※現パロ。夢主が家出娘

※非道徳的





「その男が金を持っているかどうか知りたければ靴を見ろ」

 誰かの言葉を頭の中で反芻させる。たとえば時計のように、誰から見ても価値が分かるようなものを身につけているだけの男に本当に価値があるとは限らない。靴や下着にまで手入れがまわっていないような奴は、見掛け倒しの見栄っ張りだ。そういう奴に限って自尊心ばかり強くて嫌になる。そんな男の相手をしている暇はない。
 目の前にいる、真ん中で分けられた前髪をしている煤色の髪の男は上等なスーツ、上等な靴を履いていた。制服で夜の街をうろつく私のような小娘に「手狭なアパートでも良ければ、俺の家にでも泊まりますか?」と今まで見たどんな男よりも丁寧な言葉遣いでそう言った。
 にこりと朗らかに、そしてどこかうさん臭さを漂わせる笑顔を浮かべた男は何も言わずに私の返答を待った。きっとこの男なら付いて行ってもおかしなことはされないだろう。中には変なプレイを強要してくる輩もいるのだ、そういう男でなければ、それで良い。肯定の返事をすると、彼は嬉しそうに笑顔を浮かべて私の手をひいた。



***



 連れられた男の家は本当に小さな普通のアパートだった。あんなに上等なものを身に着けているのに住んでいるのはこの家か? もしやあの服装は見掛け倒しで実は何てことないのだろうか。ああ、私は判断を誤ってしまったのか。顔面偏差値が高いから余計に良く見えてしまっただけだったのだろうか。

「お腹が空いてはいませんか? 必要ならばお作りしますが……」

「大丈夫です。さっきハンバーガーを食べたので」

「……そんなものを食べているのですか? これからは俺に言ってください。俺が栄養の良いものをお作りしますから」

 今後も関係が続くことを示唆するようなことを言った男にわずかながら不信感を覚える。こんなもの、一夜限りの関係だろうに。

「……それより、シャワー借りてもいいですか? このままじゃ嫌でしょう? えっと……」

「長谷部、と言います。俺はそのままでも気にしませんよ」

「………………そうですか」

 にこにことした笑顔のまま、長谷部と名乗った男は言った。この人はそういう趣味なのか。待ちきれないとでも言うようなギラギラとした目をしていないから、「気にしない」のではなく、きっとそういうのが好きなのだろう。
 部屋の隅に置かれているベッドへ腰かけると、ぼふ、と音をたてて身体が沈んだ。おお、ベッドはふかふかだ。

「まあ何でもいいですけど。ゴムだけはしっかり付けてくださいね」

「えっ?」

「えっ? いや、まさかしないつもりですか? 嫌ですよそんなの」

「………………おいくら払えば許してくださいますか?」

 顎に手を当て一瞬考え込むようなそぶりを見せた後、長谷部という男はそう問うた。そうまでしてしたいのか。そうは言っても、この手の男は大金をふっかければ諦めるだろう。なるべく安く、ノーリスクでそういうことがしたいだけなのだから。もっと安くならないのか、なんて言ってきたら断ればいい。そのまま逃げてしまえばいい。今までの男なんてみんなそうだった。

「……二十万、とか」

 この男はどんな言い訳で値切ってくるのか、そう思いながら金額を提示すると彼は無言で棚を漁り始め、取り出した封筒をぽんと机の上に投げるように置いた。

「随分とお安いのですね」

 彼の言葉にぞわ、と背筋に悪寒が走る。まるで価値のないもののように投げられたこの封筒は、まさか……まさか本当に二十万が入っているとでも言うのか? ああそうだ、普通のアパートに住んでいるから油断したけれど、初めはこの男を「金持ちそう」だと思ったんだっけ。いや、でもだからって、そんな。

「えっ……う、嘘でしょ?」

「嘘ではありませんよ」

 こんな端金であなたが手に入るとは思いませんでした、そう言って彼はネクタイを緩めながら私の目の前に立った。とん、と肩を押され、ふかふかのベッドに身体が沈む。

「ずっとあなたを探していたんです。こんな風に男の家に転がり込む癖は関心できませんが、これであなたの今後の人生を買えると思えば安いです」

「ど、どういう意味……?」

「そのままの意味ですよ。実家にいたくないのであれば俺の家に住んでしまえば良いではありませんか。俺があなたを養います」

 彼の膝がベッドに沈み、ギシリとスプリングの軋む音が響いた。私の上に覆いかぶさる彼はなおも笑顔を浮かべている。

「責任はきちんと取りますから。お腹が目立ってきたら学校は辞めてくださいね。まあ、今すぐにでも構いませんけれど。あ、籍は早めに入れましょうね」

 ずっと昔からお慕いしていました、とうっとりとしたように囁いた彼への抵抗の言葉も疑問の言葉も、すべて彼の唇によって塞がれた。頬を押さえられているために這いまわる舌から逃げる方法はない。
 男の見極めが甘かった、と今さら後悔したところでどうにかなるような問題とも思えなかった。目を開けば、至近距離で藤色の瞳と視線が絡む。男は幸せそうに目を細めた。それが、私にとっては地獄の始まりの合図のように思えて仕方がなかった。
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