籠の鳥
※どうしようもない二人
突然 戦国(こんなところ)に放り出されて右も左も分からない私を拾ってくれた彼の気が変わらないよう、私は必至だった。
飽きた、とか、いらない、とか言われて外に放り出されても私は死ぬし、彼の気分を害して切り捨てられても私は死ぬ。だから、私は彼に好かれようと必死だった。
彼は人を突き放すような言い方をする。だからと言って彼は孤独を好んでいるというわけではなさそうだし、寡黙と呼べるほど口数も少なくない。
きっと、彼は人との接し方が分からないだけなのだ。頭が良すぎるが故に、何でもできてしまうから人への頼り方が分からない。話し方が分からない。愛し方が分からない。愛され方も分からない。
だから私は彼の気分を害さない程度のバカを演じて、彼を独りにしないよう付いて回った。
私にはあなたしかいない。あなたがいないと生きていけない。
そう言って、あくまで「私のために」という大義名分ができるように、彼が私を下に見て気持ち良く過ごせるように、かなりの気を使って生活してきた。
それがまさか、こんなにも効果が出るなんて思ってもみなかった。
「城下町へ下りる事がダメなら、せめてお庭を散歩させていただきたいのですが」
「ならぬ」
たった三文字の言葉で私の願いは切り捨てられる。このやり取りをするのは一体何度目なのだろう。いい加減、折れてはくれないのだろうか。
「貴様のような愚図が無事に戻ってくるとは思えぬ」
「元就様がご一緒してくだされば安心なのですが」
「さような暇が我にあると思うてか」
「……。なら、忍の一人でもお貸しいただけないでしょうか」
「そんな輩、信用に値せぬわ。それを護衛にしようなど……どこまで貴様は愚かなのだ」
「………………」
あまりの話の通じなさに、思わずハァ、とため息が漏れる。それを元就様は耳ざとく聞き取ったようで、「何か文句があるのか」とでも言いたそうな目で睨まれる。
「貴様が『我がおらねば生きられぬ』と申すからこうして囲ってやっているというのに、一体なにが不満だと言うのだ」
ただ放り出されたくないだけで、私は城に監禁してほしいなんて一言も言ってない。
「ずっと部屋の中にいては息が詰まります。私には友人もろくにおりませんので、余計に」
「我がいるではないか」
「そういう問題では……」
「もうよいわ。黙れ」
そう突き放すように言うと、元就様はその場に音もなく立ち上がり、冷たい目で私を見下ろした。
「貴様の言葉も嘘偽りであったという事か。ならば城下と言わず安芸の外でも好きな所へ行くが良い。戻って来ずとも構わぬ」
元就様のその言葉はあくまで冷静で、冷たいものだった。彼が激高していないという事は、この言葉は本心ではなく、あくまで私を試しているに過ぎないという事なのだろう。
もっとも、その思惑が分かった所で、私が彼の挑発に乗る事は出来ないのだが。内心では面倒くさいと思いつつ、仕方なく謝罪の言葉を口にする決意をする。
「申し訳ありません元就様。私が愚かでした。どうか、そんな事言わないでください……」
「その言葉も偽りなのであろう」
「まさか! 元就様に見限られては私には生きる術がありません……! どうかお許しください……!」
平身低頭し、ひたいを畳に擦り付けるようにしてそう言葉を紡ぐ。すると、元就様が私の頭のすぐそばにしゃがみ込む気配を感じた。
「ナマエ、それは貴様の紛れもない本心であろうな?」
「もちろんです。元就様がいなければ私は生きられません」
「ならば、もう二度と先ほどのような世迷言で我を困らせるでないぞ」
「はい、はい……。申し訳ありませんでした、元就様」
私がそう言うと、元就様は土下座のポーズをする私の背にそっと手のひらを乗せた。その仕草を合図に頭を上げると、彼は私の身体を抱き締めた。
「貴様は我がおらねば生きられぬ。我の言う事だけを聞いて、我のためだけに生きれば良いのだ」
「はい、元就様」
「我に恩義を感じるのであらば、愚かな貴様でも何をすべきか分かるであろう?」
「はい。私は元就様にただ従うのみです」
「毛利家の跡継ぎを生むのはナマエ、貴様しかおらぬ。その身体、大事にしてくれねば困るのは我だ。分かっておろうな?」
ああ、私がいなければ生きられないのは元就様も同じなくせに。