セーラー服と機関銃


※スピンオフおまけのネタ



「そーいやオレ、次の文化祭でセーラー服着ることになったワ」

 圭介くんによる爆弾発言のおかけで、私は口に入れる予定だったペヤングを箸ごと畳の上に落とすハメになってしまった。
 ふざけんなテメェ、と圭介くんからの怒られが発生してしまったため落とした麺を慌ててティッシュでつまんで拾い集め、ソースで汚れた畳を拭く。手だけは掃除のために動かすが、私の頭は先ほどの爆弾発言によって占拠されていた。正直、掃除よりも先にそちらを問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

「え、セーラー服……? いや、え? な、なんでそんなの着ることになったの?」

「クラスの女子がコスプレしたら勉強教えてくれるっつーから」

「勉強なら私だって教えられるじゃん!」

「いやオメェもバカだろうが。無理だろ」

「で、でも圭介くんよりはマシだよ!? ていうか学年は私のほうが上だし一年の範囲くらい分かるよ!」

「あ? 舐めてンのか」

 舐めてなどいない。事実である。留年する圭介くんが悪いのだ。それに中学の内容が難しすぎるだけで小学のときは私だって常にほぼ満点を取れていた。バカではないのだ、頭が良くもないだけで。
 いや、今はそんなことどうでもいいのだが。

「コスプレなんてやめてよ! みんなに圭介くんがぺったり七三分けのガリ勉メガネじゃないことがバレちゃうじゃん!」

「おい、それ悪口か?」

「一年女子からモテちゃったらどうするの!? 私の目の届かない所で女子の心を奪わないでよ!」

 両手で顔を覆って泣き真似をすると、圭介くんは面倒臭いとでも言いたそうな表情を浮かべた。そうして圭介くんは私のことを無視してペヤングを食べ始める。
 ズルズルと麺をすする音が私の耳に届く。圭介くんが私のことを無視するのであればこちらも負けるわけにはいかない。あちらが話し掛けてくるまで延々と泣き真似を続けてやる。
 圭介くんは口に入れた麺をよく噛んでから飲み込んだ後、はぁーと大きなため息を吐いてから根負けしたように口を開いた。

「別にオレの顔なんて誰も興味ねーだろ。しかも女装だしよォ。何がそんなに気になるンだよオメェは」

「嘘でしょ!? 自分の顔の良さに無自覚!?」

「あー、まぁ千冬にはよく言われンなぁ。『場地さんカッケー!』って」

「いやリスペクトの話じゃなくて。普通に見た目が格好良いんだよ。イケメンすぎるんだもん」

「バッカ、何言ってんだよナマエ」

 口では悪態をつくものの、圭介くんのその顔は綻んでいた。イケメンだと褒められた嬉しさが滲み出てしまっている。だが、硬派な彼はその褒め言葉を素直には受け取らない。顔なら一虎のが綺麗だろ、龍星もモテるしよぉ、だの何だのと、圭介くんは照れ隠しに色々なことを喋っていた。

「でもさぁ、圭介くんがイケメンだってことが一年女子にバレてモテ始めちゃったら嫌だよ。ライバルが増えちゃうじゃん。圭介くんのこと好きなのは私だけでいいのに」

 私がそう言うと、圭介くんは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それからハハハと声を上げて笑い始めた。

「なぁんだよナマエ、可愛いこと言ってンじゃねーよ。ヤキモチ妬いちゃったかぁ?」

「ねぇ! 笑いごとじゃないんだけど!」

「はいはい、ナマエちゃんは可愛いナー」

「バカにしてるじゃん!」

 圭介くんは子供をあしらうように私の頭を雑に撫でながらそう言った。バカにされているとはいえ、急に頭を撫でられてキュンとしてしまった自分が恨めしい。せめてもの抵抗として「やめてよ」と抗議するものの、圭介くんはなおもガシガシと私の髪を乱し続けた。

「ンな心配しなくたってオレの彼女はナマエだけだっつの」

「そうだけどさぁ、それでも心配になっちゃうじゃん……」

「信用ねぇのかよ。ナマエにはオレが浮気するような男にでも見えてンのか?」

「そうじゃないけどぉ……」

「じゃあいいじゃねーか」

 圭介くんは笑顔でそう言った。大きく開いた口からは鋭い八重歯が覗いている。
 私が信じていないのは圭介くんではなく、その周りにいる女子たちだ。私を差し置いて勝手に圭介くんのことを好きになってほしくない。ただでさえ圭介くんの留年によって学年が違ってしまったことが不安で、ガリ勉スタイルであれば他の子に見つかる心配もないと無理やり納得したばかりだというのに。感じていた不安がよみがえってしまった。こうなったらもう思い切りワガママを言うしかない。

「圭介くん、私のこと好き?」

「あン? そりゃそうだろ。嫌いだったら部屋に入れたりしねえワ」

「じゃあ好きって言って」

「……あ?」

 短く聞き返した後、圭介くんはぶわ、と一瞬でその顔を赤く染めた。

「んな、何言ってんだオメェは!? 恥ずかしいこと言ってんじゃねえヨ!?」

「恥ずかしくないし! 私は言えるよ!? 圭介くんのこと好きだもん、好き好き大好き!」

 私がそう言うと、圭介くんは赤い顔をさらに赤く染めて言葉を失っていた。まるで茹で蛸のようだ。ぱくぱくと口を開いたり閉じたりする様は魚のようにも見える。

「ナマエ、オメェ……ッ!」

「なんで好きって言ってくれないの? もしかして私のこと好きじゃないの!?」

「バカ、違えって言ってンだろ!」

「じゃあ言ってよ!」

「ーー……ッ!」

 圭介くんは面白いくらいに目を泳がせている。顔は真っ赤で、滝のような汗を流し、なんだか圭介くんだけサウナの中にでもいるようだった。

「あー……、その、オレもナマエのこと……その、……好き、だよ…………」

 それはまるで蚊の鳴くような声で。普段の大声で喋る圭介くんからは想像もつかないほどに小さな声だった。だが、私が彼の声を聞き逃すはずもなく。彼のその告白はしっかりと私の鼓膜を震わせた。

「えへへ、私も大好き!」

「あークソ……。満足したンなら良かったな……」

 これで圭介くんがセーラー服のコスプレをしても許してあげられそうだ。


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