わすれてほしい


※最後の世界線(展示の微ネタバレあり)






「ねぇココくん、失恋したんだって?」
「……なんでアンタが知ってんだよ」
「だって私、赤音ちゃんの友達だもん。赤音ちゃんに彼氏ができたことくらい知ってるよ」

 にこりと微笑んでそう言うと、ココくんは眉間にしわを寄せて押し黙った。
 私は、ココくんが小学生の頃から赤音ちゃんに片思いしていたことを知っている。一生守るから、なんてクサい台詞で彼女を口説こうとしたことを知っている。その台詞の通り、火事で焼け落ちた家から彼女を救い出したことを知っている。ココくんがどんなに赤音ちゃんのことが好きか、私はよく知っている。分かっている。だって、私はココくんのことが好きで、ココくんのことをよく見ていたから。

「初恋は叶わないって言うもんねぇ」
「……それ、イヌピーにも言われた」
「あはは! みんな考えることは同じなんだなぁ」
「笑い事じゃねえし」
「ねぇー、ごめんってぇ。怒らないでよ」

 笑いながら謝罪の言葉を口にすると、ココくんは「悪いと思ってないだろ」なんて言って口を尖らせる。バツの悪そうな表情は珍しい。その顔を写真に収めたい衝動に駆られるも、グッと耐える。
 ――赤音ちゃんに彼氏ができて良かった。ココくんが失恋してくれて良かった。ココくんには悪いけれど、私はそんな気持ちでいっぱいだった。
 私は「好きな人が幸せでいてくれさえすればいい」なんて思えるほど善人ではない。出来ることなら私が好きな人を幸せにしたい。好きな人の幸せを他の人の手に委ねるなんて嫌だ。
 赤音ちゃんのことは大好きだし、これかもずっと仲良くしたい。だけど、それとこれとは話が別だ。私はココくんのことが好きだから、赤音ちゃんにココくんを渡したくない。本当に、赤音ちゃんに彼氏ができて良かった。心の底からそう思う。

「失恋直後で寂しいでしょ? 失恋の傷は新しい恋で癒すのが良いって聞くけど」
「マジうるせー」
「私とかどうよ? 私、ココくんのこと好きだよ」
「あー、ハイハイ。ありがとな」

 ココくんはそう言いながらヒラヒラと手を振る。私の発言を冗談か何かだと思って流しているようだ。私の精一杯の告白を冗談だと思われたことに対して、ほんの少しだけムッとするも、それを咎めるような言葉は口に出さないでおいた。

「ほんとに、私はココくんのこと好きだよ」

 今度は冗談などと思われないよう、真剣な態度で言葉を紡ぐ。ココくんは私の発言を受け、目を丸くして私の顔を見た。

「……え」
「私じゃダメ?」

 ココくんは三白眼の小さい瞳を左右に揺らし、そして、視線を下に逸らせる。ココくんと目が合わない。彼は斜め下、私の手元のあたりを見ていた。
 彼のその視線の動きだけで、「あ、振られる」と冷静に判断する自分がいた。サァ、と頭の先から血の気が引いていく感覚がする。

「……オレ、赤音さんのことまだ――……」
「なぁんちゃって! 嘘だよ! もー、ココくんってば本気にしちゃった?」

 ――振られる前に話題を変えなきゃ。
 その一心で、無理やり明るい声を出しながらココくんの背中をバンと叩く。私の力なんてたかが知れているが、ココくんは身構えていなかったせいか、よろりと一歩足を踏み出した。そして体勢を整えた後、安堵の混ざったような苦笑をその顔に浮かべた。

「な、なんだよ。脅かすなよ」
「ごめんってぇ。失恋の傷に付け込んでからかおうと思っただけー」
「悪趣味」
「言われなくても分かってるよー」

 あはは、と声に出して笑う。先ほど自分の告白を冗談だと思われたことに対してムッとしていたにも関わらず、今の私はこの告白を冗談にしようと必死だった。
 泣くな。泣くな。泣いたら冗談じゃなくなっちゃう。
 鼻の奥がツンとする。唇が震える。指先は氷のように冷たい。気持ちが悪い。立ちくらみがしたときのように、頭がぐるぐるとしていて、平衡感覚がなくなったように感じる。それを誤魔化すよう、必死で地面を踏み締める。

「寂しくなったらオネーサンにいつでも言いなよ。遊ぶくらいならしてあげるよー?」

 目に涙が滲んでいることがバレないよう、思い切り目を細めて笑う。ココくんは呆れたように笑いながら「いらねーよ」と言った。


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