指名して自分の相手役を務めさせた。
 今日の闇魔術に対する防衛術の授業でも、また皆の前に出され、狼人間をやらされることになった。ロックハートの機嫌はハリーの演技にかかっている。ルナは上手くいくよう願った。
「ハリー、大きく吼えて――そう、そう――そして、信じられないかもしれませんが、私は飛び掛かった――こんなふうに――相手を床に叩きつけた――こうして片手で何とか押さえつけ――もう一方の手で杖を喉元に突きつけ――それから残った力を振り絞って非常に複雑な異形戻し魔法をかけた――敵は哀れな呻き声を上げ、ハリー、さあ呻いて――もっと高い声で――そう――毛が抜け落ち――牙は縮み――そいつは人間の姿に。簡単だが効果的です――こうして、その村も満月のたびに、狼人間に襲われる恐怖から救われ、私を永久に英雄として称えることになったわけです」
 授業終了の鐘が鳴り、ロックハートは立ち上がった。
「宿題。ウォガウォガ(オーストラリアの内陸都市)の狼人間が私に敗北したことについての詩を書くこと! 一番よく書けた生徒には、サイン入りの『私はマジックだ』を進呈!」
 皆が教室から出ていき始めた。
「いいかい?」
 ハリーは呟いた。
「みんないなくなるまで待つのよ。いいわ……」
 ハーマイオニーは用紙をしっかり握りしめ、ロックハートの机に近づいた。ルナとハリーとロンがすぐ後からついていった。
「あのー――ロックハート先生? 私、あの――図書室からこの本を借りたいんです。参考に読むだけです」
 ハーマイオニーは口ごもりながら紙を差し出した。その手はかすかに震えていた。
「問題はこれが禁書棚にあって、それで、どなたか先生にサインをいただかないといけないんです――先生の『グールとの散策』に出てくる、遅効性の毒を理解するのに、きっと役に立つと思います……」
「ああ、『グールとの散策』ね!」
 ロックハートは紙を受け取り、ハーマイオニーににっこりと笑い掛けた。
「私の一番のお気に入りと言えるかもしれない。面白かったかい?」
「はい、先生。本当に素晴らしいです。先生が最後のグールを、茶こしで引っ掛けるやり方なんて……」
 ハーマイオニーは熱を込めて言った。いいぞ、ハーマイオニー。
「そうだね、学年の最優秀生をちょっと応援してあげても、誰も文句は言わないだろう」
 ロックハートはにこやかにそう言うと、とてつもなく大きなクジャクの羽ペンを取り出した。
 大きなループの多い文字ですらすらとサインをし、それをハーマイオニーに返した。
 ハーマイオニーがもたもたとそれを丸め、鞄に滑り込ませている間、ロックハートが「それで、ハリー」と話し掛けた。
「明日はシーズン最初のクィディッチ試合だったね? グリフィンドール対スリザリン。そうだろう? 君はなかなか役に立つ選手だって聞いてるよ。私もシーカーだった。ナショナル・チームに入らないかと誘いも受けたんだけどね。闇の力を根絶させることに生涯を捧げる生き方を選んだんだ。軽い個人練習をする時は、遠慮なく言ってくれ。いつでも喜んで、私より劣る選手には経験を伝授するよ……」
 ハリーは喉から曖昧な声を出し、四人は教室を出た。
「信じられないよ。僕たちが何の本を借りるのか、見もしなかった」
「そりゃ、あいつ、能なしだから。まあどうでもいいけど。俺たちは欲しい物を手に入れたんだし」
「能なしなんかじゃないわ」
 図書室に向かって半分走りながら、ハーマイオニーが鋭く抗議した。
「君が学年で最優秀の生徒だって、あいつがそう言ったからね……」
 押し殺したような静けさが漂う図書室に入り、四人とも声をひそめた。
 司書のマダム・ピンスは痩せていて怒りっぽく、飢えたハゲワシのような女性だった。
「『もっとも強力な調合薬』?」
 マダム・ピンスは怪訝そうに聞き返し、許可証を受け取ろうとしたが、ハーマイオニーは離さなかった。
「これ、私が持っててもいいでしょうか」
「ああ、やめろよ」
 ロンが紙をむしり取って、マダム・ピンスに差し出した。
「サインならまた貰ってやるよ。ロックハートなら、その間だけ動かない物なら、何にでもサインするさ」
 マダム・ピンスは偽物なら何が何でも見破ってやるというように、紙を明かりに透かして見ていた。しかし、検査は無事通過した。見上げるような書棚の間を、マダム・ピンスは大股で歩いていき、数分後には大きなカビ臭さそうな本を持って来た。ハーマイオニーが大事そうにそれを鞄に入れると、四人はあまり慌てているように見えないよう、うしろめたそうに見えないよう注意しながら、その場を離れた。
 五分後、四人は嘆きのマートルの故障中のトイレに再び籠もった。ハーマイオニーは、まともな神経をした人はこんなところに絶対来ないというロンの異議を却下した。だからこそ、ここなら皆のプライバシーが保証されるというのが理由だった。嘆きのマートルは自分の個室でうるさく泣き喚いていたが、四人はマートルを無視し、マートルも四人を無視していた。
 ハーマイオニーが『もっとも強力な調合薬』を注意深く開き、湿って染みだらけのページに四人は覆い被さるように覗き込んだ。そうだ、こんな本だったとルナは思い出した。挿絵が――気味の悪いものだったが――が描かれていることから、ルナは幼い頃好んでこの本を読んでいた。
「あったわ」
 ハーマイオニーは興奮しながらポリジュース薬という題の付いたページを指した。そこには、他人に変身していく途中のイラストが描かれていた。挿絵の表情がとても痛そうだった。
「こんなに複雑な調合薬は、初めてお目に掛かるわ」
 調合法にざっと目を通しながらハーマイオニーが言い、材料のリストを指で追った。
「クサカゲロウ、ヒル、フラックスウィードにニワヤナギ。うん、こんなのは簡単ね。生徒用の材料棚にあるから勝手に取れるわ。わ、見てよ。バイコーン(二角獣)の角の粉末――これ、どこで手に入れたらいいかわからないわ……ブームスラン(サバンナに棲む猛毒を持つ蛇)の皮の断片――これも難しいわね――それに、当然だけど、変身したい相手の一部」
「何だって?」
 ロンが鋭く言った。
「どういう意味? 変身したい相手の一部って。クラッブの足の爪なんか入ってたら、絶対飲まないぞ……」
 ハーマイオニーは何も聞こえなかったかのように話し続けた。
「でも、それはまだ心配する必要はないわ。最後に入れればいいんだから……」
「ハーマイオニー、どんなにいろいろ盗まなきゃならないか、わかってる? ブームスランの皮の断片なんて、生徒用の棚には絶対にあるはずないし。どうするんだい? スネイプ先生の個人用保管庫に盗みに入る? うまくいかないような気がするけど……」
 ハーマイオニーは音を立てて本を閉じた。
「そう、二人とも怖じ気ついてやめるって言うなら、結構よ」
 ハーマイオニーの頬は赤みが差し、目はいつもより輝いていた。
「私は校則を破りたくはない。わかってるでしょう? だけどマグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい調合薬を煎じることよりずっと悪いことだと思うの。二人ともマルフォイがやったのかどうか知りたくないっていうなら、これから真っ直ぐマダム・ピンスのところへ行って本を返してくるわ……ルナ、あなたはどう?」
「私はやるわ」
 ルナは即答した。マルフォイが継承者である可能性があるのなら、やる価値はある。
 ロンは諦めたように言った。
「俺たちに校則を破れって、君が説教する日が来るとは思わなかったぜ。わかった、やるよ……ルナもやるしな。けど足の爪だけは勘弁してくれ。いいかい?」
 ハーマイオニーが機嫌を直してまた本を開いたところで、「作るのにどれくらいかかるんだい?」とハリーは尋ねた。
「そうね。フラックスウィードは満月の時に摘まなきゃならないし、クサカゲロウは二十一日間煮込む必要があるから……そう、材料が全部手に入れば、だいたい一ヶ月でできると思うわ」
「一ヶ月も? その間にマルフォイは、校内のマグル生まれの半分は襲ってる!」
 ハーマイオニーの目がまた吊り上がり、険しい顔になってきたので、ロンは慌てて付け足した。
「でも、今のところそれが最良の計画だな。全力で取り掛かろう」

 翌日、グリフィンドールとスリザリンの試合が始まった。
 グリフィンドールの選手がピッチに入場すると、ワッと声が上がった。ほとんどが声援だった。レイブンクローもハッフルパフも、スリザリンが負けるところを見たくてたまらないのだ。それでも、群衆の中から、スリザリン生のブーイングや野次もしっかり聞こえた。
 歓声とともに、十四人の選手たちは鉛色の空へ舞い上がった。ハリーはスニッチを探すため、皆より高く上がった。マルフォイはハリーのそのすぐ下を飛んでいた。
 やがてルナは、ブラッジャーがハリーの後を追っていることに気づいた。どういうことだろう。ブラッジャーがこんなふうに一人の選手を狙うことはない。
 フレッドがブラッジャーを打って逸らしても、それはハリー目がけて突進していた。ルナは気が気ではなかった。いつハリーの頭にブラッジャーが当たってもおかしくはない。
 雨が降り出した。スリザリンが六〇点リードしていた。
 ウッドはタイムを取り、ハリー、フレッド、ジョージの三人は、狂ったブラッジャーを避けながら地面に急降下した。ブラッジャーについて話し合っているようだった。
 雨はますます激しくなっていた。マダム・フーチのホイッスルで、ハリーは強く地面を蹴り、空に舞い上がった。あのブラッジャーが後を追って来た。高く、高く、ハリーは昇っていった。
 輪を描き、急降下し、螺旋、ジグザグに動き回った。ブラッジャーを避けようとしているのだ。ハリーは競技場の縁に沿って、ジェットコースターのような動きをし始めた。
 そしてハリーは急に動きをやめ、空中で立ち往生した。何か考えているのだろうか。ルナはハリーに近づくブラッジャーに気づいた。危ない、と叫んだ途端――ブラッジャーはハリーの腕に激突した。
 ハリーはずぶ濡れの箒の上で横に滑った。右腕をぶら下げ、片足の膝だけで箒に引っ掛かっていた。ブラッジャーが二度目の攻撃をしようと突進して来た。今度は顔を狙っていた。ハリーはそれをかわした。そして、マルフォイの方へ急降下した。
 ハリーは手を箒から離し、激しく空を掻いた。そして、真っ直ぐに地面に向かって突っ込んだ。スニッチを掴んだのだ。
 バシャッとハリーは泥の中に落ち、箒から転がり落ちた。腕が不自然な方向にぶら下がっていた。折れてしまっているようだった。ルナはハリーの元に駆け出した。ロンとハーマイオニーが後に続いた。
「ハリー! ハリー、大丈夫!?」
 ハリーは気を失っているようだったが、ルナの呼びかけに目を開いた。
「ルナ……?」
「ちょっとどいてくれないかい?」
 ロックハートがルナの後ろから現れた。
「ああ、やめてくれ、よりによって」
 ハリーは呻いた。
「ハリー、心配するな。私が君の腕を治して上げよう」
「やめて! 腕はこのままにしておきたい。かまわないで……」
 ハリーは上半身を起こそうとしたが、痛みで起き上がれないようだった。すぐ傍でカシャッという音がした。
「コリン、こんな写真は撮らないでくれ!」
「横になって、ハリー。この私が数え切れないほど使った、簡単な魔法だから」
「医務室に行かせてもらえませんか?」
「先生、そうするべきです」
 泥だらけのウッドが言った。チームのシーカーが怪我しているのだが、ウッドは笑顔を堪えきれないでいた。
「ハリー、大きな勝利だ。本当によくやった、君の活躍は今までで最高だった」
「みんな、下がって」
 ロックハートが翡翠色の袖をたくし上げた。
「やめて――駄目――」
 ハリーの弱々しい声に、ルナはいてもたってもいられなかった。ロックハートに杖を向け、「エクスペリアームス!」と叫んでいた。ロックハートの杖がルナの手に収まる。ロックハートは何が起こったのかわからなかったようだった。その隙にルナは言った。
「ウッド、ハリーを医務室に連れてって!」
「あ、ああ……」
 ウッドは気を取り直したように頷き、ハリーを起こした。ハリーはウッドに抱えられながら、こちらに「ありがとう」と言った。ルナはその言葉だけで、やった甲斐があったと思った。
「……ミス・スネイプ」
 ロックハートは何をされたかわかったようだった。少し怒っているようだった。
「君の父親はスネイプ先生だったね? スネイプ先生が、君が教師に魔法を唱えたと知ったら、果たしてどう思うか――」
「きっと、何か理由があったと思うでしょうな」
 セブルスがルナの背後から現れた。彼は怒っていないようだった。
「後は親である私が引き取ります――ルナ、来い」
 大勢の視線を後にして、セブルスと城へ向かった。雨はいつの間にか上がっていた。
「で、どうしてロックハートに杖を向けた? まあ、予想は着くが」
 二人で歩きながらセブルスは言った。ルナは応えた。
「ロックハート先生がハリーの折れた腕を治そうとしたの。ハリーはすごく嫌がってたし、先生がまともに魔法をかけてるところを見たことないから、思わず……」
 セブルスは大きなため息をついた。
「ポッターに関わるのはやめろと言っているだろう」
「そう言われても、やめないよ」
「ロックハートにそんな頭はなかったが、もしかしたらグリフィンドールが減点されていたかもしれんぞ」
「…………」
 城の扉を開け、セブルスは言った。
「とにかく、ポッターには――ポッターにだけは関わるのをやめろ、いいな?」
「なんで?」
「ポッターはお前に悪影響を与えるからだ」
「それはセブルスから見て、ハリーが嫌な奴に見えるからだわ。実際のハリーは――」
「そんな御託はいい……ポッターとは関わるな。あとその杖を返しとけ」
「あ」
 ルナはロックハートの杖をまだ手に持っていたことに気づいた。セブルスは地下への階段を降りていった。
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