愛の告白


※イエ蘭(最終軸)



 蘭くんは弟の竜胆くんと一緒にクラブ経営をしているらしい。「経営が軌道に乗ってきたからナマエも見に来いよ」と、唐突にメッセージが届いた。どうせならオープン初日に招待してくれたら良かったのにと思ったけれど、蘭くんの行動が読めないのはいつものことなので、それに関して文句を言うことなく私は「いいよ。今度行くね」とだけ返事をした。



  ◇◇◇



 クラブは爆音のミュージックが流れていて、レーザービームのような照明がギラギラと輝いている。経営が軌道に乗ったと言う蘭くんの言葉通り、内部は人であふれていた。蘭くんに「来たよ」とメッセージを送り、フロアを見回す。内装の派手さは蘭くんの趣味だろうなと思った。ミュージックの音質がやたらと良いのは、きっと竜胆くんの趣味なのだろう。
 蘭くんに送ったメッセージはすぐに既読になった。待っていればそのうち来るはず。そう思いながらバーカウンターでお酒を受け取って邪魔にならない所に立っていると、知らない男性から声を掛けられる。

「ねぇねぇ、お姉さん一人?」
「今は。友達と待ち合わせしてて」
「じゃあその友達が来るまで話そうよー」

 特に断る理由もないため男性の誘いを承諾する。十中八九ヤリモクのナンパだと思うけれど、これを足掛かりに良い出会いが見つかればいいな、なんて下心も私には少しだけあった。そろそろ私も恋人を作らないと。独り身なのは蘭くんも同じではあるが、彼は長身で顔も良く、私と違って人生イージーモードだ。性格に難はあるものの、外見だけは間違いなく勝ち組。蘭くんを仲間だと思ってはいけない。突然「オレ結婚することになったから」なんて言われてもおかしくはないのだ。蘭くんならやりかねない。だから私も蘭くんに置いて行かれる前に、早く恋人を作らなければと少しだけ焦っていた。
 声を掛けてきた男性との話に花を咲かせている最中、背後から突如として肩を組まれ、驚きで私の体が跳ねる。その瞬間にふわ、と強い香水の匂いが鼻腔をくすぐった。

「何の話してんの。オレも混ぜろー?」

 聞こえてきたのは聞き馴染みのある声。私に肩を組んできたのは蘭くんだった。驚きで脈打つ心臓を抑えながら「後ろから急に肩組んでくるの、びっくりするからやめてよ」と非難の声を上げるも、蘭くんはヘラッと笑っただけで謝りはしなかった。

「え、と……もしかして彼氏さん、ですか?」

 私に声を掛けてきた男性は、蘭くんを見て顔をわずかに引きつらせながらそう言った。まぁ確かに、肩を組むような距離感の男女は傍から見たら恋人同士に見えるかもしれない。だが、私と蘭くんの間にそのような事実はない。相変わらず笑顔を浮かべるだけで一向に否定しようとはしない蘭くんに代わり、私がそれを否定するべく口を開く。

「彼氏じゃないです。友達です」
「あー……、じゃあセフレってやつ?」
「えっ!? セフレでもない! 普通の友達!」
「そうなの? 距離近いからてっきり」
「全然ないです! 蘭くんの距離感がバグってるだけ!」

 そう言うと、私の肩に回っていた蘭くんの腕が反対側の肩へと伸び、ぐっと私の首を絞めた。いわゆるヘッドロックをかけられた状態だ。力加減は遊びの範疇であるため命の危機は感じないが、がっちりと絞められていて抜け出せない。

「ちょ、蘭くん何!? 絞まってる絞まってる!」
「ナマエに距離感バグってるとか言われてさー、オレすっごい傷付いたんだけど。オレのことそんな風に思ってたの?」
「だって事実じゃ――……いだだ! バグってるって言ってごめんね!? 謝るから離して!」
「えー、やだ」
「やだって何!? 首が絞まってるんだってば!」

 蘭くんの腕が首に食い込む。だんだんと息苦しくなってきた。
 これはちょっとやばいかもしれない。蘭くんの腕をバシバシと叩いて抗議すれば、そこでやっと蘭くんは私の首を絞めていた手を放す。大きく息を吸いながらキッと蘭くんを睨んでみると、彼は唇の端を上げて薄い笑顔を浮かべながら私を見下ろし返す。相変わらず謝罪の言葉はない。

「……二人とも仲が良いんですね」

 そんな私たちを見ていた男性は、苦笑を浮かべながらそう言った。そして彼は手に持っていたお酒を一気に呷ると「俺お酒のおかわりしてくるんで」なんて言ってそそくさとその場を離れて行ってしまった。私と蘭くんだけがその場に取り残される。

「またフラれてんな、オマエ」

 蘭くんがそう呟く。――いつもこうだ。私に近付いてくる男性は蘭くんを見るとすぐに退散していく。顔も良く身長も高い蘭くんを見ると戦意喪失してしまうのだろうか。それだけでなく、蘭くんと私が付き合っているんじゃないか、なんて勘違いもしょっちゅうされる。恐らく、と言うかほぼ確実に、私に恋人ができない原因の一つには蘭くんの存在があるだろう。しかし私の恋路を邪魔している自覚がないのか、原因の一つである蘭くんは悪びれもせずあっけらかんとしている。それどころか「オレが美しすぎるばっかりに、ナマエがモテないみたいになっちまってカワイソーだな」なんて半笑いで言ってくる始末で、ますます手に負えない。

「別に私だってモテないわけじゃないし。蘭くんがいなかったら私にもとっくに恋人できてる気がするんだけど」
「あ? 絶対無理だろ」
「何それ喧嘩売ってる!? できるよ!」
「無理。だってオマエ面食いじゃん」

 発された蘭くんの言葉に思わず「え?」と聞き返す。たしかに顔はより整っているほうが良いとは思うけれど、だからと言って絶対条件ではない。面食いを自称したことも一度だってない。どうして蘭くんがそう思ったのか分からず固まる私と同じように、蘭くんも「え?」と不思議そうな顔をしていた。

「だってオレより良い男なんてそうそういねーだろ? オレ以下の男でナマエが満足できるわけなくね」
「え、何その自信?」
「まぁ仮にオレよりツラが良くてタッパもあって、金まで持ってるスター性にあふれた男がいたとして。そんな男がナマエを好きになるわけないしなぁ」
「もしかしてそれ私の悪口?」

 私の声は蘭くんの耳には届いていないのかもしれない。私のツッコミには何の反応もせず、蘭くんはなおも言葉を続ける。

「つまりナマエの手が届く範囲にいる中で一番レベルが高い男はオレなわけ。そろそろオレに『私と付き合ってください』って言ってもいい頃合いだろ」
「え!?」
「いくらオレの気が長いって言ってもさー、さすがに限度ってモンがあんだろ。謝ってよ、そしたら許してやるからさ」

 開いた口が塞がらない、とは今みたいなことを言うのかもしれない。あまりにも上から目線かつ自意識過剰なその発言に、私は言葉を失ってしまった。
 そもそも蘭くんの気は長くないし。どちらかと言えばむしろ短いほうなのに、彼は一体何を言っているのだろう。いや、そんなこと今はどうでもいい。私が蘭くんに告白する? それはどういう意味だ。と言うか、これではまるで蘭くんが私からの告白を待っているみたいではないか。私の自意識過剰でなければ、もしかして蘭くんは私のことが好きなのだろうか?
 蘭くんが私を好きなのだとすれば、私が男の人と話している所にしょっちゅう割り込んでくることにも説明がつく。他人から「お二人は付き合っているんですか?」なんて勘違いされるレベルで、過剰なほどのスキンシップを取ってくる理由にも説明がつく。全然気が付いていなかったけれど、そう仮定すれば辻褄が合うことがたくさんあった。

「……蘭くんて私のこと好きだったの?」
「…………」
「なんで無言になるの!?」
「いや、自意識過剰だなと思って」
「蘭くんには言われたくないんだけど!」
「あ? オレのどこが自意識過剰だよ。オレは六本木のカリスマだぜ? 自意識正常だっつの」
「ない日本語じゃん。何、自意識正常って?」
「つーかさ、オレと付き合うかどうか、早く『はい』か『イエス』かのどっちかで答えろよ」

 それ選択肢ないじゃん。はいもイエスも、どっちも了承の言葉だ。私には断る権利すらないのか? そう思ったけれど、蘭くんみたいな顔が良いだけの性格に難あり男と付き合えるのは私くらいしかいないかもしれない、なんて思い直す。
 蘭くんの面倒を見られるのは私と竜胆くんと、あとは蘭くんの担当美容師、そのくらいしかいないだろう。私が彼の面倒を見てあげないといけないのかもしれない。私が付き合ってあげないと、蘭くんは一生独身のままかもしれない。なら私が付き合ってあげてもいいのかもな。そう思いながら発した私の「イエス」を聞いた蘭くんは、その薄い唇の端を上げた。

「そーそー、オマエの面倒を見てやれんのはオレしかいねぇんだからからさ。最初からオレを選んでおけば良かったんだよ」

 いや、面倒を見てあげられるのは私しかいない、はこっちのセリフなんだけど。そう言おうとしたけれど、蘭くんがいつものニヤついた表情ではなく、嬉しそうな笑顔を浮かべているのに気が付いて私は思わず口を閉ざす。私はその表情をちょっと可愛いかも、なんて思ってしまった。いつもの軽口も好意の裏返しだったのだと思えば、蘭くんが途端に不器用で可愛い男のように思えてくる。蘭くんが私を好きだと知った瞬間に絆されてしまった私は、かなりチョロい人間なのかもしれない。

「……幸せにしてくれなかったらすぐ別れるから」
「バーカ。そんな日来ねえよ」

 そう言って彼は私にキスを落とす。あ、蘭くんて人前でも平気でイチャつけるタイプの男なのか。友達同士のときでも距離が近かったから、付き合ったあとはもっと近くなっちゃうんだろうな。私にその距離感は耐えられるだろうか。私にだって人並みの羞恥心はあるのだけど。そう思ったけれど、蘭くんの距離感にバグらされていた私は、今までのスキンシップも傍からは人前でイチャついているようにしか見えなかった、と言うことには気付いていなかった。



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