ナマエ・ミョウジは恋をしていた。その相手は顔が良くて、背が高くて、皆とすぐ打解けるようなモテモテの男ではない。むしろその逆で、べたべたの長い髪に大きな鉤鼻、顔はお世辞にもかっこいいとは言えず(しかしナマエにはかっこよく見える)、背は低くギクシャクと蜘蛛のように歩く。誰かとすぐに打ち解けることはなく、女子は皆敬遠するような、そんな男だった。
ナマエが彼、セブルス・スネイプを想うようになったのは、とある日の魔法薬学のこと。当時三年生だったナマエは成績も良くなく、スラグホーンは何を思ってかセブルスとペアを組ませた。
「よ、よろしくね……」
「……ああ」
セブルスは頷いたが、どうしてこんな成績の悪いやつと組まされるのか、と言いたげに、不機嫌そうに眉根を寄せていた。またナマエもセブルスのことは苦手だった。というより、スリザリンの人達全般が苦手だった。何よりも純血を重んじ、マグル生まれを穢れた血と蔑む彼らとは反りが合わない。平和主義、ハッフルパフのナマエにとって、スリザリンの人々は恐れるべき人々だった。
作るのは縮み薬。雛菊の根を刻み、ヒルの汁に萎びイチジクを入れるまではよかった。その後は10回時計回りに混ぜてから死んだ芋虫をいれなければならなかったが、ナマエはかき混ぜずに芋虫を入れてしまった。そしてその瞬間を、セブルスは見逃さなかった。
「危な――っ」
ナマエはセブルスに腕を引っ張られ、そのまま倒された。次の瞬間、ばんっと鍋が爆発した。
「なんだ!?」
「大丈夫かね?」
スラグホーンがバタバタとこちらにやってくる。その声に、目の前のセブルスは答えた。
「大丈夫です……」
ナマエはセブルスに押し倒されるようにして床に寝ていた。あまりの近さに胸がドキドキしていて、何も言えなかった。
セブルスが立ち上がったのを見て、ナマエもゆっくり立ち上がる。
「あのなあ……ここにかき混ぜてから入れろって書いてあるだろ? なぜその通りにしない?」
セブルスは心底不可解だ、というような顔で責めるように言った。ナマエはまだ心臓が治まっておらず、ぼんやりしながら「ごめんなさい」と謝った。それからセブルスは無言で難なく調合をし、ナマエは爆発した鍋の後片付けをした。
「災難だったね」
授業が終わりハッフルパフの友達に同情される。ナマエはうんと頷いた。
「次は薬草学だっけ?」
「……うん」
「……大丈夫? なんか心ここに在らずだけど」
「あっ!」
ナマエははっと気づいた。彼にお礼を言っていない。
「どうしよう、私お礼言うの忘れた……」
「そんなんいいでしょ、スリザリンなんだから」
「でも私助けてもらったし……」
だからといって、面と向かって礼を言うのはドキドキしてしまい、恥ずかしかった。ナマエは手紙を書くことにした。ハニーデュークスで買ったチョコを付けて。
結果としてセブルスから返事は返ってこなかった。けれどナマエは手紙を送っただけで十分だった。さすがにあなたのことが好きになりました、なんてことは書かなかったが、自分の周りのことも書いて送っていた。
またセブルスに手紙を送ろうと思ったのは、夕食を食べるセブルスを遠目で見ている時だった。彼の視線の先にはいつも、とある少女がいた。リリー・エヴァンス。たっぷりとした赤毛に緑の瞳が印象的な美人だ。セブルスの視線に気づかず、グリフィンドールの席で友達と話しながら食べている。
彼がエヴァンスを好いているのはわかっていた。嫉妬の感情も湧かなかった。だって彼女は自分より秀でている。優秀で、顔も良くて、性格もいい。好きになるのも当然のような気がした。
もうセブルスに、自分の感情を知ってもらおう。それが報われない恋だとしても、このまま何も伝えないよりはいい。ナマエは筆を執った。自分の思いを余すところなく書き、震える手でふくろうに括りつけた。
返事はいらないと書いておいたが、予想に反してセブルスは返事をくれた。手紙には一文だけ、「ありがとう」と神経質そうな細い字で書かれていた。ナマエは文を抱きしめた。セブルスに対する思いはこれ以上なく高まっていた。本来諦めるつもりだったのに、こんな手紙を送られてはどうしようもない。ナマエはセブルスをずっと好きでいるだろうと確信していた。初恋は実らなかったけれど、思い続けることくらいはしてもいいだろう。
ナマエはセブルスを遠くから見つめ、彼を想い続けた。セブルスがマルシベールたちと共にデスイーターになると聞いた時には驚いたが、闇の魔術に詳しいとは聞いていたので納得する部分もあった。正直に言えば少し、がっかりした。結局セブルスもスリザリン生だったのだ。それでもナマエの想いが消えることはなかった。ナマエの愛はいつの間にか深いものになっていだ。いつか目を覚ましますように。卒業セレモニーの中、前を向いて座っているセブルスを見て、そう願った。

ナマエは全ての教科において出来が悪かった訳ではなく、唯一薬草学だけは才能があった。神はナマエを見捨てていなかったのだ。ナマエは卒業後もホグワーツに残り、スプラウト先生の助手となった。
ホグワーツで働くということは、不死鳥の騎士団に入るということだ。ナマエは今まで別の世界の人間だと思っていた、ジェームズ・ポッターやシリウス・ブラック――そして、リリー・エヴァンスと知り合うことになった。なんと、エヴァンスはナマエを知っていた。ホグワーツで紹介された際、彼女はこう言ったのだ。
「ナマエ、でしょう? 知ってるわ」
「どうして? 私、目立ってた?」
成績が良くないから、悪い意味で目立っていたのかもしれない。ナマエは良くない方向に考えたが、リリーは首を振った。そしてポッターの方を確認すると、ナマエの耳元に近づいてこう言った。
「……あなたがスネイプをよく見ていたから、知ってたの」
ナマエははっとリリーを見た。リリーは自分がセブルスに好意を持っていたことに気づいていた。なぜ自分がセブルスを見ていたとわかったのだろう。リリーもまた、セブルスを見ていたのだろうか。ナマエはその言葉の真意を知りたかったが、それからはリリーと二人で話す機会はなかった。戦争に身を投じることになったからだ。

戦争で多くの人々が亡くなった。ピーター・ぺティグリュー(シリウスがマグルたちと共に殺したと聞いた時は血の気が引いた)、ジェームズ・ポッター、そしてリリー・ポッター。リリーは幼い子供、ハリーを守って死んだ。そしてハリーは、なんと例のあの人を倒した。デスイーターは皆離散し、一部は罪を裁かれ、また一部は無実を主張しアズカバンを逃れた。ナマエが一番気にかけていたセブルスは、ダンブルドアの言葉により無罪にされ、ここホグワーツで働くことになった。
ナマエは喜んでいいのか、先生たちと共に反対した方がいいのか、複雑な気持ちだった。無罪になったとはいえ、セブルスがマグルやオーラーを攻撃するデスイーターだったという事実は消えない。
セブルスが赴任してきた日、ナマエは数年ぶりに彼を見た。ベタベタの髪に大きな鉤鼻、不健康そうな肌色は変わらない。背は以前よりも少し伸びているように思えた。全身真っ黒の格好をしたセブルスは、やはり陽か陰かで言えば「陰」なのだろう。
ダンブルドアに促され簡単に挨拶をしたセブルスに、ほかの先生方の気のない拍手がパラパラと鳴った。セブルスと再び会えたことに感動していたナマエも、慌てて拍手する。ふと、セブルスと目が合った。何もしないのも失礼なので、会釈する。セブルスはすぐに目を逸らした。
「では、解散」の一言で先生方は職員室を出たり、自分の机に戻ったりしていた。ナマエはセブルスに話しかけようか迷ったが、その迷いも杞憂に終わった。セブルスはナマエが話しかける前に出ていってしまったからだ。落胆するナマエに、ダンブルドアが話しかけてきた。
「……セブルスが気になるかね?」
全てを見透かすような瞳。目を合わせていられずナマエは下を向いた。
「気になると言えば……気になります」
「セブルスを気にかけてくれて嬉しい……仲良くしてやってくれ」
まるでセブルスの祖父のような言い方に驚きつつも頷く。ダンブルドアはにっこりと笑って去っていった。

薬草学助手の朝は早い。日の出とともに起き、水やりをするためハウスへ行く。中には日が出て1時間以内に水をやらなければ枯れてしまう薬草もあり、ナマエは絶対に寝坊できない。朝の涼しい空気を感じながらピョンピョン球根に水をやっていると、ふと名前を呼ばれた。
「……ミョウジ」
ハッとして振り向く。そこにはセブルスが立っていた。
「セ、セブルス……どうしたの?」
内心バクバクしていたが、平静を装い問いかける。
「今日は朝から授業がある。眠り薬を作るんだがアスフォデルの球根はあるか?」
「ああ、あるわ」
ちょうど先日、スプラウト先生と共にアスフォデルの球根を粉末にしていたのだ。
ハウス裏の小屋にセブルスと行き、袋に入れた粉末を渡す。
「どうぞ……」
「ありがとう」
その言葉が、声が、学生時代に貰った手紙を思い出し、ナマエは顔に熱が集まるのを感じた。思えば自分は目の前の男に告白しているのだ。どうしようもなく恥ずかしい。穴があったら入りたい。
セブルスはそんなナマエの様子を怪訝そうに見た。
「どうした、何を赤くなっている?」
「な、何でも!」
「まさか」とセブルスは言った。何も言わないでとナマエは祈ったが、セブルスは言った。言ってしまった。
「君は今も私を好いているのか……?」
これ以上顔が熱くなることは、きっと後にも先にもないだろう。否定することもできず頷けば、セブルスはただ、「そうか」と言って、小屋を出ていった。残されたナマエは一人うずくまる。セブルスに告白してしまった。二度目の告白だ。脈ナシだとわかっているのに。ナマエは泣きそうになった。自分はなんてことをしてしまったのだろう。
幸いにも、セブルスはナマエの告白を何とも思っていないようだった(それはそれでどうかと思うが)。ナマエが水やりする頃――決まって朝か晩――に現れ、薬学の材料を持っていく。セブルスは余計なことは言わずただ仕事で来ているだけ、という様子でナマエもそんなに気負うことなく接することができた。
そのうちに、ナマエが大広間で食事をしていると、セブルスが隣に座ってくることが増えた。ナマエは最初は緊張していたが、徐々に打ち解け、他愛ない会話ができるようになった。

とある日の夜、夕食を食べたナマエは、自分の部屋へと向かっていた。そこへさっと人が現れたものだから、ナマエは思わず息を飲んだ。
「こ、こんばんは、先生」
「……こんばんは」
そこにいたのはジョージ・ウィリアムズという五年生の生徒だった。よく薬草学の質問をしに来る生徒だ。
「どうしたの?」
「じ、実は先生に伝えたいことがあって……」
「何を?」
「えーと」
促してもなかなか言う気配がない。ウィリアムズはなんとなく緊張しているようだった。どんなことを言われるのだろう。ナマエも緊張してしまった。
「先生のことが……」
ウィリアムズは急に口を開いた。
「う、うん」
「好きなんです……!」
「えっ……?」
何を言われたのかわからず聞き返すも、ウィリアムズは何を勘違いしたのか、何も今すぐ付き合いたいって訳じゃなくて卒業してから――と早口で何か言っている。ナマエは言われた言葉を理解した。それからゆっくりと首を振った。
「あなたの気持ちを受け取る事は出来ないわ」
「それは、僕が生徒だからですか?」
「それもあるけど……」
「でも僕は――」
「……ウィリアムズ」
聞き覚えのある声に振り向く。そこには闇に紛れるようにしてセブルスが立っていた。
「ミョウジを呼び止めて、何の話をしているのかね?」
「い、いえ、何も――」
予期していなかった人物に、ウィリアムズの顔は真っ青になり、口篭った。
「これ以上ミョウジを困らせるようなら減点も考えなければなりませんな」
「す、すみませんでした……!」
ウィリアムズはそう言うと、慌てて去っていった。その様子にセブルスは鼻を鳴らす。
「何も、減点は言い過ぎなんじゃ……」
「そこまで言わなければあの馬鹿はわからん……なんだ、受け入れるつもりだったのかね?」
「まさか!」
「ではいいだろう」
どこか清々しい顔をしているセブルスに、ナマエは「ありがとう」と小さく言った。また助けられてしまった。セブルスはまた鼻を鳴らし、その場を去っていった。

セブルスがホグワーツに来て1年が経った頃、ナマエは誕生日を迎えた。この年の誕生日は休日で、スプラウト先生が水やりの担当だった。
ナマエはふくろうが窓をつつく音で目を覚ました。ベッドから離れ、窓を開けてふくろうに括られた荷物を取る。家族から贈られたプレゼントだ。包装を解こうとした途端、再び窓をつつかれた。今度は誰だろう、とふくろうから手紙を取る。差出人不明のその手紙にはこう書かれていた。

ミス・ミョウジへ
誕生日おめでとう。プレゼントを渡そうかとは思ったが、何を選んだらいいかわからず手紙にした。

この字はセブルスの字だ。ナマエはすばやく身支度をし、セブルスの研究室へ降りた。その扉をノックすると、黒いローブに包まれたセブルスが姿を現した。
「何だね、急に」
「おはよう、セブルス」
ナマエは彼と共に中に入った。中は朝だと言うのに薄暗く、蝋燭の灯りがちらちらと灯っていた。
「……手紙、ありがとう。私の誕生日、知ってたのね」
「ダンブルドアから聞いた……よく私だって気づいたな」
「だって、筆跡が同じだから……」
最後の方はもごもごと声が小さくなった。セブルスは何も言わない。ナマエは話を変えた。
「でも、どうして手紙をくれたの?」
「……君は、何も気づいてないんだな」
「えっ?」
「なぜ私が君に材料を頼むのか、なぜ君の隣に座って食べるのか、考えたことはないのか?」
「な、ないけど……」
そう答えれば、セブルスははあと大きなため息をついた。
「……それは私が君を気になっているからだと思ったこともないのか?」
「ええっ、いや、だって、私なんかをセブルスが好きになるわけないし……」
「その自己肯定感の低さも問題だな……」
セブルスは頭を抱えていたが、やがて顔を上げた。
「……ミョウジ」
「はい」
「私はミョウジが好きだ」
「は、い……」
「いつからか、気になっていた……君は私に告白してくれた唯一の女性だ。リリーを忘れることはできないが、同じくらい大切な存在になった」
自分は夢を見ているのだろうか。今までにない喜びで胸がいっぱいになった。セブルスは、真剣な目でこちらを見ている。
「私と、付き合って欲しい……」
「はい……」
セブルスの腕がこちらに伸ばされる。ナマエは彼に一歩近づき、その腕の中に入った。初めて感じる体温はあたたかく、ナマエはうっとりと目を閉じた。あのセブルスに抱きしめられている。そう思うだけで心は満たされ、またドキドキと心臓は大きく脈を打ち始める。この感覚に慣れる日がいつか来るのだろうか。できることなら慣れたくないなとナマエは思った。

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