※心中します
ゴォォ、と車体が空を切る音を聞きながら、助手席のソファシートに身を沈める。車内にBGMはかかっておらず、車の走る音しか聞こえない。
「………………」
ちらりと運転席を見る。そこに座る彼はまっすぐ前を向き、いつ運転を覚えたのかは分からないが、慣れた様子でハンドルを操作していた。
私の視線に気付いているのか、いないのか。相変わらずまっすぐ前を向いている彼の涼しげな横顔を見ながら、私は閉じていた口を開く。
「……長谷部、何処に行くの?」
「さぁ、何処でしょうね」
「………………」
グン、と長谷部は車のスピードを上げる。平日昼間の高速道路は空いていて、加速した車体は何物にも遮られる事なく進んでいく。それが何故か、とても恐ろしい事のような気がした。
「もしや怖気づいてしまわれたのですか?」
長谷部はまっすぐ前を向きながら、私にそう問いかける。私はその質問には答えなかった。
「最初に言い出したのは主ですよ」
「………………」
「『付喪神にあの世はない』。だから俺はあなたと生きたかった。叶うなら永遠に、主に仕えていたかった」
「………………」
「けれど主が望むから、俺はあなたと心中する事を決めたんですよ」
どこか責めるような長谷部のその口調にじわりと涙がにじんだ。助手席のシートの上に足を上げ、体育座りをするように膝を抱える。
「……ごめん」
「謝るような事ではありませ んよ。主命とあらば、俺は何だってしますから」
淡々とした声だった。皮肉でも嫌味でもなく、かと言って慰めるつもりもない、ただ事実を述べただけの長谷部の声。
長谷部に対して、とても申し訳ない気持ちになった。
「……他に方法があれば良かったのにね」
「例えば?」
「審神者の間で囁かれていた都市伝説みたいな。『名前を知られると神隠しされる』ってやつ」
「……付喪神は妖怪みたいなもので、本物の神ではありませんよ。そんな力はありません」
「……そうだよね」
「そもそも『名を隠す』なんて失礼な話ですよね。自分を使役する主の名すら知らぬなど、俺たち刀にとってそれほど悲しい事はありません。その点、主はきちんと名乗ってくれましたね」
「……神社でお参りする時だって自己紹介するもん。当然でしょ」
「ええ、そうですね」
そう言ったきり、長谷部は言葉を続けなかった。彼はまっすぐ前を見ながらハンドルを操作していて、私には一瞥もくれない。
高速道路を下り、車は山道へと入る。蛇行するように敷かれたカーブの多い上り坂を、長谷部はそこそこのスピードを保ったまま走る。
山道を上る急激な気圧変化に耐えられないのか、耳に膜が張ったような感覚をおぼえた。つばを飲み込んでもそれは改善されず、気持ちが悪かった。ああ、周りの音が聞こえにくい。
「主、どうか地獄で待っていてくださいね」
「――え?」
その時はじめて、長谷部は私のほうを向いた。私を見つめる長谷部の瞳は物悲しいような、慈しむような、それでいて何処か熱っぽいものだった。
(――やっぱり長谷部は神様なんだ)
その表情を美しいと思った瞬間、私たちを乗せた車体は、ふわりと宙に浮いた。
***
『×月×日、××県境の山道ガードレールを突き破り、車が落下する事故がありました。車内に人はおらず、車外に投げ出されたとみて救助隊が捜索にあたっています。また、車内からは刃物の欠片のようなものが見つかったことから、事件の可能性もあるとして捜査が進められています』