記名式独占欲


※ぱずりべ【制服】灰谷蘭ネタ
※学パロ?



 一つ前の席に座っている灰谷くんの視線が私に突き刺さる。彼は500mlの紙パックにストローを刺し、それを咥えながら無表情でじっと私を見つめていた。
 ――私、灰谷くんにガンつけられている?
 何故こんな風にじっと見つめられているのか分からず、私は机の木目を見つめることしかできない。視線をほんの少しでも上げたら灰谷くんと目が合ってしまいそうで怖かった。話し掛けてくるならまだしも、ただ無言でじっと見られるのは意味が分からず、私の背中には冷汗が伝う。周りのクラスメイトたちも灰谷くんの動向を見守っており、教室内には妙な緊張感が漂っていた。

「なぁ」

 私の体がビクリと跳ねる。先に口を開いたのは灰谷くんだった。木目に向けていた視線を上げ、灰谷くんを見る。彼は相変わらず無表情のまま私を見ていた。

「な、なに? 私に何か用……?」
「ミョウジのスクバさ、ずいぶん綺麗なんだな」

 灰谷くんは何を言っているのだろう、そう思った。自分のスクールバッグを頭に思い浮かべる。私のバッグはそこそこに使用感があり、綺麗だと言われるほどではなかった。新しくもなければ高級品でもないのに、灰谷くんが何故そんなことを言い出したのか分からない。
 疑問に思いながら灰谷くんの机に掛けられたスクールバッグに目を移すと、そこでやっと彼の言葉の意味を理解する。彼のバッグの表面にはペンで描かれた大量の落書きがあり、それに所々が破れてボロボロだった。バッグへの落書き、と言うかデコレーションだけなら「そういう風にデコる人いるよな」で済むレベルだったけれど、何故こんなにもボロボロなのかは分からない。普通に生活していればこんなことにはならないはずだ。彼のバッグは事故にでも遭ったのか、と疑ってしまうほどだった。

「逆に灰谷くんのバッグはなんでそんなにボロボロなの……?」
「んー、武器にするから?」
「え?」
「ナカに鉄板入ってんの。オレが武器持ってないと思って喧嘩売ってくる奴らがいンだよね。でもその程度の奴ら殴る価値もねぇし、スクバ一つでラクショー」

 ほら見て。灰谷くんがそう言いながらバッグの側面を叩くと、バッグは布製にも関わらずカン、と金属音が鳴った。昔のヤンキーは鞄に鉄板を仕込んでいた、なんてネタを漫画か何かで見たことがあったが、実際にやっている人がいるとは思わなかった。しかも私のすぐ目の前にいるなんて。

 ――正直ドン引きだった。鉄板入りのスクールバッグで殴られるのはあまりにも痛そうだし、堂々と喧嘩しているエピソードを語ってくるのも怖い。だが、小心者の私には灰谷くんの感性を真っ向から否定することはできなかった。震える声で「す、すごいね……?」と返すだけで精いっぱい。しかし灰谷くんはそれを褒め言葉と受け取ったようで、彼はニヤリと口角を上げた。

「すごいっしょ。オマエのもやってやろうか?」
「え!? いらない!」

 思わず爆裂の否定をしてしまった。小心者すぎて否定できない、なんて泣き言を思っていた直後にも関わらず、食い気味に否定してしまった。だが、本当にいらないと思ったのは事実だ。私は喧嘩なんてしないし、勉強道具を入れたいのに鉄板なんて入っていたら絶対に邪魔になる。
 あまりにも私が全力の否定をしたせいか、灰谷くんの眉がピクリと動いた。それにもかかわらず、無の表情をしているのが余計に怖い。怒ったり悲しんだりと分かりやすい表情をしてくれたほうがマシなのだが、灰谷くんはあまり感情が顔に出ない。私は内心バクバクで、一気に冷汗が噴き出す。
 灰谷くんの機嫌を損ねて、あの鉄板入りのバッグで殴られたらどうしよう。絶対に嫌だ。灰谷くんの機嫌を取るべく、私は慌てて口を開く。

「ほ、ほら私は喧嘩とかしないし! やってもらっても使わないからわざわざ灰谷くんに手間をかけさせるのは申し訳ないって言うか、恐れ多いって言うか……!?」

 苦しい言い訳だろうか。そう思いながら口にした言葉だったけれど、どうやら通じたらしい。灰谷くんはフッと鼻で笑ってから「気にしなくていーのに」と言った。

「じゃあデコってやろうか? カリスマ的デザインセンスを見せてやるよ」

 それもいらない。そう思ったけれど、灰谷くんからの提案を何度も断って怒らせてしまったら嫌だ。バッグにデコレーションを施されることくらいは我慢したほうが良いかもしれない。泣く泣く私は「じゃあお願いします……」と灰谷くんに自分のバッグを預けた。



 ◇◇◇



 灰谷くんは授業も聞かず、美術部のクラスメイトから半ば強奪するような形で借りたペンを使い、私のバッグをデコレーションすることに精を出している。不良である彼が授業に出ているだけでも珍しいため、先生も注意はできないようだった。気の弱い優しい先生だから余計に、なのかもしれないが。
 授業終了のチャイムが鳴って休み時間に入ると同時に、灰谷くんはすぐさまこちらを向いた。そして「ほら」と変わり果てた姿になった私のバッグを差し出す。

「目立つとこに名前入れといた。力作」

 灰谷くんは自信満々な表情を浮かべている。しかし彼の言葉とは裏腹に、差し出されたバッグには私の名前は入っていなかった。その代わりにデカデカと書かれているのはRANの文字。意味が分からない。

「あの、灰谷くん。私の名前ランじゃないんだけど……」
「当たり前じゃん。オレの名前だし」
「え、なんで灰谷くんの名前を私のスクバに書くの?」
「だってオレはオレの名前好きだし。見えるとこにオレの名前があったらテンション上がるだろ?」
「えぇ……?」

 ――何を言っているのだろう、この人は。
 自分の名前が好きなのはとても良いことだと思う。実際「灰谷蘭」と言う名前はオシャレだと思うし。だが、それを私に押し付けてくるのは違くないか? しかも灰谷くんが自分のバッグと同じようなデコレーションを私のバッグにも施してくれたせいで、はからずもお揃いみたいになってしまっている。正直ちょっと嫌だ。 

「……なに? なんか不満でもある?」
「えっ!? いや、なんか灰谷くんのとお揃いみたいになってるな、と思って……いや全然、不満とかじゃない、ん、ですけど……」
「……ふうん?」

 灰谷くんは少しだけ嬉しそうにそう呟いた。意味が分からない。灰谷くんの行動も感情も、すべてが分からなさすぎてもはや怖いくらいだ。頭を抱えたかったが、本人の前であからさまな態度を出すのははばかられる。愛想笑いを浮かべながらとりあえずのお礼を言うと、灰谷くんは「ありがたく思えよ」なんて言った。

 そして後日、灰谷くんとほぼお揃いのバッグを持っているせいで私が「灰谷くんの彼女」だなんて噂が校内に流れてしまい、今度こそ私は本当に頭を抱えた。




灰谷蘭は自分の名前が好きすぎているので、好きなものには自分の名前を入れておきたい派だったら可愛いなと思いました。でもスクバにカリスマって書くのは本気でダセェと思います




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