主、あるじ。俺です、長谷部です。何が悲しくてそんなに泣いているのですか。俺ならここにいますよ。大丈夫です、俺は主のお側におります。何も悲しむ事などありません。ずっと、一緒です。この身が折れようともずっと主のお側にいますと、そう約束したではありませんか。だから何も心配する事はありません。永遠に貴女のお側にいます。ふふ、随分と不思議そうな顔をしていますね。「どうして」だなんて、決まっているじゃないですか。約束したからですよ、貴女とずっと一緒にいると。いま、俺の魂は主のその身体へと宿ります。俺の一部が主の身体の中にも宿っているのだから、貴女の身体は俺の物も同然です。そこに俺の魂が宿るのは至極当然の事なのです。意味が分かりませんか? 主のお食事の中に俺の一部が混ざっていたんですよ。何が、とは言いませんけれど、血液とかそんなようなものです。それを毎日、主は口にしていたのですよ。それは主の血となり肉となり、俺は主の一部となったのです。俺が主の一部となっていく様を見るのは背徳感と昂揚感で気がおかしくなりそうでした……ああ、すみません。こんな事言われても困りますよね。忘れてください。でもこれで、俺はずっと主のお側にいられますよ。永遠に、主が死ぬまで、ずっとです。誰に助けを求めても無駄ですよ。俺は貴女の身体の中にいるのですから。俺は主だけの物になったのですよ。主の身体も、もう俺だけの物です。主が死ぬまでずっと一緒です……いや、主が死んでもずっと一緒にいてくださいね。俺は貴女を愛していますから。主も俺を愛してくださいね。






 がばりと、勢い良く布団から跳ね起きる。身体はじっとりと汗をかいていて、心臓はどくどくとうるさく鳴っている。なんて夢を見たのだろうか。夢の内容を反芻してぞわりと鳥肌がたつ。長谷部の名を呼ぼうと思ったが、先ほどの夢の内容が内容なだけに、なんとなく長谷部に会いたくなくて私は急いで身支度を整えて厨へと足を運んだ。厨には朝食の用意をする光忠がいて、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気を良くして光忠へと声をかける。先ほどの夢の薄気味悪さなどもう眼中にはなかった。

「おはよう光忠! 今日の朝はなに?」

「あっおはよう主……だ、大丈夫? 昨日は眠れた?」

「え? う、うん大丈夫……だけど……」

「そっか、なら良かった。これからは何でも言ってね。君の力になれるよう尽力するから」

 光忠は眉を下げて私の身を案ずる。その隻眼には憐れみが混ざっていて、ぽんぽんと慰めるように私の頭を撫ぜられる。その姿に違和感を拭えない。
広間へ行けば、短刀たちが次々と抱き付いてきては私の身を案ずる言葉を口にする。「大丈夫ですか主君」「げんきをだしてください!」そう慰めの言葉をかけてくれる短刀の頭を撫ぜていると、べそべそと泣きじゃくる五虎退が広間へと入ってきて、私の元へ駆け寄ってきては一等大きな声をあげて泣いた。

「うぇぇぇご、ごめんなざい主様ぁあああ……」

「えっな、なに、どうしたの五虎退……」

「僕のせいでは、長谷部さんが……うぇぇぇ……」

 急に長谷部の名が出てきてぎくりとする。心臓を掴まれたような気がして、背中に汗が一筋流れていくのを感じた。動揺が隠せず、どもりながら「長谷部がどうかした?」と問えば五虎退もまたどもりながら答える。

「ぼ、僕を庇った長谷部さんが、て、敵に斬られて……うぅ、ご、ごめんなざいぃいい……」

 五虎退の言葉に頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。長谷部が敵に斬られて、そして? そのあとどうなった? 私は長谷部の手入れをしていない。そもそも、長谷部は戦場から帰ってきていただろうか。昨日の出来事を思い出そうとするも記憶にもやがかかったように上手く思い出せない。確か戦場から帰ってきた部隊のみんなはボロボロで、浮かない顔をしていて、泣きじゃくる五虎退の手には折れた刀身が握られていてーー。
そうだ、長谷部は昨日の戦で破壊されてしまったんだ。その事実を思い出し、涙が零れ落ちる。短刀たちと並んで泣きじゃくる私の耳元で誰かの囁く声が聞こえた気がした。


「悲しむ事はありません。言ったでしょう、俺は貴女のお側におりますよ」


 相変わらず短刀たちはめそめそと泣いている。広間には太刀や打刀の姿はなく、この部屋に私の耳元で囁けるようなものなどいない。なんとなく、後ろは振り向いてはいけないような気がした。
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