かわいいといってほしい


※夢主に詳細な容姿設定あり




「九井くんってさ、私とお似合いだと思わない?」

 自分で言うのもなんだが、私は美人なほうだと思う。艶々とした黒髪に、真っ白な肌。小学生にしては長い足。大人たちからは「大人っぽいね」「将来が楽しみだ」「そこらのアイドルより可愛いんじゃない?」なんて腐るほど言われてきた。また、母親が言うには、幼児の頃の私は近所でちょっとした有名人だったらしい。「あ、あの可愛い子またいる」なんてすれ違いざまに言われたことが何度もあったと言っていた。
 だから、私は私が美人であることを自覚していた。きっと私は可愛いと言うよりは、綺麗に近い顔なのだろう。顔タイプ診断でいうところのエレガント。似ていると言われる芸能人もみんな綺麗系だった。

「九井くんイケメンだもんね。ウチは乾くんのが好きだけど」
「私は頭が良いほうが好きなのー。それにさ、私と九井くんってちょっと似てない? 吊り目っぽいところとか」
「たしかに。並んだらお似合いかもね」

 友達にそう言われ、ほらやっぱり、と思った。口角がにんまりと上がる。
 九井くんと乾くんは、この学年でイケメンと言われ人気の高い二人だ。そのうちの一人、九井一くんのことが私は好きだった。私は九井くんの小学生にしては落ち着いた性格と、頭の良いところに好感を持った。他の友達たちは「足の速い誰々くんがかっこいい」だの「何々くんの面白いところが好き」だの言っていたが、私はそんなことに興味はなく、むしろ浅い趣味だとバカにすらしていた。
 中身に加えて、人間は外見も大事だ。見た目が悪ければスタートラインにも立てない。外見と中身の両方が必要だ。そんな私の理想に、九井くんはピッタリと合致している。だから好きだった。

「でも、九井くんには好きな子がいるって噂だよ。相手は高校生だって」

 友達のその言葉を聞いて、脳天に雷が落ちたような衝撃が走った。こんなにも美人な私が同じ学年にいるというのに、それなのに他の女の子を好きになるだなんて。しかも、それが高校生だなんて。
 衝撃だった。意味が分からない。私は腹の底から、その高校生とやらに対して、対抗心のようなものがメラメラと湧き上がっていくのを感じた。私を差し置いて九井くんに色目を使いやがって。どうせ私より可愛くないくせに。ちょっと年上だからって、調子に乗って九井くんをたぶらかさないでよ。そんな気持ちだった。

 直接この目で確かめてやらなくちゃ。その高校生とやらの欠点を探し出して、私のほうが良いんだってことを九井くんに教えてあげなくちゃ。そう思った。


 ◇◇◇


 放課後、一緒に帰る九井くんと乾くんの後ろをこっそりとついていく。九井くんの動向を探れば、いつかその例の高校生とやらにも会えるだろうと思っての行動だ。
 長期戦も覚悟していた。見つけるまで何日だってついていこうと思っていた。だがそんな私の覚悟に反して、例の相手はすぐに見つかった。

「荷物持つよ、赤音さん」
「平気! ありがとう」

 頬を染めて彼女を見つめる九井くんの表情。それを見て、私は一目で彼女が九井くんの好きな子なのだと悟った。どこからどう見ても、九井くんはあの女の子のことが好きだ。あまりにも分かりやすかった。あんな表情の九井くんは、今まで一度たりとも見たことがない。好きな子の前でしか見せない表情なのだろう。私に向かって、九井くんはあんな表情を浮かべてくれたことなんて一度もない。あの女の子の前でしかあの表情はしないのだろう。

 九井くんの好きな子という架空の相手に燃やしていた対抗心が、一瞬のうちに消えていくのを感じた。それはもはや絶望に近い。ガラスを床に叩きつけたときのように、砂で作ったお城を踏み付けたときのように、一瞬のうちに私のプライドはへし折られた。
 それは彼女が美しかったからだけではない。美醜だけならば私だって負けていない。だが、彼女と私はあまりにも真逆だった。
 ふわふわとした柔らかそうな金髪の彼女と、真っ直ぐに伸びた黒髪の私。眠そうにも見える垂れ気味の瞳をした彼女と、目力の強い吊り気味の瞳をした私。九井くんよりも年上の高校生の彼女と、九井くんと同い年の小学生の私。
 私は九井くんの好みとは真逆の存在だ。それに気が付いてしまった。どう頑張ったって、私は彼女みたいにはなれない。九井くんの好みに近付くことはできない。その事実はひどく残酷に私を刺した。この絶望感が実際に刃物の形をしていたら、私は今頃きっと血まみれだっただろう。きっと私は死んでいた。それくらいに深く、鋭く、私の心を抉っていた。

「赤音さん! オレ……一生好きだから! 大人になったら結婚してください!!」

 私は九井くんにそんなことを言ってもらえる存在にはなれない。いくら私が美人でも、美人だとしても、意味がない。私の人生はすべてが上手くいくと思っていた。だが、現実は違った。全能感に溢れていた私は、この恋心と共に死んでしまって


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