※年齢操作、しょた長谷部注意






 ふに、と唇に柔らかい感触がした。

「んっ……あるじ、くちづけしてもよろしいですか?」

 その紅葉のような可愛らしい両手で私の頬をがっちりと挟み、ちゅ、ちゅ、と触れるだけの口付けを繰り返す。私の返答を聞く前に口付けをしてきた彼は何の因果かは分からないが、短刀の子たちと変わらないか、それより若干幼いかくらいの姿で鍛刀されたへし切長谷部だった。鍛刀され、私を「主」と認識したその瞬間から、主命はないかとひな鳥のように後ろをついてくる彼はとても可愛かった。褒められようと頑張る幼子そのもので、その無垢な姿を微笑ましく思っていた。
 だが、それがどうだ。可愛らしい顔をして今や私に繰り返しついばむような口付けを落としているではないか!

「ちょっ、と、はせべくん……やめ、」

「……いやですか? あるじは俺がおきらいなのですか?」

「そ、そういうわけじゃないけど……」

「ならば問題はありませんね」

 ふたたび、ちゅう、と彼の唇が触れる。この行動を制そうとすると、彼はひどく悲しそうな顔をする。子どもが悲しそうな顔をするとどうにも良心が痛んでしまって、駄目と言えずされるがままになってしまう。大きい長谷部と違ってそれ以上を求めてこないぶん無害だろうか。

「んっ、あるじ……かわいい」

 ぺろりと彼が私の唇を舐める。身体が小さければ舌も小さいようで、何となく犬や猫に舐められたときのような感触がしてくすぐったい。ぺろりと舐め、また触れるだけの口付けをして、また舐めて……。それを彼は夢中で繰り返している。

「ふふ、あるじのおくちはやわらかいですね」

「はせべくん、ちょっと、くすぐったいよ……」

 そう言うと、彼はほんの少しだけむっとしたような顔をした。小さい口をへの字に曲げるその顔は本当に、本当に可愛らしい。

「くすぐったい、ですか?」

 わずかに眉間にしわを寄せながら彼はそう言った。彼の発言の意図が読めず首をかしげようとしたのだが、頬に添えられた彼の両手にぐっと力が入り思うように動かすことはできなかった。

「俺は、あるじに気持ちよくなってほしいんです」

「!? ちょ、どこでそんなこと覚えてきたの!?」

「……しってるんですよ。大きい俺とこういうことしているの」

 その言葉を聞いた瞬間、ぶわっと全身の毛が逆立ったような感覚に陥った。変な汗が吹き出て、心臓がどっどっと音を立てている。なぜ、何故そのことを知っているんだ。見られていた? いつ? 彼以外にもこれを知っている刀剣がいるかもしれないのか? 嘘だ、そんなの、羞恥心に耐えられない。いつから知られていたと言うのか。
 混乱する頭では思うように考えがまとまらない。いや、恐らくいま考えるべきはこんなことではないのだろう。この状況をどう打破すべきかを考えなければならないのに、頭は「いつから、どうして知っているんだ」という何の役にも立たない言葉ばかりが浮かんでは消える。

「どうしたら俺は、大きい俺のようになれますか……?」

 藤色の目が切なげに揺れる。そしてその顔が近付き、また唇が触れ合う。

「大きい俺と何がちがうのですか? ……もっと先に進めばよいのですか?」

 私の頬を抑えていた両手がする、と着物の襟を掴み、合わせを左右に開いた。そのまま子どものような見た目からは想像もつかない力で押し倒される。まさか、彼は「大きな長谷部」と同じことを私にするつもりなのか?
 
「やっ……はせべくんやめて!」

「俺だってあるじの一番になりたいんです」

 ちゅう、とまた彼は唇を重ね合わせてきた。先ほどと違って組み伏せられた状態でされる口付けにわずかな危機感が湧き出す。抵抗するため腕を動かそうとするも、彼に腕を掴まれぴくりとも動かせない。幼い見た目をしていても、やはり中身は付喪神ということなのだろうか。

「あるじは非力ですね。ふふ、可愛らしいです」

「は、はせべくん離して……やめて」

「いやです」

 あるじがおれを一番にしてくれるまでやめません、そう言って彼は首筋にその柔らかな唇を寄せる。肌に感じたぬるりとした小さな舌の感触に肌が粟立つ。
 もうだめだ、そう諦めかけた瞬間、部屋の障子が大きな音をたてて開かれた。

「貴様! 主に何をしている!?」

「うわっハセベ! やめろ離せ!!」

「黙れ!」

 ずかずかと部屋に入り込んできた長谷部が、私の上にまたがっていた小さな彼の首根っこを掴んでずるずると引きずり下ろした。腹の上にいた彼がいなくなったことで身体はわずかな開放感を覚える。彼の首根っこを掴んだまま、暴れる彼を長谷部はぽい、と部屋の外へと放り投げた。部屋の外ではきゃんきゃんと文句を言って騒ぐ彼の声が聞こえる。そして、部屋の障子を勢いよく閉めた長谷部はいまだ唖然としている私をきっ、と睨んだ。

「主! どうして奴をあそこまで好き放題させていたのですか!? 俺を呼んでくださればすぐにでも駆け付けたのに!」

「えっ、だ、だって……」

「……まさか、俺よりも奴に情が湧いたと?」

 長谷部の眉間にぐっとしわが寄せられる。不機嫌さを隠しもしない長谷部のまとう雰囲気に圧倒されそうだ。障子のそばにいた長谷部が大股でこちらに近付いてくる。座り込む私の目の前に腰を下ろし、長谷部は言った。

「児戯に等しいあれが良かったと? まさか主はそう仰るのですか?」

 私の両方の頬をその両手で押さえ、ぐっと顔を近付ける。至近距離で怒りをたたえた長谷部に責められ、身体が強張る。――怖い。こんなにも不機嫌さや怒りを表す長谷部は初めて見た。

「ご、ごめん……ごめんなさい長谷部……」

「………………」

「もうさせない。もう、もう絶対にしないから……」

 そう謝ったところで深く刻まれた長谷部の眉間のしわがなくなることはなかった。軽率なことをしてしまったと今さら後悔しても遅い。彼も同じ「長谷部」だからと無下にできなかった私に非がある。その事実は変わらない。

「ごめんなさい……長谷部、お願い許して……」

「………………」

「一番は長谷部、貴方だから……もうしない。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「……本当ですね? その言葉に偽りはありませんね?」

 念を押すようにそう確認してきた長谷部に是と答えると、長谷部は押さえつけていた私の頬を解放した。次はありませんからね、とそう言いながら立ち上がる彼を見つめる。

「ゆ、許してくれるの?」

「どうせ奴が強引に迫ったのでしょう? 今回だけです。次にしたら主と言えども絶対に許しません」

「しない! も、もう絶対にしないから……」

「なら許してさしあげましょう」

 奴に灸を据えてきます、そう言って部屋を出ようとした長谷部がふいに立ち止まり、そういえば、とこちらを振り返る。

「俺が一番だと言ったその言葉、奴にも聞かせてやりたいですね。今夜また主のお部屋に伺いますから、覚悟していてくださいね」

 そう言い残して出て行った長谷部の言葉を反芻する。今夜、彼が部屋へ来る。その意味は分かる。十中八九「そういうこと」だろう。それは仕方がない。
 ――どうか長谷部が幼いあの子を連れてきませんように。言葉通り彼に見せつけるようなことはしませんように、と今の私には祈ることしかできなかった。
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