※転生現パロ
私の存在を感知して開いた自動ドアをくぐると、ひんやりとした店内の涼しい空気に全身を包まれる。かいていた汗が冷やされ、感じていた不快感が少しばかり軽減された。
恐らくアルバイトの店員の、いらっしゃいませ、という元気のない声を聞きながら、わき目も振らずにアイスの並んでいるコーナーへと進む。つい最近春になったばかりだと思っていたが、照りつける日差しは「夏」と言っても過言ではないくらいのものだった。日陰に入ってしまえばいくらかはマシになるが、残念な事にこの通りに日陰はなく、直射日光を浴び続ける身体はステーキになってしまいそうだ、と思うくらいに熱を帯びていた。
「どれにしようかな……」
透明な冷蔵庫の扉にへばり付き、中に規則正しく並んでいる魅力的なアイス達を眺めながら一人呟く。日陰のない道を少しでも快適に歩くためには、食べながら歩いたほうが良いのだろう。そう考えると、選択肢はカップ入りのアイス以外のものに絞られる。
それでも豊富な種類にウンウンと悩みながらひとつを選び、レジへと持って行く。アイスをレジに置き、すぐに読み上げられるであろう料金を支払うべくカバンを漁り、財布を取り出す。しかし、まだ夏本番でもないのに黒く焼けた肌をした店員の男性は、レジに置かれたアイスを受け取る事もなく、黄金の瞳を丸くしてただ私の顔をじっと見ていた。
「えっと、あの……?」
「……、何でもない」
ふい、と目をそらして彼はアイスのバーコードを読み込む。小さく呟かれた声は、派手そうな見た目とは裏腹に控えめで、敬語も使われない無愛想なものだった。ピッ、と軽快な電子音が鳴り、画面に映し出された数字を彼は抑揚のない声で淡々と読み上げる。
「あ、袋はいりません」
「…………」
お釣りを出さないように、読み上げられた値段ぴったりの小銭を出しながらレジ袋を取り出そうとした彼を制する。ぺたりとシールの貼られたアイスとレシートを受け取り、店を出ようと身体を反転させた瞬間、ぱし、と手首を掴まれる。
突然の出来事に驚いて、その謎の行動をとった店員の顔を見上げると、彼もまた驚いたような表情を浮かべていた。こんな事をするつもりじゃなかった、そんな表情だった。そして次に彼は、はっとした顔をして「何でもない。すまなかった」と小さく謝った。
――何だったのだろう、あの人。私の顔が知り合いにでも似ていたのだろうか。
整った顔の男性に触れられてそこまで悪い気はしないけれども。そう思いながら店の自動ドアをくぐり抜け、外の茹だるような熱気にふたたび包まれた瞬間、遠い昔に自分はあの店員の男性と知り合いだったような気がした。
はっとして振り返ると、別の店員と交代して控室へと戻っていく彼の後ろ姿が目に入る。遠ざかっていくその後ろ姿に、とても見覚えがあった。
――彼はいつもひとりで勝手にどこかへ行ってしまう。その背を私は何度追った事か。
「…………大倶利伽羅?」
ふと口をついて出た言葉。それを皮切りに彼に関する様々な事が頭を駆け巡り、雷に打たれたような衝撃と共にすべてを思い出す。私は審神者という職に就いていて、刀の付喪神である彼――大倶利伽羅に、恋心を抱いていた。
どうして忘れてしまっていたのだろう! 馴れ合う事を良しとしない彼の後をひな鳥のように付いて回って、やっと少しずつ仲良くなれたあの記憶を、どうして私は忘れてしまっていたのだろう! 何があっても彼のそばを離れないと誓ったのに。そう誓った私に、勝手にしろ、と言ってくれた彼のあの顔は死んでも忘れないと、その時確かに思ったはずなのに。こんなつもりじゃなかったのに!
ショックで震える足は、地面に縫い付けられたように動かない。――今この瞬間を逃してしまったら、もう二度と彼に会えない気がする。この後に立てていた予定はすべて中止して、今はもう一度彼に会う事だけを考えなければ。そう思った。
***
照りつけていた太陽が傾きかけ、日差しが少しだけマシになった頃、社員用の出入り口からずっと待ちわびていた彼が出てくる。刀であった頃と変わらず、彼はシンプルな白いカットソーに黒のスキニーを履いていた。その姿に、やはり彼は大倶利伽羅に違いない、という確信にも似た気持ちが湧いていく。
「……大倶利伽羅!」
そう名を呼びながら彼に駆け寄る。すると、彼は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐにそれは苦虫を潰したような表情へと変わり、チッ、と小さく舌打ちをする。
「大倶利伽羅! ねえ! そうなんでしょ!?」
「………………」
「ちょっと待って! ねえ待ってどこ行くの!?」
「……どこに行こうと俺の勝手だろ」
追いかける私を気にする事もなく去ろうとする彼は、本丸に来て間もない頃と同じ言葉を吐いた。慣れ合うつもりはないと、突っぱねる彼と少しでも仲良くなろうと必死だったあの頃を思い出し、少しだけ目頭が熱くなった。
それでも、ここで諦めるつもりはない。あの頃と違って、今ここで彼を逃がしてしまったら次に会えるのはいつになるのか分からないのだ。彼は私の事を覚えているはずなのだから、少しくらいしつこくした所で不審者扱いはされない、はず。大倶利伽羅、とまた彼の名を呼べば、彼はその場に立ち止まってこちらを振り向いてくれた。しかし、私を見つめるその目は鋭いものだった。怒気を孕んだその視線に、びく、と身体が跳ねる。
「あんたは俺の事を忘れたんだろ」
「で、でも……ちゃんと思い出したよ」
「忘れた事に変わりはない」
「…………」
「もういいだろ。俺に構うな」
「…………」
「今生でも、俺は一人で生きて一人で死ぬ」
「……大倶利伽羅、拗ねないで」
「………………」
「私に忘れられて寂しかったの?」
「………………」
私が彼を忘れてしまった事を非難するようなその言葉に、もしかして、という感情が湧く。自意識過剰ともとれる私の言葉を聞いた彼は眉間にしわを寄せ、バツが悪そうに視線を彷徨わせる。彼が刀であったあの頃、滅多に表情の変わらない彼がそういう顔をするのは、決まって図星をさされたときだった。きっと今回もそうなのだろう。いや、そうに違いない! 一瞬でも私が覚えていなかった事を彼は悲しんだのだ! あの大倶利伽羅が! 私に忘れられて悲しんだのだ!
場違いな感情である事は分かっているけれど、それが嬉しくて頬が緩むのが止められない。私ばかりが彼を好きでいたのだと思っていたが、少なからず彼も私に好意を抱いていてくれたのだ。忘れられて悲しむ程度には、大倶利伽羅は私を好いている!
その事実に、世界がぱっと華やいだ気がした。――どうしよう、死ぬほど嬉しい。
「私、やっぱり大倶利伽羅の事が好き……」
「………………」
「今生でもずっとそばにいるから! ねっ、いいでしょ?」
「………………勝手にしろ」
「もう! 素直じゃないんだから!」
「ッ、誰が……ッ!」
溢れる思いが止められず、そう口にすれば、彼の顔は耳まで赤く染まった。肌の色が濃いから分かりにくいけれど、間違いなく確かに赤く染まった。前世でずっと彼の様子を観察していた私がそう思ったのだから間違いはない。
彼が何を言おうとも、今はそれが照れ隠しにしか聞こえない。舞い上がる心は、あの頃よりも彼との距離がずっと近付いた、そんな風に感じていた――。