※学パロ
チェチェ・チェック・ワンツー」パロ




「ねぇセンセーちょっとくらいいーじゃーん!」

「か、加州くん……ダメに決まってるでしょ」

「えー、俺センセーとおそろいのアクセほーしーいー」

「……アクセサリーは校則で禁止されてるけど」

 えーっ、と、加州と呼ばれた生徒は口を尖らせながらそう言った。
 その顔には見覚えがある。奴は下級生だが、いわゆる目立つグループに属しているがためにその顔と名前は学年を超えて知れ渡っている。勉学やスポーツで良い成績を修めて名が知れ渡るならまだしも、それ以外の事で目立って悪名を広める事を、こういった奴らは恥だとは思わないのだろうか。見た目からしてあまり勉強ができるようには思えない。
 しかし、こういう奴がスクールカーストの最上位に立つのだろう。もっとも、そんなものに俺は欠片も興味はないのだが。生徒同士のマウントに何の意味があるのだろう。無意味にも程がある。そんなもので上位に立ったとしても、認めてほしい人に認められるとは限らないのに。

「……先生、頼まれていたプリントを持って参りました」

「ああ、ありがとう長谷部くん。そこに置いておいてくれる?」

「はい」

 そこ、と指定された机の隅に集めたプリントを固めて置く。ありがとう、と俺に礼を言った先生の柔らかな笑顔が何よりも愛おしい。奴に向けていた困り顔から、俺へと向けられる笑顔に彼女の表情が変わるその一瞬は何物にも代えがたい。
 机の端に置いたプリントの束はクラス全員分とは言え、あまりに量が少なく見える。風で飛ばないように、何か重石の代わりになるようなものを探す俺を、奴は冷ややかな目で一瞥した。

「……センセー、それ、何のプリント?」

「文化祭の出し物のアンケートよ」

「ふーん。ねぇそれよりさー、やっぱ俺センセーとお揃いほしい。ネックレスとかならバレないじゃん? ね、ダメ?」

 自分で聞いたにも関わらず、奴はこのプリントに微塵も興味はなさそうだった。おおかた、俺によって話を遮られたのが気にくわなかっただけなのだろう。奴はすぐに俺が来る前の話題に戻し、また先生を困らせた。先生は、ダメに決まってるでしょ、とまた困ったように笑いながらそう返事をしていた。

「……では、俺はこれで失礼します」

「長谷部くんありがとう。気を付けて帰ってね」

 はい、と返事をして教室を出るその一瞬、奴と目が合った。頭の先から爪先まで、奴は俺を値踏みするように見て、ふ、と笑った。その瞬間、沸騰した湯が鍋から噴きこぼれるように、どうしようもない激情が溢れ出るのが分かった。
 奴は俺に対して笑って見せた。その笑みは俺に「勝った」と思ったからこそこぼれ出たものに違いない。制服を第一ボタンまで留めていたら負けか? 派手な友人がいなければ下か? そんなはずあるわけがない。くだらない。俺が何者かに負けるはずがない!

 だが、今なお教室内で先生と話す奴を見て、品行方正である事は損なのかもしれない、とも思った。先生に襟を正せと怒られる事もなく、補習に呼び出される事もない。放っておいても大丈夫だと、そう思われているのかもしれない。どんなに頑張っても、せいぜい定期テストの返却時に「頑張ったね」と声をかけてもらえるのが関の山だ。彼女に俺だけを見ていてほしい。俺が「悪い子」になったら、彼女は振り向いてくれるのだろうか。



 ***



 自分の部屋の床に乱暴に学生鞄を投げ捨てる。そのまま制服も脱がずにベッドへと倒れ込み、枕元にある音楽プレーヤーの再生ボタンを押す。イヤホンからは甘く囁く先生の声が流れ出し、俺の鼓膜を震わせ、脳髄を痺れさせる。
 これに陳腐な音楽などはひとつも入っていない。これは、こっそりと録り溜めた彼女の声を切り貼りして作った「俺への愛を囁く先生」の声だけを再生する魔法の機械だ。何度も何度も、その機械は愛の言葉を囁く彼女の声を再生する。俺の名を呼び、俺を一番だと言ってくれる。目に涙が浮かんで、視界がじわりと滲んだ。

「先生……」

 自分が何をしているのかは理解している。他人に知られたら、恐らく正気を疑われるのだろう。だが、俺の先生への気持ちは本物だ。俺は彼女を愛している。それはそれは、おぞましい程に。

「先生……、先生、ぅ、あ、あぁ……」

 俺が奴らに劣っている所など何ひとつない。成績も、運動能力も、先生への想いも、すべては俺が一番なんだ。
 ああ、でも、先生は手のかからない男はお嫌いなのかもしれない。休まずに学校へ行く事も、授業を真面目に聞く事も、すべては無意味なのかもしれない。苦しい。どうか奴らばかり叱らないで。先生、先生。どうか、どうか俺を――。



 ***



「先生、この前の授業の件ですが……」

「何か分からない所でもあった?」

「ええ、実はここが……」

 「どこ?」とノートを覗き込んだ先生の顔の近さに心臓が高鳴った。あああ、こんなにも先生の顔が近い!
 ここがよく分からなくて、と答えた自分の声の震えに恐怖すら湧いた。先生に変だと思われてはいないだろうか。顔に集まった熱に気付かれはしないだろうか!

「先生! 廊下で××くんが――!」

「えっ、ちょっと待って今行くから! ごめんね長谷部くん、それは後で教えるから」

「せ、先生、待ってくださ――」

 何してるの、と声を上げながら先生は行ってしまった。
 ああ、また彼女は不良な生徒を優先させてしまうのか。先生の事を誰よりも想っているのは俺なのに。それなのに、先生は俺ではなく、先生を困らせるだけの不良を優先させる。俺の事なんてちっとも見てくださらない。やはり先生は俺を放っておいても良い存在だと思っているんだ。

 それなら、俺も先生の好み通りの不良になろう。先生に振り向いてもらえるように悪事を働く。手始めにこの音楽プレーヤーに入った言葉を全校放送しよう。先生の一番になれるのは俺しかいないのだと、奴らに先生の「俺への愛の言葉」を聞かせてやりましょうね。



チェチェ・チェック・ワンツー!
(悪い子になるから俺を見てください。ね、先生)
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