二人とも無事に罰則を終えたが、ハリーはロックハートの部屋で不穏な声が聞こえたと言った。
「ロックハートには聞こえなかったんでしょう?」
 ルナが尋ねれば、ハリーは頷いた。
「うん。本当に聞こえてないみたいだった」
「何なんだろうね……」
「うーん、わからない」
 考えても仕方がないことだったので、その話はそこで終わった。しかし、ハロウィーンの日にハリーたちと参加した命日パーティー――ほとんど首なしニックのおかげでフィルチから逃れたハリーは、ハロウィーンの日に行われる命日パーティーに行くと約束した――の帰り道、ハリーは急に立ち止まり、石壁に耳をつけた。そして目を細め、かすかな明かりに照らされた通路の隅々までじっと見回した。
「ハリー、何を――?」
「またあの声なんだ――ちょっと黙ってて――ほら、聞こえる!」
 何も聞こえなかった。それはロンとハーマイオニーも同じだったらしく、愕然とハリーを見つめていた。
 ハリーはルナたちの様子に気づいていないようで、暗い天井をじっと見上げた。
「こっちだ!」
 ハリーはそう叫ぶと、階段を駆け上がってエントランスホールへ出た。しかし、そこはハロウィーンパーティーのお喋りが大広間から響いていた。ハリーは大理石の階段を全速力で駆け上がり、二階に出た。ルナたちもバタバタと後に続いた。
「ハリー、いったい俺たち何を――」
「シーッ!」
 ハリーは耳をそばだてているようだった。
「誰かを殺すつもりだ!」
 そう叫ぶなり、ハリーは三階への階段を一度に三段ずつ駆け上がった。
 ハリーは三階をくまなく動き回った。ルナたちはあとをついて回った。角を曲がり、最後の誰もいない廊下に出たとき、ハリーはやっと動くのをやめた。
「ハリー、いったいこれはどういうことだい?」
 ロンが額の汗を拭いながら言った。
「俺には何も聞こえなかった……」
 しかしハーマイオニーは、ハッと息を呑んで廊下の隅を指差した。
「見て!」
 壁に何かが光っていた。四人は暗がりに目を凝らしながら、そっと近づいた。窓と窓の間の壁の、一フィートほどの高さのところに文字が塗られ、松明に照らされて鈍い光を放っていた。

 秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ

「何だ――あの下にぶら下がってるのは?」
 近づきながら、ハリーは危うく滑りそうになった。床に大きな水溜りができていた。三人でハリーを受け止めた。壁に少しずつ近づきながら、四人は文字の下の暗い影に目を凝らした。すぐに、それが何かわかった。
 管理人の飼い猫ミセス・ノリスが、松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっていた。身体を硬直させ、目はカッと見開いていた。
 しばらくの間、四人は動かなかった。そしてロンが言った。
「ここを離れよう」
「助けるべきじゃないか――」
「俺の言う通りにして。ここにいるところを見られない方がいい」
 しかし、遅かった。遠い雷鳴のようなざわめきが聞こえた。パーティーが終わったようだ。三人が立っている廊下の両側から、階段を上がって来る何百という足音、満腹で楽しげなざわめきが聞こえ、次の瞬間、生徒たちが両側から現れた。
 前にいた生徒がぶら下がった猫を見つけた途端、話し声も、ざわめきも消えた。ルナ、ハリー、ロン、ハーマイオニーは廊下の中央に立っていた。不気味な光景を見ようとして押し合っていた群れに、沈黙が広がった。
 そして、誰かがその静けさを破った。
「継承者の敵よ、気をつけろ! 次はおまえたちの番だぞ、穢れた血め!」
 ドラコ・マルフォイだった。人垣を押し除け最前列に進み出たマルフォイは、冷たい目に生気を漲らせ、いつもは血の気のない顔に赤みを差しながら、ぶらさがったまま動かない猫を見てうすら笑った。
「何だ? 何事だ?」
 マルフォイの大声に引きつけられ、アーガス・フィルチが肩で人混みを押し除けてやって来た。ミセス・ノリスを見た途端、フィルチは恐怖のあまり手で顔を覆い、後ずさった。
「私の猫だ! 私の! ミセス・ノリスに何が起こった?」
 フィルチは金切り声で叫び、飛び出した目でハリーを見た。
「おまえだな! おまえだ! おまえが私の猫を殺した! あの子を殺したのはおまえだ! 私がおまえを殺してやる! 私が――」
「アーガス!」
 ダンブルドアが数人の教師を従えて来た。ダンブルドアは素早く四人の脇を通り抜け、ミセス・ノリスを松明の腕木から外して呼び掛けた。
「アーガス、一緒に来なさい。ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・スネイプ、ミス・グレンジャー。君たちも来なさい」
 これは偉いことになった。セブルスの怪訝そうな視線を感じながらルナは思った。あのときロンの言うとおり逃げればよかったのだ、と後悔しても遅い。
 ロックハートが前に進み出た。
「校長先生、私の部屋が一番近いです――すぐ上なので――どうぞご自由に――」
「ありがとう、ギルデロイ」
 人垣が無言のまま左右に割れて、一行を通した。ロックハートは得意げにダンブルドアの後に従った。マクゴナガル先生もセブルスもその後に続いた。
 明かりの消えたロックハートの部屋に入ると、何やら壁面があたふたと動いた。壁に目をやると、写真の中のロックハートが何人か、髪にカーラーを巻いたまま物陰に隠れた。もしかしてすべて自画像なのだろうか。本物のロックハートは机の蝋燭を灯し、後ろに下がった。ダンブルドアはミセス・ノリスを磨き上げられた机に置き、調べ始めた。ルナたちは緊張した面持ちで見交わすと、蝋燭の明かりが届かないところにある椅子に座り、じっと様子を眺めた。
 ダンブルドアは長い指でそっと突付いたり刺激したりしながら、半月形の眼鏡を通してミセス・ノリスを隈なく調べた。マクゴナガル先生も身を屈めてほとんど同じくらいに近づき、目を凝らして見ていた。セブルスはその後ろにぼんやりと、半分影の中に立ち、じっとこちらを見つめていた。怒っているのだとルナは思ったが、違うようだった。何だか疑っているような、そんな視線だった。そして、ロックハートは皆の周りをうろうろしながら、あれやこれやと意見を述べ立てていた。
「猫を殺したのは、呪いに違いありません――たぶん異形変身拷問でしょう。何度も見たことがあります。私がその場にいなかったのは、まことに残念。猫を救う、ぴったりの反対呪文を知ってましたのに……」
 ロックハートの意見は、涙も枯れたフィルチの激しくしゃくり上げる声で中断された。フィルチは机の脇の椅子に座り込み、手で顔を覆ったまま、ミセス・ノリスをまともに見ることさえできないようだった。この時ばかりはルナも少し可哀想に思った。
 ダンブルドアは不思議な言葉を呟き、ミセス・ノリスを杖で軽く叩いた。しかし、何も起きなかった。ミセス・ノリスは、つい最近剥製になったばかりの猫のように見えた。
「……そう、非常によく似た事件がワガドゥグー(ブルキナファソの首都)で起こったことがありました。次々と襲われる事件で、私の自伝に一部始終書いてあります。私が町の住人にいろいろな魔除けを授けましてね、あっという間に一件落着でした……」
 壁の写真のロックハートが、話に合わせて一斉に頷いていた。一人はヘアネットを外すのを忘れていた。
 ダンブルドアがようやく身体を起こし、優しく言った。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
 ロックハートはこれまで自分が未然に防いだ殺人事件の件数を数えている最中だったが、慌てて数えるのをやめた。
「死んでいない?」
 フィルチが声を詰まらせ、指の間からミセス・ノリスを覗き見た。
「じゃ、どうしてこんなに――こんなに固まって、冷たくなって」
「石化しただけだ。ただ、どうしてそうなったのか、私には答えられん……」
「あいつに聞いてくれ!」
 フィルチは涙で汚れ、まだらに赤くなった顔でハリーを振り向いた。
「二年生に、こんなことができるはずがない」
 ダンブルドアはきっぱり言った。
「もっとも高度な闇魔術を以てして、初めて――」
「あいつがやったんだ、あいつだ! あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう! あいつは見たんだ――私の部屋で――あいつは知ってるんだ、私が――私が――」
 フィルチの顔は苦しげに歪んだ。
「私がスクイブだって知ってるんだ!」
「ミセス・ノリスに指一本触れていません!」
 ハリーは大声で言った。
「それに僕、スクイブが何なのかも知りません」
「バカな! あいつはクイックスペルの手紙を見やがった!」
「校長、一言よろしいですかな」
 影の中からセブルスの声がした。
「ポッターもルナたちも、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれません」
 セブルスは、口元をかすかに歪めて冷笑していた。冷たい表情にルナは愕然とした。
「とはいえ、一連の疑惑があります。何故彼らは三階の廊下にいたのか? 何故ハロウィーンパーティーにいなかったのか?」
「……ゴーストが何百人もいましたから、僕たちがそこにいたと、証言してくれるでしょう――」
「では、その後パーティに来なかったのは何故だ? 何故、あそこの廊下に行ったのかね?」
 ルナたちがハリーを見た。
「それは――つまり――疲れたので、ベッドに行きたかったものですから」
「夕食も食べずにか?」
 セブルスは勝ち誇ったような笑みをちらつかせた。
「ゴーストのパーティで、生きた人間に相応しい食べ物が出るとは思えんが」
「僕たち、空腹ではありませんでした」
 ロンが大声でそう言った途端、彼の腹が大きく鳴った。セブルスは嫌な笑みを浮かべた。生徒をいびるときのセブルスはなんだか生き生きしている。
「校長、ポッターがまったく正直な話をしているとは言えません。すべてを正直に話す気になるまで、彼の権利をいくつか取り上げるのがよろしいかと思います。私としては、彼が告白するまでグリフィンドールのクィディッチ・チームから外すのが適切かと」
「そうお思いですか、セブルス」
 マクゴナガル先生が鋭く切り込んだ。
「私には、この子がクィディッチをするのを止める理由がわかりません。この猫は箒の柄で頭を打たれたわけではありません。ポッターがやったという証拠は何一つないのです」
 ダンブルドアはハリーに探るような目を向けた。
「疑わしきは罰せずだよ、セブルス」
 ダンブルドアがきっぱりとそう言い、セブルスは憤概したようだった。フィルチもまたそうだった。彼は目を飛び出させ、金切り声を上げた。
「私の猫が石にされたんだ! 処罰を受けさせなければおさまらん!」
「アーガス、君の猫は治してあげられる。スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを回復させる薬を作ってもらおう」
「私がお作りしましょう」
 ロックハートが口を挟んだ。
「私は何百回作ったかわからないくらいですよ。マンドレイク回復薬なんて、眠ってたって作れます――」
「失礼だが――この学校では、私が調合薬学担当教師のはずだが」
 気まずい沈黙が流れた。
「帰ってよろしい」
 ダンブルドアがそう言ったが、セブルスはルナを呼び止めた。
「ルナ、一緒に来い」
 セブルスと共に地下へ降りる。二人とも研究室に入るまで無言だった。
「……石化の魔法はかけてないよな?」
 扉を閉めるなりセブルスは言った。ルナは戸惑いながらも応えた。
「かけてないよ。そんな魔法知らないもの」
「なら、いい」
 セブルスはソファに座った。ルナもその隣に座る。
「なんで私がかけたんじゃないかって思ったの?」
「あの家には闇の魔術に関する本がある。君を引き取ってから大分処分はしたが……」
「私が隠れて読んでたって思ったの?」
「君を信じていないわけじゃないが、そうだ。疑って悪かった」
 セブルスは謝った。セブルスが謝罪するなど、ハリーには想像もつかないだろう。
「いいわ、許す」
 ルナは眼鏡を外して微笑んだ。セブルスもまた、口角を上げた。セブルスに笑みを向けられる生徒は、果たして何人いるだろう。ほんの少し、優越感があった。
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