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 ――違和感。朝からずっと感じているこれは何なのだろう。何が原因かは分からない。しかし、このモヤモヤが晴れない事だけは変わりない事実だ。酔ったつもりはなかったのだが、もしや昨日は飲みすぎてしまったのだろうか。とは言っても、二日酔い特有のだるさは感じてはいないのだけれど。風邪をひいたわけでもないと思う。ううん、腑に落ちない。気分が晴れない。この違和感の正体を解き明かしたい。開いた障子から見える、揺れる樹々をいくら眺めたところで答えは浮かばなかった。

「ああ、ここにいたのか! …………君は何をそんなに不貞腐れた顔をしているんだ?」

「鶴丸さん……」

 ひょい、と部屋を覗き込んだ鶴丸国永は私の顔を見るなりからからと笑った。勝手知ったる、とでも言うように部屋へと入ってきた彼はよっこらせ、だなんて年寄りのように口にしながら私の正面に座り込む。射し込む陽が彼の白い着物に反射して、少しだけ部屋が明るくなったような気がした。

「退屈でもしてるのか? なら、君に驚きをあげなきゃならないな」

「別に退屈してるわけではないんですけど……それよりも、私に何か用があったんじゃないんですか?」

「ああ、そうだった! 君がそんな顔をしていたからすっかり忘れていた!」

 ぱん、と両手を叩いて彼はそう言った。その様子だと本当に当初の目的を忘れていたのだろう。細かい事を気にしないのは彼の長所でもあり、同時に短所でもあると私は思う。
 対した事ではないのだが、と前置きした上で彼は話し始める。

「この前、君の知り合いの結婚式とやらに連れて行ってくれただろう? あれを見て、俺も身を固めるのも悪くはないと思ったんだ。はは、おかしいか? でもな、平和な毎日も良いけれどやっぱり驚きは、いや、変化は大事だと思うんだよ。変わらぬ毎日は確かに安心感はあるが、それでは退屈で死んでしまう。だから、ここらで変わらぬ毎日に終わりを告げるのも悪くはないと思うんだ。…………いや、回りくどい言い方は止そう。単刀直入に言うから聞いてくれ。君は、俺と添い遂げる気はないか?」

 途中からおどけたような笑みは消え、彼はいつになく真剣な面持ちで、私の目を真っ直ぐに見つめながらそう言った。
 添い遂げる、とは誰と? まさか私と? 突然の告白に頭が付いて行かず、固まる私を見つめて彼はふっ、と笑った。

「驚いたか? はは、でもな、これはいつもの冗談じゃあないぜ? 俺は至って真剣だ。君と添い遂げたい。俺だけのものになってほしいんだ」

「で、でも私は審神者ですよ? 刀剣を束ねる存在です。鶴丸さんひとりとそんな関係になるなんてきっと許されません……」

「ああ、分かっているさ。だから、俺に隠されてはくれないか? まさか嫌だなんて言うつもりかな。仮にも俺は神で、君は神の声を聞く『審神者』なんだ。これに抗う事は間違っていると思わないか? 自然の摂理には従うものだぜ」

「…………ッ!」

「………………」

「……………………」

「…………………………」

「………………………………」

「……はっははは! いやぁ、すまんすまん、最後のは冗談だ! はは、驚いてくれたようで何よりだ!」

 声をあげて笑う彼の声が響いて、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。涙を拭うように目を擦りながら彼は笑う。その様子を見て私は何となくいたたまれない気持ちになった。私が悪いわけではないけれど、笑われるのは何となく面映ゆい。

「……でもな、俺が君と添い遂げたいと思っているのは冗談じゃないんだ。せいぜい隠されないように頑張ってくれ」

 ナマエはおっちょこちょいだから時間の問題だな、なんて目を細めながら言って部屋を後にする彼の背中を見つめながら、先ほどから感じていた違和感の正体を悟る。
 ――朝から私は誰にも会っていない。いつもなら聞こえるはずの刀剣たちの声が聞こえない。鳥のさえずりすらも聞こえない。あるのはざぁ、と風に揺れる樹々の音だけ。
 唯一出会った生あるものは、鶴丸国永、ただその一振りだけだった。
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