※現パロ




 つい最近フッたばかりの元彼の行動がいちいち気に障る。そう、顔だけは無駄に整った長谷部という男の事だ。あの男の束縛癖にはうんざりだった。メールの返信は十分以内、男友達はおろか女友達の連絡先もすべて消せ、電話に気付かないと怒る。掛け直したとしても、さっき電話に出なかった事に対してブチ切れるエトセトラエトセトラ……。そんな男と私がまともに付き合えると思ったのか。答えは勿論ノーである。そんな男に付き合っていられるほど私は暇ではない。本当は暇なのだけれども、あいつの相手をするくらいならば部屋に積まれた洗濯物の山を綺麗にする方がずっとマシだった。

「もぉ〜長谷部くんってばぁ〜〜」

 金色の髪をくるくると綺麗に巻いた女の、鼻から出ているような間延びした声がどうにも不愉快に感じる。その女が腕を絡ませ甘える相手こそが件の元彼、長谷部その人だった。長谷部はその女の頭を慈しむような優しい手つきでぽんぽんと撫でたりしている。うわ、お前それ私にしたことなんてなかったよな。目の前で繰り広げられるいちゃつきに不快感を隠せず、チッと小さく舌打ちをする。お前別れ話のときに散々ゴネたくせにもう新しい恋人を作ったのかよ、なんて一瞬思ったが、興味の対象が私から別の女に移ったのならそれは喜ばしいことだろう。はたして彼女はあの男の束縛癖に耐えられるのだろうか。私は耐えられなかった。
 そんな事を考えていると、長谷部とばちりと目が合った。奴はふん、と鼻を鳴らしこちらを馬鹿にするような笑みを浮かべやがった。むかつく。新しい恋人といちゃつくのは良いとしても、私の目の前でやるのだけはやめてくれ。というよりも、私の視界に入るのは金輪際やめていただけないだろうか。本当に、後生だから。



その日の夜、私の携帯は知らないアドレスからのメールを受信した。

『お前が謝るのなら、よりを戻してやってもいい  長谷部』

 うぜぇええええええええええ誰が謝るかぁああああああああ!!
 絶対に私はよりなんて戻さない! そもそも「お前が謝るのなら」とはどういうことだ! どうして私が謝らなければならないんだ。向こうが「俺が悪かった。もうあんなことは言わない」と謝ってくれるのならまだしも、何故私が? 私は何ひとつ悪いことなんてしていないではないか。私は悪くない。束縛男なんて願い下げだ。無視してやる。



***



「俺からのメールを無視するとはどういうことだ」

 恐ろしいほどに上から目線の腹立つメールを無視したら、ご本人様が来てしまった。どうしてだよ。返事がないイコール私はよりを戻すつもりはないのだとどうして理解できないのだろう。

「……………………」

「おい、無視をするな」

「…………昨日の子はどうしたの。新しい彼女じゃないの?」

「俺があんな女を相手にするはずがないだろう」

 うわあ、可哀想に。きっとあの子は長谷部と付き合えると思ったのではないだろうか。それを「あんな女」呼ばわりだなんて。いや、でも長谷部の束縛癖を考えると付き合えなくてある意味ラッキーなのか? たぶんとても傷付くだろうけど、付き合わなくて正解だ。うん、絶対にそう。

「……それで? 俺に言うことがあるんじゃないのか?」

「私は絶対によりは戻さない!」

「…………ッ、どうして」

「散々言ったよ、耐えられないって」

「…………俺だって、別れるつもりはないと散々言ったぞ」

「論点をすり替えないで」

「……………………」

「別れる、ってことで話し合いは終わったよね?」

 私がそう言うと、長谷部はうつむいて黙り込んでしまった。先ほどまでの上から目線が嘘のように押し黙っている。何か言ったら、と急かすと、長谷部は重い口を開いてぼそりと呟いた。

「あの頃と違って、今度こそ俺だけのものになると思ったのに……」

「…………何を言っているの?」

「……分かった、そんなに言うのならメールの返信は十分以内でなくても良い。待てと言うのならいつまででも待ってやろう」

「……………………」

「他になんの不満があるんだ?」

「…………友達のアドレスは?」

「全て消せ」

「……………………」

 駄目だ、こいつ分かってない。そういう重い自分勝手なところが嫌だと言っているのに。しかも食い気味に言ってきたな? どれだけ私の交友関係を狭めたいんだ。私の友達がいなくなったらどうしてくれるんだ。そもそも、長谷部は光忠とメールのやりとりをしているんじゃなかったか? 私には消させるくせに自分だけは他の人のアドレスを残すつもりだろうな。自分勝手なやつなんてみんなそんなものだ。

「長谷部は? そんなに言うなら私以外の連絡先全部消せるわけ?」

「もとからお前以外は登録していない」

「…………はい?」

「お前と連絡をとりたいから買ったんだ。それ以外の連絡先など必要ない」

「…………光忠は?」

「あいつが勝手に送ってくるだけだ」

 何それ重い。というか光忠が可哀想だ。光忠がせっせと長谷部を気遣うメールを打って、それをこの男が無視する。そんな光景がありありと想像できる。光忠のコミュニケーション能力を少し分けてもらったらどうなんだ。

「他に不満はないな?」

「えっ、ちょっと待って!」

「待たない」

「さっき『いつまででも待つ』って言ったじゃん!」

「それはメールの話だ」

 この流れは非常にまずい。このままだとよりを戻さなければならなくなりそうだぞ? 本気で言っているのかこの男は? いやいやいやいや、そんなの絶対いやだぞ?

「俺はお前を愛しているんだ」

「えっ!?」

「何をしてでも手に入れる。ずっと前から俺はお前の物だったように、必ずお前を手に入れる」

「ちょっと待って、ちょっと待って!」

「絶対に待たない」

 そう言いながら私の腕を引っ張りあげ、長谷部はその両腕の中に私を閉じ込めた。突然の出来事に頭が付いていかない。いや、それよりも公衆の面前……!

「ちょっ、やだ! 離して!」

「…………俺にはあなたしかいないんだ」

 胸が締め付けられるような切ない声で呟かれたその言葉に、私の身体は思わず抵抗をやめてしまう。どうしてそんなことを言うんだ。私の胸に湧いた切なさと、ほんの少しの懐かしさに長谷部を拒絶することが難しくなってしまった。

「…………分かったよ、もう一度チャンスをあげるから離して」

「………………本当か?」

「……うん」

 良かった、と心底ほっとしたように息を吐き、長谷部はその抱擁から私を解放した。この前みたいに重いことしたら別れるから、そう言おうとした私を遮るかのように差し出された長谷部の手は何を意味するのか。

「…………その手は?」

「ケータイを出せ。俺以外の連中のアドレスはすべて消すのだろう」

「……やっぱりこのお話はなかったことにしましょう」

「もう遅い」

 背に隠した私のケータイを奪い取り、慣れた手つきで操作していく。ロックをかけていたはずだぞ、何故解除できているんだこいつは? ちょっと待てちょっと待て!

「……お前、俺のアドレスも消したのか?」

「どうだって良いでしょ! それよりちょっと待って! 返せ!!」

 眉間にしわを寄せた長谷部が不機嫌そうな低い声で呟いたが、それよりも私のアドレス帳の安否のほうがずっと心配だった。
 登録し直してやったぞ、そう言いながら返されたケータイのアドレス帳の登録件数は一件。そこには「長谷部」の文字だけ。

――お前顔が良ければ何をしても許されると思うなよ!!
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