痴情のもつれ
※佐助→夢主→かすが
※学パロ
「ナマエちゃんさぁ、もう不毛な恋やめない?」
そんな簡単にやめられたら誰も苦労しないっつーの。そんな事を思いながら、佐助のその言葉を無視して黙々と宿題を解く。
「どう考えたってかすがはノンケ? ってやつでしょ。どうせ好きになるんならナマエちゃんの事愛してくれる奴にすればいいじゃーん。俺様とかさ、どう?」
「…………。佐助、今は三組の鈴木さんと付き合ってるじゃん。あの可愛い子」
「いやいや、あれは『付き合ってくれ』って頼まれたから付き合ってるだけだから。ナマエちゃんが俺様と付き合ってくれるんなら今すぐ別れてもいいんだけど」
「最低」
私がそう言うと、佐助は「えぇー」と不満そうな声を上げながら唇を尖らせた。私は佐助のその顔をわざとらしく眉をひそめながら一瞥したあと、すぐに手元の宿題に目を落とす。
二つの図が合同であることを証明せよ。そう書かれた問題文を読み、ハァ、と内心で溜め息を吐く。証明の問題は書く事が多くて嫌いだった。
問題も面倒臭ければ、目の前を陣取るこの男も面倒臭い。どうして私がこんな目に遭わなければならないのだろう。ああもう、面倒臭い。
「どうして俺様じゃダメなの?」
「チャラいから」
「えぇー、こう見えても一途だぜ? いや本当」
経験人数が三桁に届くとかいう噂のある奴が何を言うのか。そう思いながらも、それを口に出す事はしなかった。
彼が私を好きだと言うのは嘘に決まっている。どうせ、なかなか自分に惚れない私を面白がっているだけなのだろう。私が(そんな事はありえないけど)佐助を好きになったら、きっと彼は私に対する興味をすぐに失うに違いない。
「ナマエちゃんの事大切にするって」
「いや、私好きな人いるし」
「かすがだろー? ナマエちゃんはかすがの何がそんなに好きなのさ」
「綺麗、可愛い、スタイルがいい」
「見た目かい」
「性格も声もびっくりするほどいい」
というか、こんな男に『かすがが好き』だという事がバレてしまったのは学園生活の最大の汚点だ。
佐助が誰にもその秘密を漏らしていない事は唯一の救いなのだが。
「私はかすがの全てが好きなの」
もともと私には同性愛者だという自覚はなかった。友達の言う誰くんが格好良いとか、好きな芸能人とか、「顔が整っているな」とは思えてもそれらを好きにはならなかった。
まだ恋を知らないだけ、好みの人に出会っていないだけ。そう思いながら生きてきた私の目の前に現れたのは、かすがと言う名の美少女で、私は一目で彼女に恋をした。
呼吸を忘れるほどに目を奪われ、彼女から視線を逸らせなくなる。彼女と仲良くなりたいと思う。彼女と言葉を交わすだけでどうしようもなく嬉しくなる。その感情はドラマや漫画で見た『恋』そのもので。
私は、彼女に出会って恋を知ったのだ。かすがが『女だから』好きになったのか、好きになったのが『たまたま女だった』のか。私には分からないけれど、かすがが好きだというのは紛れもない事実であった。
「俺様とかすが、結構似た所あると思わない? 代わりになれると思うんだけどなー」
「はぁ?」
「実は俺様とかすがは前世は同じ忍で……」
「いや、そういうのいいんで」
「ナマエちゃん信じてないでしょ。本当だって」
「前世の職業が同じだからって佐助はかすがじゃないじゃん。好きになれない」
「うわ辛辣ゥー」
そんな話をしていると、机の上に置いてあった携帯端末がピコン、と軽快な電子音を鳴らした。それを手に取ってみると、メッセージの受信を知らせる通知がひとつ。
『謙信様と出掛ける事になったのだが、新しい服を買うのに付き合ってくれないか?』
かすがから届いた、絵文字やスタンプの使われない簡素なメッセージ。それを見るだけで私の口元は緩んだ。かすがが上杉先生のために着飾るのは複雑な気分だったけど、彼女が私を頼ってくれた事は純粋に嬉しかった。
『いいよ』と返信すると、すぐに『今どこにいる?』と返ってくる。それにすぐさま『学校にいるからとりあえず駅に向かうね』と返信し、端末を閉じる。
「あれ、ナマエちゃんもう帰るの?」
宿題を片付け始めた私を見て、佐助がそう尋ねる。
「うん。かすがと買い物」
「俺様も行っちゃ、」
「ダメに決まってるでしょ」
「ですよねー」
宿題をカバンに入れて席を立つと、佐助も同時に立ち上がった。
駅までなら一緒に帰っていいでしょ。そう言われ、断る理由もないので了承する。
「かすがが謙信様と上手くいって、ナマエちゃんが俺様と付き合えば大円満なんだけどなー」
「いやいや、ありえないから」
「試してみないと分からない事もあるんじゃなーい? ね、どうよ。悪い話じゃないと思うけど」
「無理でーす」
そんな会話をしながら並んで歩いていると、校門の所で佐助の現彼女である三組の鈴木さんとバッタリ会ってしまった。
彼女は佐助の事を待っていたのかもしれない。
物凄い目でこちらを睨む彼女の顔を見て、「あ、これはアカンやつだ」と思った。
「じゃあ私はかすがと約束あるから!」
「あっ、ナマエちゃん一人だけ逃げるのズルい!」
元はと言えば自分で蒔いた種でしょうが。そう思いながら、私は全力で駆けだした。彼女と佐助の痴情のもつれに掴まって、かすがとの約束に間に合わなくなるのは勘弁だ。
背後では鈴木さんの荒げられた声が聞こえていて、やっぱり、と思った――。