仲良くなれない


※モブ俺
※振られ注意



 佐野くんの進路希望調査表がまだ提出されていないらしい。学級委員長であるというだけの理由で、僕は先生から佐野くんの進路希望調査表を回収してくるよう言われていた。学校にあまり来ない不良である佐野くんに話し掛けるのには勇気がいる。噂では暴走族のトップだとか。先生もきっと佐野くんが怖いのだろう。だからと言って、ただの学級委員長である僕にその仕事を押し付けるのは間違っていると思う。大人としてどうなんだ、それは。

「佐野くん。先生がプリント提出してって……」

「………………」

「さ、佐野くん?」

「………………」

 勇気を出して話し掛けたものの、佐野くんはうんともすんとも言わない。何を考えているのか分からない虚ろな表情を浮かべたまま、彼はモグモグとたい焼きを頬張り続けている。

「ワリィな、マイキーは興味ねぇ奴とは喋んねぇんだ。オレが代わりに聞くよ」

 無視されて困惑する僕を哀れに思ったのか、佐野くんのそばに控えていた龍宮寺くんがそう助け舟を出す。中学生らしからぬ長身と弁髪に刺青という威圧的な風貌にも関わらず、龍宮寺くんの優しいその口調に僕は安堵を覚えた。彼は会話のできる不良だ。僕はホッとして口を開く。

「進路希望の提出締め切りが一週間前だったのに佐野くんだけまだ提出されてなくて……。先生から回収してくるよう頼まれたんだ」

 僕がそう言うと、龍宮寺くんは呆れ顔をしながら佐野くんに顔を向けた。

「おいマイキー、進路調査まだ出てねぇってよ」

「なにそれ。そんなんあったっけ?」

「あったよ。白紙でいーから提出してやれ、可哀想だろ」

「無くした」

「せめて探すフリくらいしろや」

「えー、じゃあケンチンが探してよ」

「はぁ? ンだそれ、ダリィーな」

 佐野くんと龍宮寺くんの会話を黙って聞いている。僕が話し掛けたときはガン無視だったくせに龍宮寺くんとは喋るのか、と、少しだけ不快な気持ちになった。だが、不良に喧嘩を売っても良いことはないので黙っている。

「うわっ、机きったねぇな! 何でもかんでも突っ込んでんじゃねぇよ!」

「だって面倒じゃん。オレら学校あんま行かねぇし」

「進路調査コレか? グッシャグシャじゃねぇか」

 龍宮寺くんが佐野くんの机を物色すると、グシャグシャに丸まったプリント類が何枚も出てきた。それを一枚一枚広げ、龍宮寺くんは中身を確認する。そして進路希望調査と書かれたプリントを見つけると、「マイキー、あったぞ」と言った。

「おら、さっさと名前書いて委員長に渡してやれ」

「おー。……あ、ケンチン鉛筆持ってねえ?」

「ンなもんオレが持ってるわけねぇだろ」

「あ、鉛筆なら僕が持ってるよ」

 二人の会話にそう口をはさむ。佐野くんは相変わらず僕のほうを見てはくれない。龍宮寺くんだけは「マジか、借りていい?」と僕の目を見て言ってくれた。

「はい。どうぞ」

「おう、サンキュな!」

 龍宮寺くんは笑顔でそう言った。ニカッ、という効果音が付きそうなはじける笑顔だった。龍宮寺くんのことを僕は怖い人だと思っていたが、笑顔だけは可愛いかも、なんて思ってしまい、慌ててかぶりを振る。男相手に、しかも不良に対して可愛いと思うだなんて正気の沙汰じゃない。

 龍宮寺くんが僕の鉛筆を受け取り、それを佐野くんに渡す。佐野くんが受け取った鉛筆でプリントに名前を書くと、鉛筆とともにプリントを龍宮寺くんに手渡す。そして龍宮寺くんは僕にそれを渡す。
 佐野くんが僕とやり取りする気がない以上は仕方がないのだが、いちいち龍宮寺くんを経由しなければならないのが少しだけ面倒臭く、また、龍宮寺くんに申し訳なかった。

「ほら、委員長。提出遅れて悪かったな」

「ううん、協力してくれてありがとう。龍宮寺くん」

 不良も怖いし佐野くんも怖いけれど、龍宮寺くんだけは良い人かもしれない。僕の中で彼の好感度が上がるのを感じた。


 ◇◇◇  


 ある日の塾の帰り道。公園を通りかかったときに龍宮寺くんを見つけた。彼は特攻服を着ていて、同じ特攻服を着た何人かのいかつい男たちと楽しそうに喋っていた。それは見るからに暴走族然とした風貌をしている。

 今までの僕なら近寄らないでおこう、と避けて通っていただろう。だが、僕は龍宮寺くんが本当は優しい人であることを知っている。彼は他の不良とは違うのだ。同じ学年のよしみだ、挨拶くらいはしておこうか。そう思いながら彼をじっと見る。

「……あ」

 龍宮寺くんと目が合った。こんばんは、の「こ」の字を言おうと僕が口を開くより先に、フイ、と龍宮寺くんは僕から目を逸らす。まるで他人みたいに。

「………………」

 まぁ、それはそうか。僕らは友達なんかじゃない。少し優しくされたくらいで僕は何を勘違いしたのだか。佐野くんが僕を無視するから仕方なく会話してくれただけで、佐野くんがいなければ僕は龍宮寺くんと会話することなんかなかったんだ。もともと住む世界が違う。そんなこと分かりきっていた。  勘違いしていた自分が恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。真っ赤になった顔を隠すように俯いて僕はその場を離れた。


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