不幸体質



※学バサ


「それ、良かったら食べさせてあげようか?」

「ッ、本当か!?」

 両手首にはまった古めかしい手枷のせいでお弁当を食べるのに難儀している黒田くんにそう話し掛けると、彼は嬉しそうに顔を輝かせた。
 効果音にするなら「ぱぁっ」だ。心なしか黒田くんの周りに花が見える。花なんか似合わなそうな顔をしているくせにね。

「黒田くん、昨日も結局お弁当落として食べられてなかったよね」

「ああ、そうなんだよ! 弁当を落とす前に声を掛けてくれて助かった! 小生にはお前さんが女神様に見えるよ!」

「はは、言い過ぎ」

 黒田くんの前の席に勝手に座り、彼の大きな手に握られていた箸を受け取る。
 そうしてお弁当のおかずを一つはさみ、嬉しそうに待っている黒田くんの口をそれを放り込む。一回、二回と咀嚼してそれを飲み込んだ黒田くんは、また「あ」と口を開いた。

「久し振りに食う弁当は美味いな! はぁ……手枷(こいつ)さえなけりゃあな……」

「それ、なんかのプレイの一つだって噂あるけど実際どうなの? そっち系の趣味ある?」

「あるわけないだろ!? 小生はなぁ、こう見えてこいつを外そうと七転八倒しているんだ!」

 弁当は食えんし鍵の在り処を探して今日も寝不足だ! 黒田くんはそう叫ぶ。
 黒田くんには黒田くんなりの悩みがあるのだろう。不幸体質、というか苦労性な黒田くんはその気苦労ゆえかその見た目はどう考えても高校生に見えない。ああ、可哀想に。

「ていうか、手枷で食べにくいならお弁当じゃなくてパンにすればいいのに……」

「ハッ……! お前さん頭良いな!?」

「いや、黒田くんがバカなだけなんじゃ……」

 私がそう言うと、黒田くんはあからさまに落ち込んだ様子を見せた。そして、ボソボソと「小生こう見えて知性派なんだよ……」と呟く。いや、全然まったくもって知性派には見えない。
 黒田くん成績は良いのに何処かヌケてるから、全然頭が良さそうに見えないのが勿体無いなぁ。

「はい、あーん」

「あーん」

 おかずを箸でつまんでそう言うと、黒田くんは素直に口を開けた。その姿が親からエサをもらう雛鳥のように見え、思わず笑いがこぼれる。クマみたいな見た目してるのに雛鳥に見えるなんていう、そのアンバランスさが面白かった。

「黒田くん、もう少し人を疑う事を覚えたほうがいいんじゃない?」

「そうは言ってもなぁ……少なくとも、お前さんは小生を騙したりはしないだろう」

「うーん、どうかな」

「なにィ!? お前さんも小生を不幸な目に遭わせようって言うのか!?」

「嘘だよ、そんな事しないって」

「……ならいいが」

「私は裏切らなくても、突然このお弁当が爆発するくらいの不幸は起こるかもしれないね」

「地味にあり得そうな事言わないでくれ!」

「えっ、お弁当爆発ってあり得そうな事なの!? あり得なくない!?」

「小生にとってはそのくらいの不幸は日常だ」

「う、嘘でしょ……」

 普段どれだけ大変な思いをしているんだ黒田くん。あり得ないよ。ああ、なんて可哀想な黒田くん。

 黒田くんを可哀想に思うあまり、なんだか彼を助けたい気持ちになってしまった。謎の手枷のせいでお弁当すら食べられないなんてあんまりだ。可哀想。私が黒田くんの力になれるのならなってあげたい。

「……黒田くん、なにか困った事あったら私に言ってね? いつでも手助けしてあげるから」

「おお、本当か!? それは助かる!」

 そしてその約束以降、何かっちゃあ私のそばに来るようになった黒田くんの不幸体質のおかげで私までデンジャラスな毎日を送る事になってしまった。
 そして黒田くんの不幸はだいたい大谷くんのせいだと言う事に私は気付いた。


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