※審神者じゃない夢主。変換後:ナマエ









 ――ついに、ついにやってしまった。主から与えられた自室の押入れの前に呆然と立ち尽くす。中には、猿轡を噛まされている女が一人。

「んんっ、んん〜〜〜」

 流した涙でぐしゃぐしゃになった女の顔を見つめる。見開かれた両目から流れる大粒の涙を舐め取りたい衝動に駆られたが、すんでの所でとどまった。

 女は、何の変哲もない村娘だった。遠征の帰りに部隊の連中が行きたい行きたいと騒いだために、渋々立ち寄った店にいた女。その女の笑顔を「可愛い」と思ってしまったのだ。それは主によって顕現され、こうして人の身を得てから初めて覚えた感情だった。そして、気が付いたら攫って自室の押入れに閉じ込めていた。俺の管理が不十分なせいでこの本丸は資材も資金も貧窮しているのに、こんな戦の役にも立たない女を攫ってどうするつもりだ。そもそも俺は主のために尽力しなければならず、色恋に現を抜かしている暇などないというのに。
 そう自問自答するも、欲しい、というその衝動が抑えきれなかったのだから仕方がない。……この女の食事は俺の分から分け与えよう。主に迷惑をかけるわけにはいかないし、何よりこの女の存在を知られるわけにはいかない。これは、俺だけの物なのだ。主といえども、これを知られる訳にはいかない。お優しい主の事だから、「もといた所へ帰してやれ」と、そう仰るだろう。それだけは避けたかった。

「女、名は?」

「んん……ッ、ん〜〜ッ!」

 猿轡を噛まされているが故に、女は俺の問いに答えられない。それはまだ許せる。が、しかし、未だに声にならない叫びを上げる様はどうにも腹が立った。俺はこの女を手に入れたいと思ったから、だからこうして連れてきたというのに、こうも拒否の態度を示されるのは気に入らない。付喪神である俺よりも下級の、ただの人間の女が。
 ――同じ人間だとしても主は別だ。俺が仕えるにたる素敵なお方だ。しかし、この女はそうではない。もっと俺に対して、謙っても良いはずなのに。

「…………布を噛んでいては苦しいだろう。外してやろうか?」

 そう言うと、女は一度びくりと身体を震わせた後、騒ぐのをやめた。泳ぐ目が、信じられない、という感情をありありと表している。そんな事よりも、俺の一言を素直に受け取り、大人しくなった事に対して、わずかに気分が良くなった。

「絶対に騒ぐな」

 そう念を押し、結び目を解く。噛ませていた布は唾液をたっぷりと含んでいて、外した拍子に口と布との間に唾液の糸が引いた。それを見て、ふつふつと情欲が湧き上がっていくのを感じた。息苦しさによって赤く染まった顔、唾液で汚れた口もと、涙を流すその瞳。それらに性欲を刺激されないはずがない。

「女、名は?」

 もう一度問う。すると、女はびくりと身体を震わせ、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「ナマエ……ナマエ、です」

「…………ナマエ」

 その名を口にした瞬間、何かがすとんと胸に落ちた気がした。――そうか、この女はナマエと言うのか。名だけだとしても、情報がひとつ手に入った事は純粋に嬉しかった。この女のすべてが知りたい。すべてを俺のものとしたい。俺が主へと尽くすように、この女にも尽くしてほしいと思った。
 主が「白だ」と言ったら黒いからすも白に変わる。主の仰る事に間違いはないし、それに従う以外の選択肢など考えた事もない。そうやって、この女にもすべてを肯定されたい。俺のすべてを受け入れてほしい、と、そう思った。

 押入れから女を引き摺り出すと、ひっ、と悲鳴が上がった。猿轡を外した今、騒がれるのは都合が悪い。己の口でナマエの口を塞ぐと、拘束された身体を必死に揺すって抵抗しようとしていた。何の意味も為さない抵抗は快楽に身悶えするようにも思えて、はは、と笑いが溢れた。
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