唇に紅をひく主を後ろから眺める。化粧をする主を見ているのが好きだった。どんどん綺麗になっていく様は爽快だ。本当に、綺麗なお人だなぁ。

「ねえ主、ボクもその紅塗ってもいーい?」

「乱ちゃんも化粧に興味があるの?」

ふふ、と微笑む主のお顔を見て心臓がどきりと跳ねた。手招きする主の元へ近付けば、私が塗ってあげる、と主は化粧筆に紅をのせた。その仕草ひとつも綺麗だなぁ。

「乱ちゃんは肌が綺麗だね」

「そう? ボクは主も綺麗だと思うよ」

「そんな事言ってもおやつは増やさないから。……ほら、塗れたよ。」

主は手鏡をかざして見せてくれた。鏡には紅を塗ったボクの顔が映っている。なんとなく自分の顔とその紅の赤さが不釣り合いな気がして、似合ってるかな、と主を見上げる。

「とっても似合ってるよ。いつもは可愛いけど、こうしていると綺麗に見えるね」

主の弧を描いた唇を見つめる。ああ、絶対にボクなんかより主の方が綺麗だ。自分の唇にひかれた紅も、きっと主の唇へとひかれたかったに違いない。

「どうしたらもっと綺麗になれるかな」

「えっ、乱ちゃんはこれ以上まだ綺麗になるつもりなの?」

「もう! ボクは本気で言ってるんだから茶化さないでよ!」

ふんっ、と唇を尖らせて言えば主は、ごめんね、と苦笑した。そんなやりとりをしていると、部屋の外ががやがやと煩くなり、遠征部隊が帰ってきたのだと分かった。主と二人きりの時間がこれで終わるのだと思うとそれが名残惜しくて、「帰ってきちゃったね」と呟く。

「出迎えなくちゃ、行こっか」

帰ってきた遠征部隊を出迎えに行く主のあとを付いていく。「おかえり、無事だった?」と部隊の一人ひとりに声をかける主のお顔を見つめていると、ある一人には他と違う顔を向けている事に気が付く。ふわりと花が舞うように優しく微笑む主の顔は、まさしく女のそれだった。きっと主はあいつが好きなんだ、そう理解した瞬間、主にあんな綺麗な顔を向けられているあいつが憎らしくなる。主が綺麗に化粧をするのもきっとあいつの為だ。

ーー主はああいうのが好きなんだ。

そう思ったら、主に紅をひいてもらって喜んでいた自分が馬鹿らしくなった。こんなんじゃ主のあの顔がボクに向けられる事は絶対にないじゃないか。ぎゅっと自分の拳を握る。こんなスカートは脱ごう。長く伸ばした髪はあとで兄弟に切ってもらおう。そう心の内で決意する。
絶対に主に「可愛い」じゃなくて「格好良い」と思わせるような自分になってやる。ボクの為に化粧をして、優しく微笑む主を想像する。そうしたらボクは主に「その紅かわいいね」って褒めるんだ。照れ臭そうにはにかむ主は絶対に美しい。

主がボクと乱れたくなるくらい好きにさせてみせるから、覚悟していてね。
主に綺麗な顔を向けられているあいつを挑発するように微笑んだーー
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