主はとても、お優しい方です。
全ての刀剣に対して贔屓や差別をすることなく平等に接してくれますし、俺が何度もしなくて良いと申し上げているにもかかわらず戦や遠征から帰って来た部隊を主自ら出迎えてくれるのです。「おかえり」と、とびきりの笑顔で。例え軽傷だったとしても傷付いた者がいればすぐに手当てをし、傷を負った状態で放置される刀は一振りもありません。そもそも全ての刀剣に刀装を持たせてくれるので怪我を負うこと自体が稀なのですが。部隊だって固定ではありません。全員を平等に強くしたいとの主の御希望で出陣、遠征、内番とほぼ交互に行われます。他の刀剣とも仲良くなってほしいと組む相手もバラバラです。……宗三左文字や燭台切と組まされるのだけは勘弁してほしいですが。どうにもあいつらはいけすかない。ですが主の命とあらば従いましょう。俺は主の忠臣なのだから。

 こんなにもお優しくて平等な主、そんな主の近侍はずっと昔から俺だけなのです。主が審神者になって間がなく刀剣の数も片手で数えられる程度にしかいなかった頃、俺だけをずっと近侍にすると約束していただいたのです。あの頃の俺は、前の主に直臣でもない男に下げ渡された屈辱が忘れられておらず、「近侍にする」との約束で確固たる地位を得ようとしていました。もしも主が約束を違えて俺を下げ渡そうものならば、主といえども斬り捨ててしまおうと思っておりました。主を信用していなかったのです。ですが、主は約束通り俺を近侍から外すことはありませんでした。主の初期刀が文句をつけても、俺が重傷を負って手入れをされている期間も、太刀や大太刀どもを鍛刀したとしても。これだけの期間を経て、ようやく俺は主を心の底から信頼できるようになりました。主は俺を誰かに下げ渡すこともない、俺との口約束でさえも律儀に守ってくださる誠実なお方なのだと! 主を疑い、命令さえ聞いていれば捨てられないだろうという下心で動いていた己を恥じ、主のためになりたい一心で行動をするように努めました。主の敵は斬り捨て、主の欲する資材を持ち帰り、主の体調を考慮した食事を作り、夜は主の安眠を約束するため日が昇るまで警護する……すべて俺がやりたくてやっていた事なのです。一つも苦ではありません。ずっとずっと主をお側で見守っていたのです。きっと気付いておられないでしょう。ですが、それでも良いのです。主が俺を近侍にしていてくれる限りは、俺はあなたのためならば何でも致しましょう。
 お愛しいあなたの望みならば。








「あのね長谷部、少しの間だけで良いから三日月さんを近侍にしてみたいんだけど……ダメかな?」

 とある昼下がり、主のそのお言葉に心臓を氷の手で掴まれたような感覚に陥った。手足の先がすっと冷え、視界が歪む。いま、あるじは、なんといったのだろうか。三日月を、近侍に? それはつまり……俺を近侍から外すということなのだろうか?

「お、俺の……頑張りが、足りなかったのでしょうか……?」

「いやいや!そういう事じゃなくって!長谷部にはずっと頼りきっていたから少しは休んでほしくて……」

 震える口で何とか言葉を紡げば、主は「俺のため」だとのたまった。主のためならば何も苦ではないと伝えてきたのに、主の近侍でいることが俺の唯一の存在価値であり誇りだったのに。主は俺のことを何も分かっていないではないか。
確かに主はなかなか現れない三日月を熱心に探していた。そんな主のために俺も何度も何度も厚樫山に登ったし、数え切れない量の資材を投入して鍛刀を試みた。やっとの思いで手に入れた三日月が可愛いだけなのではないか? 長い間、主のためだけに身を削る思いで頑張ってきた俺よりも、気まぐれに現れた三日月の方が良いのか? つまり主にとって俺の存在はその程度の価値でしかなかったのだ! 主の望む成果を上げることも、主のために睡眠を削ってお守りすることも、主にとって何の価値もなかったのだ!!


「!? や、やだ長谷部泣かないで!」

「いえ、泣いてなど……」

 いません、そう答えようとした瞬間、膝の上で硬く握り込んでいた手の甲に水が落ちた。ぽたぽたと俺の頬を伝ってとめどなく落ちてくる。止めようにもどうにも止まらない。人の身のなんと難儀な事か。

「……見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。主命とあらばこの長谷部、従うのみです。」

「でも……」

「ですが主、ひとつだけ俺の願いを叶えてはくれませんでしょうか? ……三日月を近侍にする前に、いや、今すぐに俺を刀解してください。俺以外の奴が主のお側にいる光景など見たくありませんから……」

 それは嘘偽りない本心だ。主の今後を見守れないことは心残りだが、俺以外の誰かが近侍をする様を見なくて済むのなら安い。それに主の近侍のまま生を終えることができるのならばそれ以上に幸せなことなどない。ぎゅ、と目を瞑り人の身に別れを告げる。相変わらず涙とやらは止まらないが、これも最後なのだと思えば不快ではない。
 そうしているとふわりと主の甘い香りが鼻腔をくすぐり、背に温かいものを感じた。

「ごめん長谷部……私ちょっと軽く考えてた。約束したもんね、長谷部をずっと近侍にするって」

 だから刀解しろだなんて言わないで、そう言って主が抱き締めてくださった。主の肩口に顔を埋めて抱き締め返す。ずっと俺だけが一番ですか? そう問えば肯定するように頭を撫ぜられ心の底から安堵する。




──己の死を引き合いに出せば永遠に主の唯一になれるのか。

 そう確信を得て上がる口角が抑えられない。どうせ主からは見えないのだから隠す必要などないのだが。
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