※刀剣女子の夢主。長谷部の女装
変換後:ナマエ









 なんか面白い余興が見たいなぁ。宴会の最中、主様がお猪口に注がれた日本酒を舐めながらぽつりと呟いた。それを聞き、主様の隣に座していた長谷部が我先にと口を開く。

「でしたらこの長谷部にお任せください!」

「マジ? 頼んでいい? じゃあ俺長谷部の女装が見たいなー」

「はい! かしこまりまし……え?」

 長谷部は主様の言葉にほぼ反射的に返事をしていたのだろう。承諾の言葉を吐く最中に主様の放った願いの意味を理解したのか、長谷部は最後まで言い切る事なく、ツンと澄ました端正な顔を困惑の色に染めた。

「女装……女装、とは、乱や次郎太刀のような格好を俺にしろ、と……そういう事ですか?」

「そーいう事になるな!」

「ちょっと長谷部ェー! だぁれが女装男よー! せめて女形って言ってよねぇ!」

 ぎゃはは、とすでに出来上がってる次郎太刀が呆気に取られている長谷部に向かって叫んだ。長谷部は煩わしそうに次郎太刀に一瞬だけ視線を投げたが、それをほぼ無視して「俺が、女装……」と呟いた。明らかに嫌そうな声音だ。

「なに、長谷部そんなに嫌だった?」

「まっ、まさか! そんな事あるわけありません! 主命とあらば女装であろうと完璧にこなして見せます!」

 あっそ、じゃあ頑張ってねー。という長谷部とはやや温度差のある主様の言葉によって、長谷部が女装する事が決定した。
 どんな格好になるか見ものだな、とニヤニヤしながら話す薬研と宗三を「うるさい黙れ!」と怒鳴りつけながら、長谷部は部屋を後にした。



 ***



「あっははは! 長谷部マジヤバい、超ウケる!」

「うるさい黙れナマエ」

 長谷部が出て行って数十分、帰ってきた長谷部のその姿を見た瞬間、思わず私は吹き出した。
 長谷部は恐らく次郎太刀の部屋からくすねてきたのであろう煌びやかな着物を着ていた。普段がシンプルな服である分、模様や色の入った着物が異質なものに見える。その上、長谷部の薄い唇に引かれた真っ赤な口紅。もともとの顔が(悔しいけれど)整っている分、似合わない事はないのだけれど、それでも男の顔に引かれた紅というものは見慣れないせいもあるのかとても面白く見えた。
 宗三や鶴丸さんあたりなら口紅を塗っていてもきっと違和感なく見られる気がする。けれど、長谷部はダメだ。笑ってしまう。

「ほんっと面白い! あっはははははは!!」

 笑い転げる私を見て、チッ、と長谷部が舌打ちをする。普段なら間違いなく平手が飛んできていたのだろうが、慣れない着物は動きにくいのか長谷部は舌打ちをするだけで私に殴り掛かってはこなかった。
 女装すると行動も大人しくなるのかぁ、と、それがさらに私の笑いを誘う。身体に染み渡ったお酒も相まって余計に面白く感じるのかもしれない。

 最初は私と同じく笑っていた宗三も、いつしか「程々にしなさい」と私をたしなめるようになった。なんだ、ノリの悪い奴め。そう言っても、宗三は「酔っ払いも程々にしないと下品ですよ」と返すだけだった。

 笑い転げる私とは対照的に、真面目な顔で長谷部を見つめていた主様は「ふぅん」と呟いた。

「即席の女装にしてはレベル高いじゃん」

「勿体無いお言葉、ありがとうございます」

 お酒を煽りながら主様がそう言えば、長谷部は微笑んで頭を下げた。

「俺はもう割と満足だわ。長谷部、もう女装やめていーよ」

「えーっ、長谷部やめちゃうの!? まだその格好でいてよぉ、笑い足りないよぉ!」

 私を思いっきり無視した長谷部は「かしこまりました」と主様に浅く一礼をして立ち上がった。そのまま女装やめちゃうんだ、と少し残念に思った瞬間、長谷部の腕が私の頭をがしりと掴む。

「いたたたた! はっ、長谷部なにするの!? いたたたた、いたっ、痛いってば!!」

「主、ナマエを連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「ん? いーよ長谷部の好きにしな」

 ありがとうございます、そう言って長谷部は私の頭を掴んだまま引き摺るように私を連行する。全然良くないよ主様。痛い。めちゃくちゃに痛い。正直、長谷部に頭を握り潰されるのではと不安になるくらいに痛い。
 助けを求めようと宗三のほうへ視線を送ると、彼は「言わんこっちゃない」とでも言いたそうな表情を浮かべていた。その隣の薬研も、宗三と同じく「あーあ」と言う表情をしていた。



 ***



「いたい、痛いってば長谷部! 離して! 離し――うわぁッ!?」

 頭を掴まれたまま長い距離をズルズルと引き摺られ、ふと長谷部が立ち止まった部屋の中へと投げ飛ばされる。当然、受け身を取る事は叶わず、畳の上に身体をしたたかに打ち付ける。畳の上を擦った手の平が熱い。擦り傷のひとつやふたつは確実に出来ている気がする。先程まではあんなにも気分良くお酒を飲んでいたのに、どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。

 私を部屋の中へと投げ飛ばした長谷部は、無言のまま部屋の障子を閉める。その瞬間、差し込んでいた灯りは遮断され、部屋は仄暗い闇に包まれた。

「は、長谷部なんのつもり……?」

「………………」

 そう問うても長谷部は答えない。無言のまま、長谷部は床に倒れ込む私に一歩、一歩と近付いてくる。そして私の目の前に迫った時、長谷部は、すっとしゃがみ込んで私と目線を合わせた。

 灯りのない部屋とは言え、夜目が効くおかげで長谷部の表情は分かる。彼は笑うでも怒るでもなく、無の表情を浮かべて私をじっと見ていた。

 酒の席で長谷部の事を馬鹿にしすぎてしまっただろうか。きっと、表情に出ていないだけで長谷部は物凄く怒っているのだろう。酔いが身体から抜け、その代わりに恐怖に似た感情が全身を駆け巡る。

「…………ッ、」

 ごく、と喉が鳴る。長谷部の行動の意図が読めない。私が恐怖に身体を震わせた瞬間、紅の引かれた長谷部の赤い唇が弧を描いた。

「そうやって大人しくしていればお前も『女』に見えるのだがな」

「は、はぁ? なに言って――」

 私が言葉を発し終える前に腕を強く引かれ、背を畳に打ち付ける。両手首は長谷部によって畳の上に縫い付けられ、身動きが取れない。

「お前の馬鹿にした『女男』に組み敷かれて、今どんな気分だ? 身動きが取れなくて悔しいか? ははッ、当たり前だよなァ。女が男に叶うはずがないだろう」

「……ッ! な、なんのつもりよ……!?」

「さぁ、何だと思う?」

 勝ち誇った、嘲笑するような長谷部の声音が私の神経を逆撫でする。私に馬乗りになったからと、有利な体勢を取れたからと、そうやって私を馬鹿にして! 反撃を繰り出したい所なのだが、掴まれた両手首はビクともしない。長谷部の身体を蹴り上げようにも、馬乗りになられてしまっては難しい。長谷部の言う通り、身動きが取れない。

「は、離して……ッ! バカ長谷部、離せ……ッ!!」

「戦に明け暮れず、少しは女らしくしたらどうだ?」

「余計なお世話よ! いやっ、なにす――ッ、ぅ、んんん……ッ!!」

 長谷部に罵声を浴びせようとした瞬間、彼によって唇を塞がれた。長谷部の手で唇を塞がれたのではない。彼は、彼自身の唇で私の唇を塞いだ。

 長谷部の突然の行動が理解できない。これではまるで、接吻のようではないか。

 しかし、私たちは睦み合う男女ではないし、直前も言い争いをしていて、決して唇を重ね合わせるような雰囲気ではなかった。本当に突然、長谷部は何の脈絡もなく私の唇を塞いだのだ。

「…………ッ!」

 何度か啄むように唇を重ねたり、吸い付いたりはするものの、長谷部は舌を入れてくるような事はしなかった。恐らく、そんな事をしたら私が迷いなく噛み付く事を分かっているからだろう。
 相手の舌を噛むという反撃も取れず、為すがままにされている事が心底悔しかった。

 やがて、はぁ、と息がわずかに乱れ始めた頃、長谷部はやっと唇を離した。長谷部の綺麗に紅の引かれていた唇は乱れ、少し落ちてしまっていた。長谷部はそんな紅の乱れた唇の端をニィ、と持ち上げる。

「これでお前も少しは女らしくなったか?」

 嘲笑するような声音だった。きっと、長谷部の塗っていた紅が先程の接吻によって、私の唇に付着したのだろう。それを見て、長谷部は笑ったのだ。女は紅でも引いて大人しくしていろと、そう言いたいのだろう。

「だ、誰がなるか馬鹿……ッ!」

「……そうか。なら直接分からせるしかないな」

 そう言って、長谷部は私の服に手を掛けた。
 誰が『女』になんかなるか。長谷部が何をしようと、私は絶対に負けたりなんかしない!


(即堕ち2コマ的なアレ)
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